第十八下夜 「六将・御庭番・上洛の誓い」
いらっしゃい、〈ゴールデン戦国〉へようこそ。
また今日も、寒い中をよう来てくれたわねぇ。
第十八上夜では、利尚様の影に集まる“意思の芽”の話をしたけど、
今夜はその続き――
美濃という国が、ひとつの大きな塊にまとまり始める瞬間のお話よ。
戦国の世ってのは、ほら、
「力のあるやつが勝つ」「若いのが焦る」「誰かの思惑で全部変わる」
そんな、火薬みたいな空気で満ちてたの。
でもね。
その中に“覚悟が揃う瞬間”っていう奇跡みたいな時間があるのよ。
雪斎、元康、直盛の決断。
浅井久政が息子を預ける覚悟。
そして利尚が、六将と御庭番という両翼を広げていく大仕事。
あたしはね、
その空気をカウンター越しに思い出すと、いまだに胸が熱くなるの。
今夜はそんな――
**「集う者たちの覚悟」**の物語。
どうぞゆっくり、温かいお酒と一緒に味わってちょうだい。
しとしと降った雨が止んで、路地に白い息が漂い始めた翌晩。
〈ゴールデン戦国〉のネオンサインは、やけに凛として見えた。
あたしはカウンターで、
黒糖ラムのホットミルク割りをゆっくりかき混ぜていたところだったのよ。
今日のおつまみは、少しだけ贅沢して 味噌漬けクリームチーズと胡桃。
寒い夜の、しっとり落ち着く組み合わせ。
そこへ、あの青年がまた顔を出した。
「……こんばんは、ママ」
「来ると思ってたわよ。昨日の顔はね、
“一回寝たぐらいじゃ整理つきません顔”だったもん」
青年は苦笑し、椅子に腰を下ろす。
「今日は……報告というか、相談というか」
「あら。まずは飲み物ね。あんた絶対、冷え固まってるわよ。
ほら、黒糖ラムのホットミルク割り。甘いだけじゃなくて芯が整うやつ」
青年は両手でカップを包んで、ふぅ、と息を吐いた。
「……昨日の話、ずっと考えてました。
利尚みたいに、止められても腐らないで、次を考えたいって。
でも、自分がどこまで“任されてるのか”が分からなくなってきて……」
――あぁ、それね。
戦国でもようあったのよ。特に、利尚をめぐる周辺の子たち。
「何を任されてて、何を任されてないか、ってやつね?」
「はい。僕……“力をつけたいのに、立場が曖昧”っていうか……
前に進みたいのに、どこが自分の役目か分からないっていうか」
ふむ。
この悩み、あの子がまさにそうだったわ。
父にも認められず、利尚に憧れて、
だけど女性や忍びを軽く見て、手柄を焦ってた――あの若い子。
「だったら、今日は“役目と立場”のお話をしてあげる。
六将、御庭番、そして上洛に誓った少年の話よ」
青年は、昨日より強い目であたしを見上げる。
「……聞かせてください。
自分がどこに立てばいいのか、少しでも分かりたいんです」
「あいよ。じゃあ、今夜も行くわよ。
戦国の霧をちょいと払ってね――」
あたしは味噌漬けチーズを一つつまみ、
語りの扉を静かに押し開けた。
◆
立ったのは雪斎様。
あの方は、座っていても立っていても気配が変わるのよ。
「知恵の僧」という呼び名は伊達じゃないわ。
「利尚殿。本日は、ひとつお願いがあり参りました。」
利尚様が自然と姿勢を正す。
その気迫が周りにも伝わって、場が静まり返った。
雪斎様の後ろから、若き元康(のちの家康)と井伊直盛が進み出る。
「三河・遠江は、今川の旗を離れ……
これより、美濃の利尚殿を主と仰ぎます。」
一瞬、風の流れが変わった。
元康が深く頭を下げる。
「利尚様。今後の我が家の命運は、美濃に委ねます。」
井伊直盛も胸を張って告げる。
「我が家臣団、すでに覚悟を固めておりまする。」
利尚様は、静かな笑みで返す。
「……よくぞ来てくれた。
三河、遠江、美濃。
これより一つの道を歩もう。」
