第二十四夜 「京の影、龍の眼 ― 四国の若獅子と、密やかなる茶会」
今夜の〈ゴールデン戦国〉は、
音の少ない夜よ。
静かだけど、胸の奥が落ち着かない。
裏切りかもしれない。
でも、違うかもしれない。
その“判断がつかない不安”が、
いちばん人を疲れさせるの。
今夜の話は、
刃も血も出ない。
ただ、京の奥で、
確かに歪みが生まれた夜。
美しいものほど、
疑うのは難しい。
だからこそ、
龍は眼を開いた。
グラスを傾けながら、
静かな影の話、聞いていきなさい。
夜の〈ゴールデン戦国〉。
今日の店には、いつもより乾いた風が流れ込んでくる気がしてねぇ。
カウンターを拭いていたアタシは、ふと手を止めたの。
扉が“コン”と小さく鳴って、青年が入ってきた瞬間──
その目、まるで誰かに背中を押されて逃げてきたみたいに張りつめていたのよ。
「ママ……
俺……たぶん、部下に裏切られてるかもしれない」
椅子に倒れ込むように腰を下ろすその姿、
手は震えて、声は力を失っていたわ。
アタシはブレンデッドウイスキーを静かに棚から取り、
何も言わずにロックグラスへ注いだの。
黄金色が氷の上で波紋を描く。
「ほら、一口飲みなさい。
裏切りの話はね、喉を潤してからするものよ」
青年はためらいがちに飲み、
伏せた目の奥から、ぽつりぽつりと言葉がこぼれた。
「……信じてたんですよ。
だからこそ、怖いんです。
もし本当に裏切られてたら、俺……」
アタシは静かにうなずいたわ。
この手の苦味は、ねぇ……歴史の中でも山ほど見てきたんだから。
「ならねぇ、ちょうどいい話があるの。
信じる者のズレ、陰謀、忠義に、“静かな歪み”……
全部が混ざり合った、京の夜の物語よ」
アタシはいぶりがっこのスライスを小皿に並べた。
カリッとした音が似合うのは、こういう緊張の夜なのよ。
「利尚様――いや、“義龍様”がね。
京で裏切りの影と向き合った夜の話。
あんたの心にもきっと響くはず」
そしてアタシは語りはじめた。
京、東洞院に渦巻く“静かな敵意”の物語を──。
◆
都の朝って、なんだか特有の静けさがあるのよねぇ。
霧が薄く漂っていて、でも奥にはざわめきがある――
まるで、男たちの本音と建前みたいだわ。
その静けさの中、
六角義賢様が優雅に袖を払われておっしゃったの。
「義龍。今日は諸家へ挨拶に向かうぞ。
そなたは既に“都の一色”である。」
義龍様は涼しい顔。
あたしと半兵衛ちゃんは、その後ろをしずしずとついていったのよ。
北畠家の屋敷はね、敷石の並び方からして上品なの。
“私たちは伝統と格式よ” って、石が語ってるようだったわ。
具教様は静かに微笑まれたけれど、
その眼差しには、はっきりした敵意が漂っていたわ。
「六角殿。
そして一色義龍殿。
都にお戻りになられたこと、慶賀に存じます。
……殿の若き才、噂に聞こえておりますゆえ」
“慶賀”と言いつつ、言葉尻にほんのり棘。
雅をまとった対抗心って、美しいけど刺さるのよねぇ。
義龍様は丁寧に頭を下げられ、
「北畠殿の御名声、私も常々耳にしております」
とさらり。
あらやだ、この人ほんと余裕だわ……と、あたし感心しちゃったのよ。
具教様、微笑んだまま扇を閉じる音が少し強かったわねぇ。
次に訪れたのは九州からの名代たちの宿。
あの人たち、ほんと“距離”があるのよねぇ。
声が届きにくいのか、心が届きにくいのか……まぁ後者よね。
大友家の名代は、義龍様を見るなり、
「……ふむ。これが」
だけ。
んまぁ、逆に清々しいくらいでしょう?
少弐の使者に至っては、
「都の争乱は、我らには遠いことで」
と、まるで壁に向かって話しているみたいだったわ。
義賢様は微笑んでおられたけど、
あの目はね、“数十里の距離は埋まらぬ”って言ってたわ。
義龍様も、挨拶だけ軽く済ませて静かに立ち去られたのよ。
必要以上に絡まない、その距離感がまた素敵だったわね。
毛利家の吉川元春殿は、第一声がこれよ。
「……強いかどうかは、わからん」
挨拶どころか評価の感想から入るのね、この人。
筋肉で考えてそうで、逆に好きよ、あたし。
義龍様は、にっこり。
「では、いずれお確かめください」
うふふ……この余裕、たまらない。
尼子家の山中鹿介は逆に熱すぎるのよ。
「義龍様!
