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86話 聖王の忘れ形見


 うちはアナスタシア・キャルロッテ。

 今は聖国の聖女やってるけど、うちなんかよりねるねるねるっちが凄すぎて感動って感じ。


 だって【聖なる洗礼】で古代の獣を聖獣にするとか、聖女のうちと同じ力を持っててビックリだし。

 しかもうちよりなんか上手だし、あれって人間以外にもできるとか初耳だし。


 それにお姫様抱っこなんかもされて、一緒に聖句を唱えてみたり、もう運命なのかなって思っちゃったりして……。

 ねるねるねるっちと見るおっきな海は、とってもホーリーで綺麗だったなあ……これが、周りの修道女見習いっ娘たちが言ってた青春ってやつなのかも? 


 うちはずーっと【聖域教会】で女子に囲まれて生活してきたから、男子とあんな風に冒険するなんて夢にも思ってなくて、今でもあの時の光景を思い出すと胸がトクトクするって感じ。

 

 うちはきっとねるねるねるっちがすごいからすごいって思ってるだけで、これは周りのシスター見習いっ娘たちが言ってる恋物語の一ページとかそういうんじゃない。

 だってねるねるねるっちは、あれだけの神聖な奇跡を簡単にやってのけちゃうんだもん。


 あの魔王ロザたんだってねるねるねるっちの名前を出すと、ちょっと大人しくなって祈りのやり方を聞いてくれるし?

 ストクッズ子爵領のみんなも徹底的に聖教……っていうかネル様教? みたいなノリで作法を学んでくれて超楽勝だったし?


 それでねるねるねるっちも、みんなのことをすーっごく大事に思ってるのか、シモたんの異端審問には忽然と立ち向かってて……あんな真剣で、民のために必死になるねるねるねるっちは初めて見たって感じ。

 

 途中から具合悪そうにしてて、かなり辛そうだったのに、民を想って戦う姿は凛々しすぎるよ……。

 多分、あの場でねるねるねるっちが辛そうにしてたのはうちだけしか気付いてないはず。うちは神聖魔法が得意だから他人の体調の変化に敏感で、だからあの時もねるねるねるっちが尋常じゃない何かを背負っているのはわかった。


 そんなねるねるねるっちの良さを、シモたんもわかってくれて何よりーって感じ!


「聖女アナスタシア様。聖国よりストクッズ子爵令息の『聖人認定』申請のお返事が届きました」

「シモたんおつかれー☆ でっ、でっ、どうだった!? 教皇たんもOKしてくれた?」


「いえ……それが……あれだけの奇跡うぉッ! 起こしたネル様の素晴らしさをわからぬなどと! 神への冒涜に等しいと思いませんか!?」


 あちゃー。

 シモたんの様子からすると、ねるねるねるっちの聖人認定は下りなかったみたいだー。

 うちはシモたんが今にも握りつぶしてグシャグシャにしそうな聖印が施された手紙に目を通してみる。


「なになにー、あー……【聖人候補(・・)】に認めるっちねー。教皇たんも妥協案ってところっちねー」

「特に【第二使徒】殿と【第五使徒】殿が強く反対されたようで! それに同意するように第七、第十一位使徒殿も……! ネル様の神聖さをまるでわかっていないのです!」


 あれだけねるねるねるっちを糾弾していたシモたんも、今となっては立派なねるねるねるっち教の一派になったって感じ。

 うける。


「そだねー。でもさすがにいきなり色々すっ飛ばして『聖人』認定は難しかったかー。まあ、ねるねるねるっちは王国の貴族だもんね。簡単に他国の貴族っ子に、聖国の地位は与え辛いって感じ?」


「しかし! あのような聖なる御方が……枢機卿(すうききょう)と変わらぬ待遇を受けるなどと、あってはならないのでは!?」


 枢機卿って……一教区のリーダーっち司教たんを複数まとめる大司教たんより上の位だから、けっこう教皇たんも頑張ってくれたって感じかな?

 多分、聖女のうちと第十使徒が推薦する人物をかるーく見れないけど、他の使徒たちの意見も考えてーってところ?


「そのへんわあー、これからうちらがねるねるねるっちの素晴らしさを伝導していけばいいんじゃない?」

「せ、聖女様の仰る通りでございます! これこそ天啓! ネル様が聖人であると、本物であると! 世に広く知らしめ、そして説きましょう!」


 あのシモたんが神様以外に熱心になるなんて、初めて見るって感じ。

 はあーねるねるねるっちと出会ってからは、初めてがたくさんでうちはとっても楽しい。


 で、でもべつに意識してるわけじゃないって感じ。

 だってねるねるねるっちはマナたんの婚約者だし、そういう彼ピを横取りとか最低な女友達はダメって感じだし?

