67話 ハナシ、聞こか?
【聖域教会】とは神聖ハイリッヒ帝国を総本山とした宗教組織である。
この辺であれば我らがオルデンナイツ王国、アストロメリア王国、竜国などが【聖域教会】を信仰している。
もちろんアストロメリア王国は【星教】が国教だし、竜国も基本的には【竜神教】を信奉している。しかしオルデンナイツ王国内では【聖域教会】は国教である。
その関係から、王国と聖国は古くから同盟関係にあり、王国貴族は基本的に【聖域教会】の信徒でもある。これは『神に認められた者が民を統べる者である』と、貴族が貴族たる所以を証明するものである。
なんにせよ【聖域教会】は最低でも、四カ国に影響を及ぼす一大勢力と考えた方がいい。そんなドえらい宗教組織の象徴的な存在こそが『聖女』であり、今は俺の目の前であっけらかんと果実水をチューチュー吸っていた。
「なにこれ! マジうまなんですけどー!? ねるねるねるっちも飲んでみる?」
ギャル特有の距離感バグ。
唐突に急接近してはストローでの間接キスを迫ってくる無防備さに、少しだけドキマギしてしまった。
何を隠そう、前世の俺はギャルが好きだった。
しかもオタク君にだけ妙に優しいギャルに憧れていた。
なんとなくギャル聖女からは素質を感じられる。
年下属性のギャルは確かにイイッ!
それに彼女はまだ12歳になりたてなのに、胸元には法衣の上からでもわかる実りが芽吹いている。
んんん……あのほどよいふくらみは、CかDあたりか?
もうすぐ13歳になるシロナより確実に大きいはず。
がしかし、こいつはメインヒロインの一角だ。
彼女の図り切れない性格に惑わされぬよう、冷静かつにこやかに対応しておこう。
「そちらはマナリアと楽しんでください。自分はこちらの違う果実水を……」
マナリアの黒くなりそうなオーラを検知した俺は、すぐさまギャル聖女から距離を取る。
「あっ、ねるねるねるっちはマナたんの許嫁なんだっけー? ごめんごめん、うちったらマジでうっかり近すぎちゃったあ? でもいいなあー。許嫁がこんなにかっこいい男子なんてさー」
「……触れなければ、大丈夫、です」
ふぅ。
最後のメインヒロインとこんな場所で遭遇するとは予想外すぎる。
ギャル聖女に関しては他国の人物だったし、放置してればいいと思っていたが……本気で彼女の情報がない。
ええと、『ガチ百合』のプレイ感では、なんかとにかくアホだった気がする。そしてよくわからないところで嫉妬? 暴走? ヘラったとか何とか言って、パーティメンバーを攻撃してた気がする。
うん、そうだ。
たまにギャル聖女からくる攻撃ダメージを計算した上で、ボス戦に挑むのが病みつきだったな。一応、聖女だから攻撃力はそこまで高くない。ゆえに戦闘での楽しいスパイスが加わるようなものだった。しかも突然、回復を拒否してきたりとヒリつく戦闘が味わえ——
リアルでやられたらかなりウゼェ……。
「ええと、マナリアとアナスタシア様はどういう経緯でお知り合いに?」
「アナって呼んでよ、ねるねるねるっち。んーっとね、うちわあ元々ストレーガ伯爵領の【聖域教会】出身なんだよねー」
「アナちゃん、今は【神聖ハイリッヒ帝国】にいるけど……昔から神聖魔法がすごくて、私と一緒に遊んだりしたです」
なるほどな。
魔法遊び繋がりってやつか。
こいつらの遊びは物騒の二文字に他ならないがな。
まあギャル聖女に関しては下手に刺激せず穏便にやっていこう。
うん、そうしよう。
そんな感じで俺は自分の派閥にもギャル聖女を紹介し、ディスト王子や姫騎士との合流を待った。
ちなみにコシギンチャ男爵令息などはギャル聖女を紹介する際、『この人はどこまで人脈を広げるつもりなのか』と驚愕や敬意のこもった眼差しを向けてきた。
俺としては今回の人脈は不本意なんだけどね……メインヒロインとかリスクでしかないし。
◇
「おお……これはすごいな」
俺は船上パーティー『海の宴』の会場を見て感動してしまった。
なぜならバカでかい船が10隻以上も集まって、それぞれ各船にすぐ移動できるようロープで繋がれていたのだ。
遠目からでもその移動手段は奇抜で、ロープにフックを引っかけて高所から低所へシャーっと移動するらしい。
