表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―  作者: ほまれ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/28

第十四夜 「蒸留の香り、越後の風」

いらっしゃい、今夜もようこそ私のバーへ。

ここではね、琥珀色の灯りと少しばかりの湯気の中で、過去と未来がひそやかに混ざり合うの。

あなたが手にするグラスの中の液体――それはただのお酒じゃない。

戦国の夜、稲葉山の城下で、誰かが夢見た“未来のお酒”の香りかもしれないし、あるいは、今この瞬間に私が試作した合法のフレーバーかもしれない。

バーに足を踏み入れたあなたは、知らず知らず歴史の中に足を踏み入れる。

そして、耳を澄ませば、誰かのささやきや、遠い国の風の音が、ほんの少しだけ届くの。

今夜も、私はあなたに語りかけるわ。

「歴史はね、信じる人の心の中で動く」――そう、誰も知らない物語を。

さぁ、グラスを手に取り、目の前の灯りの下で、過去と未来の香りを感じてちょうだい。

そして心のどこかで、静かに笑ってくれれば、それだけで十分よ。

カウンターの灯りが、静かに琥珀を照らしていたわ。

あたしは小鍋を火にかけながら、くるくると木べらを回す。

もちろんねぇ、あたしは法律には逆らわない女よ?

だからこの鍋の中にあるのは、バー向けの“香り抽出用フレーバー”。

お酒そのものじゃなくて、蒸留酒の香りをイメージした合法的な試作用シロップ。

飲み物に数滴落とすと、ふわっと米の香りが広がるって寸法よ。

青年が鍋を覗きこんで言った。

「……それ、蒸留酒じゃないんですね?」

あたしはウインクして答えた。

「そりゃそうよ。密造なんてしたら、うちのお店、一発アウトだもの。

 でもねぇ、“香りの物語”くらいは作っても、誰も怒らないわ。」

湯気と一緒に、ちょっとだけ“戦国の夜”の気配がよみがえる。

「これはね、あたしがあの頃に作ってた“天のあまのしずく”の香り。

 あなたにも、味じゃなくて“記憶”で楽しんでもらうお酒なの。」

青年は興味深そうに笑った。

「……ヨシエさんの過去って、どこまで本当なんです?」

「さぁねぇ。過去なんて、信じた人の胸の中で形になるのよ。」

――そして、湯気の向こうで、あの遠い越後の風が揺れた気がした。

六角義賢を迎えた“上洛の評定”から幾日かが過ぎた。

稲葉山城の中は、どこもかしこも忙しなく、

兵糧、銭、兵の配置……

男たちの息が白むほど、策が乱れ飛んでいた。

利尚様は軍勢の再編、

信長様は尾張の兵の調整、

浅井は――まだ久政が城主で、北近江の備えを固めていた。

六角は幕府へ根回しを仕掛け、

京畿の空気を揺らしていた。

そんな男たちが天下を動かそうとしている横で、

あたしは……また別の“天下”を動かしていたわけ。

城下の古い蔵。

銅鍋、竹管、桶、臼。

日がな一日、蒸留器と睨み合い。

火加減を誤れば、すぐに焦げて全部やり直し。

それでも――

「……来た。」

ある瞬間、

ふっと澄んだ甘みが鼻を抜けた。

焦げる寸前の米の香りと、蒸気の熱い息。

「これ……これだわ……!」

米の魂が別の姿に変わった瞬間。

歴史のスイッチが“カチッ”と入ったみたいで、

陰キャの胸がドキドキ震えるのよ、ああいう時はもう。

評定の合間、利尚様がひょっこり蔵へ現れた。

「ヨシエ、また奇妙なものを生み出しているな。」

「き、奇妙じゃ……ない、です……よ……っ。

 あ、あの……これ、“未来の酒”なんです。

 兵の慰めにも、商の呼び水にも、国の潤いにも……

 利尚様の……治める国に、ひ、必要……な……っ。」

(……あたしなに噛んでるのよ……!

 いやでも近いと緊張するんだもん……

 利尚様イケメンなんだもん……!)

