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69話 見えない攻防と堕ちかけの聖女


 やはりメインヒロインは信用できない。

 ここぞというタイミングで俺を危機に追い込むのが奴らの十八番(おはこ)なのかもしれない。


 なぜなら俺がドーエム侯爵らを船上パーティーでムチ打ちに処した時、あの場で唐突に不穏な動きを見せた奴がいたのだ。

 もちろん姫騎士だ。


「もうッ、(わたくし)もッ、我慢なりませんわッッ」


 何かを呟いたのだけは察知できた。

 しかし次の瞬間、あろうことか姫騎士はドーエム侯爵らに振るったムチに当たりに行く(・・・・・・)という、不可解極まる行動に出たのだ。


 奴が発動したのは【幻影の守護騎士(ミラージュ・ステップ)】といって、半径10メートル以内なら爆速&半透明化で味方を瞬間的に守るスキルだ。


 よくアホ妹に『見て見て~あたしのアリスちゅわんってばすごすぎじゃんね!? 愛があるからいつでも爆速でユウちゃんを守ってくれるの~! あっ、アリスちゅわんの好感度マイナスでLv70まで育てられなかったザコ兄貴にはできない芸当でした~』って煽られたな。


 とにかく姫騎士は爆速かつ一瞬の半透明化で、俺が振るうムチに当たりにきていたのだ。もちろん、俺の目はごまかされない。

 というか警戒はしていた。


 手首のスナップを効かせ、瞬時に姫騎士に当たるであろうムチの軌道を変える。

 これはスキル【ムチLv6】で習得する『空を割る龍撃(イナズマ・ウィップ)』であり、紳士クラブ『母なる女王(マザーズ・クイーン)』に勤務する女王っ娘たちがヒモスキルを発動してくれた産物だ。

 時折、彼女たちは『こんなちっちゃな可愛い坊やがオーナーなの? かわいい~』なんて色々な差し入れをくれたりする。


 さて、もちろん姫騎士を避けたムチの先にはウケミント子爵がいるため、その威力を最小限に抑えに抑え込む。


「あひぃんっ!」


 呑気に嬌声を上げるマゾ貴族たちの前に、姫騎士の幻影が無数に立ちふさがる。

 無論、姫騎士も【幻影の守護騎士(ミラージュ・ステップ)】を発動してはすぐに所定の位置に戻るを繰り返しているので、周囲から姫騎士はディスト王子の隣に立っていて若干ブレているようにしか見えない。

 

 クソッ、マジで意味不明だぞ!

 何が狙いなんだ姫騎士の野郎ッ!


 そこで俺はハッと気づく。

 これは当たり屋姫だ。

 おそらく姫騎士は俺のムチが被弾した瞬間、【幻影の守護騎士(ミラージュ・ステップ)】を解除して『ストクッズ男爵令息が王族にも手を上げた!』と衆目の前で反逆罪にかけるつもりなのだろう。


 なるほど、バカが考えそうなアイディアだ。

 しかしそれはシンプルでありながら、確かな効果が見込める手段でもある。


 いいだろう……その勝負! 受けて立つ!

 こちとらソロで『ガチ百合』をクリアしたんでなあ!

 これぐらいの難易度はそつなくこなしてなんぼじゃ!


「フンフンフンフンフンフンフンッ!」


「あっ、どうしてっ、またしても、(わたくし)がっ、焦らされっ、屈服させられ、ますの……?」


 ぜってえに当てねえ。

 それから俺は一連の騒動が丸く収まるまで、一撃も姫騎士に当てなかった。


 そして全てが終わったあと。

 そっと姫騎士の耳元で囁いてやる。


「今回もお預けですよ(俺を(おとしい)れるのはなあ!)」

「はうんっ」


 姫騎士はよほど悔しかったのか、その場で力なくへたり込み、なぜかビクガクッと痙攣していた。

 フッ、俺の圧倒的な勝利だ!





 うちはアナスタシア・キャルロッテ。

 今じゃ【聖女】の称号をもらって『アナスタシア・キャルル・ハインリヒ』なんて長い名前になっちゃったけど、うちはうちのルーツを忘れたくない。


 うちは元々、オルデンナイツ王国のキャルロッテ騎士家の娘だもん。

 小さい頃はよくパパに剣を教えてもらって、木剣でのおままごとみたいな修行だったけど、うちにはそれがパパとの大事な思い出。


 ママはいつも優しくて、パパとうちをたくさん愛してくれたって感じ。

 特にママが作るシチューは絶品で、毎日食べたいってねだったこともあったっけ。


 小さな頃はこんな幸せな毎日が普通だと思ってたけど……ぜーんぶ変わっちゃったのは6歳の頃だった。

 パパが帰ってこなくなって、ママに聞いたら『お星さまになってしまったの』って言うから……夜空がパパを隠したんだって、夜になると星空を見上げて必死にパパを探したって感じ。

