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プロローグ

1945年8月15日 午前10時30分

関東東方洋上の米空母機動部隊に特攻攻撃を掛けるため、8機の彗星艦爆が茨城県の百里原飛行場を飛び立った。

玉音放送が流れる1時間半前のことである。


                    ◇ ◇ ◇


1941年12月1日に行われた第8回御前会議において、日本が米英蘭に対して開戦することが正式に決定された。

既に、前回の御前会議において帝国国策遂行要領が決定されており、陸海軍は12月初旬の開戦を目指して準備を進めている。日米交渉の望みはハルノートの提示によって完全に潰えており、米英蘭に対する開戦はもはや避けられない状況だったのだ。

避けられない開戦とは言え、御聖断を下された陛下の表情は沈んでいた。

御前会議終了後、陛下の他に四人の重臣がその場に残っていた。

首相兼陸相の東條英機、海相の嶋田繁太郎、陸軍参謀総長の杉山元、海軍軍令部総長の永野修身である。

重臣たちは、御前会議終了後の非公式な場で、陛下から開戦にあたって何らかの御言葉があるのではないかと考えていた。

一旦退出していた内大臣の木戸幸一が、一人の青年を連れて戻って来た。

その青年は、長髪で顔色は青白く、身長は高めで引き締まった体躯であり、黒の詰襟の上下を着ていた。

「皆に紹介しておく。彼の名前は九条拓真だ。朕の遠縁にあたる者だ。此度の戦争において、朕は九条拓真に統帥権を委嘱することにした」

陛下の突然の宣言に、その場は凍り付いた。

「御上、統帥権の委嘱とはいったい、、、」

思わず問い直した東條首相の声は尻つぼみになった。

陛下は戦争より平和をお望みであった。

それは、これまでの御前会議での陛下の態度を見ていた重臣たち誰もが、良く知っていることであった。

自ら軍の指揮を執ることを放棄されるほどの御心であったのか、、、

しかし、これから始まるのは国運を賭けた大戦争なのである。

どう言葉を返せば良いのか重臣たちが考え始めた時、陛下の隣に立っていた青年が声を発した。

「統帥権が私に委嘱されたということは、これから始まる戦争のことに関しては、すべて私の命令に従っていただくと言うことになります」

その傍若無人な物言いに、四人の重臣たちは一斉に青年の方を見た。

その時、青年の眼が赤く光ったような気がした、、、、

「はい、、、すべて九条様に従います」

「海軍も九条様に従います」

「参謀本部は軍の作戦に関して九条様を輔弼させていただきます」

「軍令部も九条様の命令に従います」

不思議なことに、四人の重臣たちは次々と青年に忠誠を誓い始めた。

重臣たちの返答を聞いた青年は満足げに頷いて告げた。

「それでは皆さん。これからよろしくお願いしますね」

その様子をご覧になっていた陛下は一言も発せられず、内大臣とともに静かに部屋を後にされた。


九条拓真が自らの異能に気付いたのは物心がついた頃だった。

拓真には前世の記憶があった。

前世での拓真は、この世界と同じ日本に生まれ育ち、戦時の特例措置として大学を繰り上げ卒業した後、第13期海軍飛行予備学生を志願し、海軍の航空機搭乗員となったのだ。

戦争はますます激しくなっており、国力の低い日本では、まともな戦い方で連合国に勝てる筈がなかった。

自らの命を弾にして、敵艦に爆弾を積んだ航空機で突っ込んでいく。

そんな異常な戦術がまかり通り、拓真と同世代の若者たちが次々と命を散らしていった。

そして拓真も、あの暑い夏の日、500キロ爆弾を抱いた彗星43型で飛び立っていったのだった。

拓真は自身の最期の記憶を思い出せなかった。

しかし、自分が死んだことは間違いないだろう。

特攻に出なくとも、あの頃、広島と長崎が敵の新型爆弾でやられ、ソ連が対日参戦し、米艦隊は日本近海までやってきて上陸が間近だと思われていた。米軍が上陸してくれば、日本人は女子供まで戦って文字通り一億玉砕していた筈であり、生き残っている日本人がいる訳がないのだ。

そして、最後の特攻攻撃に出撃した拓真は、この世界に転生した。

この世界の日本は、何もかもが前世の日本と同じだった。

しかし、ひとつだけ違っていることがあった。

転生したことが原因なのか、拓真には他人には無い異能があったのだ。

他人の心を操ることが出来るのである。

他人の心を操ることが出来るということは、絶望的に孤独であると言うことだ。

それゆえ、拓真は自らの異能を怖れ、封印したのだった。

一方で、この異能について密かに調べてみたりもした。

拓真の異能は『精神操作魔法』とでも言うべきものであったが、このような異能を持つ者は、この世界に僅かながら存在しているらしい。

魔法には、『精神操作魔法』の他に『記憶操作魔法』や『認識阻害魔法』、『身体強化魔法』などが存在するらしいが、これらはすべて人間の精神活動に依拠する現象に関する魔法であり、空を飛んだり、火や水を出したりする物理現象に干渉する魔法は存在しないようである。