あの瞬間、美濃が大きく広がったのよ。
◆
そこへ、浅井久政が進み出た。
「利尚殿……頼みがある。
息子・賢政を、そなたの傍で鍛えてほしい。」
賢政は利尚様を見つめ、深く礼をした。
利尚様の前ではとても礼儀正しいの。
あたしも、そこだけは感心してたわ。
「利尚様。
わたしは、あなたの器に憧れております。
どうか、お傍で学ばせてください。」
──ただね。
あの子、胸の底には“若さ特有の焦り”が渦を巻いてた。
父・久政には冷たいし、
シノビや女性を軽く見る節があったの。
「自分こそが早く手柄を立てるべきだ」とね。
利尚様の前では隠してるけど、あたしには見えてた。
利尚様はその目を見て、静かに頷いた。
「賢政よ。
ならば美濃で学べ。
道を誤らぬよう、しっかりと見守ろう。」
久政が涙を浮かべた。
「……ありがとう……利尚殿……!」
◆
日が沈み、邑上の大広間には静けさが満ちていた。
だが、その沈黙は不吉ではない。
まるで大河がせき止められ、いままさに堰を破ろうとする前の静けさ――そんな張り詰めた気配だった。
利尚がゆっくりと立ち上がった。
灯の揺らめきが甲冑や柱に当たり、武将たちの顔を橙色に照らす。
「諸将。
本日より、美濃の柱たる六人を“六将”と呼ぶ」
空気が変わった。
誰も息すら深く吸えぬ。
静寂だけが、利尚の声を際立たせる。
「六将の務めは三つ。
一、国境の防衛。
二、軍の統制。
三、上洛の道筋を開く先鋒である」
利尚は一拍置き、前へ出る。
「では読み上げる。
六将――」
【筆頭 安藤守就】
「筆頭、安藤守就」
守就が一歩進み、深く頭を下げた。
「……この老いぼれ、まだ刀は鈍りませぬ。
利尚様のお志、命つきるまでお支えいたしまする」
その言葉に揺るぎはなく、長年修羅場を越えてきた者の静かな熱があった。
【次席 稲葉一鉄】
「次席、稲葉一鉄」
一鉄はまっすぐ利尚を見つめる。
「乱世の律、我らが正すのみ。
美濃を“先へ進む国”にするため、お働きいたします」
武骨な声に、誰もが心強さを感じた。
【三席 明智光秀】
「三席、明智光秀」
光秀は胸に手を当て、凜として言う。
「ただひとつ――道理ある天下を。
利尚様の御志が正しき道と信じ、身命を捧げます」
理知と忠誠の気配が場に満ちた。
【四席 竹中半兵衛】
「四席、竹中半兵衛」
半兵衛は柔らかく微笑んだ。
「利尚様の御器量には、いつも驚かされます。
智の限りを尽くし支えさせて頂きまする」
穏やかでありながら、誰よりも深い自信の灯が揺らめいていた。
【五席 織田信長】
「五席、織田信長」
大広間の空気がひやりと引き締まった。
信長は進み出ると、堂々と利尚へ膝を折った。
「今この刻をもって、織田は斎藤の家臣として帰属いたす。
我が槍・我が兵、すべて利尚様の御ために振るうと誓う」
その宣言は、家臣どころか敵対国へすら響くほどの重みを持っていた。
【末席 浅井賢政】
「末席、浅井賢政」
賢政は父・久政の視線を背に感じながら、一歩を踏み出した。
まだ若いが、その頬には武将としての誇りが刻まれていた。
「……未熟ゆえ、末席、当然。
ですが――利尚様に恥なき戦働きを必ず挙げてみせます」
声に震えはなかった。
だが「焦り」「羨望」「負けたくない」という色が混じっていた。
◆
利尚は六人を見渡し、続けた。
「そして――六将を繋ぎ、補佐する者を一人置く。
六将間の調整、情報収集、軍略補助。
若き将の未熟を補い、乱れを整える役を担う者だ」
利尚は横へ目を向ける。
「補佐――ヨシエ」
呼ばれたヨシエ(前世)は、びくりと肩を上げた。
「ひ、ひえっ……あ、その……。
が、がんばり、ます……っ。
よろしく……お、おねがいします……」
声は弱々しく、頼りない。
