83話 ヒモ日和
俺たちが急いでストクッズ子爵領に戻れば、魔王ちゃんを初めとした魔族一派は緊張状態にあった。
聖国に目をつけられたのは悪魔諜報部隊がとっくに把握していたらしく、ストクッズ領内の魔族に共有されていた。
オルデンナイツ王国は聖教を国教とするため、多くの民が聖教を信奉している。当然ながら魔族たちは領内の人間に対してもピリピリしていた。
以前の協力し合って街を復興するいい雰囲気も、今となっては街全体に疑心暗鬼の霧がかかったような重い空気が立ち込めている。
「ネルよ、戻ったのじゃな」
「おう、魔王ちゃん。父上はどうしている?」
「ネルのパパ上は領内の魔族と人間が敵対しないよう、様々な措置を取ってくれておるのじゃが……」
「今は異端審問官の訪問に備えていると?」
「うむ。ネルのパパ上は頼りになるのじゃが……いかんせん聖国の奴らは信用ならん。過去に奴らは……ん、ネルよ。後ろにいる見慣れぬ少女は何者じゃ? やけに神聖魔法の脈動を強く感じよる」
「ちぃーっす☆ アナスタシア・キャルロッテだぞ♪ ふーん、あんたが年々膨れ上がってたあ、いやーな感じの正体ってわけね」
「アナスタシア……? ネル、貴様! まさか聖国に寝返ったのかや!? そやつは聖国の聖女じゃろう!?」
「落ち着けって魔王ちゃん。アナは俺たちの味方だ。『聖女』様がお前らを認めるなら聖国だって下手に手出しできないだろう?」
「聖女が味方に……? ネ、ネルは……本気で言っておるのか? 聖国の象徴たる聖女が魔族の肩を持つじゃと?」
「簡単には信じられないが、アナは俺の……俺たちの『友達』なんだ。友達なら何の利益がなくとも困った時は自然と助け合うってもんさ」
俺は学んだばかりの友達ワードを強調して、あわよくばヒモスキルが発動しないか伏線を張っておく。
チラリとアナを見ればちょっと嬉しそうだし。
そしてマナリアさんの方は……瞳の輝きがちょっと暗くなっただけで、ミコト姫はなぜか羨ましそうな視線をアナに送っていた。
「魔王ちゃんも友達みたいなもんだろ?」
「と、友達……我とネルが、友達……」
同盟を組んでるのだからそんなような関係だろうと思っていたが、魔王ちゃんの反応を見るに、初めて『友達』と認識したようだ。
なぜか大切なものを噛みしめるように、友達ってワードを何度も何度も反芻しているので、ディスト王子同様に友達の少ない奴だったのかもしれない。
まあ魔王って立場上、魔族を率いる部下はいても対等な友人は作り辛かったのかもな。
「あ、あの、ストクッズ子爵令息。妾とそなたはビジネスパートナーですが、巨大な象徴を自然と調和してくださった仲ですので……妾も友人、ですよね?」
「む? 唐突になんじゃ、この痴女なアホうは」
「なっ!? ストクッズ子爵令息のお傍にいたのに、キョニューとエロの信念も知らないのですね。その浅学さは嘆かわしいです」
「ほう、貴様は我にケンカを売ってると見たのじゃ! ネル、こやつを懲らしめてよいかの!? 魔王の威厳がなんたるかを——」
「ちょちょちょーっとストーップ☆ それ以上、魔族が暴れるって言うんならうちも黙ってないって感じ?」
「……みんな、ネルくんのお家で、喧嘩はよくない、デス……」
なにやら魔王ちゃんとミコト姫がバチバチし始めたと思えば、メインヒロイン参戦の雰囲気にやれやれだ。
はあ……自分で『友達』なんてワードを放っておいてどうかと思うが、まさかメインヒロインを友達と呼ぶ日が来るなんてな。
中二病風に言えば『死と俺は友達だぜ』ってかっこいい響きだが、実際メインヒロインたちは間違いなく俺にとっての死亡フラグ生産機だ。
不安だよ。
ぶっちゃけ異端審問官や使徒はそれほど恐怖じゃない。
どちらかと言えば、メインヒロインとサブヒロインが暴走しないかが心配すぎる。
いや、心配のしすぎは良くないよな。
ヒモはヒモらしく考えるのをやめて楽にいこう。
俺だって異端審問官の来訪に備えるのでやることが盛りだくさんだし、まずはシロナとヘリオと合流してベッドの用意をしてもらおう。
そして気持ちよく寝るんだ。
安眠から目が覚めれば気分もスッキリ爽快、不安なんてきっと吹っ飛んでるはずさ。
◇
「ふぃー果実水がうめえ」
俺はストクッズ邸の中庭でいつもの如く、だらんと腑抜けていた。
ハーピィ空輸部隊のおかげで果物が新鮮なうちに運ばれるようになってから、果実水のクオリティが上がった気がする。
爽やかな酸味、そして瑞々しい果実の旨味!
