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第十五話 信じる

 商店街で初めてエキドナに勧誘された日、俺はそのままデートの約束を取り付けた。そしてあっという間にデートをする日がやってきた。

 待ち合わせ場所である広場で空を見上げた。


 天気は快晴。絶好のデート日和だ。

 初デートで遅刻は印象が悪いだろうと思い早めに来たため暇である。

 なんとしても成功させないと。特定の人と長く付き合うとドキドキよりも安心感が大きくなるから、デートでこんなに緊張しているのは久しぶりである。まあドキドキするのはエキドナと付き合いたいからではなく、デートしているところをアキナに見られないかが心配だからなのだが。


 本当に頼むからアキナと鉢合わせだけは止めてくれ。浮気してると思われるのも、もう完全に別れて別の相手を見つけたと思われるのも嫌すぎる。

 心の中で願い続けていたら、俺は声を掛けられる。


「やっほ。お待たせ」


 俺に向かって小さく手を振るのはエキドナだ。


「お久しぶりです! 会えてめちゃくちゃ嬉しいです! それに今日もすごい可愛いです!」


 自分で言いながら少々わざとらしい気もするが、エキドナは満更でもなさそうに口元を綻ばせた。


「ありがと。そんなに褒めてもなにもないよ」

「いやいや、本当にめちゃくちゃタイプなので」

「普段あんまり言われないからちょっと嬉しいかも」

「俺でよければいくらでも言いますよ。さあ行きましょう」


 俺はエキドナと共に歩き出し、取り留めのない話で間を持たせながら考える。

 理想のゴールはエキドナが俺のことを恋愛対象として好きになってもらうこと。俺がアキナのために頑張るように、好きになってくれればエキドナは一心に俺に協力してくれるだろう。もっとも、そんな簡単に特定の誰かを好きにさせるほど俺に恋愛力があるとは思えないが。

 となると、無難なのは俺の方が先生と比べてより優秀なビジネスパートナーだと錯覚させることだろう。

 状況に応じてどちらの策でも対応できるような立ち振る舞いが重要だ。

 現状として好意的に見えるエキドナの態度はあるが、これは気のある態度を取れば俺がよりエキドナのことを好きになって、後々勧誘とかほかの商材を販売するときに役に立つ可能性が高いと判断してということだろうから先はまだ遠い。


 俺とエキドナは劇場にたどり着く。

 受付でチケットを買った。俺から誘ったとはいえ二人で金貨二枚は痛い出費である。エキドナに財布を出す素振りもなく「ありがとー」とだけ言って受け取るだけだった。まあ最初から奢るつもりだったから別にいいけど。


 今日は国で人気の劇団が男女のラブストーリーを演じるらしい。

 演劇なら見ている間なにも話さなくていいから楽だ。大事なのは演劇が面白いか否かより長く一緒に過ごすことでエキドナにチーム裏切る言い訳をしやすくすることなのだから。私は簡単にチームを裏切る軽い女じゃないって本人が思えるように。


 隣に座るエキドナは今なにを考えているのだろうか。

 開園まで適当に雑談をしているとエキドナが俺に尋ねる。移動中の会話の中で俺はエキドナに敬語を使うのを止めた。最初からタメ口は距離が近すぎるし少しずつ距離が縮まっていく感を演出する作戦なのである。自分でもどこまで効果があるかは謎だが。


「そういえば私はなんて呼べばいい?」


 エキドナが俺に聞く。たしかにまだ俺は名乗っていなかった。アキナがチームで俺のことをどれだけ話しているが分からないが、正直に本名を名乗ってアキナに繋がったら面倒だ。


「トーマスアキトだからアキトって呼んで」


 トーマスはトーリエの苗字でアキトは適当に今思いついた名前。要するに偽名である。


「アキト君かー。アキト君はどんな仕事してるの?」


 隙あればビジネスの話か。チームみたいな不労所得をアピールしている団体に所属しているエキドナ相手に冒険者みたいな肉体労働系の職業はきっとウケが悪いはず。不労所得を目指す自分より格下だと思われたら好きにさせることも有能なビジネスパートナーだと思わせることも難しいだろう。であればここは嘘一択。