拓真は自らの異能を封印して、息を殺すようにして生活していた。

ただ、この世界の日本が、前世のような悲惨な戦争に向かわないように願っていた。

しかし、この世界は歴史までもが前世の世界とそっくりだった。

日本は、坂道を転がるように戦争への道を進んでいった。

ただ、ひとつ気がついたことがあるのだ。

あの戦争は、その悲惨な結末を知らぬままに、日本人自身が望んだものだった。

世界恐慌に端を発する不況によって人々の生活は苦しかった。

その不満や鬱憤を晴らすかのように、人々は熱狂的に戦争への道を支持したのだ。

それは、日本人全体が精神操作魔法に掛かっているように拓真には思えた。

戦争が避けられない状況になって来た頃、拓真は封印していた自らの異能を解放する決断をした。

精神操作魔法を使うことで、悲惨な戦争の結末を変えることが出来るのではないかと考えたのだ。

本来なら、精神操作魔法で開戦そのものを阻止すべきなのだが、拓真の精神操作魔法は対面した相手にしか通用しない。

国民の大半が熱狂的に戦争への道を支持し、軍部を後押ししている状況では、拓真の精神操作魔法だけではどうすることも出来なかった。

そうであるならば、一旦始まってしまった戦争を、程よいところで終結させる方法を模索すべきではないか?

戦争が始まってしまえば、日本の国家意思は、陛下の持つ統帥権に集約されることになる。

拓真の狙いは定まった。


まず最初に、拓真は精神操作魔法を駆使して、五摂家のひとつである九条公爵家に潜り込んだ。

前当主の隠し子であるというカバーストーリーを、精神操作魔法で信じ込ませたのだ。

次に、九条公爵家の養子となった拓真は、公爵家のコネを使って内大臣府に潜り込んだ。

内大臣府とは、宮中にあって天皇陛下を常時輔弼する内大臣を支える機関である。

宮内省の外局であるが極めて少人数の組織であり、一番下位の判任官として採用された拓真も、仕事柄、陛下に拝謁する機会があるのだ。

陛下と直接対面することが出来れば、拓真の精神操作魔法は発動できる。

しかし、拓真は慎重に動いた。

直接の上司にあたる内大臣府の秘書官から始め、秘書官長、内大臣への精神操作を試み、宮内省の主だった侍従職にも精神操作魔法を行使していったのだ。

拓真が外堀を埋めることを優先したのは、天皇も国家の一機関であるという天皇機関説的な考え方を持っていたからだ。

陛下の御心だけで物事を動かそうとすれば余計な軋轢が生まれる。

陛下の御心だけですべてが決定出来るなら、戦争回避を願う陛下の希望はかなえられただろう。

宮中の掌握が十分だと判断した後、拓真は陛下に初めて対面した。

初めて陛下と対面した日、拓真の精神操作魔法は陛下に対して通用しなかった。

絶えず権謀術数に曝され続けている天皇という地位には、魔法への耐性のようなものが備わっているのかもしれない。

顔面蒼白となり冷や汗を流す拓真を見て、陛下は少し首を傾げられていたが、最終的には拓真への統帥権の委嘱を了承された。

陛下の真意は分らなかった。

しかし、それ以降、拓真の陛下に対する畏怖は薄れることが無かった。


拓真は御前会議の翌日から行動を開始した。

拓真は、陛下から『軍事参議官』に親補された。

軍事参議官は、軍事に関して天皇を輔弼する軍事参議院を構成する官職であり、元帥、陸海軍大臣、参謀総長、軍令部総長などと同格の地位だが、実質的権力は持っておらず調整ポストの名誉職として扱われていた。

