8話 奴隷少女の憂鬱
僕の名前はシロナ・オリオン・ドラゴンロード。
聖帝と竜王の間に生まれた娘で、二大国の第一王位継承者……だった。
今はただのシロナ。
だって、奴隷だもん。
罪深い僕なんかには奴隷がお似合いなんだ。
でもそんな僕にネル先生はすっごく優しくしてくれる。
「シロナ。いいかい? この調子で爪を使って葉っぱを1000回切っていくんだ……細かく、細かくな? すると、ほらスキル【草刈り】Lv1を習得できる。これをLv3まで上げて、今度は【草刈り】で刈った葉を思いっきり息で吹き飛ばすんだ。1000回やる頃には【風切り】Lv1を習得する。これも地道に使い続けてLv3にすると、二つのスキルを掛け合わせた【風竜の爪痕】Lv1って強力な新スキルを覚えられる。だから辛抱強く繰り返そうな?」
【草刈り】Lv1を習得すると、僕のユニークスキル【天竜人】によって自動でLv2にまで引き上げられてしまう。もちろん【風切り】も。
【天竜人】の恩恵は様々だけど、その一つに竜の系譜が混じったスキルを習得すると、Lvが自動でアップする効果もあるんだ。
だから【風竜の爪痕】も、朝昼晩って毎日欠かさず練習するだけで習得できちゃった。
僕は不自然に思われないよう、ネル先生には時間を置いてから【風竜の爪痕】を見せてみる。
「おお、シロナはすごいな! 頑張り屋さんだ! ってか、えっ……冷静に考えると才能ありすぎじゃないか……? こんなの女勇者なみの……いや、良い拾いものをした……?」
そんな努力もしないで【風竜の爪痕】を習得してしまい、罪悪感を覚えちゃう。もちろんネル先生も【風竜の爪痕】は使えて、僕の知らないところでたくさんの努力をしてきたんだと思う。
だからこそ、ネル先生に教えてもらった大切な技だから無駄にはしたくない。
「じゃあ今日は俺が全力でこの大岩を殴るから、岩の後ろに隠れて分厚いクッション入りの大盾で受け止めるようにしよう」
「は、はい! 先生」
今日の特訓もまた優しいもの。
僕の身をものすごく想ってくれるのが伝わってくる。
僕なんかそんな優しくされる資格、あるはずもないのに……。
ネル先生と過ごす毎日は好き。
穏やかでぐっすり寝れて、ちょっとだらだらして。
陽だまりの温かな日々。
でも、だから余計に思い出してしまう。
僕は僕の力を制御できずに、みんなを爆発させてしまった。
美しい【神聖ハイリッヒ帝国】の聖都は……僕が破壊してしまった。
たった7歳だった時の僕が、ぜんぶ、ぜんぶ間違えて壊してしまった。そんなつもりはなかった……なんて言い訳にもならない。
親切だった神官さんたちも、心優しい修道女さんたちも、お父様も……みんなみんな、僕が消失させてしまった……。
人々は聖都の大災害を『魔王の仕業』と言うけれど、ぜんぶ僕のせいだった。
真実を知っているごく僅かな傍仕えが、『お母様がすぐに竜皇国から迎えに来きます』と知らせてくれた。
混乱と絶望とが消えない恐怖。
僕は自分が怖かった。またいつこの力が暴走するのか、自分で制御できる自信がなかった。
震えながら、傍仕えたちが案内する馬車へと乗り込んだ。
そして最後に、傍仕えの一人が僕に言ったんだ。
『罪を償え、この化け物が』
その傍仕えは、ずっとずっと僕の世話をしてくれた人だった。
いつも優しい笑みで包み込んでくれ、たまに頭だってなでてくれて……お母様よりも一緒に過ごした時間が長かった。そんな彼女の家族を、僕は一人残らず殺してしまった。
だから、あんなにも憎悪に満ちた顔で見送ったんだと思った。
それからしばらくして、僕は奴隷商に売られたと知った。
捨てられた、なんて思うのもおこがましい。わかってはいても、胸の痛みは消えなかった。
奴隷商には正体がバレたくなくて、スキル鑑定できる【神託の聖石】に必死になってお願いしたら、ユニークスキルが他人にはよくわからないモノに見えるようになったのは救いだったかな。
それでも毎晩、大勢の命を奪ってしまったあの瞬間を夢で見る。
寝るのが怖くて、起きても閉じ込められるだけの絶望で、でも罪深い僕にはふさわしい運命なんだろうって。
それなのにネル先生は僕に手を差し伸べてくれた。
だから、こんなに幸せでいいのかなって。
耐え切れなかった僕は、ついネル先生にジクジクと膿んだ感情をぶちまけてしまった。
「でも……僕は罪深くて……生きてる価値なんて、ない」
「さっきも言ったろ? 人は弱いから協力し合う。罪深い、けっこうじゃないか。その分、誰かを守ったり救ったり、誰かの役に立って、気が済むまで贖罪としゃれこめばいい」
「贖罪……? 僕が誰かを守り、救う……?」
そんなネル先生の言葉が、僕の真っ暗闇な未来を照らしてくれたような気がした。
何か、宿命のようなものが芽生えた瞬間だった。
自分が奪ってしまった命の数の分、救えばいい。いや、それ以上にたくさんの命を救えば……死んでいった人々も少しは報われるのかもしれない。
そう、古の伝説として語られる勇者みたいな生き方が、僕に課せられた呪縛なのかもしれない。
だったらいつの日か、いいや、この瞬間から僕は————
僕の力を封じるだけじゃなくて、向き合わないといけない。
だってそうじゃないと、何より大切なネル先生を失ってしまうかもしれないから。
もう絶対に暴走なんてさせない。
今の僕には、罪深い僕を導いていくれる大好きな先生がいるのだから。
『ガチ百合ファンタジー』は、主人公の名前をプレイヤーが入力するタイプのゲームでした。
妹さんは『ユウ』と入力しましたが、公式が出していた女勇者の名前は『シロナ』です。
もちろんそんな事情をネルくんは知りません。
はい、ネルくん。
まさかの女勇者ひろって、自分の奴隷にしてました。