七難八苦を耐え抜く覚悟、胸に響きます!」
って、義龍様の手を掴まんばかりの勢い。
義龍様は優しく微笑み、
「……苦難を越えてこその武士。
若い殿は良い志をお持ちだ」
とお返しに。
鹿介、犬みたいに喜んでたわ。かわいかったわよ。
筒井順弘 は、 笑顔の皮をかぶった計算機みたいなひとだったわ。
「義龍殿、ようこそお越し下さいました。
大和のためにも、美濃との友誼……ぜひに」
って、にこにこしてるのよ。
でもね、目がぜぇんぜん笑ってないの。
“使えるかどうか”って値踏みする目。
義龍様は逆にとても丁寧にされていて、
「大和の治安、常にご苦労が多いと聞きます。
力を合わせられれば良いですね」
って、利用しようとする者には“握った手をゆるく返す”って感じの対応。
あたし、この人の外交術ほんと好き。
◆
背がすらっと高くて、切れ長の目の美青年。
でも斜に構えた気配があるのよねぇ。
「……ふぅん。
あなたが噂の一色義龍殿。
六角を味方にして、三好を動かして、
足利義輝様にも重用されてるんだって?
……弱くはなさそうだね」
(おいおい、この子、イキってるわよ……)
ところが義龍様は穏やかに返された。
「強さの証明は、
誰が支えてくれたか、だと思います。
俺も、あなたも。
誰かに託されて、ここに立っている」
元親様の目が変わったのよ。
軽く鼻で笑うつもりが、笑えなかったのね。
「……面白い答え。
後で話そう、義龍殿」
はい、好感度上昇イベント入りました。
◆
その後よ。
挨拶を終えて、朝廷の控え廊で一息ついていたところに、
見たくもない三好三人衆の一人、
十河一存の弟・三好長逸がふらりと現れたの。
「おやおや……土佐の若造ではないか。
一条殿を追い出した土佐だけでは
飽き足らないようだな。
三好の首も狙うつもりか?
そうだ。土佐も三好が預かろうかの。
若造には荷が重かろう。」
あらイヤなやつ……
元親様の眉がピクリと動いたわ。
でも生意気な子だから黙ってない。
「……。
三好は、京のことで忙しいでしょ。
土佐くらいは長宗我部に任せてよ。」
(あ、これ殴り合い一歩手前のやつ……!)
そこで義龍様よ。
スッと二人の間に入ったの。
「長逸殿。
土佐の情勢は、長宗我部殿にお任せしては?
――幕府を支える我らが、
己の縄張りで他家を揺さぶるのは得策とは思えません。」
長逸は鼻白んだ顔で去っていったけど……
元親様は義龍様をまじまじと見つめて、ぽつり。
「……助けられたのなんて初めてだよ。
ありがとう、一色義龍殿。
気に入った。」
(きたわね……
“長宗我部元親(友好:高)”のフラグ!!)
◆
東洞院邸に戻ってから、義龍様はアタシに声をかけられた。
「ヨシエ。
三好三人衆と松永久秀……
いま、何を考えているか探れ。
越前、三河、遠江の様子もだ。
不穏が渦巻いている。」
アタシは陰キャな声で、
「えっ……あの……フラグ乱立してるんですが……
デスフラグとか、裏切りフラグとか……」
とボヤいたけど、
義龍様の眼は、龍のように静かに燃えていた。
「だからこそ、お前に頼む。
――この京の影を見抜けるのは、お前だ。」
(……そんなん言われたら……行くしかないじゃん……)
アタシは深く頷いたわ。
◆
翌日の午後。
三好長慶様の邸では、こぢんまりとした茶会が開かれていた。
招かれていたのは、
三好三人衆(宗三・岩成・長逸)と松永久秀様。
六角義賢様は別の会談に出向いており、この場にはいない。
私は天井裏に潜み、
張りつめた空気を肌で感じていた。
長慶様は柔らかい微笑みを浮かべ、新しい茶器を取り出された。
「これは石成友通殿から頂いたものだ。
“これで点てる茶は格別である”と勧められてな。
義興も殊のほか気に入っておる」
義興様もうなずく。
「父上、この翡翠色……光の入り方で味が変わるような気がいたします」
釉薬の色はどこまでも深く、澄んでいて、
天井裏から覗く私でさえ、手を伸ばしたくなるほど美しかった。
(うわ……綺麗……
これは……ゲームのSSR茶器……)
私は、まだ何も“おかしさ”には気づけていなかった。
そのときだ。
茶碗が義興様の前に置かれようとする瞬間、
松永久秀様の目がかすかに細まった。
「……その茶器。
よろしければ、拝見してもよいか」
長慶様は嬉しげに差し出した。
「おお、さすがは久秀殿。
茶の湯を愛されるあなたに見てもらえるとは──」
だがその瞬間。
久秀様は、茶碗を一拍見つめたのち、
まるで“迷いもためらいもなく”
スッと、指を離した。
ぱりん。
翡翠色の破片が、畳に散った。
義興様が驚いて立ち上がる。
「くっ……久秀殿!? どういう──」
長慶様の目が揺れる。
部屋の空気が張りつめる。
三好三人衆のうち、岩成友通が一歩前へ。
岩成の声は静かだが、底は暗かった。
「久秀殿。
──随分と手荒い“鑑賞”ですな?」
久秀様は、割れた破片を見下ろしたまま、つぶやく。、
「……目を曇らせれば、
何が“美”かも分からなくなる」
それ以上言わない。
ただ、釉薬を見つめたときの、
あの“抑えた怒り”だけが本気だった。
長慶様は戸惑いを押し殺して破片を集めようとされる。
(久秀様……なんで……?