しかし、肩書さえ十分であれば、実質的な部分は拓真の精神操作魔法で何とでも出来る。

陛下が拓真に統帥権を委嘱されたことは、重臣たちの間だけの秘密になっていた。

そんなことが表沙汰になれば、国運を賭けた大戦争を前にして国家が転覆しかねないのだ。

その意味で、『軍事参議官』という肩書は、侮られず、目立たず、自由に動ける、使い勝手の良い役職だと言えた。

陸海軍からは、二人の副官が拓真の下に送られてきた。

海軍の樋端中佐と、陸軍の瀬島少佐である。

樋端中佐は、海軍兵学校51期首席、海軍大学校首席の英才で、海軍航空畑の経験が長く、フランスでの駐在武官経験もあり視野も広い。

瀬島少佐は、陸軍士官学校44期次席、陸軍大学校首席の秀才で、直前まで参謀本部部員であった。

両名とも、陸海軍内部でエリート街道を歩んできた軍人だと言えよう。

軍首脳部がこの二人のエリートを拓真の下に送り込んできたということは、精神操作魔法によって拓真の重要性を十分に刷り込まれた結果であると思われる。

しかし、軍エリートである少壮佐官にとって、拓真のような得体の知れない若造の下につくことは屈辱でしかない筈だ。

拓真はこの二人にも精神操作魔法を念入りに掛けた。

このさき軍を動かしていくには不十分な態勢であったが、態勢整備については追い追い考えていくしかない。

今の拓真には時間が無かった。

11月26日に単冠湾を出撃して真珠湾へ向かっている日本海軍空母機動部隊には、「ニイタカヤマノボレ1208」の電文命令が届いているはずだ。

開戦まで1週間しか残っていない。

拓真は副官を引き連れて、参謀本部や軍令部の将官クラスと面会を重ねた。

突然現れた軍事参議官の肩書を持った若造に、誰もが訝しげな視線を向けたが、拓真は精神操作魔法を駆使して彼らを懐柔していった。

実際にこの戦争を仕切るのは彼らなのである。

彼らを使いこなせなければ、拓真の目的は到底達成されないだろう。

しかし、短期間のうちに佐官クラスまで掌握するのは無理だった。

拓真はこの世界の歴史の流れに闖入した異物のようなものだ。

これまでは前世の記憶通りに歴史が進んできたが、拓真が歴史を改変しようとした場合、この先どのようなことが起こるかは分からない。

異物である拓真を排除しようとする動きが出てきても不思議では無かった。

拓真は瀬島少佐に参謀本部の佐官クラスの動向を探らせることにした。

何らかの不穏な動きが起こるとすれば、その動機と実行力があるのは参謀本部の佐官クラスだろう。

この先、目の上のたんこぶのような存在となる拓真を、何らかの手段で排除しようとしてくるに違いない。

拓真は、開戦劈頭に行われる陸軍の南方作戦については、何も口を差し挟まなかった。

40万人の兵力が動員される正攻法の作戦であり、緻密に組み上げられた複雑な作戦計画に、開戦直前の段階で修正を加えても混乱が起こるだけだからだ。

前世の歴史通りに事態が進むとすると、放っておいても南方作戦は成功する。

海軍の作戦は真珠湾奇襲攻撃である。

これも前世の歴史では成功することになるのだが、このままだと禍根を残すことになる。

拓真は海軍の作戦に介入することにした。

拓真は樋端中佐を伴って、愛宕にある日本放送協会に向かった。

真珠湾奇襲攻撃に先立って、保険を掛けておくことを思いついたのだ。

拓真が日本放送協会で面会した相手は、大本営海軍部報道課長の平出大佐だった。

平出大佐は軍の宣伝工作を担当しているだけあって、人当たりの良さと押し出しの強さを併せ持っていた。

ためらうことなく、拓真は平出大佐に精神操作魔法を行使する。

「この原稿を、明日12月8日午前3時に、国際放送を使って全世界に向けて放送して頂きたいのです」

そう言いながら、拓真は平出大佐に一枚の原稿を渡した。

平出大佐はその原稿を一読すると、顔を上げて拓真に尋ねた。

「この原稿は、米英蘭に対する宣戦布告のように読めますけど、こんなものを放送して宜しいのですか?」

「正式な宣戦布告文は、攻撃開始時刻30分前に、駐米大使によって米国に手交されることになっています。しかし、何らかの手違いが起こる可能性も捨てきれません。国際放送による宣戦布告はその場合の保険だと考えておいて下さい。」

「分かりました。参議官の命令に従います」

本来、拓真と平出大佐の間に明確な指揮命令系統が存在している訳では無いのだが、拓真の精神操作魔法はしっかり効いているようだった。

平出大佐との面会を終えた拓真と樋端中佐は、陛下から下賜された運転手付きのメルセデスベンツ770kに乗り込んだ。

拓真は帝都での足として、この高級車を使っていたのだ。

「参議官、品川沖に97式大艇を回航しております。このまま向かって宜しいでしょうか?」

樋端中佐が拓真に確認する。

「ああ、帝都にはもう用はない。真珠湾奇襲攻撃が始まる前に柱島泊地に向かおう」

拓真の次の目的地は、広島湾の柱島泊地に停泊している連合艦隊旗艦、長門だった。

日本を遠く離れている空母機動部隊の南雲中将には、拓真の精神操作魔法は行使出来ない。

海軍の真珠湾奇襲攻撃に拓真が介入するためには、連合艦隊司令長官である山本五十六大将に面会する必要があった。


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