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第十二話 好きなところ(アキナside)

 カフェで去っていくハルトの背中を目で追いかけた。声を掛ける勇気も、追いかける勇気も出なかった。

 ハルトは泣いていた。


 伸ばした手は拒絶された。

 いつも私に見せてくれる穏やかな表情とは全然違った。まるで私に対して怯えているみたいだった。


「好きです。付き合ってください」


 花火大会の帰り道、ハルトが私に言ってくれた。

 正直、予定調和だった。だってその日はなんだか挙動不審で、ずっと緊張しているのがバレバレだったから。


 むしろ待ちくたびれたくらい。

 でも、それでも嬉しかった。私も好きだったから。

 頭の中で予想しているのと実際に口にしてくれるのは全然違った。


 ハルトと私はよく似ていた。

 お互い冒険者としての才能がないという点で。

 でも、一点だけ大きく違った。ハルトは私と違って諦めなかった。


 誰も勝てないトーリエ君に挑んでいく姿に惹かれた。

 憧れだったのだと思う。私はすぐに心が折れちゃったから。


 今さら私が冒険者になりたいとかないけど、ハルトの隣で支えになりたかった。


 飲み残したコーヒーに一人で口をつける。

 苦い。

 本当はコーヒーなんて全然好きじゃないよ。


 勧誘するときはこのカフェが推奨されていて、一番安いメニューがコーヒーなだけ。


 スライムの結晶価格は暴落した。

 ハルトは就職活動が上手くいっていないみたいだった。

 お金さえあれば幸せになれると思っていた。

 だから私は勧誘だって投資だって頑張った。


 先生と親しくなると、ほかの人に購入推奨商品が教えられる前に教えてくれるって噂で聞いたから、飲み会とか勉強会とか先生の集まりには積極的に顔を出すようにした。そのせいでハルトとの予定が合わないこともあったけど、最後は二人でハッピーエンドを迎えられると思っていた。全部ハルトのためだった。


 でも、終わった。

 このまま私たちお別れになっちゃうのかな。

 なんだか目が痛い。


 左指で擦ったら涙で濡れていた。

 どこで私は間違えたんだろう。


「どうしたんだい? 涙なんて」


 声を掛けられた。なんだか落ち着く聞きなれた声だった。

 顔を上げる。


「先生……」

「涙は似合わないよ」


 先生はポケットから高級ブランドのロゴがでかでかと書かれたハンカチを取り出して私に手渡してきた。


「ありがとうございます」


 私はハンカチを受け取って、目元を拭いた。


「いや、チームメンバーの悩みくらいは聞くよ。それが私の務めだからね」


 先生はそう言いながら私の隣に座った。ずいぶん余裕がありそうな態度。私やハルトとは全然違う。


「私はこれでいいのでしょうか……」


 思ったことをそのまま口にした。

 先生についていけばお金が手に入ると思っていた。経済的自由を手に入れれば幸せになれると思っていた。


 でも、それはハルトに拒絶された。

 ハルトは先生しか稼げないシステムだと言った。


 私は大切な人を失った。

 幸せになるために始めた活動で、幸せの一部が欠けたのだ。

 先生は私の背中を優しくさすった。


「何を疑問に思うことがあるんだい? 実際に稼げているだろう」

「でも、ハルトは……私の彼氏は……このやり方じゃだめって言いました」

「それはどうして?」

「確実に稼げるのは月会費による安定収入と自分より後から投資した商品を買ってくれる会員メンバーがいる先生だけだって……」


 こんなこと言っても先生からの印象は悪くなるだろうけど、それでも言わずにはいられなかった。

 否定してほしかった。

 先生を信じてハルトを勧誘した私は間違っていないって証明してほしかった。

 先生は先ほどまでと変わらずに、私の背中をさすりながら優しい口調で語りかけてくる。


「新しいやり方というのは常に否定されるものだよ。それに嫉妬しているのさ。現実として多くの若者は低賃金で苦しんでいる。もしも楽に稼げる方法があったら、それはこれまで仕方ないと低賃金を受け入れてきた自分を否定することになるのだから。リリスやエキドナみたいに価値観をアップデートして柔軟に新しいやり方を受け入れられるような人は案外少ないのだよ」

「……でもハルトはそんな古い考えに固執するような人に思えません」

「ハルト君か……君の彼氏さんのことはよく分からない。でも、現実として私たちのチームの考えを理解してくれなかったのだろ?」


「はい……」

「なら、これは一つのアイデアだが付き合う人を変えるというのもアリだと思う。君の周りにはたくさんのチームメンバーがいる。人は関わる人によって大きく影響を受けるよ。価値観の近い人と一緒にいた方が幸せになれるのではないかい? それに古い考えの人が近くにいてリリスに悪影響を及ぼすと大変だ」

 先生は私にハルトと別れろと言うのか。

「嫌です……ハルトは私にとって……とても大切な……」


 一度拒絶されたというのに、頭の中では楽しかった思い出ばかりが浮かんでくる。また昔みたいな関係に戻れるのではないかと願ってしまう。

 でも、それも難しいのかな。


「まあすぐに決められるものでもないから、じっくり考えてくれ。ただリリスは孤独じゃない。リリスの考えに共感してくれる人はたくさんいる。それだけは覚えておいて欲しい。もちろん私もずっとリリスの味方さ」

「……はい」


 まず頭の中でエキドナさんとかイエティさんの顔が浮かんだ。それからほかのメンバーも。勧誘してきたのは二人だけど、チームにはそれ以外にも同世代の仲間は居て、何人かはプライベートでも遊ぶような仲になっている。

 先生は私の背中をさすることを止めて、代わりに道具袋から小箱を取り出した。


「これは私の投資している会社が開発しているサプリだ。疲れを癒す効果がある。よかったら飲んでほしい」


 先生が小箱を開けた。

 中に入っている錠剤は、以前エキドナさんから貰ったものとよく似ている。同じものなのかな。


「……これ高いですよね? 以前エキドナさんから貰いました」

「基本的には非売品さ。どうしても欲しい人にだけ売っている。もちろん今日はお金とか取らないから安心していいよ」

「ありがとうございます」


 私はサプリを手に取り、口に入れて、飲み込んだ。

「どうだい?」

「うーん。どうでしょう?」


 特に効果は大きく変わらない。でも、せっかくもらったのだからお世辞でもいいこと言わないとだよね。前にエキドナさんに貰った時も注意されたし。


「なんだか気持ちが楽になった気がします」

「そうかい。それは良かった」


 先生は微笑んだ。

 それから私は先生と取り留めのない話をした。

 具体的に何を話したかは覚えていない。

 だって私の意識は段々曖昧になっていって、最終的には途絶えたのだから。

 


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