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76話 三番目の天使


 ギャル聖女を頼るか否か。

 彼女の言葉を聞いた俺は、瞬時に百通りの予測を脳内ではじき出す。

 俺がヒモであるために、ヒモとしてヒモにふさわしき未来を掴みとるための最適解うぉぉおおお。


 結果、ギャル聖女に送る言葉はこうだ。



「アナスタシア様にとって、マナリアの婚約者である私はいくら(・・・・・)ですか?」


「え、マナたんのトモダっちだから値段とかつけられるわけないって感じ?」


「言い方を変えましょう。貴女様が私の価値をお決めください。アナスタシア様の親友であるマナリアの婚約者は……何か見返りを求めるぐらいの価値しかないと」


「えっ、えーっと……」


「どうぞ、アナスタシア様のお好きに。何せ、『聖女』様の救済はお高くつくのでしょうから」


 ニッコリと笑みを向ければ、ギャル聖女は途端に『はわはわ、あうあうあー』と脳がパンクしたみたいにあわあわしている。



「よ、よゆーでねるねるねるっちなら助けるっち! ややっ、助けさせてくださいって感じ☆」


 だよね。

 親友の婚約者は価値が低いなんて言えないよね。

 タダで手伝うぐらいには、高い価値が俺にあるって言うしかないよね。


「これでも商人の端くれですので。なに、アナスタシア様に損はさせませんよ。むしろここで我が領地を救うは、貴女様にとって大いなる得を生み出すでしょう」


「そ、それはそうと、うちのことはアナって呼べって感じ」


「ふっ……考えておきましょう。アナスタシア様」


 よし!

 どうにかメインヒロインに屈せずにタダ働きをさせられるぜ!

 これで異端審問官への対策は十分、なはずだけど……なんだかギャル聖女はアホの子だから不安が残る。

 俺は俺でやれることをやっておくか。


 となると、やることは一つ。

 俺は全力で自室に戻り、昼寝をかました。

 もちろん夢の中ではパワード君とダンジョン探索さ。





 俺とパワード君が連日のように【海獣の大口】に潜るようになって7日が過ぎた頃、ミコト姫より吉報が届いた。

【配信札】と【視聴札】のプロトタイプが出来上がったそうで、その使い勝手を試す時が来たのだ。


 というか、大和の人々は優秀すぎると思う。

 この短期間で試作品を完成させてくるあたり、【アメリオ帝国】が大和を脅威とみなすのもわからなくもない。


 さてさて、試運転でのダンジョン配信は【視聴札】の先行プロモーションとして、既存の配信札でジャポン全国の空へ映す流れとなった。



『仕事があっても寝ろって。時間ないときほど寝ろって。それで上司に怒られる時も寝ろって。自分を追い込めって。どうもストイックにネロッテです』


『大胸筋! 広背筋! 上腕二頭筋! 腹筋! 心筋! 失禁! ぱわあああああああああああああ!』


『『どうも、二人そろって仮面ネロパワーです!』』


 ちなみに俺もパワード君もヘンテコな仮面で顔を覆っている。


『というわけで、今日はダンジョン【海獣の大口】の攻略配信しまーす』

『と、と、特別ゲストで【海の四大魔女】が協力してくれるぜ!』



:ネロってネル様だよな?

:ストクッズ伯爵家の?

:ジャポンを救済しようと奔走してくれるあの御方か!

:四季神札産業を復興するために尽力してくださってるらしいぞ!

:ネル様の配信だああああ!

