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おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―  作者: ほまれ


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第十九夜 「上洛の刻、別れと使命の道」

あらまぁ、今夜も来てくれたのね。

仕事ってさ、うまくいってる時ほど妙に忙しかったり、

逆に停滞してる時ほど心だけがバタバタしてたりするでしょ?


最近のあなたの顔、ちょっと“抱え込み疲れ”してたからねぇ……

ママ、心配してたのよ。


だから今夜は、最初から決めてたの。

樽熟成の梅酒を出そうって。

あれはね、ただ甘いだけの子じゃないのよ。

木の香りが静かに背中を押してくれる、

そういう“大人の強さ”を教えてくれるお酒なの。


でね……

戦国でも同じだったのよ。

どれだけ強い武将でも、一人じゃ上洛なんてできない。

「頼む」「任せる」「預ける」って覚悟を持つまでが、

いちばんつらいの。


今夜はね、殿(利尚様)がとうとう京へ向かう、

その“覚悟の朝”のお話。

グラスを傾けながら、ゆっくり聞いていきなさい。

夜が深まるほどに、この店の空気はゆっくり落ち着いていく。

そんな静かな時間帯に、背筋をすぼめた若い子がそっとカウンターへ腰を下ろした。

「ママ……ちょっと相談があって。

 部下に仕事を任せるの、どうにも苦手でして……。

 自分でやったほうが早い気がして、つい全部抱えちゃうんです。」

 あらあら、背負い癖のあるタイプね。

アタシはふっと笑って、棚から琥珀色の瓶を取り出した。

「こういう夜にはね、これが効くのよ。」

 トロリと落ちた液体から、樽の甘い香りが立ちのぼる。

その横に、生麩の田楽を小皿にちょこんと置く。

「樽熟成の梅酒。ロックでどうぞ。

 甘く見せて芯のある子って、任せる勇気をくれるものなの。

 生麩の田楽もそう。柔らかいようで芯がしっかりしてる。

 人も同じ。頼ってみると、ちゃんと働くもんよ。」

青年は不思議そうに笑い、ひと口含んだ。

「……思ってたより強い。」

「でしょ?

 任せるってのはね、裏切りじゃないのよ。

 “信じる人数を増やす”ってこと。」

少し肩の力が抜けたのを見て、アタシはグラスを回した。

「戦国の頃にもね、“任せる勇気”が試される夜があった。

 主君が上洛を決めた時、

 そこで動いたのは力じゃなくて“信頼の置き方”だったの。」

琥珀色の光が、少し揺れた。

「さあ今夜は──

 利尚としひさ様がいよいよ京へ向かった時の話をしてあげる。」

────アタシはそっと、物語の扉を開いた。

────────────────────────

上洛前夜・女四人の一席

 上洛の支度に沸く稲葉山は、風まで軽く感じるほどの熱気に満ちていた。

そんな中で、あたしたち女四人──千代、芳、お市、そしてあたし──が、

同じ席に揃うなんて本当に珍しいことだった。

湯気の立つ茶碗が四つ。

たったそれだけで胸がじんわりあたたかい。

お市が、むぅっと頬をふくらませて言った。

「……ヨシエ殿は、ずるいわ。」

「ず、ずるいって……あたしが?」

心臓が変な跳ね方をした。

「いつも利尚様のお側に仕えて……うらやましいもの。」

芳はやわらかく笑い、千代も静かな目で頷く。

「わたしたちより、お側にいる時間が長いのは確かね。」

「そ、そんな……! あたしなんてただの従者よ!

 愛されてるのはみんなの方で……あたしなんて……!」

否定する言葉の奥で、胸がむず痒くなる。

だって、従者でも、あたしは本当に主のそばにいられるのだ。

お市が覗き込む。

「その照れ方、絶対うれしいでしょ。」

「や、やめてよぉ……!」

三人の笑い声が、春の風みたいに広がっていった。

────────────────────────

 夕刻、大広間には重臣たちがずらりと揃い、

空気がぴんと張り詰めていた。

六将、雪斎、松平、井伊、

そして──御庭番。

その御庭番の長として、あたしが立っている。

(……まだ慣れないけど。

 あの人に任された役目。逃げる気なんてないよ。)

