第三夜「加納口の戦い ― 信の絆、炎に刻まれて」
いらっしゃい、バー〈ゴールデン戦国〉へようこそ。
今夜はね、“信じる”ってことが人をどう強くするか――
その真実を、あたしが見た戦場の炎と一緒に語らせてちょうだい。
ふふ、今夜の一杯は少し熱めよ。火のように、利尚様の“信”が燃えるからね
バー〈ゴールデン戦国〉の灯りが、炎の記憶みたいに赤く滲んで揺れていた夜。
あたしはカウンターでグラスを磨きながら、ゆっくり話し始めたの。
「ふふ、坊や。今夜はね、“信じる”ってのがどれほど人を強くするか……
身をもって示した夜のお話よ。利尚様がね、本気の“信”を見せた夜――
“加納口の戦い”って言うの」
青年は目を丸くする。
「加納口の戦い……どんな戦だったんですか?」
ヨシエはにっこりと艶っぽく笑い、酒を注ぐ。
「今夜のお酒は、福井・黒龍酒造の『黒龍 吟醸 いっちょらい』。
見た目は淡麗、でも芯は固いのよ……まるで利尚様そのもの。
おつまみは越前蟹のほぐし身和え。戦の緊張をほどく優しい海の甘みね」
チリン、とグラスの音が鳴った瞬間、あの戦の空気が胸にざわりと戻ってきた。
――――
斎藤道三様が稲葉山城を手に入れて間もない頃。
尾張の織田信秀が攻め寄せ、その背後には土岐頼芸、さらに朝倉孝景。
三方向から攻め込まれる、地獄よ。
兵力は敵が三千、こちらは千。
まともにやり合えば押し潰される――誰もがそう思ってた。
そんな中、利尚様が静かに言ったの。
「この戦、ぜひ私にお任せください」
空気が一瞬止まった。
稲葉一鉄が立ち上がり、怒鳴る。
「殿、若殿に戦を任せるなど早計にございます!
酒と女に溺れた若造に、兵の心は掴めませぬ!」
――あたし、その瞬間マジで頭に血が上ったわよ。
けど、利尚様は静かに微笑んだ。
「ならば、この命をもって証を立てます」
その言葉に、胸がズキンと痛んだ。
(ああ……この人、本当に命で信を示す気なんだ……)
惚れ直しちゃったわよ。
道三様はしばらく黙って利尚様を見つめ――口元をわずかに上げた。
「……よい。やってみよ。おぬしの“信”を見せてみるがいい」
――――
地図を囲んで、利尚様、光秀、そしてあたし。
灯の揺れが三人の影を大きくして、運命そのものがこちらを覗いてるみたいだった。
「ヨシエ、忍びの目で見てくれ。敵の進軍路と補給線……どこが綻びだ?」
利尚様の声が低く響いて、胸の奥が熱くなる。
「織田は南の谷、朝倉は西の橋。土岐は補給が遅れ気味。
谷を崩せば、敵は止まるわ」
光秀が険しい顔で言う。
「……だが、橋を落とすにも人手がいる。兵が足りません」
あたしは袋をポンと叩いて笑った。
「そこで忍びの出番。罠と火薬で時間は稼げるわ。女の根性を見せてあげる」
――ほんとは手、震えてたのよ。
火薬の扱いを間違えれば、あたしなんて一瞬で灰。
でも利尚様の“信じてる”って眼差しに応えたかった。
その時、稲葉一鉄が静かに進み出た。
「我が隊で陽動を致そう。殿の策のためなら、この命、惜しみませぬ」
利尚様の顔がぱっと明るくなる。
「一鉄……頼む。お前の勇気に縋る」
――その瞬間、勝てる気がしたの。
(利尚様を信じ抜けば、この戦……道が開く)
――――
霧の中、太鼓がドン……ドン……と響いて戦が始まった。
一鉄の隊が先陣を切る。
霧に飲まれる影が増えるたび、胸が張り裂けそうだった。
「くっ……このままでは一鉄殿が危うい!」
光秀の声が響く。
あたしは崖の上で、汗で滑る導火線を握ってた。
利尚様の声が頭に残ってる。
“信じろ”
震える手を押さえて、火をつけた。
「……まだ……まだよ……来い……来なさい……」
敵旗が視界に飛び込んだ瞬間、叫んだ。
「今よッ!!」
ドォォォンッ!!!!!
谷が崩れ、土岐軍の補給隊ごと飲み込んだ。
赤い煙が上がり、まるで“信念”そのものが炎になって燃え上がったみたいだった。
利尚様が馬を駆り、一鉄のもとへ突っ込む。
「一鉄、退け!! ここは俺が押す!!」
その声が、戦場の全員の胸を撃った。
「“信”を疑ううちは、勝ちはない!!」
……もう涙で戦場が滲んで見えなかった。
信じるって、こんなに熱くて眩しいのね。
――――
戦が終わり、一鉄が膝をつく。
「……若殿、見誤っておりました。
兵も民も、皆殿を信じて動いた。
ならばこの稲葉一鉄、この身を賭して殿に仕え申す」
利尚様は静かに頷いた。
「ありがとう、一鉄。
信じてくれる者を、俺は裏切らぬ」
光秀は深く頷き、
あたしは胸の奥で泣いてた。
(信じるって……こんなに人を強くするんだ……)
――――
青年は盃を見つめたまま、小さく息をつく。
「……信じるって、命がけなんですね」
ヨシエは笑って、グラスを磨きながら言った。
「そうよ、坊や。
信じるってのは、裏切られる覚悟を持つこと。
でもね、その覚悟があるから……絆は強くなるのよ」
青年は静かに笑って頷く。
「……僕も、もう一度、誰かを信じてみようかな」
「ふふん、それでこそよ。
信じる人がいる限り、戦も人生も、まだ終わっちゃいないの」
赤い灯りが揺れ、グラスの中に戦国の炎が再び燃えた。
――――
◆ 今宵の献立
福井・黒龍酒造『黒龍 吟醸 いっちょらい』
静かな力と深い余韻。利尚様の凛とした“信”の味。
越前蟹のほぐし身和え
戦の熱を鎮める海の香り。
勝利のあとにふさわしい、やさしい甘さ。
はぁ……やっぱり“信じる”って、簡単じゃないわね。
裏切られるかもしれない、傷つくかもしれない。
それでも信じ抜いた人だけが、誰かの心に火を灯せるのよ。
利尚様の炎――あたしの胸にも、まだ燃えてるの。
ねぇ坊や、あなたは誰を信じたい?
答えは次の夜のグラスに映るかもしれないわ




