表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―  作者: ほまれ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/28

第十七夜「雷鳴の下、旗は立つ」

あらん、また来てくれたのねぇ。

最近さ、空気がピリピリしてるでしょ?

仕事場でも家でも、人の心でも、

“嵐の前ってこんな匂いなのよねぇ”って思う瞬間、あるのよ。

こういう時期って、決断した人から運命が動き出すの。

やるか、逃げるか。

踏み出すか、誤魔化すか。

でも――踏み出した瞬間の風ってね、

ほんっとにね…… クセになるのよ。

今日はね、そんな“踏み出した男たち”の物語。

あたしの前世の利尚としひさ様が、とうとう腹を括る夜。

その舞台裏を、しっとり語ってあげるわ。

ほな、心の準備しときなさい。

あたしはジョッキの水滴を指でぬぐいながら、

おかわりの生ビールと、揚げたての手羽先をカウンターに置いたの。

青年は、少し沈んだ顔で言ったわ。

「……覚悟って、どうやって決めるんですか。

 怖いのに、どうして踏み出せるんでしょう。」

あたしは、くすっと笑ってあげたのよ。

「人ってねぇ、覚悟があるから進むんじゃないのよ。

 進まなきゃいけない時に、勝手に震えながら立つの。

 それが覚悟に“見える”だけ。」

ビールをひと口つけて、あたしは続けたの。

「今夜の話はね――

 雷鳴のただ中で、足を止めなかった男たちの物語。

 旗が裂けても、前に立った人たちのね。」

青年は黙って、手羽先をひとつつまんだ。

その横顔を見ながら、あたしは語り始めた。


昼をすぎた桶狭間の空は、まるで鉄を叩いたみたいな灰色だったわ。

湿った風の中、遠くで雷が転がる。

信長は馬上に立ち、濡れた前髪を払って、静かに言ったの。

「利尚様の布石はここまで十分だ。

 ――あとはこの信長が決める。」

その背に並んだのは、光秀、半兵衛、利家、浅井久政。

久政様には、光秀がきちんと “様” 付けでね。

律儀さは、戦の場でも崩れないものなのよ。

半兵衛が地図を示して言ったわ。

「稲妻を合図に挟撃します。

 丘を越えれば、義元本陣は目前。」

雷鳴が、返事みたいに空を揺らした。


◆今川本陣

義元公の陣幕は、白地に赤の日輪。

雨に濡れても威厳が揺らがない、王者って空気があったのよ。

「松平は、まだ動かぬのか。」

家臣の声は震えていた。

雨、泥、補給の遅れ――全部が兵を鈍らせていたの。

その横で、小一郎が拳を握りしめてた。

(……この先、何が起きるか……全部知ってるから……)

彼の胸の奥だけが、未来の重さでひび割れてた。

藤吉郎が笑った。

「兄上、そんな顔するなよ。

 この戦を勝たせりゃ、歴史は戻る。

 利尚も、美濃も、ひっくり返せる。」

でも、その豪胆さの裏で――風はもう“別の誰か”に味方してたの。


◆美濃・稲葉山城

あたしは帳簿を前に、空のジョッキを軽くトントン叩いてた。

伊勢商人が駆け込む。

「利尚様っ……“霜晴しもばれ”の取引が尾張で広がっております!」

“霜晴”――あたしが仕込んだ米焼酎。

飲むためだけじゃないわ。

補給路を乱し、物資の流れを動かすための“情報の器”でもあるの。

あたしは微笑んだのよ。

「お酒ってねぇ、飲むだけじゃなくて、

 “どこへ流すか”がいちばん効くの。

 義元公の兵糧が滞れば、

 桶狭間の雨は――ただの雨じゃなくなるわ。」

信長様の胆力、半兵衛の策、光秀の計算。

全部、この一滴の裏で結びついていたの。


◆桶狭間・雷鳴の渓谷

雷鳴。

その一撃が、突撃の合図になった。

信長様が叫ぶ――

「義元の首、もらい受けるッ!」

利家が槍を振り、浅井の兵が側面から雪崩れ込み、

半兵衛が今川別働隊を封じる。

光秀が久政様の背を押すように言った。

「久政様――今でございます!」

「うむ、若き信長、見事なり――」

その声が終わる前に、

雷みたいな閃光。

信長様の刃が義元公へ走り――

雨が血を薄めた。

風が旗を裂いた。

その瞬間、空だけが祝福するみたいに光ったの。


藤吉郎は呆然と立ち尽くしてた。

小一郎は膝をつき、震える声でつぶやく。

「兄上……守れなかった……

 歴史が……また動いた……」

藤吉郎は唇を噛んだ。

「氏真様……あんたが、新しい中心になるんだ。

 この乱世で生き残る意味を……繋げねばならねぇ。」

雨と泥の中で、二人は氏真を連れて退いたの。

その背中には、敗北の悔しさじゃなく

“まだ終わらん”って炎が、確かにあったわ。


松平と井伊の兵は、殿しんがりとして撤退していた。

矢が雨のように降り、仲間が倒れていく。

「こんな戦……何のためだ……!」

「義元様は討たれた! なぜ俺たちがまだ血を……!」

そこへ歩み寄る影。

太原雪斎――静けさを背負った僧。

「……美濃にはまだ“道”がある。

 義に殉じたいなら、わしが橋をかけよう。」

松平も、井伊も、その言葉にひざを折ったのよ。

逃げるためじゃない。

負けを終わりにしないため。

雨の中で、新しい誓いが結ばれた瞬間だったわ。


あたしは青年に、泡の立つビールをそっと差し出した。

「ねぇ、嵐ってのは怖いわよ。

 でもね――嵐が去ったあとに立ってる旗が、

 本当の“覚悟”なの。」

青年は、手羽先をかじりながら少し笑った。

「ピリッとしてて……元気出ます。」

「でしょ?

 “雷鳴の手羽先”。

 苦味も痛みも、全部飲み干せるくらい、

 強くて優しい味なのよ。」

あたしはウインクしたの。

「次の夜は――“旗の下の誓い”。

 利尚様の上洛が、いよいよ動き出すわよ。」


今夜のお酒とおつまみ

雷鳴の生ビール

 泡が弾ける瞬間の苦味が、戦場の決断を思わせる一杯。

胡椒手羽先

 強い辛味が、迷いを吹き飛ばす。

 嵐を越えるための、戦士のごちそう。

あぁ……語ってて思い出したわ。

決断って、べつに派手じゃないのよ。

大声で叫ぶわけでも、刀を振り回すわけでもない。

“静かに、自分の中で折り合いをつける”

それだけでね、人生って急に動き出すの。

利尚様だってそう。

あの夜、たったひとつ腹をくくっただけで、

天下の流れが変わり始めたんだから。

あんたも今、なにか抱えてるんでしょ?

でもね――

恐くても一歩踏み出す人が、一番風の匂いを知るのよ。

今夜のお話が、あんたの背中をそっと押せてたら嬉しいわぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