第二十六夜「永禄の政変・続 ― 炎を裂く刃、京に走る誓い」
京の夜ってね、不思議なのよ。
昼間にどれだけ血が流れても、日が落ちると何事もなかったみたいな顔をする。
でも、耳を澄ませばわかる。
瓦の隙間や、焦げた木の影に――まだ誓いが燻ってる。
今夜の話は、勝った者の武勇譚じゃないわ。
負けなかった人間たちが、
それでも「守る」と決めた夜のお話。
刃を振るったのは腕じゃない。
走ったのは足じゃない。
胸の奥で、どうしても折れなかった“芯”なの。
さあ、グラスを用意して。
今夜はね、静かな炎が喉を通るわよ。
夜も更けて、店の明かりが静かに揺れる頃だったわ。
扉がひゅ、と細く開いて、あの青年が入ってきたの。
肩の力が抜けてるけど……どこか胸の奥を押さえてるみたいな顔。
あたしはその表情だけで、今夜の酒が決まったわ。
「ヨシエさん……昨日の話、続き……ありますよね?」
「あるわよ。
でもその前に、あんたに“刃物みたいな一杯”を出してあげる」
カウンターに透明なボトル。
ジュニパー香の強いクラフトジンを氷に落とすと、
すん、と清冽な香りが立ちのぼる。
ライムを軽く絞り、冷やしたソーダで満たす。
「ジュニパー濃いめのジンリッキー。
ざっくり言えば、“静かだけど刺さるお酒”ね」
さらに小皿。
「新玉ねぎの塩麹マリネと生ハム。
みずみずしい甘さの奥に、武士みたいな芯があるのよ」
青年は、ふっと笑った。
「今日は……強い話、来そうですね」
「えぇ。
「えぇ。今夜はね――
刃と炎の中で交差する……“忠と想い”のお話よ。」
あの日の京は、まだ煙の匂いが残っていたわ。
長慶殿の屋敷はすでに崩れ落ち、義興殿を抱えてあたしたちは逃げ切った。
だけど戦は終わっちゃいなかったの。
夜の京の街路を駆け抜けると、
信長様の軍が岩成友通とその加勢勢力とぶつかっていたの。
「おのれ、岩成……まだ仲間がおるとはな!」
信長様の背後では、
・佐久間信盛
・丹羽長秀
・林秀貞
・河尻秀隆
――信長様に古くから仕え、
“一色義龍の家臣となったあとも離れずついてきた四人”が、
見事な働きで道を作っていたわ。
信長様は、斬り結びながら低く呟いた。
「……お前たちが来てくれるだけで、わしは十分だ」
戦場でそんな言葉を言う殿、そうはいないわよ。
でも岩成勢は手強かった。
三好三人衆に通じる武将たちが次々と加わり、
形勢は一気に悪くなる。
◆ 北畠軍、乱入
その時だったわ。
城下へ響く、太い法螺の音。
「――北畠軍、馳せ参じた!」
北畠具教が率いる軍勢が、
まるで夜の闇を割る白刃のように飛び込み、
岩成勢を側面から叩いたの。
「信長殿、退路を確保した!
娘と義興殿を守るもの、早う退け!」
北畠軍の弓が矢の雨を作り、
利家がこちらへ駆け寄った。
「ヨシエ! 義興殿を連れて先へ!
信長様は俺が助ける!」
「は、はい!! 気をつけてください……!」
利家の背中は、火の粉を散らしながら信長様へ戻っていった。
あたしの役目はひとつ――
義興殿を、生かすこと。
◆
義龍様・光秀殿・半兵衛殿・六角義賢の軍は、将軍・義輝公のもとへ急いでいたわ。
御所に着く頃には、
三好宗渭と三好長逸の旗が押し寄せ、
門前は炎と血の海だった。
「義輝様は奥にて応戦中とのこと!」
そこに――いたの。
刀を振るう白い影。
まるで月光が人の形を取ったような――
「元親殿! 無事か!?」
義龍様が叫ぶと、
長宗我部元親は振り返り、満面の笑みを見せた。
「おおっ義龍!
よくぞ来てくれたな、我が友よ!」
あたしは思わず心の中で突っ込んだわよ。
( ……いや、多分義龍様そんなに友だち認識してない……)
元親は義龍様の肩をがしっと掴んだ。
「我らを助けるために参ったのだろう?
いや〜義龍は頼もしいな!」
「……ま、まあ……必要とあらば、な」
義龍様、ちょっと困ってるのが可愛いかったわ。
◆
御所の中では、義輝公がたった独りで槍兵を薙ぎ払っていた。
「義龍! 来たか!」
「遅くなりまして!」
義輝・義龍・義賢・元親。
四人が並んだだけで、戦場の空気が変わったわ。
だけど――
さらに悪い知らせが雪のように飛び込む。
「毛利勢、三好方に加勢ッ!!」
戦場の空気が凍りつく。
その時、炎の裏から、影が二つ飛び出した。
「遅れて……申し訳ない!」
「た、ただいまっす……っ!」
光秀殿とあたしに続いて、義興殿と松永久秀が現れたのよ。
久秀の目には、燃えるような覚悟が宿っていた。
「義輝様……!
