9話 婚約者VS奴隷少女
「……私という婚約者がありながら……ネル君は奴隷女に夢中……」
いつもなら無表情で無口なマナリア伯爵令嬢が、今日は珍しく饒舌だ。
雪でも振るのかな?
なんて現実逃避をしても無意味なのはわかりきっている。だが案内役のメイドがほんとに使えねーとか、ヘリオだったら絶対にマナリアを通しはしなかったとか、色々と病んでしまいそうだ。
あぁ、ヘリオの有能さが身に染みたよ。
「んん……ネル先生ぇ、どうしたの?」
おおーと、ここで寝ていた奴隷幼女が起きてしまったぞー。
お願いだから穏便な一言で頼む。
「今日はもう終わり? いつもなら(修行が)もっと激しいのに」
「先生……? 激しい……? ネル君は……ナニを、教えてるです?」
ん~やばい!
完全にマナリアが泣いている。
静かに涙をこぼす顔も美しい、なんて呑気な感想を抱いている場合じゃない。
まずは起きたばかりの脳を覚醒させるべく、時間稼ぎが必要だ。
「マナリア、これには深い事情があってだな」
「ん。先生、この人は誰なの?」
「……………………………………………………………………泥棒猫」
シロナを凝視したマナリアは、数瞬後には無数の氷の刃を宙に浮かせていた。
おい、待て待て! それって【氷の射手座】だよな!?
白と青の複合魔法を無詠唱で、しかも瞬時に展開するとかさすがは未来の女大賢者様だ。
だがしかし、その判断力だけは評価できないぞ!?
「ッ!? 先生は僕の大切な人、僕が守る————【絶対の盾】」
俺を守るその姿勢、その判断! 望んでいた展開だけど、今じゃないんだよなあああ……。
ほんとマジで。
不可視の盾が俺とマナリアの間に生じ、一触即発の張りつめた空気が漂う。
「マナリアもシロナも俺の話をまずは聞いてくれないか?」
「……言い訳なら……聞くです……」
「先生のお話ならもちろん」
二人とも一旦は俺の言葉に耳を傾けてくれる姿勢になってくれた。
未だに両者とも魔法とスキルを発動しっぱなしなのは恐怖でしかないけど、まずはマナリアを紹介するのが筋か。
「シロナ。こちらはマナリア伯爵令嬢で、今は俺の婚約者でもある」
「今は?」
なぜかシロナがそこに食いついたので、これはよい機会だと思ってハッキリと言い切る。
「そうだ。もうすぐ婚約は解消する運びとなっている」
「……私は……同意しかねます。ネル君の妻になるです」
マナリアにしては早いテンポで否定してきたが、ひとまずそのお話はスルー。
「そしてマナリア伯爵令嬢。こちらはシロナ。今は俺の奴隷騎士として育て上げている」
「……今は?」
今度はマナリアの方がそこにくいついてきたので、それとなく良いご主人様アピールだ。
将来、女勇者に『アイツ昔は幼女を奴隷にして、しごいてたんだぜありえねー』とかチクられないよう予防線を張っておこう。
「もちろん、しばらく鍛えたら自由の身にするつもりだ」
「僕はね、ずーっとネル先生の奴隷がいい。だって奴隷はご主人様のおそばにずーっといるものでしょ?」
「……妻こそ……生涯の伴侶、です」
「いいや、奴隷こそ人生で一番役に立つ道具だよ」
「おいおい、二人とも。変なところで張り合うなよ……そもそもさっきも言った通り、婚約は解消するし、奴隷契約も解消する」
「……捨てられるです?」
「……捨てられるの?」
「いや、捨てるとか人聞きの悪い……」
ネルは自分たちを捨てる気だ……!
なんて勝手な見解の一致で、二人は互いの顔を見合わせてから部屋のすみに移動し始めた。それからいつの間にか魔法やスキルを解いて、顔を突き合わせてごにょごにょと会話している。
「……ネル君は、素敵すぎます……」
「わかる。優しすぎるよね」
「……でも……このままでは私たち……捨てられます」
「わかる。それだけは嫌だよね」
「……協力、するです」
「僕たちが協力すれば回避できそう?」
「別の問題も……ネル君は……将来……当然モテモテのモテです……」
「先生の良さに気付くのは嬉しいけど、寂しいよね」
「……ネル君に近づく……ゴミ、排除する、です……」
「どこぞの女子に取られるくらいなら、共同戦線ってわけね。いいよ」
二人は何を話してるのだろう。
俺からは全然聞こえないから、ちょっとばかし疎外感を覚えてしまう。
だからそーっと近づこうとしたら、グルンッと勢いよく二人がこちらに振り返った。
そんな二人の表情は————
マナリアの方はいつも通り能面のごとく無表情。
そしてシロナは目がパキッパキになっていた。
え、ちょ、なんか怖くね?
「…………ネル君。私、シロナちゃんと……と、友達になるです」
「ネル先生、僕はマナっちと友情を育むよ」
ものすごーく不吉な笑顔でにっこりな協定を結ぶ二人だった。
ま、まあ仲良くするのはいいことだ。
いいことだよね?