真珠湾攻撃
拓真たちを乗せた97式大艇が広島湾に着水したのは、12月7日の午後9時を過ぎた頃だった。
迎えに来ているはずの長門の内火艇を探すが、なかなか見つからない。
仕方なく、拓真たちは呉鎮守府に向かうことにした。
呉鎮守府と柱島泊地の長門の間にはブイを介して電話線が繋がっており、樋端中佐が連合艦隊司令部と電話でやりとりをしていたが、どうやら軍令部から連合艦隊司令部へ、拓真たちが長門に向かうという連絡がされていなかったようだ。
樋端中佐は長門への乗艦許可を得るため、連合艦隊司令部との交渉を続けていたが埒が明かない。
数時間後には真珠湾攻撃が始まるのだ。
連合艦隊司令部はぴりぴりしており、防諜のために長門への乗艦は一切禁止されていた。
電話線越しでは、拓真の精神操作魔法も発動しない。
拓真たちが困惑していると、呉鎮守府司令長官の豊田大将が声を掛けてきた。
「呉鎮守府の長官艇を出しましょうか? 長門に乗艦出来るかどうかは分かりませんが、鎮守府の査察ということであれば、長門側も無碍には出来ないでしょう」
拓真たちが呉鎮守府を訪れた時、豊田長官は執務中であり、拓真は豊田長官に精神操作魔法を掛けておいたのである。
すでに深夜にも拘らず、拓真たちのために色々と骨を折ってくれていたのだ。
長門まで近づくことが出来れば、拓真の精神操作魔法でなんとか出来るかもしれない。
「長官、ありがとうございます」
拓真は豊田長官に頭を下げた。
直ちに、呉鎮守府の15メートル長官艇が用意され、拓真たちは長門へ向かった。
15メートル長官艇は、いわいる艦載の内火艇であるが、長官艇は艦艇司令部と鎮守府にのみ装備されている豪華な造りの内火艇であった。
前部にエンジン室、中央に操舵室、後部に艦隊司令官や鎮守府長官が座上する客室が設けられている。
10ノットで長門に向かう長官艇の後部デッキで、拓真は冷たい夜風に吹かれていた。
時刻は、既に12月8日の午前1時を回っている。
南雲艦隊の空母から、攻撃隊が発艦している頃だろう。
残された時間は少ない。
拓真たちが漸く長門に辿り着いた頃、日本を遠く離れたハワイ・オアフ島沖では、南雲中将率いる日本海軍空母機動部隊が乾坤一擲の奇襲攻撃を敢行しようとしていた。
その詳細な経過を拓真が知るのは後のことである。
1945年11月26日、千島列島の単冠湾から真珠湾攻撃に向かう南雲艦隊が出航した。
南雲艦隊の編制は、空母6(赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴)、戦艦2(霧島、比叡)、重巡2(利根、筑摩)、軽巡1、駆逐艦9隻から成り、空母艦載機は387機に達した。
真珠湾攻撃作戦は日本海軍の持つ正規空母をすべて投入し、航空機の集中運用によって、米太平洋艦隊の根拠地であるハワイ・オアフ島の真珠湾基地を一気に叩く奇襲作戦であった。
長年、日本海軍は米艦隊を日本近海で迎え撃つ漸減邀撃作戦をとっていたが、今回の真珠湾攻撃作戦は、その真逆の積極的攻勢作戦であった。
失敗すれば保有空母のすべてを失う投機的な作戦であり、軍令部は反対していたものの、連合艦隊司令長官である山本五十六大将が強引に推進したと言われている。
南方作戦が始まり広大な戦域を抱えた場合、日本本土と南方戦域の両方を漸減邀撃作戦で守ることは不可能だった。
端的に言えば、山本長官は米艦隊による日本本土攻撃を恐れていたのである。
真珠湾攻撃任務を与えられた南雲艦隊は、敵に察知されるのを避けるため荒天の北方航路をとり、12月2日に「ニイタカヤマノボレ1208」を受信、12月7日にはハワイの哨戒圏内に入り、12月8日午前1時30分(ハワイ現地時間12月7日午前6時30分)オアフ島北方250海里で第1次・第1波攻撃隊183機が発進した。
続いて、2時45分、第2波攻撃隊167機が真珠湾に向かって飛び立つ。
第1波攻撃隊を率いる淵田中佐はホノルル放送の電波を目標に西側からオアフ島へ接近、3時19分「全軍突撃開始」(ト連送)を下令し、第1波攻撃隊183機は真珠湾に殺到した。
この時、真珠湾には94隻の米太平洋艦隊が在泊していた。
湾内にあるフォード島の南東側には二列に並んだ戦艦群が停泊し、北側には軽巡と駆逐艦が、フォード島の南対岸にある海軍工廠地区にも戦艦や巡洋艦、駆逐艦がドック入りしていた。
