第一夜 「推し、義龍様との出会い」
いらっしゃい、ようこそバー〈ゴールデン戦国〉へ
今夜のお話はね、ママ・ヨシエの“推し活”が転生を超えて花咲いた夜
戦国の夜に咲く恋と信のはじまりを――お好きな一杯と一緒にどうぞ
第一夜 推し、義龍様との出会い
バー〈ゴールデン戦国〉の灯りが、今夜もゆらゆら揺れてたの。
あたし――ママ・ヨシエはカウンターに肘をついて、紫の口紅を直しながら小さく笑ったのよ。
カウンターの向こうには、疲れきった様子の青年がひとり。
グラスを握りしめて、眉を寄せながら深いため息をつくの。
「……社員にも取引先にも軽く見られてて……父のようにはうまくやれないんです。
先代がすごすぎて、ずっと比べられてる気がして」
あたしはグラスを揺らして、にっこり笑ったの。
「ふふん、坊や、それはあんたが本気で背負ってる証拠よ。
人を動かすってのはね、戦国時代だって令和だって、結局“信じる人”がいるかどうかなのよ」
青年は少し顔を上げて、苦笑いを浮かべた。
「……ヨシエさん、戦国時代の話、得意ですよね」
「ええ、ちょっとねぇ。というのも――あたし、前前世は白血病で亡くなった女子高生でね。
その次の人生で、戦国の世にクノイチとして転生したのよ」
青年は思わず吹き出した。
「ははっ、またすごい設定ですね……それ、作り話ですよね?」
あたしは艶っぽくウインク。
「ふふふ、信じるかどうかはアンタ次第。
でもね、もし信じたら、あんたの見てる景色、少し変わるかもよ」
青年は苦笑いを浮かべながらも、グラスを受け取った。
「……じゃあ、聞かせてください。ママの“前世話”を」
「よろしい。今夜のお酒は岐阜・美濃の地酒『三千盛純米大吟醸』。
おつまみはね、きんぴらごぼう。
素朴だけど噛めば噛むほど味が出る――戦国の夜にぴったりよ」
――
高校三年の夏。
あたしは病室の白い天井を見上げながら、点滴の音を子守唄に義龍様のif物語を描いてたの。
白血病の治療ももう限界。
でも心の中では、義龍様が天下を取る姿を夢見てたのよ。
(あぁ……もし義龍様が天下を取ったら、どんな世になったのかしら……)
そして――あたしは静かに息を引き取った。
気がついたら、あたし、赤子の泣き声を上げてたの。
見知らぬ竹の屋根、草の匂い。女忍びが「この子は甲賀の里の未来だ」と笑っている。
そう、転生したのよ。
甲賀の忍びの娘として。
あたしが育った里は、女も男も関係なく、命をかけて情報を盗み、影に生きる世界。
でも胸の奥には、前の世界の“推し”――義龍様の面影が、ずっと息づいてたの。
一緒に育ったのが「サエ」って子。
黒髪を高く結って、目が鋭くて、誰よりも忍びの才がある。
あたしとサエはいつも組になって任務に出てた。
「義龍様……」
そう呟くたび、心の中が尊さで溢れちゃってたのよ。
(いや、ほんと推しが存在してる世界線って最高じゃん!? 今度こそ、推しのために全力で生きるんだから!)
ある任務で、あたしたちは美濃の国境近くの砦に潜入したの。
夜の霧の中、あたしが前を行き、サエが後ろをつける。
合図一つで二人同時に門番を倒して、帳簿を奪う――完璧だった。
けれど帰る途中で、背中に熱い痛みが走ったの。
刺されたのはあたし。振り返ると、サエの顔があったのよ。
「ねえ。義龍様って誰? 独り言で言ってたのを聞いちゃったの。そんな人聞いたこともないわ。
ヨシエ、前から不思議だったけど……何を知っているのかしら?」
そう言って笑うサエは、あたしの知ってるサエじゃなかった。
このまま捕まったらどんな拷問が待っているかわからない。
あたしは必死で逃げたわ。
それでも崖っぷちまで追い詰められちゃったの。
夕暮れの赤い空を見上げながら思ったの。
(どうせ死ぬなら、義龍様に一目会いたい……! あの尊さ、拝まずに終わるとか無理!)
