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70話 大嵐


 こいつは何なんなのだ?

 わし、コロッサス・オセアノ・シーロードスは45年間生きてきて、信じられぬ者を目にしていた。

 正直、息子であるパワードが成り上がりのストクッズの小僧を、伝統ある『海の宴』に招いてしまった時より何百倍も驚いておる。


 いや、海賊衆が見ている中で動揺してはならん。

 ええい! ひっきりなしにあふれる脂汗よ、止まれい!


「お初にお目にかかります。ネル・ニートホ・ストクッズでございます」


 息子にはストクッズの小僧に挨拶させるなと言っておったが、事態はそれを許さなかった。何せ小僧の後ろに控えるはアリス姫殿下とディスト王子殿下である。

 先ほどはお二方とのご挨拶は済ませ、次に言葉を交わすべきは我が家主催『海の宴』に王族お二人がご出席される栄誉をいただけた……その立役者、ストクッズ男爵令息以外におらぬ。


 わしは辺境伯として両殿下に示したものと同じく、ストクッズ男爵令息にも最高位の敬意を払い、右こぶしを握り胸のあたりにおさめては軽く一礼する。



「ストクッズ男爵令息。コロッサス・オセアノ・シーロードスである。此度はアリス姫殿下やディスト王子殿下を招いていただき、大変嬉しく思う。それに先ほどの騒動も、我が息子の友としての振る舞い、深く感謝する」


 本音を言えば、今すぐにでもこの場を退場したい。

 わしは海賊衆の前だから威厳を保つ話し方をしているが、本来であれば平身低頭すべき化け物(・・・)である。

 ど、どうか頼む。最敬礼の仕草でわしの内心を察してほしい。


 小僧相手に恭しく話しては海賊衆に舐められてしまう……しかし、貴殿には敬意を払っていると……誤解なきように……。



「礼には及びませんよ。パワードには日頃から助けていただいておりますので。先のストクッズ領で起きたスタンピードでも、彼は私と戦場を共にしてくれましたので」


 ふう、汗が引いていく。

 どうやらストクッズ男爵令息は察しが良いようだ。こちらを咎める素振りもなく、嬉々として息子との絆を周囲に語ってくれた。

 まあ王族お二人から引く手あまたなら、それも頷けよう。ひとまずは彼の賢さに感謝しつつ、言葉の意味を噛みしめる。


 なんと……もはやパワードはストクッズ男爵令息と実戦を共にする仲だと言うのか。

 これにはもっと息子と深い会話をしておくべきだったと後悔した。


「本日はそのお礼を含め、ご挨拶させていただきたく参りました。こちら、つまらぬものですがお納めください」


 さらにストクッズ男爵令息は貴重スキル【宝物殿の守護者(アイテムボックス)】持ちなのか、虚空より次々と豪華絢爛な財宝を出してくるではないか。

 そのどれもが一級品であり、中には国宝級であっても不思議でない逸品もあった。もはや周囲の海賊衆たちは目の色を変えておる。

 

 ……一旦は引いたはずの汗が、再びドパっと吹き出し始めた。

 小僧の礼はあまりに過剰すぎるのだ。


「パワードには我がストクッズ領の民を救っていただきましたので。ここに感謝の意を示したく」


 だからと言ってやりすぎだ……!

 いいか、小僧!

 本来であれば我がロードス辺境伯家はアリス姫殿下の派閥にいる。つまりディスト王子殿下の派閥とは敵対しているのだ。


 しかし、両殿下が自ら遠路はるばるこの場にご出席された意味……それは『ロードス辺境伯家は、どちらが王位についてもそれなりの立場を保障される可能性がある。それほど王家に認められている』と喧伝するに他ならない。


 これにはドーエム侯爵を初め、多くの貴族家がロードス辺境伯家への対応を良いものに変えてくれる。

 これだけでも戦時はどれだけ助かるか。


 さらに王族を伴うだけでなく、【神聖ハイリッヒ帝国】の象徴的な存在であらせられる聖女様すらも紹介するとは……!

 聖女様は本来、各地に点在している男子禁制の【聖域教会】への巡礼以外は滅多に顔を出さない人物だ。聖国の最終兵器とすら言われている御方が、ここにいるだけで大事件なのだ……!


 これにてもう十分すぎるはずなのに、海賊たちが喉から手が出そうなほどの金銀財宝を謝礼として振る舞うだと!?