長慶様に対しての嫌がらせ……なの……?)
その真意は、まだ誰にも分からなかった。
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◆
茶会後。
私は女中の着物を借り、
部屋に入り、片付けを手伝うふりをしながら
翡翠色の破片をそっと回収した。
(……これ……何かある。
綺麗すぎる。
でも……綺麗“すぎる”って、
逆にフラグ立つやつ……)
廊下では、長慶様が残念そうに呟いている。
「良い茶器であったが……久秀殿らしいと言えばらしいな……」
背後で岩成友通は表情を動かさなかったが、
その沈黙には“落胆”と“焦り”が混ざっていた。
(……岩成……怒ってる……
でも久秀様にじゃない。
何か……違う)
私は破片を抱えて、そっとその場を離れた。
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◆
長慶父子が下がったあと。
別室では、三好三人衆と松永久秀様が座していた。
岩成が言う。
「我らは三好のために働いている。
もちろん、お主も同じだろう?」
久秀は答えない。
長逸が低く笑う。
「久秀。
もし……“もう少し早く物事を進めたい” とき、
手段は選ばぬ方が良いぞ?」
久秀は能面のような顔で立ち上がり、
ただ一言だけ残した。
「……茶を穢すな」
そして去っていった。
三人衆は、互いに小さくうなずく。
「久秀は使える。だが潔癖すぎる」
「構わぬ。いずれ“静かに整えばよい”」
「急ぐ必要があるのは……我らの方よ」
三人の視線の先には、
三好家の未来が、
静かに濁った影を落としていた。
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◆
同じ頃──
六角義賢様は義龍様に告げていた。
「三好長慶は信に足る。
だが、三好の“部下たち”は別だ。
義輝様も近頃、あやつらの動きを気にかけておられる」
義龍様は静かに答える。
「……長慶殿と義興殿を守ります。
六角も、幕府も」
「うむ。
ゆえに我ら六角は、
そなたと三好長慶を支える」
この瞬間、
六角は“長慶支持・三人衆警戒”へと完全に舵を切った。
歴史の影が、ゆっくり動き始める。
◆
長い語りが終わるころ、
青年のグラスの氷はほとんど溶けていた。
「……なんか。
三好とか松永とか、
すぐには分からない“歪み”ってあるんですね」
私はうなずいた。
「人間関係も同じよ。
急に壊れたりしない。
静かに、少しずつ、気づかれないまま広がるの」
青年は拳を握りしめて言った。
「俺、逃げません。
ちゃんと聞きに行きます。
“どう思ってるのか”って」
「いい子ね。
義龍様だって、影を前にして歩いたんだもの。
あんたにもできるわよ」
グラスを軽く当てて見送る。
青年は来た時よりずっとまっすぐな背中で
扉を出て行った。
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◆ 今夜のお酒とおつまみ
■ シーバスリーガル 18年
複雑な原酒が重なり合って生まれる奥深さ。
今夜の“静かな綻び”の物語を象徴する一杯。
■ いぶりがっこスライス & 黒胡椒チーズ鱈
燻香とスパイスが混ざる、シンプルで奥深い組み合わせ。
表に出ない緊張感をイメージ。
派手な裏切りは、まだ起きていない。
でも、呼吸のズレは確実に増えていた。
松永久秀が茶碗を割ったのは、
怒りじゃない。
「受け入れない」という意思。
義龍様はこの夜、
敵を斬らず、
守るものを選んだ。
それは優しさじゃない。
背負う覚悟よ。
青年も、逃げなかった。
向き合うと決めた時点で、
もう一歩、前に出てる。
影はまだ静か。
でも次は、
きっと音を立てるわ。
また来なさい。
氷が溶けきる前にね。




