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68話 罪深き豚の穴



「な、なんだお前はッ!?」


 強制的に肩を組まれたドーエム侯爵令息はひどく驚愕していた。

 なにせ俺がガッチリとホールドして、絶対に身動きできない状況にしたからだ。


「初めまして。ネル・ニートホ・ストクッズでございます」


 俺がニコニコ笑顔で挨拶すると、彼の表情に動揺が走る。


「と、突然だな……そ、それにしても無礼だぞ。たかが男爵令息から侯爵令息である僕に名乗るなど……」


「辺境伯令息に無礼を働く輩に尽くす礼節など、この成り上がりには持ち合わせておりませんからねえ。 それで? 我が学友のパワードに何をしているので?」


 由緒正しい侯爵家の令息が、成り上がりの男爵家令息と同レベルの行いをしてたよな? と刺してやる。


「やっ……これは……!」


 ドーエム侯爵令息は気まずげに俺を見ては顔をひきつらせた。


 うーん?

 こいつってばもしかして俺が学園内でけっこうな影響力を持ってるって理解した上で、俺がいない隙にパワード君を狙い撃ちしたのか?

 俺は小悪党の考えだけは一瞬で見抜ける。

 なぜなら俺が小物だからだ。



「私の聞き間違いでなければ、我が学友を犬呼ばわりしていたように聞こえましたが?」


「それは……当然だろう! て、敵軍が迫った際、ロードス辺境伯領は我がドーエム侯爵領の盾になる。すなわち、外敵を任せる番犬よ!」


 ほう。

 こいつは周囲の目を気にして引き下がれなかったか。

 素直にパワード君に謝れなかったその報い、しっかり受けてもらおうか。


「ん、なんだなんだ?」

「ストクッズ男爵家の息子が乱入したらしい」

「なんだよ、男爵家かよ」

「未来のロードス辺境伯様は男爵なんかに泣きついたのかあ?」

「情けねえな」


 周囲の海賊連中はパワード君の評価を下げ始める。

 そして当然、ドーエム侯爵ご本人も面白くなさそうに俺を見つめている。


 あれ? よく見たらドーエム侯爵だけじゃなくブターラ伯爵やマゾリリス伯爵、ウケミント子爵もいるじゃないか。

 父上と懇意にしているブターラ伯爵だけは、にこやかな笑みを俺に浮かべてくれた。


 そんな貴族家当主が集う中で、ひと際厳めしい相貌でこっちを睨む巨漢がいた。

 そこはかとなくパワード君に似ていて、特に眉の太さなんてそっくりだ。


 まあ今は外野をどうこうしなくてもいいか。



「ネル。わ、わりいな……せっかく来てくれたのに、いきなりこんな面倒事になっちまってよ」


 申し訳なさそうに項垂れるパワード君を見て俺は確信した。

 おそらくパワード君はドーエム侯爵令息に、今みたいな不当な扱いを常習的に受けていたのだろう。

 それを相談しなかったのは俺に迷惑をかけたくなかったからだ。

 それは彼の苦しそうな顔が物語っている。


 そこまでわかれば、目の前のいじめっ子に制裁を加えてやらないと気がおさまらない。


「なに、パワード。キミみたいな気高き(・・・)辺境伯令息が(・・・・・・)侯爵令息ごとき(・・・・・・・)相手にする必要ないさ」


「な、なんだと!? いくらストクッズ男爵令息でも、その発言は許容できないぞ!?」


「黙れ子豚が」


「なっ、子豚……? 侯爵令息の僕をッ、子豚呼ばわりだと!?」


「自領がロードス辺境伯領に守られ、安穏とすくすく肥え太るだけの家畜だと理解できないようだな子豚。そんな子豚の相手は、男爵家の私で十分だと言っている」


「きっさまあ……!」


「なんだ、子豚。私だけじゃ不服か。では、次期ロードス辺境伯がパワードの学友である私の! 友人たちもお相手してやろう。特別だぞ? さて、いかがいたしますか。ディスト王子殿下」


 ここぞって時に俺は全力小物ムーブをかます。

 あとはぜーんぶディスト王子の権力にすがりつくのみだぜ!


