81話 落とし穴
「妾も【聖銀都市を運ぶ海神】なるもののご誕生をこの目で見たかったです」
ダンジョン【海獣の大口】が伝説の神獣だと判明した騒動から一週間後。
ここ最近のミコト姫は、初配信のフィードバックやら調整のやり取りで『配信札』や『視聴札』の開発で忙しかった。
そんな彼女も目に見えて成果が出始めたのか、嬉々として俺に『札工房』の様子などを伝えに来てくれたのだ。
「ミコト姫。今となってはグウもストクッズ子爵領の一部となりましたので、ご所望であればいつでもご案内いたしますよ」
ちなみにグウ君の腹の中は未だにダンジョン扱いである。なにせ、グウ君の体内から湧き出る魔物を、冒険者たちに掃除してもらう必要があるからだ。
そしてストクッズ子爵家が冒険者ギルドにダンジョンを開放している立場となり、ダンジョン使用料を設けている。
とはいえ冒険者から取るのではなく、冒険者ギルドからグウ君産の素材換金のうち2%をもらう契約にした。
結果的に冒険者の取り分も2%減るけど、気付く人は少ないだろう。これぞ見えづらい税制ってやつで、この辺はジャポンの前のやり方を参考にしている。
それでもグウ君の采配で、冒険者は未踏破エリアや今まで行けなかった領域にも踏み込めるわけで、ダンジョンとしては前より美味しい穴場になる。
つまり結果的には2%徴収したぐらいじゃ冒険者の懐事情に痛手はなく、むしろ稼げるのでWinWinなのだ。
「ストクッズ子爵令息が妾と島デート……いえっ、こういう時こそ配信者ネロッテとして、かつて栄えた伝説の都アトランティス遺跡を世界に配信すれば話題性抜群なのでは……? そう、華々しい復活配信で……」
ミコト姫は何やらごにょごにょ言い始めては、記録札に高速でメモを走り書きしている。
「あの、ミコト姫?」
「あっ、いえ。『配信札』の宣伝効果が見込めるよう、ネロさんの売り出し方を考えていました。海神様を配信ネタにすれば多くの冒険者に『配信札』の存在をアピールできます。そして札の売れ行きが良くなれば、ジャポンの札職人たちの生活も良くなります」
さすがミコト姫だ。
いつでもどこでも民を想ってるところは、ちょっと尊敬できたりしなくもない。
「これは別に、わ、妾の婚約相手として認められやすい格をそなたにつけようとか、将来の和皇陛下にふさわしい名声を稼ごうなどと、そういう想いは全く以ってないですから!」
「は、はぁ?」
「ですから島デー……島での配信と、そして妾の案内をお願いします」
「当然ですとも。『配信札』や『視聴札』の件で懇意にさせていただいておりますから」
「ふふっ、楽しみです……! あっ、遺跡の探索が楽しみなのです!」
ふと綺麗に微笑んでみたり、顔を真っ赤にしてみたりとミコト姫は今日も大忙しだ。
まあこの分だと、なんらかの拍子でヒモスキルも発動してくれそうだから期待は大きい。
寄生先が忙しくなればなるほど俺は潤うのだから、その調子であくせくしてくれたまえ。
『スキル【ヒモ】が発動。【条件:神獣のメスに身を委ねられ、大事な秘部を開放してもらう】を達成』
『スキル【大地の建築魔法Lv1】を習得』
おっ、噂をすればヒモスキルがさっそく発動してくれた。
ほうほうグウ君は女子だったようで……今まで封印していたエリアを冒険者たちに開放してくれたらしい。ん、しかも土を媒介に色々と建築できる魔法を習得したようだ。
これはなかなか便利じゃないか?
いつどこでも土さえあれば、雨風をしのげる休憩所などが作れるのでは!?