パワード君からもらった手紙によると、今回はロードス島近郊の『七つの海』と呼ばれる海域を支配する海賊の船長らも出席していると聞く。
ロードス辺境伯は海賊たちとの関係も良好で、実質的には強力な海軍を傘下に置いているようなものだ。
もちろん彼らなりのルールやしきたりあっての関係性で、略奪行為などには一定の取り決めがあるらしい。
多分、今回の船上パーティーは海賊たちとの変わらぬ絆を確かめ、ロードス辺境伯の力強さを見せつけるのが狙いなんだろうな。
つまり俺たちは、将来の辺境伯公に友好的な貴族子弟であり、パワード君の人脈を示す役割を担っているのだろう。
その辺は俺の派閥やディスト王子、姫騎士も把握しているようだが、ギャル聖女だけは観光気分ではしゃいでいた。
とはいえギャル聖女には聖国の護衛が二人ほどついているので、彼女がいくら無防備でも不測の事態に対応できるはず。
大丈夫だと願いたい。
ちなみにディスト王子や姫騎士にも護衛騎士はついている。
俺たちはパワード君の招待客という立場上、護衛をつける=パワード君を信頼していないと言っているようなものなので、王族などのやんごとなき身分でない限り、海賊がひしめくパーティー会場であろうと護衛はつけていない。
さて、いざ船上パーティーへ。
まずは慇懃な初老の執事がパーティー参加者を確認してきたので、俺は招待状を見せる。
「パワード・ハイネケン・ロードス辺境伯令息よりご招待いただいた、ネル・ニートホ・ストクッズです」
「ふむ、ストクッズ男爵令息はどうぞ。次の方、招待状を提示していただきたい」
「あ、いえ。こちらの方々は私がお連れした友人たちですので。招待状は持っておりません。ただ、このことはパワード辺境伯令息も承知の上です」
「さようですか。しかしロードス辺境伯様から招待状をお持ちでない者は、一人たりとも入れるなと厳命されておりまして。それに船上パーティーもすでに佳境を迎えております。このタイミングでのご参加は……ストクッズ男爵令息のご身分では憚られますよ? 非常に残念ではございますが、お引き取り願います」
口調は丁寧だが、こちらを下に見る態度はひどく無礼な振る舞いだった。
ちなみに王族は最高位のゲストなので、パーティーなんかも遅れて顔を出すのが慣例だ。
ようは登場が早い貴族家ほど低位で、最後に近づくにつれて高位なんだよな。
その辺、ディスト王子殿下やアリス姫殿下を伴ってのメンバーであれば、当然俺たちも遅れてパーティーに登場する。
どうしたものかと思案していると、姫騎士がずいっと前に出る。
「お久しぶりですわね、シェパード。最後にお会いしたのは、6年前に開かれた王家主催のパーティーだったかしら?」
ゴージャスな金髪美少女が初老の執事に声をかければ、彼は一瞬だけ怪訝な目を向ける。
しかし、アリス姫殿下を護衛する騎士鎧に刻まれた王族紋と、彼女の顔をまじまじと見て驚愕の色に染まった。
「こっ、これは……おひさしゅうございます。アリス姫殿下」
慌てて最上級の臣下の礼を取っては目を伏せる老執事。
「すぐに姫殿下とわからず、誠に申し訳ございません……!」
「いいですわよ? 何せあの時の私はほんの子供でしたもの」
この様子だと、ほんの子供の時に言葉を交わすことなくチラっとしか会ってないのだろう。何せ王族と辺境伯公の執事だし、身分的に歓談できるような間柄ではないはず。
そんな相手でもしっかり覚えているとか、姫騎士ってば記憶力はいいんだな。
「シェパード。せっかくストクッズ男爵令息に誘われて私が来たのに追い返すつもりかしら?」
優雅に微笑むアリス姫だが、その綺麗な瞳は微塵も笑っていなかった。
「めめめめっ、滅相もございません! すぐにでも姫殿下ご来訪を旦那様にお知らせいたしますので!」
「あら、いいですわよ。辺境伯公は『七つの海』をまとめる、『七つ海の玉座』たちへのご挨拶でお忙しいでしょうに。折を見て、辺境伯公には私からご挨拶させていただきますわ」
これは……姫騎士による拒絶だ。
自分のタイミングで話しかけるから執事ごときが余計な真似をしてくれるなよ? であれば先ほどの無礼千万は許してやるとのお達しである。
ん?