「王子殿下だと? 馬鹿かお前は。ロードス辺境伯はアリス姫殿下の派閥だぞ? この船上パーティーに王子殿下が来ているわけないだろう。これだから新米の成り上がり貴族ときたら、無知蒙昧にもほどがあるなあ!」


 高圧的に語るドーエム侯爵令息だが、その背後ではこの場で最も高貴なお二方が歩み出す。



「これだから視野の狭い子豚には困りますなあ。王子殿下?」


「うむ、ドーエム侯爵令息。貴様の節穴加減には失望したぞ。姉君も同意見ですか?」

「そうですわね、醜い子豚ですわ。それに比べてネルさんは焦らすのがお上手ですわ。(わたくし)にはお話を振ってくださいませんの?」


 ディスト王子と姫騎士の登場に、ドーエム侯爵令息は目を見開いた。というか目が飛び出そうでちょっと心配になる。


「王子殿下ぁ!? 姫殿下までぇ!?」


 ガクブルになるドーエム侯爵令息に俺はさらなる追い打ちをかける。


「この際だからご紹介いたします。こちら、カーネル伯爵令嬢にレイ伯爵令嬢、コシギンチャ男爵令息、ストレーガ伯爵令嬢、グリンダ子爵令嬢でございます」


「かっ……くっ」


 これにはドーエム侯爵令息の取り巻き連中も及び腰になってしまう。

 さーらーに! トドメはこいつだ!


「そしてこちらは【神聖ハイリッヒ帝国】が誇る【聖域教会】の聖女様、アナスタシア・キャルル・ハインリヒ様であらせられます」

「ちぃーっす☆」


「聖女さまだとぉおお!?」


 ついにドーエム侯爵令息は度肝を抜かれ失神寸前だ。

 錚々たるメンバーに周囲の人々もざわめき、特にパワード君に似ている巨漢なんかドバドバ汗をかいてる。

 なんだかパワード君が冷や汗で濡れる姿と被るな。


「おいおい姫様も王子様も来てるのかよ」

「すげえじゃねえか」

「聖女って聖国の代表みたいなもんだろ」

「未来のロードス辺境伯様は強力な人脈をお持ちのようだ」

「俺ら海の幸を乗りこなすもんも、これなら安心してついていけんなあ」


 そして海賊たちのパワード君に対する評価はうなぎ上りだ。

 とはいえ自分の息子が王族などに囲まれ、黙っていられるはずもない人物が一人。それはドーエム侯爵だ。

 彼はウケミント子爵やマゾリリス伯爵を引き連れ、外面的にはディスト王子やアリス姫に『臣下の礼を示さねば』と近づいてくる。


 しかしその表情は一族を率いる当主のそれで、地に堕ちた息子の名誉を挽回すべく気迫がみなぎっている。

 もちろんそんな重い空気を察知した周囲は、一気に緊張が高まり静かに動向を見守った。


「ドーエム侯爵ですわね。ご機嫌よう」

「ドーエム侯爵か。息災であったか」


 さすがに侯爵級ともなれば、ディスト王子もアリス姫も無下にはできない。

 二人の声掛けを予測していたドーエム侯爵はここぞとばかりに大仰な素振りで声を上げた。


「これはこれはアリス姫殿下、ディスト王子殿下。かような場所でお会いできるとは、恐悦至極にございます。そして先ほどは我が愚息がお見苦しい姿をお見せてしまい申し訳ございません。ただソレには深い理由がありましてなあ」


 出たな。

 権力ありきのスーパー言い訳タイム。

 だが、俺には切り札がある。

 

 互いの緊張感が極限に達し、その臨界点を迎える瞬間を狙って——

 今こそ一枚目の切り札を発動するべきだ!


 トラップカード発動! 『豚トリガー』!




「この豚どもがっ!!!」



 俺の怒号で真っ先に屈したのはウケミント子爵とマゾリリス伯爵だった。


「おふぅっ!?」

「ぴいっ!?」


 しかしドーエム侯爵はピクリと反応するだけで、どうにかその場で耐え切った。

 なればこそ、俺はすぐさま紳士クラブ『母なる女王(マザーズ・クイーン)』の女王様役の娘たちが使っていたムチと蝋燭を取り出した。


「わ、わしらの話に、きゅ、急に割って入ってくるなどと無礼が過ぎるぞ、ストクッズ男爵令息。成り上がりは貴族の慣習すら知らぬのか……!」


「もう一度言ってみろ! この卑しい豚奴隷が!」


「ぶひぃっ、申し訳ありませんでしたぶひいっ!」


 しかしドーエム侯爵は追い打ちをかけると秒で堕ちた。

 クククククッ……クハハハハハッ!