 ストクッズ男爵の財力は聞き及んでいたが、これほどの大金をパっと出せるとなると……戦時の際、ストクッズ男爵家と良好な関係であれば、軍事費の援助を請うことだって可能なはず……となれば非常に頼もしい存在となりえるだろう。


 先の戦争でストクッズ男爵に手柄を総取りされたのは悔しく思うが、自領の防衛や発展を考えるなら、ストクッズ男爵家とは懇意にしておいた方がいい。


 そうわしに思わさざるを得ない状況をサラっと作り、わしとストクッズ男爵の確執をここで一気に解消しようとする手腕……わずか12歳の小僧にしてありえん。


 もちろんここで小僧からの謝礼を受け取らぬなどと、無礼は絶対に働けない。

 これを機に成り上がりのストクッズ男爵家は、古きロードス王家の血筋を引くロードス辺境伯家とも懇意にしている、と箔がつくであろう。

 何もかもが小僧の思い通りか。



「ありがたく受け取らせていただこう。ストクッズ男爵令息は聞きしに勝る金海よ! 大海原のような(ふところ)の広さに乾杯だ!」


 わしはどうにか、彼の人格と(さいふ)の広さをかけて冗談らしく周囲に乾杯を促す。

 それから周りが騒がしくなった隙を狙い、サラっとお願いもしておく。

 どうかどうかうちの息子が無礼を働いた際は寛大なご対応をと。


「どれ、これからも我が息子と研鑽し合う仲であってほしいものだ」


 切磋琢磨、競争し合う仲であれば時に無礼な振る舞いをするときもあるだろう。

 (いさか)いとて互いを高め合うスパイスだと、どうかそう捉えてほしい……!


「もちろんでございます。パワードは私の大切な学友ですからね」


 満面の笑みで頷くストクッズ男爵令息を見ても、わしは一向に安心できなかった。


 ……なにより、なにより恐怖なのが!

 たかだか男爵家の小僧なのに、錚々たる顔ぶれを前にして極々自然に振る舞えているのが化け物すぎるのだ!


 さらに言えば!

 先ほどは意図も容易く……ドーエム侯爵の爵位を【破門】で以って剥奪しかけたのだぞ!?


 ストクッズ男爵令息の一言で、ドーエム侯爵は地の底に叩き落され……そして再び事なきを得た。

 しかもこの由々しき一連の流れを、アリス姫殿下もディスト王子殿下も静観しておられた。


 つまりは両殿下ともストクッズ男爵令息が! 先ほどの強大すぎる権力を振るうのを容認されているのだ!


 この化け物の気分一つで! 爵位剥奪もありえるわけだ!

 あぁ、胃が痛い。

 汗が止まらぬ。


 しかし海賊衆が注目する手前、弱い姿は見せられない。

 化け物相手に偉そうにしなければいけない……!

 ぐあああああああああああ……何事もなく時よ過ぎてくれえええ。

 


「おう、ネル! さっそくそこの聖女様ってやつを紹介してくれよ!」


「いいともパワード」


 わわわわわ我がアホ息子よ!?

 お前はこの化け物相手に、なぜそんな自然に! 呑気に!

 きゃっきゃとはしゃいでおる!?


「せっかくだからパーッと酒飲もうぜ! うちの秘蔵酒を開けらあ!」


「パワード。私たちはまだ未成熟な身体だからあまり強い酒は……」


「堅いこと言うなっつの。どうせ来年には正式に飲める歳だろーが! 予習だよ予習! 両殿下もネルと一緒にお飲みになりたいでしょう?」


 パワードおおおお!?

 お前! アリス姫殿下やディスト王子殿下の前でっ!?


「無論だ。酒は時に頭の回転を加速させ、思いもよらぬ閃きをいっパイもたらすゆえ。一パイいただこう」

「いつも隙のないネルさんですが、お酒の席では崩せるかもしれませんわ」


「聖女様! 神聖魔法ってアルコールを分解できたりするんですかい?」


 ちょっ、聖女様にまで無理やり酒を強要するな!? お前を簡単に廃嫡できる御方でえええ!?


「できるけどー? でもでもうちも酔ってみたーい! うぇーい☆」


「おら、ネル! 俺様の酒が飲めねえのか!?」


 ストクッズ男爵令息にまでえええええ酒を押し付けるなあああああ、機嫌を損ねたら我が家は一気に苦境に立たされるんだぞ!?