長慶様より言伝です。
『日の本を……頼む』と……!」
義輝の目が大きく見開かれた。
「……長慶が……!」
◆
戦の只中で、二人は一瞬だけ視線を交わした。
光秀は、久秀と背中合わせに立ちながら、声をかけたの。
「あなたの采配、見事でした。
長慶殿の気持ちを汲んだ……まっすぐな忠義だ」
久秀も答えたわ。
「……光秀殿こそ。
その用兵の冴え、清廉なる姿勢……
義龍様が信を置かれるわけです」
互いに礼を交わす二人は、
戦場とは思えぬほど穏やかだった。
それを見て、あたしは思ったわ。
(あ、これ“真面目同士の意気投合”ってやつね……
二人とも空気が似てるわ……)
◆
あたしは義興殿を守りながら、
半兵衛殿と影のように動いたわ。
「半兵衛殿、あ、あのっ!
あっち……そ、その、三好の弓隊が……!」
「うん、わかってる。
ヨシエさん、あそこを潰してきてくれる?」
「えええ!? わ、わたしが!?
……が、がんばります……!」
くノ一らしく、
闇を裂くように走って、弓隊の背へ回る。
夜風と炎の中、
あたしの小太刀がひらりと火花を散らした。
三好の兵が崩れ、
光秀と久秀がその隙を突く。
最後は義輝公だったわ。
将軍家の白刃が、
最後の毛利武将の大太刀を受け止め――
「これまでよ!」
その一声で、三好勢は崩れた。
京は、ようやく夜を取り戻したの。
◆
戦が落ち着いたころ、
義龍様は義輝公の前で静かに膝をついた。
「義輝様。……長慶殿の想い、確かに受け取りました」
義輝公は目を閉じ、深く頷いた。
「ならば共に行こう。
日の本の未来を、荒波から守るために」
義龍・義輝・元親・義賢・信長。
重なり合った灯火は、もう消えなかった。
語り終えたあたしは、
青年のジンリッキーに目を落とした。
氷が溶けて、
ほんのり白く濁っている。
「……義輝も、義龍も、長慶も……
なんでこんなに真っ直ぐなんですかね」
青年は小さく笑う。
「ジンリッキーって、こんなに“刺さる”味でしたっけ。
なんか、飲むほど胸が熱くなる」
「戦場みたいな夜はね、
すっきりした刃物の味が似合うのよ」
青年はマリネを一つ口に運んだ。
「……これ、すごい。
優しいのに芯がある……
あ、義龍さんとか元親さんみたいだ」
「ふふ。
あんたね、段々と“いい飲み手”になってきたわよ」
青年は照れくさそうに笑った。
「今日の話……
なんか、“守りたいものがある人間”って、
強いんだなって思いました」
その言葉に、
あたしはゆっくりグラスを磨きながら頷いた。
「そうよ。
刃だけじゃ勝てない。
心に芯のある人間が、最後に夜を越えるの。」
◆ 今夜のお酒 ◆
『ジュニパー濃いめのジンリッキー』
・クラフトジンをやや強めに
・ライムを控えめ、ソーダはよく冷やす
・透明な刃みたいな香りが立つ
“真っ直ぐで、嘘がつけない味”。
義輝や光秀、久秀の清廉な佇まいを映すような一杯。
迷いを断ち切りたい夜は、こういう“透ける強さ”がいいのよ
◆ 今夜のおつまみ ◆
『新玉ねぎの塩麹マリネと生ハム』
・新玉ねぎを薄くスライス
・塩麹+レモン少しで一晩
・生ハムの塩気と合わせる
・胡椒をひと振り
みずみずしい甘さは“救いたい気持ち”、
生ハムの塩気は“戦場の現実”。
この組み合わせは、義龍たちの夜に重なるのよ。
戦が終わると、人は数字を数えたがる。
誰が倒れた、誰が生き残った、どこが勝った――
でもね、本当に大事なのは、
**「誰が背を向けなかったか」**なのよ。
義輝も、義龍も、信長も、長慶も。
完璧じゃない。
怖がりだし、迷うし、間違いもする。
それでも――逃げなかった。
だから夜は、ちゃんと朝に向かうの。
氷の溶けたグラスを置いた時、
あんたが少しだけ背筋を伸ばしてたなら、
この夜の話は、ちゃんと届いてる。
大丈夫。
刃だけの時代は、もう長くないわ。
――今夜も、よく飲んだわね。