 抗えないだろうとも。この数カ月間、その身に刻んだ快楽の習慣にはなあ!

 それこそ貴族の慣習うんぬんを容易く凌駕するほど、ドーエム侯爵たちは骨の髄まで女王様にどっぷり浸かっているのだ。


 しかしそこはやはりドーエム侯爵もしぶとかった。

 ウケミント子爵やマゾリリス伯爵は自ら俺に向かってケツを突き出し、フリフリしている醜態をさらすも……ドーエム侯爵だけは一瞬堕ちたものの、すぐさま正気に戻っていた。


「なっ、ちがう……今のは別に……こ、こら! ウケミント子爵もマゾリリス伯爵も何をして……!」


 必死に抵抗するドーエム侯爵だったがしかし、俺がその場でムチをバチリと鳴らしせばアヘッてゆるい顔になる。


 これは彼らにとってご褒美が近いと知らせる豚トリガーである。

 ついでに蝋燭にも魔法で火を灯しておく。

 エサを目の前にちらつかされた彼らは、もはやなすすべもなく完全に豚堕ちした。


「ご褒美がほしいか!? 豚緊縛されたいか!?」

「「「はい、ぶひいっ!」」」


「じゃあやってみろ! 無能な豚でも自分で自分を縛り上げるぐらいできるだろうが! できたらご褒美に鞭打ち100回と蝋燭攻め100回だ!」

「「「はひいいいいいっ!」」」


 その辺のロープを投げてやると、高貴な方々は自ら醜い緊縛ショーを始めた。



「えっ……!? 父、上……?」



 そんな彼らを絶望の眼差しで見つめるのは、パワード君にちょっかいをかけていたドーエム侯爵令息だ。

 うわあ、俺だったらマジで泣くなあ。

 自分のパパンが自ら裸になって豚緊縛を求める姿が、多くの衆目に晒されるなんて。


「さらに! ハーピィ族や獣人族の奴隷売買をやめたら、もっと格別なご褒美をやるぞ!」

「ほああああ、しょ、しょれはなんでございますかあ!?」

「やめるっ、やめるからっ、早くご褒美をおおお」

「全面的にやめまっしゅうう」


「お前たちが奴隷として扱ってきたハーピィ族や獣人族が! お前たちの女王様になるのだ!」

「そっ、それわあああああ」

「ほわああああああ」

「想像しただけでッ()くうううううッ!」


 自分たちが奴隷へ落とした者に、今度は豚奴隷としてしごかれる。

 ドMにとって最高に屈辱的なシチュエーションだろう。

 ここでとどめの鞭打ちと蝋燭垂らしを開始する。


「わ、わかりましたあ! 全てのハーピィ奴隷と獣人奴隷を解放しぃっあひぃんっ、ストクッズ大商会にぃっ、管理権限を譲渡ひますうっ!」

「わたしもっ、だから、もっとお願いしますうう!」

「どうかどうかっ、こっちにもぶひいいい!」

「もう我慢ならんっ! このブターラも参戦するぶっひいい!」


 あっ。

 そう言えばブターラ伯爵も紳士クラブ『母なる女王(マザーズ・クイーン)』の常連だったの忘れた。


 うわあ……悪いことしたなあ。

 彼のおかげでドーエム侯爵らを紳士クラブに誘導できたのに、このままでは彼にも不名誉を残してしまう。


「ブターラ伯爵はお連れの者たちだけが恥をかくのを容認できず、気高き仲間想いゆえに! 自ら地獄へ飛び込むとは勇敢ですなあ! ただし、この醜い豚三匹が! どうして! このような痴態に溺れているかと言えばっ! 全ては罪深い所業ゆえです! みなさんもお聞きになったでしょう! 彼らはハーピィ族や獣人族を不当に捕らえ、いかがわしい性癖を発散するために奴隷にしていたのです!」


 超でっちあげだが、もはや豚になった三匹の中年に反論する余力は残されていない。そんな彼らの醜態を海賊や貴族子弟らは、おぞましいものを見るように蔑んだ視線を送っている。

 

 これにて完全決着である。

 あとはブヒブヒ三人衆に、用意しておいた契約書にサインをさせてっと。

 これらを魔王ちゃんに共有して諸々の段取りを組めばOK!