利尚様は、湯気の向こうできゅっと目を細めた。

その微笑み、ほんと心臓が持たないのよ……ファン殺し。

盃に注ぐと、彼は一口含み、静かに言った。

「……舌の奥に熱が残る。

 まるで“燃える水”だな。」

「でしょ……? でもほんと飲みすぎ注意なんで……

 信長様あたり絶対“危険なほど旨い!”とか言って……」

すると本当に、信長様が背後から現れたの。

「ならばなおさら良い酒よ。」

……何そのタイミング。

昔から危ないものほど好む男なのよ、ほんと。

夜。

伊勢商人が稲葉山の麓で“新酒の試飲会”を催した。

提灯の明かりに人々の笑い声。

盃を掲げる商人、兵士、町娘たち。

そのざわめきの中で――

ひとり、違う空気の旅人がいた。

黒髪をきつく束ね、口元を薄布で隠し、

目だけが、冷たい雪みたいに静か。

あたしは近づいて声をかけた。

「お客さん、見かけない顔ね。どちらから?」

「北のほうから……雪国です。」

声は柔らかいけれど、

その盃の持ち方――完全に武人。

戦国オタクのレーダーが鳴る鳴る。

「味はどう? 改良した方がいいかしら?」

男は盃を回し、静かに微笑んだ。

「冷たく澄んで、あとに炎が残る。

 “雪の中の焔”のようだ。

 ……武田も今川も策を巡らせているが……

 この酒のためなら、北の風も、じっとはしていない。」

その言葉が、

ヨシエだけの耳に残る。

盃を置いた瞬間、

男は雪のように静かに闇へ消えた。

翌朝、城に噂が飛び込む。

「昨夜の旅人、越後の使者とか!」

「いや、あの眼……まさか――上杉謙信!

 越後の“龍”が来ていたのか!」

利尚様は目を細め、静かに言った。

「……越後の龍が、こちらを見ているか。」

その声音には、

“これから天下が大きく動く”

そんな気配が宿っていた。

その日を境に、

あたしは利尚様の許しを得て、

試作した蒸留酒をこっそり“越後への贈り物”に紛れさせた。

伊勢商人の荷、

越前を抜ける旅僧の箱、

時には加賀の商家の荷に忍ばせたり。

(謙信公……絶対気に入ってたよねあれ……

 あの目、完全に“推し酒見つけた顔”だったし……)

越後の雪に包まれた誰かの盃で、

あの熱が灯っていたのかと思うと――

陰キャの胸がまたドキドキするのよ。

小さな一滴が、

どこかで“風”の流れを変えていくかもしれない。

そんな未来を、あたしだけが知っている。

「ヨシエさん……

 その時代に、ほんとにそんなお酒、あったんですか?」

青年が琥珀色の液体を見つめて呟いた。

あたしはウインクしたの。

「ふふ。あったかどうかは――

 あんたが今、飲んで確かめなさいな。

 “過去”ってね、信じた人の記憶の中で形になるのよ。」

――この一杯の香りが、

未来と過去をつなぐのよ。

今夜のお酒とおつまみ

◆ 天のあまのしずく・香りのエッセンス

 米の蒸気が残した甘さを再構成した、ヨシエ特製のフレーバー。

 ハイボールやソーダ割りに数滴落とすと、戦国の夜へタイムスリップ。

◆ 炙り銀杏と鶏の味噌漬け焼き

香ばしい苦味と旨味が、蒸留酒の熱に寄り添う。

“冬の始まり”をそっと照らす静かな一皿。

――――――――――――――――――――

ふぅ……今夜も、歴史の深い霧の中で、少しだけ手を伸ばしてみたわ。

戦国の世の義龍さま――いや、利尚さまの思惑も、商人たちの策も、そして越後の龍の気配も、全部グラスの中に閉じ込めたつもりよ。

現代の私は、あなたと同じで、試作と想像の中でしかその味を楽しめない。

でもね、だからこそ想像力が生きるのよ。

密造なんて怖いことはしなくても、歴史の香りは、私たちの心の中で蒸留されて、いつでも飲めるの。

読んでくれたあなたには、ぜひ覚えていてほしい。

歴史は刀や戦術だけじゃ動かない。

お金や力だけでも動かない。

人の信じる心と、少しの勇気、そして香りや味の記憶――それが小さな波紋を広げ、やがて大河のように時代を動かすのよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