イエローアイリス
お久しぶりでございます。以前別のサイトに投稿していたものではありますが転生ものを書いてみました。全5話の予定です。転生ものらしからぬタイトルではございますが気に入っていただけたら幸いです。
昔々……と、そう昔の話でもない。たかだか二十年近く前の話だ。
その領地ハサエルシアを収める一族は、とても恐ろしいと有名だった。重い税を領民から搾り取るうえに、命令に従わない領民は容赦無く殺してしまう。不満があっても、大きな声で言うことはできなかった。屋敷に仕えるものは命懸けだった。一度仕えたら戻ることはない。死ぬまで働かされるか、領主一族の怒りを買って殺されてしまうか。
その一族の娘は、とても美しかった。金髪で碧眼の綺麗な色だった。名前は、レジーナといった。彼女も一族の噂と違わず、冷酷な人間であり、既に何人もの使用人の首を文字通り切っているという。
ある日、屋敷に1人の少年が執事としてやってくる。彼の仕事はいつも完璧で、領主から気に入られていた。彼の名をオスカーという。そんな彼に領主は一週間の暇を出す。
彼の仕事は、領主と領主の娘のレジーナの部屋の世話だった。領主の部屋を出た後、レジーナのお茶を出していると、レジーナがこう言った。
「どうしてお父様は貴方みたいなのが気に入ってらっしゃるのかしら。私だったらとっくに貴方の首を切っていてよ」
カップの紅茶を見ながら、彼の方を見向きもせずに。そもそも彼女のお茶係は彼で何人目だろうか。
「お嬢様……またご冗談を。領主様に気に入っていただいている、だなんて光栄でございます」
「事実でしょう。使用人に暇なんて初めて見たわ。外に出す時はみんな死体になっているのに」
使用人で気に入った者は、死ぬまで雇い続け、使えないと思われた者はすぐに首を斬られた。死体だけ、故郷に戻されるのである。
「戻ってこなくてもいいのよ?その方がいいわ。その後2週間も生きていられないと思うけど」
またそんなことを言う。レジーナはよっぽどオスカーのことが嫌いなようだった。何故か、なんて殆どの人が分からなかった。
ガシャン、と音がする。石炭が崩れる音だ。下働きの娘が石炭を暖炉に入れる際、落としたのだった。
「申し訳ございません……!お嬢様!!」
真っ青になって謝る娘がオスカーは不憫に思えた。
「……仕事を続けなさい」
そう言われるとすぐに娘は仕事をし出した。怒るでもなく、心配するでも無く、淡々と言い放つレジーナを一瞥して、オスカーも仕事を続けた。
一週間後、屋敷の周囲一面ぐるりと領民で埋め尽くされていた。農夫、商人、職人、軍人に女達も。みんな何かしら武器となる物を持って。反乱だった。屋敷の使用人たちもみんな外の味方だった。領主一族に逃げ場は存在しなかった。領主の持ち物である建物には屋敷以外全て火を付けた。それまで領主の親類だからと横暴を働いていた者たちを殺していった。
残るは、屋敷に籠っている領主とその家族……妻、息子、娘だけになった。
オスカーは、屋敷に入る、と言った。彼は、この反乱の主導者だった。一週間の暇の最終日にこの反乱を起こしたのだった。
数人を引き連れて屋敷に入ると誰もいなかった。部屋を一つひとつ開け、隅から隅まで探し、最後、レジーナの部屋が残った。ここしかない、と武器を構え、ドアを開けた。
「動くな、お前達に逃げ場があると思うなよ! 」
そう言った後、彼は部屋の中を見て絶句した。
「あら……残念だったわね。貴方の思惑通りになんていかないのよ」
部屋は真っ赤に染まっていた。真っ赤に見えたのは夕陽の所為だったのかもしれない。
レジーナは、部屋の真ん中に真っ直ぐ立っていた。ドレスも、髪も、顔も真っ赤にして。真っ直ぐ立っている足元には、領主、領主夫人、その息子が倒れており、いずれもレジーナと同じく真っ赤だった。彼女の右手には小さな刀が握られていた。その刀も同様に真っ赤に染まっていた。護身用だと、領主がレジーナに与えたものだった。
オスカーは、領主一家を大衆の前で処刑しようと考えており、逃げられたり死なれたりする前に捕まえる必要があった。それが読まれていたのだった。
「あーあ、だから首を切って欲しいって言ったのに。お父様ったら聞かないのだから。だから、お父様とお母様とお兄様の尊厳が守られるようにしたの」
にっこりと笑ってそう言うレジーナにオスカーを含めその場にいた者たちは恐怖を感じた。レジーナの笑みを見たのは誰もが初めてだった。
「おい、動くな……! 」
オスカーは、レジーナに銃を突き付けて歩み寄った。
「おお、怖い怖い。そんなことしなくても、動かないようにするわよ」
戯けた表情で笑った。そして、右腕がふっと動いた。
「な、何をしてる!やめろ! 」
オスカーがそう叫ぶのは、レジーナが刀を自身の首に突き付けたからだった。
「うるさいわね……私は今日初めてこの手で人を殺したのよ。だからね、私は今随分と気分がいいの……ねぇ?上手くいくと思った?そんなこと、させるわけないじゃない」
その右腕を右から左へと動かした。すると、部屋に散らばった赤と同じか、いくらか鮮やかな赤が噴き出した。
「ああ……悪くないわね、真っ赤な夕陽が綺麗だわ……これは、良い最期と言えるでしょうね」
そうして、領主一族への反乱は幕を閉じ、新しい統治者を立てた。反乱の主導者、オスカーを市長として議会を立て、市のことは全て議会で決められることになった。
プロローグ的な立ち位置です。次の話から本編となります。