「ネル」


「おう、パワード」


 ここでようやく安心した様子を見せる学友に、俺はサムズアップで応えてやる。

 するといつも通りの豪快な笑みを浮かべるパワード君は、瞳に涙を滲ませ漢泣き寸前だった。


「ったく、お前ってやつは……やってくれたな」


 柄にもなく照れるパワード君に、ついつい俺まで照れくさくなってしまう。

 だからこそ俺はいつも通り涼しげに笑う。


「ふっ。貴族のアレやこれやを知らない無知の成り上がりが、勝手に暴れたってことにしてくれ」


「はははっ」


 この場の誰よりも貴族事情に精通してて、即座にドーエム侯爵の弱みを武器に立ち回ったお前がか? とパワード君は笑う。

 ったく、『バカが暴れた』って片付けて……貸しにしねーとか。

 かっけーんだよ、てめえは。


 なんてポツポツ言うものだから、こっちとしても反応に困ってしまう。



「あんがとよ、ネル……一生、忘れられなそうだぜ」


「ふっ、いい船上パーティーだからな?」


「これだけ荒らしておいてよく言うぜえ」


 俺はパワード君と確かな友情をかみしめながらも、空気を察したコシギンチャ男爵令息が渡してくれた杯を互いに飲み干した。


 男同士の熱き友情ってやつも悪くないもんだ————






「ねるねるねるっちー☆ ウチよくわかんないだけどお、このおじさんたちが罪深いってことだよねー?」



 うぉいっ!

 このっ、男同士の熱い空間を!

 なんか頭ゆるゆるな口調でぶち壊してくれるんじゃねえよギャル聖女!


 そんな内心をどうにか押し込め、俺は頬をピクピクさせながら笑みを浮かべる。


「ええ、そうですね。犯罪者として身を落とした犯罪奴隷や、正規のルートで仕入れた奴隷ならいざしらず。不当に他種族を蹂躙し、一方的に奴隷にするのは王国法では認められておりませんので。ご存じの通り、身寄りのない者たちは【聖域教会】の管轄に入ります」


「あっ! うちわかったかも☆ たっくさんの人を奴隷にしたあ、わるーいおじさんっち?」


「さようでございます」


「ねるねるねるっちがそう言うならー、【破門】って感じでぇー☆」


 ちょっ、おまっ!?

 ギャル聖女さんなに言っちゃってんのおおおお!?

 王国貴族にとって破門はさすがにやばいって!

 そんな軽いノリで聖女のお前が言っちゃダメなやつ!


『神に認められた者が民を統べる者である』理論でいくと……【破門】=神に見放された、なので民を統べる資格なし。もはや貴族であって貴族じゃないと、残酷すぎる烙印を押すようなものだ。王陛下の意向によっては爵位の剥奪だってありえるぞ!?


 醜聞どころの話じゃなくなってくる。

 俺としてはこれから上手くドーエム侯爵を使って、色々ほじくって利用しようと思てったのに!



「失礼、アナスタシア様。さすがに【破門】はいささか早計かと」


「う、うちのことは気軽にアナって呼べって感じー☆ ねるねるねるっちがそう言うならあ? 破門は取り消すっち。それでえー、次は誰の罪をほじくるっち?」


 心底ウキウキ純真な笑みで迫ってくるギャル聖女に、俺は激しい苛立ちを覚えた。


 ちっちちっちうるせえなあ。

 アナお前さあ、マジでちっち漏らすぐらいお前のメスアナほじくってやろうか!?

 

 そんな内心の激情をどうにかひっこめて、俺は終始にこやかに対応した。


「どうかこれ以上、ほじくるのはおやめください。アナスタシア様」

「だから気軽にアナって呼べっち☆」


 ほんとこのギャル聖女(メスアナ)には振り回されそうな予感しかしない……。




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