:てか【海の四大魔女】っていきなり大物冒険者とコラボかよ

:あの御方はやること全てが規格外だな


 よしよし。

 事前に【札工房】の従業員へ100点ほど渡しておいた【視聴札】の試作品はしっかり機能しているようだ。特にコメント打ち込み機能は力を入れただけあって、ちゃんと映像に反映されているのが嬉しい。

 とはいえ、俺の正体をサクっと暴露するのはよろしくないんだけども……。



『よ、よい子のみんなー!? 私はストイックにネロッテだぞー。ネルではないぞ。仮面ネロッテだぞ!』

『そそそそうだぞー! そして俺様は仮面パワー様だ! よし、ゲストの姐さんがたと一緒にダンジョンの攻略開始だ!』


『ねえ、ネル坊。こんなのであたいらの姿がいろんな人たちに見られてるって本当かい?』

『へえ、東方の……ジャポンの術式みたいだねえ。相変わらず細かいったらありゃしないよ!』

『でもこれで名声を手に入れたい冒険者たちは躍起になるねえ』

『クソ欲しがるだろうさ。何せ名声はどんな金銀財宝よりも、うちらの自尊心を満たしくれるからね!』


 図らずとも一級冒険者から【配信札】がいかに良い物なのかを宣伝してもらえた。

 それから彼女たちはよほど【配信札】が珍しかったのか、あれやこれやといつもより張り切りながらダンジョン探索に精を出してくれた。

 わざと見栄えのよい大技を連発したりと、とにかく自分たちが目立つのが楽しいようだった。


 一級冒険者ですらこれなのだから、駆け出しの冒険者たちの野心も大いにくすぐられるだろう。


『こんな時でも寝ろって。ダンジョンにいても寝ろって。みんなに任せて寝ろって。危険を冒して、仲間にも呆れられて、ダンジョンで捨てられるリスク背負って寝ろって。自分を追い込んでストイックにネロッテ』


『配信札さえありゃあよお、危険な場所がどこかわかるなあ! あとで見返せたら自分の修行に便利じゃねえか! ここはもっと! こうパワーを込められたってなあ!』


『それだけじゃないわねえ。新人がどこでどうやって死んじまったのかわかるってもんね』

『強敵も周知できるわ。ダンジョンで玄人衆が帰ってこない原因だってわかるわよ』

『死にたがりのバカどもに、実戦のレクチャーや攻略法だって教えてあげられるわねえ!』

『クソほど便利ね!』


 そして俺たちはさらに【海獣の大口】の深部へと行けば、どうにも奇妙な場所に辿り着いた。

 というのも今までは巨大な洞窟内の風景ばかりだったのに、あまりにも開けた領域に到達したのだ。


 そこには緑の植物たちが群生し、小さな湖まであった。周囲には朽ちた建物や、文明の残骸がちらほらと見受けられる。

 おそらくかつての【海上の白銀都市(アトランティス)】人が、大陸亀(ゴッタル)の体内の害獣を駆除するために建設した中継地点エリアではないだろうか?


『なんだいこりゃあ……』

『未踏破エリアじゃないかい』

『あたいらが新領域に到達したよ!』

『クソほど警戒を怠るんじゃないよ!』



:ネル様……あ、ネロッテさん、今まで本当に寝てるだけっていうか

:ここまで何にもしてないな……?

:全部パワーに任せっきりだぞwww

:なんかちょこちょこ石拾って遊んでた……?

:自分はぽへーっと【海の四大魔女】にダンジョン攻略させるとかww

:なんなんすかマジでw

:あれ? 未踏破領域なのに人が(・・)いないか?



 流れるコメントの通り俺はここまでほぼ何もしてない。

 ただただ【水面石】を見つけたら【宝物殿の守護者(アイテムボックス)】の中に入れてるだけだ。

 そして最後のコメントが指摘したように、こんな場所で一人の人間と遭遇した。


 そいつは————明らかに異質な空気を纏っており、ぼんやりとした表情を浮かべた美少女だった。

 目が覚めるような銀髪がゆらめき、眩い金眼が薄く開けられる。そして何より俺の目についたのは、左手にだらんとぶら下げた黄金色の吹奏楽器だ。



「んんん。三年後に(・・・・)ラッパを吹く(・・・・・・)終末候補を探してたら、こんな場所で誰かと会うなんてね」


 そいつは全てを見通すような金色の目で俺たちを見つめる。

 よくよく見れば彼女の瞳には十字のような紋章が浮かび上がっており、何らかの魔法的効果が付与されているように思えた。

 