マジでグビグビいけるわ。
「それにしてもミコト姫たちもよくやってくれるよなあ……」
異端審問官と使徒が我が領地に来るまでの短い間、ヒロインたちはミコト姫主導の作戦を領内に実施してくれたようだ。
あとは彼女たちの言うがままに、俺は俺がやるべきことをこなせばいい。
一応全てを彼女たちに任せるのは不安すぎたので、優秀なヘリオの調整が要所要所に入っている。なので俺は脳死でストクッズ子爵令息として振る舞ってればいいだけだ。
『スキル【ヒモ】が発動。【条件:和の姫君が復活配信の準備等、自身のプロデュースを完璧にお膳立てしてくれる】を達成』
『スキル【演舞夏式Lv2 → Lv3にアップ】しました』
『スキル【春華春闘Lv3 → Lv4にアップ】しました』
おっ、ミコト姫がきびきび働いてくれてるようだ。
どうやら彼女は異端審問とのやり取りを配信するつもりらしい。
ジャポンの民に、俺は死んだと思われているらしいので奇跡の復活劇がどうのとプロデュースに精を出してくれている。
『スキル【ヒモ】が発動。【条件:聖女に聖教習慣を魔族に伝授してもらう】を達成』
『スキル【癒しの聖人Lv1】を習得』
『スキル【聖なる洗礼Lv1 → Lv2】にアップしました』
おおっ、ついに治癒魔法の上位互換スキル、【癒しの聖人】を習得したぞ!
これで呪いや状態異常だけでなく、運命属性にも干渉できる治癒スキルを発動できるぜ!
それに洗礼の方も……更なる聖属性の付与ができるので、ますます面白いことができそうだ。
『スキル【ヒモ】が発動。【条件:婚約者のご令嬢に、ストクッズ領民やストクッズ騎士団へ『魔封石:聖氷の剣』と『魔封石:聖氷の鎧』を無償で配布してもらう】を達成』
『スキル【氷獄魔法Lv4 → Lv5】にアップしました』
『スキル【魔導の深淵Lv1 → Lv2】にアップしました』
おおおうマナリアさんったら太っ腹!
魔封石『聖氷の剣』や『聖氷の鎧』なんて、一個30万はくだらないぞ!?
それを多くの民と騎士団に配ってくれるなんて!
しかも【魔導の深淵】がLv2になったのは地味に嬉しい。これで戦闘中のMPの自動回復スピードが強化されたぞ。
ふぃーヒモスキルが発動してくれて最高だ。
「ねね、マナッち……最近、やたらネル先生の周りに可愛い子が増えてきてない?」
「はい、です……」
そんでもって近くにシロナとマナリアさんがいるけど、この二人はさっきからコソコソ内緒話をしているようだ。
まあ、わりと久しぶりの再会だろうし二人は8歳からの付き合いなので積もる話もあるのだろう。
「マナっちが第一夫人で、僕が第二夫人って計画を忘れてないよね? このままじゃ僕、第三、第四夫人になっちゃうよね……?」
「今のところ……アリス姫殿下とミコト姫が、強力です……あのお二人が、ネル君を取ったら……王配か王陛下になる、デス」
「ネル先生だったら王様になるぐらい当たり前だけど、でもそれじゃあ僕らと結婚できなくなるってことだよね?」
「難しく、なります……あと、あの魔族の子も……警戒が必要」
「魔王ちゃんは話してみたらいい子だったけど、最近なんか怪しいし? もうこれ以上、ネル先生の周りに可愛い子が増えそうなら……僕が真っ白に消去しもいいよね?」
「……一旦はネル君に……確認を取った方が……いいデス……」
「わかった。でも最近【聖剣伝承】ってすんごいスキル覚えたから、絶対消せると思う」
「私も……【次元崩壊】って黒魔法を覚えたデス。手伝うデス」
「お、おーい……そこの二人も果実水を一緒に飲むかー?」
何やら不穏な気配を察知したので、俺は探りを入れるべく自然と話の輪に入ろうとした。
「ネル先生が飲んでたコップでいただきます!」
「あっ……私も、です! でも、あの、ネルくん。両端に……口をつけてからシロちゃんに渡してほしいです……」
「ネル様。おくつろぎの所、失礼いたします。【神聖ハイリッヒ帝国】より【第九使徒】シモン様と異端審問官のご行がご到着されました」
「ヘリオか。それで、ご一行の数は?」
「はっ。恐れながら神殿騎士を300名ほど同行させております。不遜な輩ですね」
「相手はやる気満々だな。よし、みなに知らせろ! いよいよ戦いの幕開けだ!」
なぜかシロナとマナリアさんは、ヘリオをジト目で睨んでいた。