 

 それから少しして【神聖ハイリッヒ帝国】からシャルル司教っておじさんが現れて……貴族で言えば伯爵ぐらい偉い人らしくって、これからはおじさんがうちのパパだって言い出して……うちは絶対に嫌だった。


 だってママを見る目がすごくネチっこくて、うちを眺めるときも舌なめずりなんかして……とにかく生理的に無理って感じの男だった。

 だからシャルルおじさんが言うこと全てに反発して、『品行方正な生娘(きむすめ)であれ。敬虔な信徒であれ』って言いつけをぜーんぶ破ってやった。


『こんな野蛮な娘はいらん。そもそも私の子でないから、男子禁制の【聖域教会】で生娘がなんたるかを学んでこい! 理解するまで一生出さんからな!』


 そんな風に言い放つシャルルおじさんは、自分が気に入らなければ他人を簡単に蔑ろにする人間だった。

 自分の思い通りになるまで、人を人と思わない所業にやっぱりこのおじさんはパパなんかじゃないって再認識した。


 あの時のママは必死にやめてと懇願してたっけ。

『何のために貴方様と再婚したと!? 娘と、娘と平穏に生活するためです!』なんて言うから余計に腹が立ったって感じ。

 

 シャルルおじさんなんかにママが縛られてほしくないから、うちは半ば自ら【聖域教会】に入った。

 うちのためにシャルルおじさんと再婚したなら、うちさえいなくなればママは解放される。そんな風に思った。


 教会の修道女(シスター)たちは慎ましやかな生活を送り、うちにも同じようにしなさいと教えてきた。

 静謐で質素な生活は悪くなかったから、うちは教えられた通りにした。

 パパがいなくなった悲しみとか、自分の中で爆発しそうな怒りが落ち着くような気がしてね。


 だけど口調や態度だけは『生娘』にふさわしいものにはしなかった。どれだけ修道女たちが口をすっぱくして、『信仰心の深い信徒にふさわしく、上品に振る舞いなさい』と言ってきても……そこだけはシャルルおじさんの言いなりになりたくなかった。


 うちはうちを曲げなかった。

 喋りかたも所作も、うちで在り続けるために。

 そして自分を貫けるほど結果を出せばいいって、必死になって神聖魔法を練習したっけ。

 

 教会での立場は基本的には、聖域教会の教えをどれだけ多くの人に広められたかで評価される。その他には神聖魔法の技量によっても左右するって知って……だからうちは猛特訓を始めたの。

 シャルルおじさんよりすぐ偉くなりたくって、毎日毎日必死になった。

 

「ねえ、アナちゃんはどうしてそんなに神聖魔法ばっかりなの?」

「一緒に遊ぼうよ?」

「神聖魔法ばっかでつまんないの」


 七歳になりたてのうちは、周囲が木の実集めやお花の冠を作るのに夢中になっているのに、神聖魔法の修練に集中してた。

 この時から自分は周りと何か違ってて、どこか狂ってるのかもって不安になってたっけ。


「……あなたも、魔法……好きなの……?」


 そんな時に出会ったのがマナたんだった。

 たまに【聖域教会】に遊びに来る子で、彼女と話して自分がストレーガ伯爵領の教会にいるんだって初めて知った。


 マナたんはうちと得意な属性は違うけど、うちと同じぐらい魔法に詳しくって、魔力もすごかった。

 扱える魔法の種類も多彩で、歳も一つしか離れてなくって、自然とうちらは魔法で遊ぶようになったって感じ。


「——【聖玉の綿胞子(ホーリー・シャボン)】」

「——【虹と風の息吹き(レイン・ウィンドウ)】」


 うちが癒しをもたらす丸いふわふわを無数に出せば、マナたんが虹色に煌めく風でふわふわ綺麗に空へと運んでくれる。

 マナたんといると全部が美しく感じられて……すごく楽しかった。


 聞けばマナたんのおうちも大変でたくさんの借金を抱えて、周囲の貴族から攻められてるらしいの。


「マナたん。胸の奥がズキズキしたらー、うちの神聖魔法でいつでも治してあげるっち☆」

「アナちゃんに……もし辛いことがあったら……私の暗黒魔法で、消してあげる、デス……」


 逆境に立ち向かってるのはうちだけじゃないんだって知れて、マナたんといるとうちは強くなれる気がした。


 それからうちは神聖魔法の技量を評価されて、とんとん拍子で『聖女』に祭り上げられた。

 教会での立場は上位から三番目。

 教皇様に次ぐ階級って感じ。でも実質的な権限はあんまりもってなくてー、象徴的な地位なんだよね。

 