 その辺、うちはわきまえてる女子だし! ただ普通にねるねるねるっちが神聖魔法もすごいから認めてるだけだし!

 そう思ってるはずなのに————


「あっ、ねるねるねるっち!」


 銀の綺麗な髪をなびかせ、鋭い目で真剣に何かを語る彼を見ると……どうしようもなく胸が弾んでしまうのはなんで?


「う、うちらが聖人認定に協力することになったから、これからも一緒に行動するっち!」

「ああ、穴。少し静かにしてくれますか? 今はミコト姫と『七国の英雄杯』に向けて配信札の微調整の話し合いを————」


 ————気付けばいつも、ねるねるねるっちから目が離せないっち。





 僕はシロナ。

 ネル先生の奴隷騎士シロナ。

 なのに、今は昔の名前が僕の心を脅かす。


 ネル先生のおかげで生まれ変われたはずの僕が……聖国と竜国の間に生まれし娘、二国の第一王位継承者シロナ・オリオン・ドラゴンロードって捨てたはずの名前に、過去の影におびえてる。


「教皇たんを説得させるにわあ、今は亡き聖王陛下のグループに話を通さないとだよねー」

「しかし……聖王陛下のご一派は五年前の【聖都大災厄】で求心力を失いましたよ。魔王の災厄魔法を防げなかったと」


「それでもー、古株の権威ってのは強いと思うけどなー。竜国との繋がりもあるし?」

「せめて『聖王陛下の忘れ形見』、シロティアナ様さえご存命であれば、聖国の在り方は変わっていたでしょうね」


 僕の昔の正式名称が出て少しだけビクついてしまう。

 聖女アナスタシア様と第十使徒シモン様のお話は、ネル先生をどうやって聖人認定させるかの作戦会議みたいだった。


 もちろん僕としては、ネル先生は聖人にふさわしいと思うし、それ以上に神そのものなのかもって思っちゃう時もある。


 だけど、だけど聖国の話が出るたびに……かつて僕が滅茶苦茶にした聖都のみんなを思い出して、胸が苦しくなっちゃう。


 やっぱりそうだよね。

 僕のパパだった聖王様は僕のせいで死んじゃったんだ……。

 あまり顔を合わせるような間柄ではなかったけど、それでも自分のパパだと思えば胸が痛い。



「おや、シロナ殿もご一緒にいかがですか?」


 僕が二人を見ていると第十使徒のシモン様が気さくに声をかけてくれる。

 聖都にいた頃の記憶はうっすらとしかないけど、この人は……僕と顔見知りの【使徒】じゃない。

 そこはよかったなって思う。


「ネル様が如何に聖人かを称え合う場でもありますので。ネル様の護衛をよくされるシロナ殿から見て、我々の知らぬネル様が起こした奇跡などもお聞かせいただけたらと思います」


 そんなのはたくさんあるよ。

 僕は嬉しさ半分、そして複雑さ半分で彼女たちに頷いた。


 今だってネル先生はオルデンナイツ王国の流通を牛耳りつつあるもん。

 陸・海・空をストクッズ大商会と海賊商船隊、ハーピィ空輸部隊が抑えつつあって、お金も人も物もどんどん集まってて。


 それで普通は築いた富を独占するはずなのに、ネル先生は旦那様に『将来の肥やし……一人一人の民が裕福になった方が、新しい事業を立ち上げる時に規模も大きくできます!』って直談判してて、みんなのお給料を高めにしようって。

 偉そうで欲張りな他の貴族たちより、多くの民にその富を分配して……たくさんの幸せを運ぶのがネル先生なんだ。


「聞けば聞くほど、私めがしでかそうとしていた愚行を悔いるばかりです。やはりストクッズ子爵領は神に祝福されし理想郷なのかもしれませんね」


「空飛ぶ運び屋さんの話より、うちはシロたんが最近してる『気高き豪翼(グリフィン)』に乗っかる訓練が気になるっち」


「はい。ストクッズ騎士団を中心に『グリフィン騎乗兵』の練兵訓練をしています」


「空からの偵察、強襲……ハーピィ族より大量の物資を素早く運べる……戦争の常識が覆されそうですね」


「ほんと、ストクッズ子爵領を邪教認定なんてしなくてよかったーって感じでしょ☆」


「やはり聖人ネル様は神の如き力強さも兼ね備えているのですね」


 ここまでは二人も見ちゃってることだから話せるけど、ネル先生は裏でもっとすごい計画を進めてる。

 それはジャポン国民の勤勉さに感服して、ジャポン国を産業大国として盛り上げようと一生懸命だったりして。


 僕には難しい話はよくわからないけど『配信札を世界に流通させるには……』とか、『配信プラットフォームを独占する仕様にして……』『有名冒険者にスポンサーの斡旋……いや、次は【七国の英雄杯】がトレンド入りするだろうし、選手の一人一人にスポンサーをつけさせたり……』って難しい顔をしながら、ミコト姫とすごく真剣に毎日話し合ってもん。


