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おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―  作者: ほまれ


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8/30

第八夜「清洲炎上 ― 理と情の橋 ―」

理で橋を断ち、情で門を開く――。

その夜、美濃と尾張の境に立つ二人の若者が、

“戦”という名の炎の中で、それぞれの正義を選んだ。

今宵は、利尚様のもとに集う知略と情熱の夜。

その夜のバー〈ゴールデン戦国〉は、いつもより静かでね。

 雨が細かく降って、街の灯りがグラスの縁で揺れていたわ。

 常連の青年が、小さな声でこぼしたの。

「間に立つのって、しんどいですね。

 上司の理屈もわかるし、後輩の気持ちもわかる。

 でも片方を立てれば、もう片方に刺されるんです」

 あたしは琥珀色の酒を注ぎながら、ほんのり肩を揺らした。

「それはね、“橋の役目”ってやつよ。

 理と情、片方だけで立とうとすると、折れちゃうの。

 今夜は、その橋を渡った者たちの話をしてあげるわ。

 墨俣では“理”が橋を落とし、清洲では“情”が門を開けた。

 戦で人を繋いだ、ふたりの若武者の物語よ」

 グラスを差し出して、ささやいた。

「今夜のおすすめは“熱燗のにごり酒”。

 芯があって柔らかい――理と情の間みたいな味よ。

 おつまみは“炙りエイヒレと山椒の佃煮”。

 噛むほどに深くなるわ。人の縁もそうでしょ?

 さ、物語の橋を一緒に渡りましょ」

 稲葉一鉄が眉をつり上げた。

「橋を壊せば、民が困る!」

 半兵衛は、静かに筆を置いた。

「……理解されぬか。やはり凡俗の戦だ」

 その時、利尚様が低く問われた。

「待て。その策、どこまで“壊す”つもりだ?」

 半兵衛は迷いなく答えた。

「完全には落としません。

 夜明け前に支柱を緩め、流れに任せて橋板を落とす。

 敵を渡らせぬ“時間”を得るだけ。

 橋は後に再建できます」

 利尚様は深く頷かれた。

「理に叶っている。橋を殺さぬ戦、よいではないか」

 稲葉は息を詰め、深く頭を下げた。

「すまぬ、早計だった。そなたの理、見事だ」

 その瞬間、半兵衛の肩がわずかに震えた。

「……初めて、“理解された”気がします」

 墨俣の川辺に火が揺れた。

 雨上がりの空気の中、燃え落ちる橋が水面に伸びて、

 まるで時代そのものが軋んでいるようだったわ。

 “理の橋”はたしかに崩れた。

 けれど、あれは破壊ではなく、次へ渡すための“理の手”だったの。

 風向きが変わる頃、尾張・清洲には油と火薬の匂いが流れていた。

 あたし――ヨシエは、織田信友の前に立っていたのよ。

 あの人の目、誇りと恐れを一緒に抱えてる、不器用な光だったわ。

「このままじゃ、尾張は若造の信長に呑まれるわよ」

 信友の視線が鋭くなる。

「貴様、美濃の者か」

「ええ。でもね、利口な人は“敵の理”すら味方にするの。

 利尚様は“国を護る理”。

 信長は“国を呑む欲”。

 あなたは、どちらに従う方が誇りなの?」

 信友の握った拳が震えた。

「尾張の弾正忠の若造に屈するより……

 室町に名を持つ守護代・斎藤家に従う方が、まだ武士の面目が立つわ!

 それに……信長は己の邪魔と見れば、叔父すら斬る男だ。

 ならば、斬られる前に――こちらが道を選ぶまでよ!」

 あたしは扇を軽く開いた。

「なら、門を開けなさい。誇りを選ぶなら、今よ」

 夜明け前、清洲の門が重く軋いて開き始めた。

 三つの松明が掲げられ、利尚軍の旗が闇を割った。

 炎が上がり、清洲の空は赤く染まる。

 信長方の兵が叫び、散っていった。

 轟音の中で、利尚様はふっと立ち止まった。

「父上……あなたの“利”は、ここにあったのか」

 あたしはその背に、そっと言葉を落とした。

「違うわ。あなたが“情”を持ったから、皆が動いたのよ」

 墨俣の理が橋を守り、清洲の情が門を開けた。

 理と情、その二つが一つの勝利をつくった夜だった。

 そして、夜が明けた。

 焼け跡の向こうで朝日が昇り、焦げた風が頬を撫でる。

 利尚様のマントが、薄い光の中でゆらめいた。

 その背中はもう、“戦う人”ではなかった。

 “築く人”になっていたのよ。

「父上の理、私の情――

 その橋を渡って、天下を見せてやる」

 遠く、川辺には半兵衛の姿。

 その瞳には、初めて“人の温度”が宿っていたわ。

理と情。

 どちらが正しいかなんて、たぶん一生わからないわねぇ。

 けれど、どちらかだけを選んだ瞬間に、人は不器用になっちゃうの。

 “理”で繋ぎ、“情”で歩く――それが、人と人の橋の渡り方。

 さあ、今夜の一杯をもう少しだけ。

 熱燗のにごり酒をもうひと口。

 冷めかけたエイヒレをあぶり直して、山椒の香りを足しましょうか。

 ほら、湯気の向こうに見えるでしょ。

 燃える城、そして――夜明けを見上げる利尚様の背中が。

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