 階級的にうちの下の枢機卿や大司教の方がよっぽど色々できそうかな。

 でも11歳の小娘に強権を持たせるのは危なっかしいって判断だろうし、うちだって小難しいのはやりたくないからちょうどいっかなーって。


「あ、あの……アナちゃん……今度、ネル君と船上パーティーに行くんだけど……アナちゃんも来ない……?」


 聖女として各地の【聖域教会】を巡礼している最中、ストレーガ伯爵領に寄った時にマナたんは遠慮がちに言ってきた。

 もちろんうちはその提案に飛びついた。


「ネル君ってあのネル君だよね!? マナたんを颯爽と救った白馬の王子様! それなのにー、その恩をきせずにマナたんを自由にしてくれたって感じの!」


「う、うん……!」


「うちの親友を助けてくれたネル君は、うちのトモダっちだね!」


 実は数年前にマナたんからネル君の話を聞いた時わあー、ちょっと嫉妬してたってのは秘密だぞ☆

 あの頃は、もしネルネル野郎に会ったら、後ろから練りに練った聖撃をかましてやりたいなーって毎日思ってたっけ☆


「……じゃ、じゃあ来てくれる、です?」


「もっちのロン☆」


 

 それから噂のネルくんと会ってもうビックリ!

 なんていうかすんごくクールな美少年なんだよねえー!

 しかも、うちがついつい興奮して距離感ミスったら……ちょっと動揺してて可愛かったし!


「なにこれ! マジうまなんですけどー!? ねるねるねるっちも飲んでみる?」


「そちらはマナリアと楽しんでください。自分はこちらの違う果実水を……」


 しかもしかも!

 すぐにマナたんのもやもやーって気持ちを察してくれて、うちらの仲もとりもってくれて!

 誰かの意志や気持ちを大切にできる男子でかっこよかったなあ。

 シャルルおじさんとは大違いって感じ!


 でもでもマナたんは誰が見ても超がつくほどの美少女だし、男の子だったら誰だってマナたんを大切にするかなーって、この時のうちは思ってた。

 可愛い女の子にはみんないい恰好するもんねー。


 でもね……ネルっちが友達っぽい男の子をかばうために、怖い海賊や強そうな大人たちが注目する中に果敢に飛び込んじゃって……!


「私の聞き間違いでなければ、我が学友を犬呼ばわりしていたように聞こえましたが?」


 なになに、どういうことなの!?

 ネルっちがおっきな男友達を守ってる感じ!?

 それからネルっちは大人相手にだって、すーっごく刺激的な立ち回りで完封しちゃって!


「あんがとよ、ネル……一生、忘れられなそうだぜ」


「ふっ、いい船上パーティーだからな?」


「これだけ荒らしておいてよく言うぜえ」


 ネルっちは女子だけに優しいんじゃなくて、同性の友達にも紳士なの!?

 なになに、この熱い感じ!

 男子禁制の【神域教会】に長くいたから男子のやり取りってだけで、ちょっと目で追っちゃうけど……男子同士のぐっとくる友情もいいじゃんっ!


 ってか、ネルっちかっこよすぎない!?

 でもまあマナたんの許嫁だからあー、別にちょっかいかけるつもりはないけど!



「ねるねるねるっちがそう言うならー【破門】って感じでぇー☆」

 

 あれ……?

 なに、うちってばネルっちの前でいいとこ見せようとしてんの?


 これは別に違うってば。

 ただ、ハーピィ族や獣人を奴隷に堕として……人の権利を奪うクソみたいな連中を許せなかったって感じだから。

 それはうちが一番嫌悪する連中で、シャルルおじさんみたいだから。

 ほんとソレだけだから。


 でもうちの思いとネルっちの信念は一緒なんだあ。

 ちょっと嬉しい……じゃなくて!



「失礼、アナスタシア様。さすがに【破門】はいささか早計かと」


「う、うちのことは気軽にアナって呼べって感じー☆ ねるねるねるっちがそう言うなら破門は取り消すっち。それでえー、次は誰の罪をほじくるっち?」


 えっと、だから……ネルっちの方をこれ以上見たらダメって感じで。

 誰の罪をほじくるって言うなら、きっとそれは親友の彼ピに恋しそうなうちしかいないよね。

 それだけはダメだって、ほんと。




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