「いろいろしてるから説明がちょっと難しいかも」


 雇われる側ではなく雇う側の経営者である感を演出していく。


「へー、気になるかも」

「ビジネスの話とか興味あるんだ」

「まあねー。前にドラゴン君と一緒にいたときに話したかもだけどいろいろ勉強会とか参加してるし」

「勉強会ねー」

「興味あるならいつでも連れてくよ?」

「エキドナさんとマンツーマンの勉強会なら」

「なにそれ」

「俺はビジネスのことよりエキドナさんのことがもっと知りたいので」

「私はアキト君と一緒にビジネスしたいけどなー」


 エキドナは俺の太ももにそっと手を触れて身を寄せてきた。上目遣いで見つめられる。恐ろしく自然なボディタッチ。エキドナの顔面自体は整っている方だと思うしアキナがいなければ心が揺れてもおかしくはない。

 あまりにも興味がないと思われると見込みなしに分類され会えなくなってしまいそうなので適当に話を深掘りする。


「うーん。ちなみに勉強会の参加者同士でカップルとか多い?」

「同世代が多いからなくはないって感じかな」

「エキドナさんとか絶対モテそう」

「いやいや、全然ないって」

「えー、俺がもっと早く知り合っていたら絶対アプローチするのに。あのさ、エキドナさんの名前教えてよ」

「え、私の名前はエキドナだよ?」


 首をかしげるエキドナ。

 俺はエキドナの目を真っ直ぐに見つめた。


「そうじゃなくて本当の名前。いいじゃん。俺も教えたのだし。やっぱり俺と同じようにエキドナさんを狙っているライバル多そうだなって。だったら名前呼びで一歩リードしたいなって」

「本当に私なんか全然だよ」

「だめ?」

「うーん。私は先生からもらったあだ名気に入ってるから。これまで通りエキドナって呼んでくれると嬉しいな」


 エキドナは微笑んだ。

 それが意図的に作られた表情だってことくらい簡単に分かる。

 あだ名呼びのルール。それが先生の教えだから盲信しているのか、見知らぬ男に本名を教えるのが抵抗あるのか、ちょっと試してみたが、どちらにしてもまだまだエキドナの心の扉を開くのには時間がかかりそうだ。


「了解。変なこと言ってごめんね」


 エキドナに作り笑いを向けた。同時に俺たちを暗闇が包む。それからゆっくりと幕が上がり、檀上の演者がスポットライトで照らされた。

 どうやら演劇が始まるらしい。きっと俺の表情は見えなかっただろうな。無理して笑っている感が伝わって、それにちょっとでも罪悪感とか覚えてくれたらいいなと思ったのだけど残念だ。



 演劇を鑑賞して、それから適当に商店街をぶらぶらしていたら、夕食の時間となった。

 予約しておいたレストランで食事をする。普段は飲まないお酒も料理と一緒に注文した。食事を終えるころには、微かに酔いが回っていた。エキドナの頬もほんのり赤みを帯びているし、全く酔っていないということはないだろう。


「すっごい美味しかったねー」


 レストランを出るとエキドナはすっかり暗くなった空を見上げて言った。

 食事代は二人で金貨一枚と銀貨五十枚だった。会計の時にエキドナが「劇場では出してもらったからここは私が出すよ」と言ってくれた。一日デートをしてちょっとくらいは俺の好感度も上がったのかな。

 予定していた今日のデートプランはこれで終わりだ。あとはこの後の感触次第。


「エキドナさんが気に入ってくれてよかったよ」

「アキト君、いい店知ってすごい!」

「まあこれまでいろいろと食事する機会はあったから」

「もしかしてほかの女の子をとかとも来てたりして」

「今はエキドナさん一筋だから許して」


 曖昧に肯定する。ほかが居ないからエキドナが選ばれたと思われるより、たくさんの選択肢の中から選ばれたって思った方が嬉しいでしょ。


「うわっ、遊び人か」

「いやいや、付き合ったら超一途だから」

「えー本当に?」

「マジマジ。一途すぎて逆にメンヘラになるくらい」

「メンヘラはちょっと嫌かも」


「冗談だって。でもそれくらいエキドナさんに対して真剣ってこと」

「なにその口説き文句」

「本気で好きな相手だと緊張するんだって」

「一体私のどこが好きなんだか」

「顔がきっかけだけど今は全部かな」

「……ありがと」


 エキドナは照れくさそうに俯いた。その表情がビジネスのために作られたものではないことは確信を持てた。


「もうちょっと一緒に居たいから少し散歩しない?」


 俺は隣に並ぶエキドナの手にそっと触れた。そして繋ぐ。指を絡ませた。微かにエキドナの体温を感じながら、俺は微笑みかけた。

 エキドナは小鳥みたいに小さく頷く。


「うん。いいよ」


 エキドナの表情を見て決意した。今日で勝負を決める。もしかして意外と俺ってモテるのかも。

 俺はなるべく人の少なそうな道を選んで歩いた。


 夜風が涼しい。口では「けっこう酔ったな」とか言いながら、本心では冷静な自分を保っていられる。

 今日一日を振り返る。劇場で演劇を見て、商店街をぶらぶらと歩いて、それからレストランで食事をした。エキドナとずっと一緒にいた。いろいろなことを話したようで実は話していない。俺はチームの情報を引き出すため、エキドナは俺をチームに勧誘することが本当の目的だから、お互い当たり障りのない話しかしていないのだ。