ここで俺は今になって不自然さに気付いた。
それはパワード君本人のお出迎えがない点だ。
俺とパワード君の仲なのに、こんなのはありえない。
普段の俺を間近で見ている彼なら、ディスト王子殿下が出席する可能性も考慮するはずだ。王族への出迎えがないなんて……いや、できる状態にないのか?
「ディ、ディスト王子殿下まで……!? 聖国の聖女様もお!?」
初老執事が改めてメンバーを確認するのを横目に俺は臨戦態勢に入る。
パーティーとは貴族子弟にとっての社交場であり、一種の戦場でもある。奇しくもメインヒロインを三人も抱えている状態で事故は絶対に起こせない。
俺はとにかく油断ないように、【王の覇気Lv3】を纏った。
そんな鋭い空気に反応したのが、もちろんディスト王子と姫騎士だ。
「ネル。何かあるようだな」
「あらあら、ネルさんほどの御方が警戒するなんて……私も本気でイきますわ」
さらに正真正銘の王族2人によるオーラがにじみ出る。
俺たちが船上へと足を踏み入れば、やはり歓談していた貴族や海賊たちがザワリと目を見張る。
「お、王子殿下ァ……!?」
「姫殿下もおられるぞ……!?」
もちろん王族からの許可が出なければ、俺たちに話しかける者なんて出るはずもない。
周囲は驚愕しつつも、黙々と臣下の礼を取って道を開けるのみだ。
屈強な海の男たちもまた、俺たちの物々しい雰囲気にあてられて一歩下がる。
ふいーこういう時はほんっとに権力最高っていうかきもちぇッ!
王族と仲良くしといてよかったぜ!
俺はパワード君がどこにいるか探し、しばらくすると変にざわついている船があったので急いでそちらに向かう。
もちろんレディたちがロープフックで移動するのを紳士的にエスコートするのも忘れない。
「この僕が! 飼い犬が開くパーティーに来てやったんだ! 飼い犬は飼い犬らしく地べたを這いずり回ったらどうだ!? 喜べ! お前の好きなおしっこ散歩だぞ!」
それは多くの海賊衆や貴族が立ち飲みする場で行われていた。
パワード君を囲んだ数人の貴族子弟らが、彼に何かを強要しているようだった。
よくよく見ればパワード君は頭から酒をかぶっており、周囲の貴族子弟らに嘲笑されているようだ。
「お酒をかけたのはドーエム侯爵令息か……?」
あ、うちの紳士クラブ『母なる女王』の常連であるドーエム侯爵ご本人もいるじゃないか。
何やら自分の息子が、次期ロードス辺境伯を衆目の前で辱めているのを満足げに冷笑している。もしくは次に自分が頼むメニューを『女王様のぶっ掛け』コースにするのか悩んでいるのかもしれない。
そして周囲の海賊衆は主催の息子が侮辱されているのを黙って見守っている。もしくは口元をニヤつかせる者もいた。
それが意味するは、『次期ロードス辺境伯様はどう出るのか?』と高みの見物を決め込んでいるらしい。もちろんパワード君に期待を込める眼差しもチラホラと見受けられた。
一触即発の雰囲気を楽しそうに眺める血の気の多い連中に囲まれ、一気に周囲の空気は張りつめた。
そんな抜身の刃が閃きそうな空間だが、俺はスルっと友の元へと入り込む。
そして学園で喋ったこともないドーエム侯爵令息の肩を組み、にっこりと微笑んだ。
「どしたん? ドーエム侯爵令息、話聞こか?」