 そして他者を圧倒するのは何もその眼力だけじゃない。

 ディスト王子やアリス姫に匹敵するほどの見目麗しさが、何者も触れられない神聖さを醸し出していた。


 しかしそれはギャル聖女のような親しみを覚える美しさではなかった。

 その神意に触れたら最期だと、恐怖がにじむ類いのものだ。



「ふぅーん……【予言者】も面倒だったけど、キミもなかなかこじれてそうだね」


 俺を見つめ、そんなことを言う美少女。

 予言者とラッパ、この二つのワードが示す意味は……。


「お前、【終末の笛吹き人】か?」


「うーん? 私はほら吹き人だよ?」


 ふわっとした顔からニチャリと不気味な笑みを浮かべる少女に戦慄する。

 即座に臨戦態勢に入り、みんなのポジションを確認しようとして気付く。

 パワード君も【海の四大魔女】も、全員が息苦しそうにしていたのだ。もはやすぐにでも膝をついてしまいそうなほど消耗しているのが傍目でわかる。


「みんな、どうしたんだ?」


「はっ……ネロはやっぱすげえな……俺様はやべえ……」


「ぐっ、あいつと目が合った瞬間だよ……」

「……こんなプレッシャーは初めてだねえ」

「威圧系、デバフかしらねえ」

「クソったれ……思うように身体が動か……」


 全員が何らかのデバフを受けているようで俺は内心で焦った。

 しかし、ここで俺までが動揺するのはまずい。何せ初配信で全員が無様な姿をさらすのは【配信札】のネガティブなイメージを定着させそうだ……いや、むしろこんなアクシデントも【配信札】の話題性を大きくしてくれるんじゃないだろうか?


 そこで俺は【王の覇気Lv3】を発動しながら、堂々と正体不明の少女に語り掛ける。


「もう一度、聞こう。お前は何者だ?」


「あっはー……キミ、【神意】をはねのけるスキル持ってたんだ。あっ、さっきも言ったでしょ? 私はほら吹き人だって」


「その手に持ってるラッパはなんだ?」


「んー? これはねえ……人間をたーっくさん殺せる楽器かなあ?」


「やっぱり【終末の笛吹き人】だな」


「やだなあ、そんな怖い顔して。冗談だって、冗談」


 でも、と彼女は静かに語る。


「これから起きる死別は真実かもね?」


 瞬間、彼女はラッパを手放して後方へと下がる。



「————【七教会の騎士】」


 黄金のラッパはメキョっと姿を変え、黒色の巨躯なる騎士へと変形した。

 身長にしておよそ4メートル強の騎士が目にもとまらぬ速さで接近し、その背に背負いし大剣を大上段から振り下ろした。

 俺はとっさにその剛剣を受け流してかわすも、剣が地面に激突した衝撃波で全員が吹き飛ばされる。



「ふぅん。ベルガモ教会騎士の一撃を受けきれたんだ」


「いきなり仕掛けてくるなんてご挨拶だな、笛吹き」


「んー……なんだかその呼び方は好きじゃないなあ。名前で呼んでくれる?」


「言ってくれたら呼ばせてもらおう。私はストイックにネロッテだ」


「そう、ネロッテ。じゃあ今度は冗談抜きで言うよ」


 そう言って彼女がおもむろに両手を天に仰げば、ダンジョン内なのに後光のような光が差し込んだ。

 それはまるで神話の存在に祝福の光が降り注ぐような景色で、物凄い威圧感を伴う。


「私は【第三の笛吹き】……ノエル・アヴィソンティウム・ベルガモだよ」


 それからバサリと背から四枚の大きな翼を生やし、純白をはためかせながら微笑んでくる。


「天使ってやつさ」


 その笑みは、やはりひどくこちらを戦慄させるものだった。




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