 だが、一方的に向けられる好意とか、アルコールが体に回っているからとか、エキドナがチームを裏切るための言い訳は十分与えたはずだ。

 俺とエキドナ以外の人の気配がない閑静な住宅街で、俺は立ち止まった。手を繋いでいるため、エキドナも足も止まる。

 息を吸った。

 急に止まった俺にエキドナがどうしたの? と不思議そうな視線を向ける。


「……ねえ、無理してない?」


 言った。掠れるくらい小さな声で。


「……何の話」

「……俺とのデートのこと」

「そんなわけないよ。楽しかったよ。もちろんいきなりデートしよって言われた時は驚いたけど」


 エキドナは大げさに首を横に振った。俺はまるですべてを見透かしているかの如く神妙な顔つきで。エキドナの大きな瞳を真っ直ぐに見つめた。


「ありがと……でもさ……それもビジネスのためだよね?」


 この発言は真っ当に恋人を目指すなら悪手。

 多分、エキドナの俺に対する好意はゼロではない。無難に立ち振る舞えば恋人になるくらいは容易だと思う。

 付き合ってみたら案外楽しいということもなくはないかもしれない。


 永遠に続く正解なんてない。

 ずっと右肩上がりと思われていたスライムの結晶価格は暴落した。ある投資対象が永遠に正解であるわけではないように、永遠にアキナが交際対象として最善であるという保証はどこにもない。

 きっとこのアキナへの執着だって、損切りできない人の愚かさでしかないのだ。

 理性ではそんなこと分かっている。


 だが、理性だけですべてを決められるほど人は優れていないのだ。

 俺はまだアキナを取り戻したいのだ。

 エキドナは気まずそうに目を泳がせた。


「えっ、いや……そんなこと」

「分かるよ」

「分かるってなにが」

「ビジネスのこと」

「あんまり興味ないって言ってたじゃん」

「まあ……興味はないよ。俺が興味あるのはエキドナだけ」

「……なんかよく分からない。何が言いたいの?」


 エキドナの俺に対する表情が恐怖に変わる。

 大事なのは感情を揺さぶること。

 そして攻め続けること。

 エキドナだって最初は普通の女の子であったはずだ。それが誰かに勧誘されて変わった。きっと流されやすい性格なのだと思う。


「こんなこと言うと最低だと思うけど……最初、俺はエキドナと一晩遊べればそれでいいかなって思った。チームに加入すればエキドナの報酬になるから、加入を匂わせればそれだけでいけるところまでいけるかなって。それっぽい言葉で褒めて、それっぽくお酒を飲んで、適当な宿屋にでも連れ込んでね。でも……一日一緒に過ごして変わった。本気で好きになった。だからこんなこと言ってる。宿屋じゃなくて路上なのが誠意の証だって思って欲しい」

「何が言いたいの?」

「本気で好きだよ。だから正直に言うね。俺もエキドナと同じことを昔はしていた」


「先生のチームに入っていたってこと?」

「ううん。別のチーム。考えてもみてよ。市場取引は世界で一番参加者が多いゲームって言われているんだよ? 似たようなこと考えている人がほかにいても不思議じゃなくない? 俺も昔は結構重役だったからさ」


 それから俺はアキナから聞いた先生のチームのビジネスモデルを、自分の過去の体験談としてエキドナに語った。エキドナはまだ俺に対してチームで具体的に何をしているか詳細は語っていないのだから、俺の話をエキドナに信じさせるだけの材料としては十分なはずだ。


「勧誘だと知ってて気づかないフリをしてたの?」

「どうでもいい人ならスルーするのだけどね。でもエキドナさんはめちゃくちゃタイプだったし俺もやっぱり男だから。タイプの女の子は何を話していても可愛いし」

「私を好きなのは本気なの?」

「うん」


「なんで……」

「なんでだろ。最初は顔がきっかけだけど……話してて楽しいし、ビジネスとか頑張ってるとことか魅力的だと思うし、こんなこと言うと嘘くさいって思うかもだけどエキドナさんの全部が理由かな」

