79話 現在 VS 未来
「ネロが欲しいだと? それは聞き捨てならないな」
「あら、ディストと意見が合うなんて珍しいわね。私もネロさんほどの人物を、そう易々とアストロメリア王国に行かせるわけにはいきませんわ」
なんと、マナリアが暴走する前に俺とマリアローズの間に入ってきたのは、我がオルデンナイツ王国の王族2人組だった。
するとマリアローズも事態を察知したのか、颯爽と高貴な令嬢の振る舞いに切り替えた。
「これはこれはオルデンナイツ王国が誇る双星、才能の星の下に生まれしアリス姫殿下。そして努力の星に生まれしディスト王子殿下。お初にお目にかかります。マリアローズ・シルヴィアイス・フローズメイデンでございます」
「冒険者【青薔薇】の二つ名を冠す者、フローズメイデン公爵令嬢よ。我が友ネロをどうか煩わせぬようお願いしたい」
「フローズメイデン公爵令嬢、お会いできて光栄ですわ。我が王国の将来を担う貴公子を、誘惑さえしなければのお話ですが」
「あら。王族のお二人が男爵令息をそれほどお目にかけるなんて意外です」
「先日、ストクッズ家は子爵家に昇爵したのでその言葉は訂正していただきたい」
「王国は優秀な人物には相応の評価をいたしますわ」
うわあ。
まさかのマリアローズさんと両殿下がバチバチするとか予想外すぎるぞ。
「さようですか。しかしネロを一番評価しておられるのはジャポンとお聞きしました。何せネロはジャポンで伯爵位を賜ったのだとか」
「……王国の子爵位が、ジャポンの伯爵位に劣るとでも言いたいのか?」
「はっきり申し上げますと、かのジャポン小国は我が王国に間接統治されている状態ですわ。ジャポンの伯爵位など王国の男爵位にも劣りますわね」
おいおいおい姫騎士よ……それは言い過ぎじゃ?
確かに王国とジャポンでは、爵位が示す領地の広さや、権威と権力の重みは王国貴族が抜きん出ているだろうけどさ。
この場にミコト姫がいなくてよかったぜ。
「では、我がアストロメリア王国の六芒貴族が一つ星、フローズメイデン公爵家はオルデンナイツ王国の子爵家に劣ると?」
うわあ。
この返しはマリアローズが一枚上手だ。
周辺国の領土をシンプルに数値化すると、【ジャポン】が1だとすれば……【神聖ハイリッヒ帝国】が3、【竜国】が5、【アメリオ帝国】が7、【奴隷国家イギリシア連合】が7、【アストロメリア王国】が13、【オルデンナイツ王国】が16である。
つまりマリアローズはオルデンナイツに次ぐ大国のまごうことなき公爵家のご令嬢である。さらにはアストロメリア王国の中で、最も権力を持つ『六芒貴族』の一つであり、俺を婿にしたいと公言するのは『フローズメイデン公爵』にふさわしいと明言するようなものだ。
しかもマリアローズの血筋は、二代前の当主である彼女の祖母が王族と結婚したことにより、王族の血筋すら引いている。
王位継承権は25位と非常に低いにせよ、上位24名が亡くなるほどアストロメリアに未曾有の危機があれば、彼女が王位を継ぐ可能性だってあるわけだ。
そんな彼女が『私はネロを公爵家にふさわしいと評しているのに、王国の王族は子爵家に留めている。バカなの?』と揶揄するようなものだ。
「ふっ……まだまだ小さいな」
しかしうちの王子も負けていなかった。
何を小さいと評したかは……まあ王子の視線を見るに推定Dカップのマリアローズのお胸だろうけども。
「ディスト王子殿下。その発言は侮辱と捉えるべきでしょうか? 我がフローズメイデン公爵家が小さいと」
「好きに取るがいいさ。ただ一つだけ言わせてもらおう。僕とネロが目指す頂きは、オルデンナイツだとかアストロメリアだとかジャポンだとか、一国一国の話ではない」
バサリとマントをはためかせた女装ちっぱい姫は宣言する。
「世界に大いなる希望(巨乳)を灯す偉大なる道を! 共に歩んでいる最中だとな!」
「……何やら信念がおありのようですが、世界と仰るならなおのこと。アストロメリア王国のフローズメイデン公爵として、ネロさんの活躍の場が広がるかと」