 もはやあいつは男爵令息の皮を被った、公爵以上の権力を持ち合わせた化け物なんだぞ!?

 そそそそこんとこわかっておるのかああ!?



「ふっ、いいともパワード。あっ、わりといいね。ほろ酔いぐらいで楽しめる」


「ねるねるねるっちー、うちふわふわする~! あああ、マナたん可愛いぎゅーぎゅーって感じ☆」


「……私、ネルくんが……飲んでる方も……飲んでみたい、です……」


「ネルよ! 酒は百薬の長と言うが、飲酒もまた大いなる希望(巨乳)を育む可能性があるのでは!? すぐにでも飲酒する女性と、飲酒しない女性の統計データうぉッ」


「ネルさん。(わたくし)、少し身体が火照って参りましたので、あちらで共に涼みませんか? あっ、また放置プレイでお焦らしになるの?」


「おいネル! ストレーガ伯爵令嬢がまた黒いの出してっから何とかしろ!」


「ぱぱぱぱぱパワード、ちょっとでいいから手伝ってくれ!?」


「ややっややややだぜ! 俺様は関係ねえ!」


「ぱぱぱぱパワードぉぉぉぉおお!?」


「……浮気、だめ……()かせない……【曇天に鳴く黒龍(シュバルツ・ブリッツ)】」


「ちょっ、それは()くやつだから!? マナリアさん!?」


「おいいいいネルうううううガチやべえええってえええ!」


 ぽへえ。

 ありえない速度で暗雲が立ち込め、黒い稲妻がバチバチと空を走ってるのはなぜだろう。まるで絶望を響かせる咆哮のように、雷鳴が近づいておる。

 いくら海は天候が変わりやすいと言っても……この悪寒の正体はなんであろう。


「————ネルさんを掴むためなら! 負けられませんわ! 【天翔ける金剛席ペガサス・ダイヤモンド】!」


 あっ、アリス姫殿下。

 なぜ天馬を召喚して龍の形状に変化した黒雷へ突撃を?

 あっ、黒雷が爆散してあちこちの船に被弾っ、あっ、沈む……。


「むむむー!? うちだけ仲間外れは嫉妬しちゃうって感じー☆ うらうらっ、後ろから【聖撃】! 【聖撃】! 【聖撃】! 【聖神の爪(セイント・ネイル)】!【革新的な神具鞄セイクリッド・アバンギャルド】! うりゃうりゃうりゃりゃー☆ マジ爆砕ッ!」


 聖女様がご乱心めされた。

 いくつもの光り輝く巨大な武器を鞄から取り出し、周囲の全てを破壊なさっている。

 これは息子としっかり向き合っていなかったわしへの断罪なのだろうか。


「パワードおおおお!」

「おうよネルうううう! 【巨像の城塞ロードス・フォートレス】!」


「ディスト王子殿下ぁああああ!」

「任せろ、ネル! 【女王が拒絶(ロイヤル・)した理想郷(ディストピア)】!」


「これなら逝かずに済みます! 神々の守りを砕き、(またた)かせよ————【絶対の星空(アイギス・エトワーレ)】!」


「いいぞネル、あとはお前の言い訳タイムだ! しっかり全員を納得させて落ち着かせろよ!? それまでッ、どうにか持ちこたえてやらああああ!」


「任せたぞネル! ここで将来有望な希望(巨乳)たちを失うわけにはいかない! ストレーガ伯爵令嬢もッ、姉君もッ、聖女殿もっ、大いなる希望(巨乳)のサンプルデータとしてッ、次代の希望(巨乳)を育む貴重な試験体ゆえ! 我らの完パイなど許されぬッ!」


「助かるパワード! 王子殿下!」



 わ、我が息子パワードよ……。

 命の危機を感じる大惨事を……なぜ日常のごとく受け入れているのだ?

 お前、一体どうしたのだ?


 普通に学園に通っておるだけよな?


 な、なるほど……パワードはこれをわしに伝えたかったのか。

 ががが学園に行かせた甲斐があった、と思いたい。


 うむうむ。そうだ、そうに違いない。なにせいつの間にか視野が狭くなっていたわしより、よっぽど当主らしい立ち回りをしているじゃないか。



 よしよし……息子への評価を大幅に修正したので、うむ。


 わし、もう帰っていいかな?




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