「……ありがと」

「正直に教えて欲しい。本当に稼げてる? 今、エキドナは幸せ? 俺でよかったらいくらでも力になるから。自分で言うのもなんだけど金ならたくさんあるし」


「私は……」

 俺が半歩距離を詰めるとエキドナは俯いた。表情からは逡巡が伺える。

 もしも本当に先生のチームが稼げる組織ならば、それでアキナが幸せになれるなら、苦しさはあるが、俺はアキナの選択を尊重するしかない。

 だが、あり得ないのだ。

 あんなやり方で参加者全員が幸せになれるなど。


「俺を信じて。俺にとってエキドナさんは特別だから」

「……本当に信じていい?」


 今にも消えてしまいそうなほど小さな声だった。


「うん。俺を信じて」


 エキドナの背に両腕を回した。小柄なエキドナを抱きしめる。いきなりハグしたというのにエキドナに抵抗はなかった。


「私は……」


 エキドナは語り出す。

 先生がメインとしている市場での取引自体は収支プラスであること。だが、会員でいるための月会費は毎月重くのしかかり、また様々な形でチームへの貢献を求められ、それが精神的な負担になっていること。自己投資が大事であるという教えの元で先生が投資している会社の商品を買わなくてはならない空気が蔓延しており、それを買っていたら貯金は一向に貯まらないこと。中には中毒性のあるサプリもあり、それがないと眠れない体になっていること。そして勧誘だけでなく商品の仲介でも報酬が貰えるから絶対に体に悪いと分かっていてもそんなサプリを売ってしまっていることを。

 語り終わるころにはエキドナは涙声になり、大きな瞳は真っ赤に充血していた。ようやくエキドナの本心に触れられたような気がした。


「チームを辞められないの?」

「チームメンバーはみんないい人たちだし。それに勧誘とかしてたらもう友達と言えるのはチームメンバーだけになっちゃたから」


 エキドナは自虐的に力なく笑う。

 月会費で緩く搾取されるだけならともかく、人間関係とか健康面にまで悪影響を及ぼすとは。

 一刻も早くアキナを脱退させないと。

 俺はエキドナの背中を優しく撫でながら話す。


「……そっか。大変だったね」

「……うん。でもアキト君も昔は同じことしてたのでしょ?」

「まあ俺は搾取する側だったから。罪悪感に負けて辞めたけど」

「こんなことをして馬鹿だなーって思う?」

「思わないよ。勧誘のおかげでエキドナに合えたのだからね。そう言う意味では感謝してる。大丈夫だよ。これからは俺が絶対にエキドナを幸せにする」

「……なんで私なの」


「何回も言うけど好きだから。俺にとってエキドナは特別だよ。だから一緒に稼ごう。俺がエキドナを稼げるようにする。そうすれば勧誘なんてしなくていいし、先生と違って月会費だって取らない」

「……信じていい?」


 胸元で泣いていたエキドナは不安そうに俺を見上げた。不安にもなると思う。誰だって幸せになりたい。エキドナは先生の元で頑張れば幸せになれると信じていたはずだ。でも結果的に幸せになれなかった。きっとまた裏切られるのではないかと不安になっているのだろう。そしてその不安は残念ながら正解だ。

 俺はエキドナに向かって微笑んだ。


「うん。信じて。大好きだよ」

「ありがと……私も好き」


 目を閉じた。唇を重ねた。

 アキナと比べたら全然気持ちよくなかった。


 思う。

 なぜ目の前のエキドナは一度先生に騙されたというのに、簡単に俺の言葉を盲信するのだろうか。

 それっぽいことを言って、自分の目的のために他人を操ろうとする俺と先生は一体何が違うのか。

 騙されるエキドナを愚かだと思いながらも、スライムの結晶を盲信した俺とエキドナに違いはあるのだろうか。

 俺のしていることは最低だって言われるのだろうか。


 キスしている間、ずっと考えていたけどその答えは出てこなかった。

 唇を離してから俺はエキドナに言う。


「すぐにチームを抜けるのは大変だからさ。月会費は俺が払うからもうちょっとだけ入っていてほしい。それで購入推奨銘柄と吊り上げ時期を教えて欲しい」

「そんなこと聞いてどうするの?」


 確実にエキドナが仲間として信用できるかはまだ分からない。


「すぐに分かるよ。俺を信じて」

「……うん」

 エキドナは頷いた。

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