マリアローズは完全に俺の婿入りを視野に入れて切り返す。
確かにアストロメリア王国に大きな影響を及ぼすフローズメイデン公爵家の権力を行使できれば、アストロメリアとオルデンナイツが手を組んで『全世界☆巨乳育成計画』は大幅に促進するかもしれない。
ディスト王子もそこに気付き、『ムッ』と眉をひそめている。
「あらあら、王位継承権第25位の公爵令嬢が何かさえずっていますわ」
そこに参戦したのはやはり姫騎士だ。
「オルデンナイツ王国、王位継承権第一位の私がネロさんを重要視するその意味を、おわかりになっていないようですわね。確かに今できる最大限の武器を駆使して、公爵家に取り込もうとするその胆力は評価できますわ」
ですが、と姫騎士は形の整ったお顔を凄ませた。
もう『ガチ百合』の世界で幾度となく見てきたけど、美少女が本気の顔をする時ってけっこう怖いんだよね。
「未来を見通し、少しでも頭の回る者ならば……いずれ王座に就く私なら、ネロさんに公爵家以上の権威と権力を授けられるとわかるでしょう」
これは王位継承権第二位のディスト王子もまた同じだと言える。
先ほど姫騎士が言った、『珍しく王子と意見が被る』の伏線をしっかり回収しつつも……本来は競争派閥であるディスト王子を刺激する発言が、今は『どちらも俺を評価しているから、どちらが王位につこうと俺を優遇する。また、自分たちが公爵家以上の権力者でもあるから、ネロはオルデンナイツにいた方が得をする。そんなこともわからないバカなのか?』とマリアローズを詰める追い風になっていた。
「さようですか。しかしそれは遠い未来のお話。今が全てであり、今が現実であり、私は今できる話をしていますので。私でしたらすぐにでも、ネロを公爵家に迎え入れられます」
「…………」
しかしながらやはりマリアローズも引かなかった。
これは未来と現在のバトルに違いない。
俺としては確固たる現在を優先して今からヒモヒモしたいって気持ちもある。しかし、俺には女勇者という破滅フラグが未来に潜んでいる。
それはたとえ隣国のアストロメリア王国の公爵家に婿として迎え入れられても……完全に払拭できるかわからない。
なにせ俺はゲームの原作とは全く違う行いをしてきたにも関わらず……現在進行形でメインヒロインに包囲され、日々の危機を綱渡りのように渡り歩いている。
運命力とでも言わないと納得できないぐらいにデンジャラスなんだよ!
きっと女勇者ぐらいの強キャラだと、ひょこっと隣国まで来て運命力ってやつで俺を屠る理由を見つけてくるかもしれない。
そうなるとやっぱり少しでも未来の俺を担保してくれる王子や姫騎士の言葉にすがりつきたくもなる。
ああ……俺はどうしたらいいんだ。
あと現在を語るならマリアローズ。
マナリアさんの黒いオーラをこれ以上、助長するような発言は控えてほしいっす。
現在も未来も暗黒面に染まるっす。
「それでネロ。キミはどう思うのだ?」
「ネロさんは私たちのお話をお聞きになってどのような感情に?」
「我が【凍てつく青薔薇】の家紋に誓って、この剣に誓って、ネロと私が一緒になれば毎日が楽しくて刺激的になるわよ?」
多くの海賊衆や名だたる冒険者たち、そして貴族子弟の前で俺は選択を迫られた。
ああ、周囲は『王族や青薔薇に迫られるとかアイツ何者だよ』とか『さすがネル様……引っ張りだこです』なんて敬意や羨望の眼差しを向けている。
しかし状況をしっかり把握してくれているパワード君だけが、緊張で脂汗が滝にように流れている。
マナリアの暴発や俺の破滅未来がかかった選択なのだ。
「さあ、ネロ。心のままに」
「ネロさん。どうか正直にお願いいたしますわ」
「ネロの気持ちが一番重要よ」
ねえ、今どんな気持ち? と迫ってくる三者に俺は苦悶する。
ちっきしょ……【海底に沈んだ大陸亀】探索攻略の前に、この三人の攻略からかよ!