だが利尚だけは、揺るぎなく言った。
「ヨシエは、誰より情報の流れを読む。
その才は刀に勝る。
六将の、いや、美濃の柱のひとりと心得よ」
広間がざわめきそうになり――誰も言葉を発せずに飲み込んだ。
利尚の信頼の置き方が、あまりにも確固としていたからだ。
◆
末席に立つ賢政は、ヨシエを横目で見る。
目の前の陰キャ少女は、緊張で肩を震わせている。
(女の小娘ひとりに、六将を繋ぐ役……
いや、シノビあがりの陰の者か。
武の場に似つかわしくない。)
利尚の言葉が胸に刺さる。
(利尚様がそこまで信じるのなら……
なにかあるのかもしれぬ)
◆
その後、利尚様は静かに言葉を続けたの。
「もう一つ――
ヨシエ、お前が密かに集めた者たちを、正式に召し抱える」
その一言が、大広間に新たな息吹を吹き込んだ。
ヨシエはその言葉に戸惑いながらも、背筋を伸ばした。
(え? まさか……)
合図とともに、三十人ほどの影がゆっくりと姿を現した。
黒装束で顔を覆い、まるで闇に溶け込むように立つ者たち――
その中でも筆頭に立つのは、あの前田利家だ。
利家は真っすぐに利尚に跪き、静かに頭を下げた。
「ヨシエ様に拾われた者として、
これより利尚様にお仕えいたします」
その言葉に、信長が目を見開いた。
「利家……おぬし、なにを……」
信長が問いかけると、利家は小さく息を吸ってから答えた。
「織田家を離れ、義龍様の下へ仕官したく思っております。
ヨシエ様にお仕えするのは、誇りでもあり、決して後悔いたしません」
利尚がその様子を見守る中、ヨシエは少し慌てながら口を開く。
「え、えっと、そんなに大袈裟にしなくていいんだよ、ほんと。
みんな、ここに集まってくれたのは――あたしが信じたからさ」
光秀が念のため警告する。
「殿、他国の間者が紛れている可能性がございます。」
でも利尚様は微笑む。
「大丈夫だ。ヨシエは……裏切れぬようにしてあるのだろう?」
あたしは小声で言った。
「……みんな、家族がおりますゆえ……」
会場は一瞬で凍りついたわ。
「ち、ちがうよ…。 生活を支えてるって意味!!」
信長が頭を抱える。
「ヨシエ……誤解を招く言い方をするな……!」
でも御庭番たちは涙を流していたの。
ほんとにまじめなのよ、うちの子たち。
その言葉に、御庭番たちはひときわ大きな声で返した。
「ヨシエ様――! 我らを拾い上げ、利尚様へと導いてくださいました!
必ずや、この命で恩を返す所存です!」
その姿に、ついに利尚が微笑んだ。
「ここに、美濃御庭番を創設する。
筆頭はヨシエ、次席は前田利家、そしてその他三十名を正式に召し抱える」
その宣言に、大広間は万雷の拍手で包まれた。
信長も、少し驚いた顔をして、ついにその手を叩いた。
「我が仲間に、斎藤家の忠義が示されたことに、心より感謝します」
利尚がその言葉を受け、再び口を開く。
「雪斎、元康、直盛、六将にふさわしい者たちをここに集めた。
だが、この国を守り、天下を目指すなら、いずれ八将、九将も必要となる。
その時は、諸君らの知恵を貸してほしい」
雪斎が深く頷く。
「義龍殿の理想、確かに承りました」
◆
利尚は大広間の中央に立ち、力強く杯を掲げた。
その瞳は、未来を見据えて輝いていた。
「この日をもって、我らは一つとなった。
美濃・尾張・近江・三河・遠江――
すべての力を合わせ、上洛の道を切り拓く!」
その言葉が、大広間を揺るがす。
「「「おおおおおおおお!!!!!」」」
声が響き渡り、熱狂が広がった。
その中で、賢政は心の中で深く誓っていた。
(利尚様のためなら、何としてもこの道を歩む。
たとえ女だとかシノビだとか、他者に何を言われようと関係ない。
俺は、利尚様の傍で成し遂げる!)
