第五・五夜「浅井千代、稲葉山に嫁ぐ」
いつも読んでいただきありがとうございます。
入れ忘れていたエピソードを第5.5夜として投稿します。
まだ道三が生きていた時の話で、時系列が前後しますがご容赦ください。
あたしは青年に、温かい色の梅酒をトンと置いてあげたわ。
「今夜はね……利尚様ご本人が語ったっていう、ちょっと特別な祝言のお話。
ふふ、普段は豪胆なあの方が、珍しく“照れてた”夜なのよ。」
つまみに甘辛味噌のくるみも出して──
さあ、始めましょうか。
浅井家から嫁いでくる千代殿──
その名を聞いた日から、胸のうちのどこかが妙に落ち着かぬ。
千代殿は、浅井亮政殿の娘であり、浅井久政殿の妹。
柔らかい眼差しで、しかし芯を感じさせる御方だ。
祝言の場が整うにつれ、城の空気もどこか華やいだ。
戦ばかりの日々に、こんな春が訪れるとは思いもしなかった。
支度が整った千代殿は、紅梅の振袖がよく似合っていた。
まだ不安げな表情だが、その背筋は美しく伸びている。
その千代殿の肩に手を置き、久政殿は言った。
「千代……兄として誇らしい。
利尚殿は誠の人だ。胸を張って嫁いでゆけ。」
千代殿の目に光が宿った。
「兄上……ありがとうございます。」
そう言った途端、久政殿は私のところへ歩み寄ってきて──
突然、肩をつかんで揺さぶってきた。
「利尚殿……妹を……どうか、どうか頼みまする……!」
声が震え、涙が頬を伝って落ちた。
戦に生きる者の涙は、重い。
その重さが、私の胸に深く沈んでいった。
「任せていただく。千代殿は必ず、私が守る。」
私はそう言って、深く頭を下げた。
久政殿の涙を見届けた六角義賢殿が、
杯を掲げて豪快に笑った。
「久政殿、泣きすぎじゃぞ。
利尚殿は美濃の柱。天下の器よ。
千代姫が嫁ぐのに、何の不足があるか。」
私に杯を差しながら、続けた。
「利尚殿。観音寺城で初めて会ったあの日、
わしはそなたを“若き獅子”と見た。
今日、それが証となった。誇るがよい。」
胸の奥が熱くなる。
誉め言葉に慣れたつもりだったが、
“父のような声音”で言われると……くすぐったい。
「義賢殿……かたじけのうございます。」
そして──父、道三が歩み寄ってきた。
老いてなお鋭い眼差しが、千代殿と私を見つめる。
「利尚。よくぞ……ここまで成った。」
その一言は、叱咤でも皮肉でもない。
生まれて初めて受け取った“父の褒め言葉”だった。
千代殿にも優しく頭を下げた。
「千代姫……不器用な息子だが、良き男である。頼むぞ。」
千代殿は深く礼をして答えた。
「はい。利尚様を……生涯、お支えいたします。」
私はもうどうしたらよいかわからないほど、顔が熱かった。
太鼓が鳴り、灯が揺れ、
私は千代殿の手を取った。
その手は少し震えていたが、
温かく、柔らかい。
「千代殿……嫁いでくれて、ありがとう。
そなたを守り、共に生きることを誓う。」
千代殿は静かに、しかし確かな声で答えた。
「利尚様……わたくしも、利尚様の未来に並び立ちとうございます。」
春の風が、ふたりの誓いを包んだ。
その瞬間、乱世のざわめきが遠く消え、
ただ千代殿の微笑だけが残った。
──あれほど戦場を駆けてきた私が、
ここまで無防備になったのは、生涯であの一度だ。
「ね? 利尚様の語りって、甘くてまっすぐでしょ?」
あたしは青年のグラスに梅酒を足しながら笑った。
「この祝言がね、後の“美濃・近江連合”をぐっと強くしたのよ。」
青年は頷きながら、少しだけ頬を赤くしていた。
かわいいわねぇ。
しばらくしたら、時系列順に並び変える予定です。
これからもおかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―をよろしくお願いいたします。