 あのお顔のネル先生はすごいことをやってのけちゃう前だって、僕は知ってるんだ。


 だからネル先生の神聖さを感じるたびに、聖国との距離がじわじわ近づいているようで……。

 輝かしいネル先生の功績に、僕が泥を塗っちゃうんじゃないかって怯えてしまう。


 僕が聖都でしでかしてしまった大虐殺の重みがのしかかってくる。

 きっとその事実が明るみに出た時、真っ先に責任を問われるのはネル先生かもしれない。

 だから、僕はネル先生に迷惑をかける前に……離れた方がいいのかな。

 でもじゃあ、ネル先生の元を離れたら、僕は何のために生きていけばいいんだろう……?



「シロナ。何を二人と話しているんだい?」


「あっ、ネル先生」


 僕が沈みかけていると、ネル先生はいつも話しかけてくれるんだ。


「まさか俺を聖人認定うんぬんに巻き込む話じゃないよな……?」


 聖女様と使徒様の前なので、ネル先生は耳元で内緒話をコソコソしてくれる。

 それだけでさっきの不安な気持ちが吹き飛んでしまうぐらい、幸せな気持ちで胸がいっぱいになってしまう。


 でも、きっと。

 僕はネル先生のそばにいちゃいけないんだ。

 なのに、こんなの……離れられるはずがなくて……。


「……僕は、今のところ聖人認定には……関与してないです」


 ネル先生が聖国と近くなると、僕の罪が暴かれちゃうかもしれないから。

 一緒にいられなくなってしまうかもだから。

 ネル先生は聖人にふさわしい人なのに、僕はネル先生の聖人認定に協力したくない。


 僕は汚い心で、ネル先生のどこまでも透き通った蒼い瞳を見上げます。


「そうか、いい子だ。聞いたぞ、グリフィン騎乗兵の訓練は順調みたいだな。ヘリオもそうだが、シロナは俺の誇りだ。この調子でどんどんヒモ————グリフィンの手綱用のヒモはどんどん改良していいからな?」


「はい……!」

 

 優しく頭をなでられて、ネル先生の眩しさに僕の汚い心が焼かれてしまう。


「あの……ネル先生。もしも僕が奴隷騎士の契約を切りたいって言ったら、どうしますか?」

「ん? 別にいいぞ?」


 あっさりと僕とネル先生の……絶対に切れない絆を手放すと言われて、断罪の杭が打ち込まれたみたいに胸がズキンと痛む。


「そうだな、ヘリオにだけ聖騎士を叙爵させるのも違うか。ディスト王子殿下の許可が下りたら、正式にシロナを『聖騎士』に叙爵しよう」


「えっ」


「シロナは今までヒモス——ストクッズ子爵領の平和維持にすごく貢献してくれたし、これぐらいのご褒美は当然だ」


「でも……僕は……」


「何があっても、これからも俺たちのことを頼むぞ。もちろん、俺の方でもシロナを全力で助けるからな」


 前にも言っただろ? とネル先生は優しく笑いかけてくれる。


「人は弱いから支え合っていくものだと」


 ああ、ネル先生はいつも。

 いつも僕が孤独に呑まれ、闇に落ちそうになっても救いあげてくれる。

 この人の傍にずっといたいと願ってしまう。

 僕の醜くて、最低な隠し事(ワガママ)も受け入れてくれる。


「ネル先生……あの、近々二人だけでお話したいことがあります」

「ん? 別に構わないぞ?」


 何者にも動じず、何事も華麗にこなしてみせるネル先生は……多忙を極める尊き御方でありながら、いつも通りあっさりと僕のワガママを受け入れてくれた。

 

 そうだ、僕は何を不安がっていたんだ。

 犯した罪は消せないから、かつて僕は……ネル先生の傍で多くの人々を救う贖罪をしようって誓ったんじゃないか。


 ネル先生と一緒なら、僕はどこまでだって強くなれる。









綺麗に微笑むネル「人は弱いから支え合っていくものだと(こう言っておけば俺が怠惰な失敗をしても仕方ないよねで済む。しっかり俺を助けてヒモスキルを発動させてね。最近、俺へのハードルが上がってる気がするから予防線を張っておこう)」



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