表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―  作者: ほまれ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/29

第六夜「土岐の落日 ― 父と子の分かれ道」

浅井・六角の和議が結ばれ、美濃にも束の間の春が訪れた。

けれど、その柔らかな風は、まるで“長くは続かない”と知っているようだった。

父・斎藤道三と、子・利尚(義龍)――

ふたりの間に潜んでいた影が、静かに形を取り始めていたの。

今夜は、“父と子の愛と決裂”が胸を焦がす夜。

お供はカベルネ・ソーヴィニヨン。

深紅の果実と樽の煙の香りは、愛と誇りがぶつかるあの夜に、よく似ているの。

照明はふだんより少し落とされて、静かなベースが店の隅を撫でていた。

カウンターの向こうで、若いサラリーマンがぽつりとこぼす。

「……また親父と喧嘩しちゃって。

僕は会社を変えたいだけなんですけど、あの人は“今のままでいい”って……」

あたしはグラスを拭きながら、ひとつ微笑んだ。

「“変えたい息子”と“守りたい父”ねぇ……。

 まるで利尚様と道三様じゃないの」

青年が首をかしげる。

その仕草が、あの若獅子の眼差しを少しだけ思い出させたわ。

「……そんな話、あったんですか?」

「フフ。じゃあ今夜は、“親子の愛と決裂”の物語を聞かせてあげる。

 このワインにぴったりよ……香りも味わってごらんなさい」

深紅の液体が、ライトを受けて艶めいた。

それは血と情のあいだに立つ父と子のように、息づいていた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

土岐頼芸様の使者が捕らえられたと耳にしたとき、

利尚様の端整な横顔が、ぎゅっと陰を帯びたの。

「父上は……本当に、頼芸様を追放なさるおつもりなのか」

声は静かだった。

けれど、その奥にある痛みは――

わたしには痛いほど感じられた。

道三様は盃を傾けながら、冷たい声音で言った。

「この国に、二人の主は要らぬ。

 わしが守る未来に、あの御仁の居場所はない」

利尚様の瞳が震える。

その揺れは、怒りよりも……悲しみに近かった。

「ですが……あの方こそ、美濃の象徴にございます!

 御恩を忘れ、力ずくで奪うなど――!」

(あっ……利尚様……いまの言い方……情が……つよ……)

道三様は、まるで鉄でできたような声で言い放つ。

「恩で国は回らぬ。

 利で回せぬ者が国を沈めるのだ」

部屋の空気が一瞬で張りつめた、その時よ。

長井隼人佐が、音もなく一歩前に出た。

「御屋形様……ここでためらえば、いずれ美濃は朝倉に呑まれましょう。

 “正しさ”は、時に国を滅ぼしますぞ」

(ひっ……い、いまの目……完全に黒幕ムーヴ……こわ……)

わたし、思わず体が縮こまっちゃった。

隼人佐って、あの……なんていうか……

“史料の行間にいるタイプの人”なのよね。いやな意味で。

利尚様は拳を握りしめ、ふるえる声で言った。

「……父上。

 私は、“蝮の子”と呼ばれようと構いません。

 ですが、“人の心”を捨てた国主にはなりたくありません!」

(っ……利尚様……っ。

 そ、それ……わたし……しゅき……)

道三様は、冷たく笑った。

「情は毒にもなる。覚えておけ、利尚。

 “人のため”と言いながら己の理想を押しつける――それを甘さと言うのだ」

(はぁ……もう……どっちも正しい……。

 利がなきゃ国は動かないし、情がなけりゃ人は死ぬし……

 正しさって、ほんと……人の数だけあるのに……)

その夜、美濃の“主”はひとりになった。

土岐頼芸は追放され、斎藤家の天下は確定した。

けれど同時に――

父と子のあいだに、戻れない距離が刻まれたのよ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

頼芸様の護送を、わたしと利尚様は遠くから見送っていた。

月の光が淡く地面を照らし、風が冷たかった。

「……父上も、これが正しいと信じておられるのでしょうか」

利尚様の声は弱くはなかった。

ただ、深く痛んでいた。

「え、えっと……利尚様……

 正しさって……その……ひ、人の数だけ……あると言いますか……

 利尚様の“想おうとする正しさ”も……

 道三様の“動かそうとする正しさ”も……えっと……

 両方……たぶん……後世で……(ゴニョゴニョ)」

(うぅぅっ……噛んだ……っ)

利尚様は小さく笑ったわ。

その笑顔が、逆に胸に刺さるのよ。

「……ならば私は、“人を信じる”道を往く。

 たとえ孤独であっても」

その背中が風に揺れた瞬間、

わたし、思わず言っちゃったの。

「と、としひさ様……っ。

 あなたの……そういうとこ……ほ……ほんと……

 す、す……すき……っ……!」

あぁもう……言った……!

言っちゃった……!!

風が吹いて袖が揺れた。

それは、ふたりの運命が静かに動きはじめた気配だった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

青年はワインを飲み干して、ゆっくりとつぶやいた。

「……僕も、父を恨むんじゃなくて、理解してみることから始めてみようかな」

あたしは微笑んで、ボトルを軽く掲げた。

「そうよ坊や。

 愛も正義も、片方だけじゃ酔えないの。

 利と情――両方をブレンドしてこそ、“人生”ってカクテルになるのよ」

グラスの赤が、稲葉山の夕焼けみたいに揺れた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【今夜の献立】

お酒:カベルネ・ソーヴィニヨン

深紅の果実と樽香の混ざる、熱くて苦い一杯。

父と子の愛が憎しみに変わる、その直前にぴったり。

おつまみ:牛ほほ肉の赤ワイン煮とブルーチーズのカナッペ

濃厚で、でもほろりと崩れる。

まるで“情が理に割り切られていく”親子のように絡み合う味。

親を越えるってね、いつの時代も“愛のかたち”なのよ。

利尚様は、父を否定したわけじゃない。

ただ――違う愛し方を選んだだけ。

だけど戦国という舞台は、愛に優しくなかった。

情が深いほど、理は遠ざかる。

あの夜の風を思い出すたび、胸の奥がきゅっと痛むの。

次の夜は――

“決意”が“戦”に変わる瞬間。

蝮と若獅子の絆が断ち切られる、長良川の夜へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