第十六話 お金持ちの家(アキナside)
「いやーそれにして広い家っすね」
私の新居を見渡しながらゴブリン君は言った。ゴブリン君は少し前に私がチームに勧誘した男で、今日は引っ越しの荷物運びを手伝ってくれたのだ。
貴重な時間を有効活用するために住職近接が大切らしい。職といっても冒険者ギルドではなく先生の家の近くだけど。本当はしたくなかったけど先生に強く引っ越しを勧められたら断れなかった。
先生は私に特別だと言った。
そしてそれは事実だった。
私は先生からみんなより早く購入推奨銘柄を教えてもらえた。そしてそれらの銘柄は実際に値上がりして、私は大金を稼げた。
月々の家賃は金貨三枚分高くなった。惰性で冒険者ギルドの受付嬢の仕事は続けているけど、毎月の固定給が私の総資産に与える影響は少なく、一時は辞めてもいいかなと思った時期もあったくらいだ。最近はギルドで働いていてもハルトが窓口に来ることはない。ときどき掲示板を眺めている姿は見えるけど話しかける勇気は出ない。もう就活はしていないみたいだし何をしているのだろう。
「俺、はやくリリスさんみたいに成功したいっすよ」
「ゴブリン君も私や先生の言う通り頑張れば稼げるよ」
「本当っすか!」
「うん。実際に私も稼げているしね」
嘘である。
いつの間にか嘘に対する罪悪感はなくなっていた。
私が稼げているのは事実だが、頑張っても私のようになれる確率は低い。だがチームのメンバーで居続けてもらうためには夢を見せ続けないといけないのだ。
昔はあながち嘘ではなかった。
先生の考えた価格の吊り上げは本当に稼げた。だが、ある日を境に私たちが商品を買っても価格は上がりにくくなった。チームが巨大化したことで割高な商品を買ってくれる投資家が減ったのか、それともほかの理由があるのかは謎である。
私は末端のチームメンバーが後から推奨商品を買ってくれるからそれなりに儲けているが、末端の構成員は損失を抱えているとか。
そのせいか最近の先生は市場での商品売買より自己投資と言って商品の販売に熱心だし、チームから脱退者もぽつぽつと出始めている。まだ抜けていないメンバーからの不満はよく聞くし、脱退予備軍はそれなりに多いだろう。一介の参加者からお金持ちになったモデルロールとしてメンバーが辞めないためのメンタルケアは努めているが、私が稼げる期間もそう長くないだろう。
稼げる間に稼いでおかないと。
「今日は手伝ってくれてありがとう。お礼にこれあげる」
私は浮く絵の上に置いてあった小箱を手に取り、ゴブリン君に差し出した。中にはサプリが入っている。最初は何の効果も感じなかったが最近はこれがないと落ち着かない。不思議と体が震えてしまう。そしてサプリの販売に成功した場合、先生から多額の報酬が与えられる。
「なんすかこれ?」
「疲れが取れるサプリだよ」
私はゴブリン君から小箱を返してもらい、中からサプリを取り出し一錠飲む。私が飲むことで安心したのかゴブリン君もサプリを飲んだ。
「なにこれ? 全然効いてる感がないっすよ」
ゴブリンは笑って感想を言う。まるで昔の私みたいに。
「そんなこと言わないで。結構高いのだから」
三十錠で金貨五枚。最近値上げされた。表向きは原材料費の値上げが理由らしいが、実際は私を含めて中毒者が増えてきたから値上げしても売れると先生が判断したのだろう。
「うわ、俺には買える気がしないっす」
「私も昔はそう思ってたけど今は余裕だよ」
「本当にすごいっすねー。リリスさんは俺らの憧れですわ」
ゴブリン君はキラキラ輝く子供みたいな目で私のことを見てくる。私が稼げているのは、たまたま先生のお気に入りに選ばれただけだ。そしてこの稼ぎもチームが存続している間だけである。
また同じだ。
先生は好んで私を傍に置いた。そしてゴブリン君が私に向ける表情と同じように、先生に向けられるチームメンバーのキラキラ輝く子供みたいな表情は何度も見てきた。
ある時気づいた。チームの参加者はみんな同じ顔をしていたのだ。
期待を煽る。自分ならできると錯覚させる。それに加えて先生に従えばそれだけで上手くいくと思考を放棄させる。みんな将来への不安なんかなくて、難しいことはなにも考えず、ただただ毎日が楽しかった子供の頃みたいな表情だ。
以前ハルトが「みんなが稼げるなんてあり得ない」と言っていた。今ならそれは事実だと分かる。私が稼げる側に回れたのは運が良かっただけで、確実に稼げるのは先生だけなのだ。