副長の利家は背筋ひとつで場を締める。

そんな中、利尚様が地図を広げた瞬間、

座敷の温度が一段静まった。

「まずは三河・遠江の平定である。」

稲葉一鉄が進み出て拳を鳴らす。

「お任せあれ! 断つべきものは今こそ断ちましょう!」

その熱さに、周囲も気合が入った。

「そして──朝倉征伐。」

越前の名が落ちると、空気がひりつく。

「光秀。

 賢政は浅井久政の援軍につけ。」

光秀の瞳は静かな炎。

賢政は一直線な鋼みたいな男。

「美濃の威を示します。」

その声に、あたしも自然と背筋が伸びた。

利尚様の視線が、ふと横へ移る。

その柔らかい動きだけで、次が“大事な言葉”と分かる。

「安藤。」

筆頭・安藤守就が膝を進めた。

「はっ。」

「美濃を頼む。

 ……いつもすまんな。」

その優しさに胸がじんと熱くなる。

安藤は父のように笑った。

「何をおっしゃる。

 殿の思う道へ進めるようにするのが、某の役にございます。」

利尚様の肩の力が、ほんの少し抜けた気がした。

────────────────────────

そして──あたしへの“別の命”

「御庭番副長・利家。」

利家が進み出る。

「京への先遣を任ずる。道を見極め、必要なら開け。」

「長・ヨシエ殿のもと、必ずや果たしてみせます!」

利家の声が大広間を揺らした。

……だけど。

「いや、ヨシエには別のことを頼みたい。」

息が止まった。

たぶん本当に止まってた。

「ヨシエ。」

まっすぐな視線が、心を射抜く。

「浅井賢政を補佐せよ。

 六将として育て、朝倉の圧から浅井を守れ。」

胸がぎゅうっと鳴った。

それは命令なのに、どこか温かかった。

思わず漏れた。

「……あたし、京に一緒に行けないの……?」

利尚様は少し笑い、やわらかな目をした。

「昔、お前が俺を導いたように……

 今度は賢政を導いてやれ。」

こんなの反則だよ。

胸の奥が熱で満ちていく。

「……そんな言い方、ずるいじゃない。」

「朝倉を退けたら京で合流しろ。

 お前ならすぐ来られるだろ?」

もう、本当にずるい。

「行くわよ。

 ……朝倉なんて、あたし一人で全部片っ端から潰してやるんだから。」

震えた声なのに、不思議と強かった。

利尚様が笑った。

その笑いだけで、広間の空気が少し明るくなった。

────────────────────────

千代が袖を握った。

芳は震える声で言う。

「どうか……ご無事で。」

お市は涙をこらえて笑った。

「帰ったらまた四人で、お茶を。」

利尚様はやさしく頷く。

「必ず戻る。」

そして──あたしの前に立った時だけ、

風の匂いが変わった気がした。

「ヨシエ。」

「……なによ。」

逃げたら壊れそうだから、まっすぐ見た。

「頼んだぞ。」

「……行ってらっしゃい。

 あたし、京で必ず追いつくから。」

旗が揺れ、馬が進む。

その背を見送りながら、

あたしはひそかに誓った。

(必ず行く。

 何があっても、あの人の背に追いつく。)

──こうして、美濃の上洛が始まったのよ。

────────────────────────

「──ってわけでね。」

アタシは青年のグラスに軽く触れた。

「任せるってね、

 仕事を押しつけるんじゃなくて、

 “あなたにしか頼めない”って伝えることなの。」

青年は深く頷いた。

「……あの人みたいに、言えるかな。」

「言えるわよ。

 今日ここで“任せ方”を学んだじゃない。」

アタシは笑ってみせた。

────────────────────────

今日の献立(第十九夜・バー編)

◆お酒:樽熟成梅酒ロック

 やさしい甘さの奥に、揺るがない芯。

 “任せる勇気”をそっと押す琥珀色。

◆おつまみ:生麩の田楽(柚子味噌)

 柔らかいのに芯のある京風の味。

 女四人の和やかさにも、出立の凛にも寄り添う一品。

はぁ……殿の背中って、何度思い出しても胸がきゅっとするわねぇ。

あの人、強いくせに誰かを信じる時だけ、すごくやさしい顔するのよ。

それがまた……反則なのよねぇ、ほんと。


でもね、大将。

さっきあなたが言ってた悩み――

「部下に任せるのが苦手」って、

それは弱さじゃなくて、“責任感の証拠”よ。


ただし、責任感は、一人で抱え込むと毒になる。

あの殿でさえ、

安藤、光秀、賢政、利家、そして……アタシに任せて上洛したんだから。


頼るってね、

自分を軽くする行為じゃないの。

「一緒に行こう」って、誰かを味方に加えることなのよ。


あんたも、明日ひとつでいいから任せてみな。

ほんの小さな一歩でも、未来の景色はすぐ変わるんだから。


さぁ、梅酒の最後の一滴まで飲みなさい。

それ、今日あんたが覚えた“任せる勇気”の味なんだから。


また来なさいよ、大将──

次の夜話も、あんたと一緒に紡ぐんだからね♡

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