その顔には、初めて見せる強い決意が浮かんでいた。
◆
試飲会が一段落した後、あたし――ヨシエの元に、ひとりの僧が静かに歩み寄った。
顔は布で隠され、目だけが鋭く光っている。
「……これをいただいてもよろしいでしょうか?」
指差す先には、ワインの樽と、チーズの塊が並べられている。
「もちろん。あなた、絶対また来るでしょう?」
僧は小さく微笑み、深く頷いた。
「……この国の先が、少し明るく見えました。
我も、天下安寧のため、動くべき時かもしれません」
その言葉に、ヨシエは思わず目を細めた。
(ああ……やっぱりあなた、謙信よね)
僧はワインの樽を抱え、静かに去っていった。
その姿が、闇の中へと消える。
――未来に向け、美濃の夜は静かに、しかし確実に動き出していた。
◆
その夜が進むにつれて、カウンター越しの静けさが増してきた。
外の雨はすっかり上がって、路地の隅々にまで冷たい風が吹き抜ける。
あたしは思わずカップを持ち上げ、少しだけ深く息をついた。
「さて、どうだった?
あの時代を生きた者たちの“覚悟”ってやつ、ちょっと感じられたかしら?」
青年は目をつむりながら、ホットミルクを一口、二口と飲んだ。
その顔には、何かを決めたような、少し晴れやかな表情が浮かんでいた。
「……はい。少し、見えた気がします。
僕、何かをやらなきゃいけない。自分の役目を見つけて――前に進まないと、って」
あたしは微笑みながら、その言葉を聞いた。
「あんた、絶対大丈夫よ。
あんたが思うほど、道は遠くない。自分の中にある力を、信じなさい。
それで、少しずつでも歩いていけばいいんだから」
あたしは再び、黒糖ラムのホットミルク割りを一杯、カウンターに並べた。
今夜もまた、温かな言葉とお酒のひとときが、ゆっくりと流れていく。
「じゃ、もうひとつ――今夜のお酒とおつまみ、特別なものをお願いするわ。
これから、あんたが進む道にぴったりなやつよ」
その言葉に、青年は目を輝かせてうなずいた。
「もちろん、ママ。何でもお願いします」
あたしはゆっくりと、空いていたグラスに赤ワインを注ぎ、
隣に座る青年の目を見つめながら、こう言った。
「さぁ、今夜の一杯は……
“新しい始まり”にふさわしいワインよ。
そしておつまみには、塩味が効いたチーズとクルミ、
あたしの思いを込めて、あんたの未来を開ける味を」
青年は目を閉じ、グラスを手に取る。
その指先には、もう迷いはなかった。
今夜のお酒とおつまみ
“黒糖ラムのホットミルク割り・極上バージョン”。
さっきより深い香り立ちを出すために、
黒糖をひとかけ焦がして、ラムに少しだけ溶かしておいたの。
ミルクは温度をギリギリまで上げて、ふわっと甘い湯気を立ててる。
おつまみは、
“味噌漬けクリームチーズと胡桃のカナッペ”の盛り合わせ。
発酵の香りがふわっと鼻に立って、
雨の夜にぴったりのしっとり系よ。
お疲れさま。今夜も最後まで聞いてくれてありがとね。
黒糖ラムの香り、まだカウンターに残ってるわ。
第十八下夜は、戦国の美濃が“ひとつの軍団”として立ち上がる章だったわ。
六将が揃い、御庭番が誕生し、
利尚様がはっきりと「上洛」を掲げた――
ここはもう、物語の大きな節目。
そしてね、
あの若い賢政ちゃんが、
ようやく“自分の焦り”を覚悟に変え始めた瞬間でもあったのよ。
人ってね、焦りや未熟さを抱えてる時ほど、
道の真ん中に立ってる気がしないものなの。
けど、役目ってのは――
与えられるんじゃなくて、覚悟を持った時に初めて“見えてくる”ものなのよ。
あんたにも、いつかちゃんと見えるわ。
自分の立つべき場所がね。
その時まで、あたしがここでお酒を温めて待っててあげる。
「さ、今日はもうゆっくり休みなさい。
明日はまた、別の一歩が待ってるわよ。」