「本当にリリスさんは幸せそうで羨ましいっすよ」
「あはは。ありがと。ゴブリン君も幸せになれるよ」
幸せなのかな。
家は広くなった。趣味の料理に使う食材も豪華になった。特売日とか気にしなくてよくなった。曖昧に言葉を濁しているが、付き合おうと思えば先生とは恋人になれるだろうし、ほかのチームメンバーも私のことをチヤホヤしてくれる。
それなのにどういう訳か幸せになれた気がしない。
まるで穴の開いたグラスに延々と水を注ぎ続けているようだ。
ゴブリン君そろそろ家に帰ってくれないかな。そんなことを考えていたら家の扉が叩かれた。
「お客さんみたい。ちょっと出てくるね」
ゴブリン君に背を向けて私は玄関に向かった。扉を開けると先生がいた。
「やあハルナ」
「先生、どうしましたか?」
「二人で話したいことがあってね。いま時間あるかい?」
私は部屋の奥に視線を向ける。先生も玄関に置かれた男性用の靴に気が付いたようだ。
「実はいまゴブリン君がいて」
「ゴブリンか。新居に家に呼ぶとは仲がいいね」
「引っ越しの手伝いをしてもらってました。ほら、ゴブリン君は力が強いですし」
「そうかい。悪いけど席を外してもらえるかな」
私も含めて先生に頼まれて断れる人はいない。先生は私の部屋に入りゴブリン君に「リリスと大事なビジネスの話がある」と言って部屋から追い出した。ゴブリン君は「勉強のために俺も聞いていいっすか」と言ったが先生に断られひどく残念がっていた。
二人きりになった部屋で先生とソファーに並んで座る。
「それで話って何でしょうか?」
「チームのことだ」
「チームのことですか」
一時は永遠に稼ぎ続けられると思われたシステム。だが最近は陰りが見えてきた。先生だって運営が上手くいっていない事実を私みたいなチームメンバーの前で話したがらないと思っていたから意外である。
「最近、脱退者が増えていることは知っているな?」
「ええ」
頷いた。もしかして私がこれから脱退しないように念押しにでも来たのかな。そう思った。でも、違った。
「理由が分かった。なぜ脱退者が出るか。それは価格が上がらないからだ。じゃあなぜ上がらないか。それはチームが価格を吊り上げようとした商品にそれ以上の空売りが仕掛けられているからだ」
「空売り?」
「ああ。掲示板の市場情報を見ていたら気づいた。吊り上げ日の出来高が明らかに多い。出来高はその日に商品が売買された総量だ。普段ほとんど取引されていない商品を吊り上げの対象としているのだから、それで私たちが動かす以上の取引が行われているということはチームメンバー以外の金が動いているということになる。それで価格が上がらないということ空売りをぶつけられているというのは間違いない」
空売りは商品が値下がりしたときに利益が出る手法だ。ほかの似たような商品と比べて明らかに割高な価格がついた商品や、明確な悪材料が出た商品に空売りをするなら市場取引価格の下落を予想できるから理解できる。
でも、わざわざチームでこれから価格を上げようとする商品にぶつけるなんて普通に考えてあり得ない。チームの動向が分かっていたなら私たちが売り抜けると同時に空売りをすればいい、それか私たちが吊り上げる前に買っておけばいい。それだけでもっと低いリスクで確実に稼げるはずだ。もしもわざわざチームによる吊り上げに対抗する理由があるとしたらそれはたった一つしかない。
「気づいたかい?」
「もしかして……誰かがチームを崩壊させようとしている?」
可能性としてはそれ以外にあり得ない。そして事実としてその成果は出ている。でもその理由が思い浮かばない。チームに加入したけど稼げなくて先生を恨んでいるとしたら、その人に対抗して空売りをする経済力なんてないはずだ。すでに金を持っている誰かがわざわざリスクを冒して空売りをする理由ってなに?
先生は満足そうな顔をして私の回答に頷いた。
「ああ。その通りだ」
「でも誰が何のために?」
「なんのためかは分からない。だが誰かはようやく分かった。だからここに来たのだ」
「誰ですか?」
わざわざ私の何かに関係があるのかな。考えても思いつかなかった。
「それは見てからのお楽しみだ。行くぞ」
先生はソファーから立ち上がると。私の手を強引に引っ張る。
「あ、えっ、ちょっとどこに!」
「勝利宣言に決まっているだろう? 安心してくれ。もう空売りで苦しむのは終わりだ」
先生の口元は綻んでいた。空売りを仕掛けた相手に勝利を確信しているようだ。