奇襲成功を確信した淵田中佐は、「トラ・トラ・トラ」を発信、この無電は柱島泊地の長門でも受信された。
戦闘機隊と艦爆隊はヒッカム飛行場とフォード飛行場、真珠湾北方のホイラー飛行場を攻撃、雷撃機隊はヒッカム飛行場を低空で航過するとフォード島の戦艦群に向けて浅深度魚雷を投下する。
戦艦オクラホマには魚雷3本が命中して転覆、ウエストバージニアとカリフォルニアにも魚雷が命中して沈座、ネバダにも魚雷1本が命中した。
水平爆撃機隊は高度3000で敵戦艦群の上空に進入し、800キロ徹甲爆弾を投下。
戦艦メリーランドとテネシーが中破し、アリゾナは弾薬庫に火が入って爆沈した。
第1波攻撃隊と入れ替わるように現れた嶋崎少佐率いる第2波攻撃隊167機は、東側からオアフ島を南下し真珠湾に接近した。
戦闘機隊と水平爆撃機隊は、カネオヘ、ベローズ、ヒッカム、フォード飛行場を攻撃し、艦爆隊は真珠湾内に残る艦艇に急降下爆撃を敢行する。
強襲となった第2派攻撃隊は、火煙で視界が閉ざされ攻撃は困難を極め、激しい敵の対空砲火によって損害が増えた。
それでも、湾外に逃れようとする戦艦ネバダが攻撃を受け座礁、ドック内の戦艦ペンシルバニアや駆逐艦カッシン、ダウンズも被害を受けた。
第1次攻撃隊の真珠湾攻撃が終了したのは午前5時(ハワイ現地時間午前10時)頃であった。
日本軍機が去った後の真珠湾は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
湾内では爆沈したアリゾナから流れ出た重油に火がついて、転覆沈座した戦艦を焼いている。
陸海軍の航空基地では殆どの航空機が地上撃破され、米軍はオアフ島上空の制空権を失っていた。
日本軍の第1次攻撃によって米軍が被った損害は甚大なものだった。
米軍の損害は、撃沈(戦艦4、標的艦1、機雷敷設艦1)、大破(戦艦1、駆逐艦3、軽巡2、工作艦1)、中破(戦艦3、軽巡1、水上機母艦1)、航空機231機に達しており、米太平洋艦隊はほぼ壊滅したと言って良い。
対する日本軍の損害は、空母艦載機29機である。
日本軍による真珠湾奇襲攻撃は、完全な勝利であったと評価して良いだろう。
但し、不安材料として残ったのは、米太平洋艦隊所属の空母2隻(レキシントン、エンタープライズ)の所在が不明であることと、真珠湾の海軍工廠および重油タンク群が殆ど無傷で残っていることだった。
ハワイ・オアフ島沖の南雲艦隊が乾坤一擲の真珠湾奇襲攻撃を敢行している時、遠く離れた柱島泊地に停泊する連合艦隊旗艦長門でも、静かで地味な心理戦が行われていた。
拓真たちの乗った15メートル長官艇が長門に接舷したのは、ハワイ北方洋上で第1次攻撃隊が発進した午前1時30分頃だった。
訝し気に長官艇を覗き込んだ少尉に精神操作魔法を掛けると、拓真たちは一気に舷梯を駆け上がった。
「山本長官にお会いしたい。案内してくれ」
拓真の言葉に、精神操作魔法を掛けられた少尉は夢遊病者のように頷いた。
拓真たちは長門の艦尾にある長官室に案内された。
「こちらでしばらくお待ちください」
少尉はそう言うと長官室から立ち去った。
長官室所属の従兵が、鮮やかな手つきで拓真と樋端中佐に紅茶をサーブする。
特に従兵に精神操作魔法は行使していないのだが、常日頃からそういう教育を受けているのだろう。
「何とか間に合いましたね」
樋端中佐はほっと溜息をついていた。
しかし、山本長官はいっこうに姿を現さなかった。
連合艦隊の幕僚たちは、長官室の隣にある長官公室に集まっているらしい。
先ほどの少尉が戻ってきたが、少尉自身も長官公室への入室を拒まれているようだ。
既に攻撃隊が発進し、作戦は佳境に入ってきている。
そのさなかに、軍事参議官の肩書を持つ得体のしれない男の対応をしている余裕は無いようだった。
強引に長官公室に押し入ることも出来ないわけではないが、10人近く集まっているであろう司令部幕僚たちに、一気に精神操作魔法を行使出来るか自信が無かった。
精神操作魔法がうまく掛からず不測の事態が起きれば、拓真たちの立場は危うくなってしまう。
拓真が決断できないまま、じりじりと時間が過ぎていった。
「従兵、ラジオを国際放送に合わせてくれんか」
樋端中佐の言葉で、時刻が午前3時になっていることに気が付いた。
ラジオから英語が流れてくる。
昨日、拓真が平出大佐に渡した英文の宣戦布告文が読み上げられているのだ。