グウ君の件でわかったけど『友達』ってワードは都合がいい気がする。
友達という曖昧な関係性だからこそ、善意が自動で行動に繋がりやすい。そして今回のようにヒモスキルに結びつくわけだ。
うんうん、これからは『友達』宣言作戦が功を奏すかもしれないな。
フレンドの種類なんてたくさんあるし、様々な友達を増やしていこう。
俺が思わぬ収穫にホクホクしていると、そんな幸せ気分をぶち壊す知らせが入ってきた。
「ねるねるねるっち! 大変! ストクッズ子爵領へ異端審問官が出発したって感じ!」
ギャル聖女からもたらされた急報に俺は首をひねる。
「しかしその件はアナが抑えてくれたのですよね?」
口調は丁寧な俺だが、当然のように『お前の仕事だったろ、何してんだよ使えねーな』発言をする。
「そ、それが……アメリオ帝国の使者と仲良くしてる【使徒】っちがいて、そいつが余計なことをしたって感じ……」
「なるほど、見えてきました」
ジャポンの間接統治権をオルデンナイツ王国に移譲するきっかけを作ったのは……間違いなくストクッズ子爵家だ。
そこでアメリオ帝国は、ストクッズ子爵家を邪教徒認定できれば、『果たして邪教徒を重用するオルデンナイツ王国に、ジャポンの間接統治など任せてよいのか!?』と訴え、ジャポンの間接統治権を少しでも奪い返す算段なのかもしれない。
「アナ、【使徒】というのは【神聖ハイリッヒ帝国】において【聖女】より権力を持っているのですか?」
「え、えーっと……権威も権力もうちが上だけど、【十三使徒会議】で半数以上の【使徒】っちが賛成ー! ってなったらうちじゃダメって感じ?」
確か【神聖ハイリッヒ帝国】の階級構造は、頂点が聖王陛下で今は不在なはず。
そして次なる権力者が教皇であり、聖女、使徒、枢機卿、大司教、異端審問官、司教、司祭(神父)、神殿騎士、助祭、修道女、一般信徒の順だったはず。
そしてどうやら聖女の一存では、【十三使徒】の過半数が同意した方針を覆すのはできないようだ。
「聖国の【十三使徒】と言えば、かなり神聖魔法に長けた者が多いとか」
「うちほどじゃないけどー、みんなめちゃ強って感じ☆ 戦いのときわあ、神殿騎士に命令するのも【使徒】っちだしね?」
「異端審問官の方も実力者ですか?」
「そこそこって感じー。ただ気になるのは、今回の異端審問は【使徒】も同行するっち」
「どなたですか?」
「【第九使徒シモン】っちだねー。なんか熱血バカって感じの子かなあー」
ギャル聖女をしてバカと言わすシモンさんがどれほどの人物なのかは知らないけど、一旦はストクッズ子爵領に戻って魔王ちゃんと対策を練らないといけないだろう。
「そもそもどうして【十三使徒会議】に我が領が議題に上がったのですか?」
「なんかね? ストクッズ大商会から聖都に届いた塩の運び手が、【両翼の娘】だあー! って大騒ぎになってね?」
「…………魔王ちゃ」
『聖国は魔族を異常に敵視してる』って自分で言ってたのに、どうしてそんな墓穴を掘ってしまったんだ!?
最近ではドーエム侯爵から解放した【両翼の娘】の空輸商隊が目覚ましい活躍を遂げ、ストクッズ大商会における王国内の流通事情は大幅に改善された。
『誰よりも早く! 新鮮に食材をお届けできる!』と謳い、特に飲食店とのお取引きがかなり増えたのだ。
そんな大躍進を前に、どうして魔王ちゃんは敵地に塩を送るような真似を!?
「その【両翼の娘】は無事なのですか?」
「一時は即刻死刑って話だったんだけど、今はVIP待遇で投獄されてるだけって感じ。だってー、うちがその子に塩を運ぶように頼んだって手紙で送ったら、みんなも処刑はやめよーってなってね?」
「おい穴。今、なんと仰いましたか?」
「ん? うちがハーピィちゃんを救ったって感じ?」
「穴が塩を聖国に運ぶよう頼んだのですね?」
「うんうん。ロードス島の漁港に塩を届けにきた子を偶然見かけてー、話を聞いたらねるねるねるっちの従業員だって言うから、マジ運賃たくさんあげるから聖国にも届けてってお願いしたっち☆ 魔族も一生懸命に働いてるって知れば、聖国のみんなも魔族への印象がいいものになるねーって感じで!」
穴! お前ッ、筋金入りのバカなのか!?
穴があったら入りたい気分だろうが、俺はぶち込みたい気分だ!
ちきしょうめ! 11歳のメスガキが考えそうなアイディアだよ! 悪気がないから余計に質が悪いぞ!?
いい事しようとして裏目に出たパターンか……。
「あっ……じゃあうちのせいって感じ!? ご、ご、ごめんね!? でもうちがなんとかするから!」
はあ……ハーピィもそりゃあ聖女様のお願いじゃ断れないだろう。
そしておそらく魔王ちゃんは一連の流れを把握できておらず、ロードス島に向かわせた【両翼の娘】が一人だけ帰ってこないと、気を揉んでいるに違いない。
すでに捜索隊を組ませたか、もしくは悪魔諜報部隊により聖国に掴まったとの情報は手に入れているかもしれない。
「とにかく……私はストクッズ子爵領に戻ります」
「うちにできること、あるっち?」
こいつを下手に野放しにすると、余計に事態が悪化しそうだな。
「穴。今回は同行を頼みたいのですが、よろしいですか?」
「もっちのろんっち☆ ねるねるねるっちの故郷も見てみたいっち!」
ふう。
観光気分のギャル聖女にイラつくのは俺だけですかねえ。




