白いゼラニウム
「お前が誰かだって? 」
「あら、知らないでそんなことを言ったのね。赤の他人じゃあないわよ。あなたの人生の中で出会っている人間よ」
彼の中で一人、心当たりがあったが、そうでないと信じたかった。そもそも彼は、その女が娘に擬態した偽物なのか、ある種の怨念によって憑依したのか、分からなかった。本物は自分の知らないうちに死んでしまっているのかもしれないと思うと恐ろしかった。
「…………レジーナ・ハサエルシア」
「なぁんだ、分かるんじゃない。そういえば、さっきの言葉、あなた間違えてるわよ」
当たってしまったことに恐怖を感じたが、少々馬鹿にした様な物言いに苛立った。
「何を間違えているって言うんだ」
「少なくともアイリス・サンダーソンではない……いいえ?最初から私はアイリス・サンダーソンであり、レジーナ・ハサエルシアなのよ」
「は……? 」
レジーナが言うには、レジーナとして死んだ後、気がつけばアイリス・サンダーソンとして生を受けていた、と言うことだった。
「そんなもの、信じるものか」
「私だって信じたくないわよ。だって貴方の娘よ?それにこの容姿、嫌いだわ」
あの十六年間、アイリスだと疑わなかった。そもそも、性格が違いすぎる。大人しくてしっかりしているが、優しくてちゃんと笑う子だと思っていた。
「……じゃあ、今までのアイリスはなんだったと言うんだ」
「それは勿論、ちゃんと子供らしくしていたのよ?だって転生しただなんて気味が悪いし、そんな大人ぶった子供、可愛くないでしょう?ちゃんと愛されるようにしていたのよ」
もうそれを聞いた時点で、オスカーは限界だった。娘が死んでいなくてよかったと一瞬思った。だがそもそも、娘に擬態できる筈がない。レジーナが死んだのを確認してから遺体から首を切り離して街に晒したのだから。
しかし、十六年間娘として育て、愛してきた者は、娘の皮を被った悪女だったのだ。
夕方になって、マーガレットの誕生日パーティーが始まってからも、オスカーはアイリス……レジーナというべきか……に頭を悩ませていた。
「はぁ……」
「娘の誕生日パーティーにため息とは感心しませんね」
思わずため息を吐くと、隣にいたアンナが困ったという顔で咎めた。
目線を先へ向けると、マーガレットが友人たちに囲まれて楽しそうに喋っていた。アイリスはアイリスで、自分の友人たちと話していた。
「何かありました? 」
「……君は、娘たちの性格が急に変わっても、今まで通り彼女たちを愛せるか? 」
一瞬、きょとんとしていたが、ふふっと笑った。
「お嬢様は、とても努力なさっていたんですよ。どうしても、あのままでは目立ってしまいますから」
その言葉の意味が分からず、考える時間を要した。
「……知っていたのか!? 」
「ふふっ、だって、あんなに綺麗な所作をする方なんてそういませんよ。お嬢様は本の読み方に少し癖があるので、お嬢様、とお呼びしたら教えてくださいまして」
まさか、彼女が知っているとは思わなかった。彼女は、あの屋敷の元下働きだ。石炭を運ぶ仕事をしていたから、レジーナとの直接の関係はないと思ったが。
「君にとっても良いことではないんじゃないか?さっきから庇うように聞こえる」
「あなたは、もう二十年も誤解をしている。お嬢様はあなたが思うような方ではないの。私は、専属メイドだったからお嬢様をよく知っているけれど、あなたは来てすぐに計画を実行したから」
オスカーは妻にあの時のことを言われるとはこれも想定外だった。それに、彼女がレジーナを慕っていたことも。
「僕は、無理だろうな。裏切られた気分だ」
「そうですか……私はそれを咎める気はありませんが、メグにはバレないようになさってくださいね? 」
「ああ……」
その拍子にマーガレットの方を見ると、ちょうどジョンと話しているところだった。ジョンは有力議員デービスの息子だった。憧れの相手だとかなんとか。楽しそうに話しているところへアイリスが入っていく。オスカーは何も邪魔することはないだろうに、と思っていた。
「ご機嫌よう、デービスさん。議会の引き抜いたお金で仕立てた背広はいかが? 」
一瞬のうちに、その場が静まり返り、ジョンの顔が青ざめた。周囲がひそひそと騒ぎ始めたところで、青ざめた顔が真っ赤になった。
「冗談にしては悪趣味だぞ! 」
「あら、冗談なもんですか。私、貴方のお父様が市のお金を横領しているのを知っていてよ」
「根拠もないことをこんな場で言うべきではないだろう!そもそも父はそんなことをしていない! 」
アイリスはそのまま続ける。
「貴方達はもう少し話す場所を考えた方が良さそうね。私、この間貴方と貴方のお父様が話しているのを偶然聞いてしまったのよ。『孤児院育ちの市長は馬鹿だからいくらか誤魔化してもバレない』『娘に取り入れば市長にもなれる』でしたかしら? 」
ざわざわと周囲が一層騒ぎ始めた。
「ねえもう黙って! 」
そう怒ったのはマーガレットだった。それもそのはず、彼女の誕生日パーティーだ。
「それが事実なら大変なことだわ!でも何もここで言わなくてもいいじゃない! 」
「そ、そうだ。今日はマーガレットの誕生日会じゃないか」
マーガレットに同調してその場から逃れようとするジョンをマーガレットは睨みつけた。
「貴方も貴方よ!逃れられると思わないで!……二人とも、出て行ってちょうだい他の方に失礼よ」
字数制限がなくなったのでちゃんと辻褄が合うように書き直してみました。