平出大佐はきっちり役目を果たしてくれたようだった。
拓真は覚悟を固めた。
「樋端中佐、長官にお会いしに行きましょう」
拓真たちが長官公室に向かうと、扉の内側から歓声が上がった。
奇襲成功を知らせる「トラ・トラ・トラ」の無電を長門で受信したのだ。
拓真は長官公室に押し入ると、室内にいる将官たちに向けて精神操作魔法で威圧を放った。
室内の空気が一瞬凍り付き、幕僚たちの動きが停まった。
その隙をついて、拓真は山本長官の前に進み出た。
「山本長官、第2次攻撃を行ってください」
拓真の精神操作魔法は、山本長官にしっかり掛かったようだった。
「うむ。やはり第2次攻撃は必要か。宇垣参謀長、南雲中将に第2次攻撃の命令を出そう」
突然の展開に幕僚たちは混乱した。
「しかし、作戦実施中に後方から現場指揮官に命令を出すのは如何なものでしょう?」
「奇襲に成功したとはいえ、南雲艦隊はハワイの哨戒圏深くに入り込んでいます。敵の反撃があった場合、甚大な被害を受けるやもしれません」
未だに戦果がはっきりしない状況下で、幕僚たちは第2次攻撃には否定的だった。
拓真は、幕僚たちには精神操作魔法を行使せず自由に議論させ、目立たぬように幕僚たちの会話を聞いていた。
前世の拓真は航空機搭乗員の下級士官に過ぎず、高度な作戦上の判断をする能力は持っていなかった。
たまたま前世の記憶を持っており、真珠湾攻撃で第2次攻撃を行わなかったことが大きな蹉跌となったという歴史を知っているから、山本長官に第2次攻撃を進言したのだ。
その歴史についても、前世で所属していた航空隊の司令が開戦以来の経緯に詳しく、拓真たち搭乗員に色々と話してくれたものを聞いただけに過ぎない。
果たして、真珠湾攻撃で第2次攻撃が可能であるのか否か、拓真には判断出来ないのである。
であるならば、日本海軍の頭脳が集まっている連合艦隊司令部幕僚に、具体的に検討させれば良いのだ。
「当初の攻撃目標には入っていないが、真珠湾の重油タンク群を攻撃してはどうか? 推計で450万バレルの重油が貯蔵してあるはずだ。重油タンク群を破壊してしまえば、敵艦隊が残っていたとしても半年間は動けないぞ。南方作戦が完了するまで敵艦隊を心配する必要が無くなる」
首席参謀の黒島大佐が意見を述べた。
「しかし、重油タンクを爆撃したところで、そう簡単に火はつきませんよ」
戦務参謀の渡辺中佐がすかさず反論した。
「第2次攻撃を行うとすると、第2波攻撃隊を収容して、発艦準備をして、、、真珠湾を攻撃した第2次攻撃隊が空母に帰投するのは夜間になってしまいます」
航空参謀の佐々木中佐は作戦上の懸念を述べた。
「敵の空母を発見することは出来たのだろうか?」
山本長官の懸念は、やはり敵空母の存在であるようだ。
拓真が感心したのは、司令部の幕僚たちが階級差を気にせず自由に議論をしていることであった。
拓真の知っている戦争末期の海軍には、このように自由闊達な議論の場など存在していなかった。
「慎重な南雲中将が第2次攻撃を行うでしょうか? 連合艦隊から第2次攻撃の実施を命令として出してしまうと、南雲中将を追い詰めてしまうかもしれません。場合によっては抗命となる可能性も、、、」
宇垣参謀長は南雲中将の性格を気にしていた。
南雲中将は勇猛果敢な水雷屋として知られていたが、畑違いの航空部隊を指揮するようになってからは慎重な性格に変わってしまっていた。
特に今回は、日本海軍の正規空母すべてを預って、遠く離れた真珠湾を攻撃しているのだ。
何よりも、虎の子の空母を失うことを恐れているはずだ。
「うむ。命令では無く、意見具申という形にした方が良いか」
山本長官の言葉で結論が出た。
しかし、連合艦隊から第2次攻撃を促す電文を送る措置は上手く行かなかった。
後に拓真が聞いた話によると、空母赤城の艦橋で連合艦隊からの電文を受領した南雲中将は、暗号が解読された通信紙を破り捨てたそうだ。
「現場の状況も知らないで、後方から何を言っているのか!」
第1次攻撃隊を全機収容した南雲艦隊は、第2次攻撃は行わず速やかに北方に避退した。
この時生まれた確執は、山本長官と南雲中将との間にしこりとして残ることになる。
この時の経験から、拓真は遠隔地の部隊を動かすことの難しさを痛感した。
それは、精神操作魔法を有効に使うためには、自らが前線に赴く必要があるということである。