だから、崖下めがけて飛び降りたのよ。
奇跡的に生きていたあたし。
でも、体はボロボロ。稲葉山城下では、誰も助けてくれなかった。
その時――蹄の音が地を打ったの。
数人のお供を引き連れた立派な馬に乗ったお侍さんが現れたの。
お供のひとりが刀を抜いて言ったわ。
「利尚様、どこぞの間者かも知れませぬ。ここで切り捨てましょう」
アタシは、思わず利尚と呼ばれた人のほうを見たわ。
だって、この時代の美濃で利尚様といえば、斎藤義龍様のことだもの。
あたしの“推し”は義龍様――けれどこの時代では、誰もそうは呼ばなかった。
人々は“利尚様”と呼んでいたの。
義龍様、いえ利尚様を見られた喜びで、推しに切られるならそれもいいと思ったわ。
でも利尚様は迷わず前に出たのよ。
「このものは、俺が預かる」
配下たちはざわつき、口々に囁いた。
「殿、また女を囲むおつもりか……? 噂に聞く通り、女と酒に溺れておられると……」
あたしのせいで利尚様が悪く言われるのに耐えられず、思わず言ったの。
「わたくしのことは、どうか捨て置きください。あなたが悪く言われてしまいます」
利尚様はあたしを見つめ、手当の手を休めて低く言った。
「俺の評判なんかより、傷ついたものを助ける方が大事だ」
屋敷の奥の部屋で、利尚様はあたしの肩や腕の血を拭き、応急処置をしてくれたの。
その手つきは確かで、でもどこか優しくて……あたし、ドキドキしちゃったのよ。
勇気を振りしぼって口を開いたの。
「あの……わたくし、甲賀の里を追われて、逃げてきたんです。
このままでは生きていけなくて……どうか、利尚様のそばで、雇っていただけませんか?」
利尚様はしばらく黙ってあたしを見つめてたわ。
やがて手当の手を休め、ふっと笑ったの。
「お前、甲賀から逃げてきたのか……面倒なことになったな。
でも構わない。俺のそばで働け」
その言葉に、あたしの胸がギュッと熱くなったの。
(えっ、これ実質スカウト!? いや、もう尊死案件じゃん! 推しが自分を雇ってくれるとか何その展開、神か!?)
誰も信じてくれなかったこのあたしを、迷わず受け入れてくれる人がいる――
この瞬間、あたしは決めたの。
(この人のために、全力で動く。命も、技も、知識も……全部、捧げる!)
青年はグラスを置き、少し息をついた。
「……すごいですね。義龍様、周りの評判なんか関係なく、真っ直ぐに人を助けるんだ」
あたしは艶っぽく笑ったわ。
「そうでしょ、坊や。次の夜はね、義龍様に足りない“信”を集めた話をするわよ。
智も武も必要だけど、人望と信頼も大事。
周りに味方がいなきゃ、どんな天才も潰れちゃうの」
第一夜・完。
お酒: 岐阜・美濃の地酒「三千盛純米大吟醸」
すっきり辛口、だけど余韻は深くて優しい。
まるで義龍様みたいなお酒よ。最初は淡白に見えても、口の中で信念の香りが広がるの。
おつまみ: きんぴらごぼう
見た目は地味でも、噛むほどに味が出る。
ヨシエが義龍様に初めて出会った夜にぴったりの、素朴で力強い一皿ね。
あら、最後まで聞いてくれてありがとねぇ、坊や
推しとの出会いってね、時代も命も越えるのよ
次の夜は――“信じること”の本当の意味を知る夜
ほら、グラスを満たして……次も飲み干してちょうだい




