63話 男爵家の跡継ぎとして
【国会刀弁】の大乱闘から二日が経ち、ジャポンで父上の葬儀が上げられた。
ミコト姫やツクヨミ姫を筆頭に、多くの重鎮が参列してくれた。
そしてオルデンナイツ王国からけっこうな距離があるはずなのに、いつの間にかマナリアも駆けつけてくれた。
本当はストクッズ領で父上を送りたかったけど、ジャポンは未だに混乱の渦中で離れるわけにはいかなかった。
しとしと雨が降る中、父上に追悼の言葉が贈られる。
棺の中で動かなくなった真っ白な父上を見て、今までの怠惰な俺のままではいられないと思った。
——いや、誓った。
父上から正式に爵位を継承する身として、父上が築いた偉業の数々を……ストクッズ男爵として必ず守り抜くと。
父上が俺にそうしてくれたように、ストクッズ領民や大商会を初め……ジャポンの民にも責務を果たそうと誓った。
唯一救いなのは、ジャポンの人々に笑顔が増えたことだ。
彼ら彼女らの明るい未来を思えば、父上の死も無駄ではなかったと思える。
ここで俺が悲しみや絶望に呑まれて立ち止まってはいけない。
父上が見せてくれた背中を、生き様を受け継がなければ。
だから俺はこの日、涙を見せることはなかった。
「ネル。此度はその……いや、いい。僕はお前と共に在ると忘れないでほしい」
ディスト王子はどんな言葉を吐いても俺の慰めにならないと悟ったのか、ただただ俺の味方であると言ってくれた。
「……ネルくんが、悲しいときは……私も悲しい……ずっと傍にいるです」
マナリアは遠慮がちにこの悲しみを分かち合いたいと言ってくれた。
「ストクッズ男爵……妾は、妾は、そなたの父君にも、そなたにも……心より感謝しております」
ミコト姫は皇族として飾られた言葉ではなく、素直な感謝の気持ちを述べてくれた。
「ストクッズ男爵令息。やや、今はストクッズ男爵ですな。私はジャポン小国の税務官、朝霧でございます」
「……これはどうも」
「此度の故ストクッズ氏が所有している土地の相続税について、貴殿が受け継がれるのであれば、これほどの税金がかかりますのでお納めください」
税務官に提示された金額は現金で5億7000万円貨だった。
俺にとっては問題ない額だったが……これって現金を持ってない人間が土地だけ相続したら大変なことになるんじゃないだろうか。
大事な人を失って、さらに財産も失うとか……どれだけ人から奪えば気が済むのかと、なんて悪辣な税金なんだと思った。
『スキル【ヒモ】が発動。【条件:自分の発言をきっかけに、王族の男装女性がアメリオ帝国を牽制してくれた】を達成』
『スキル【王の覇気Lv2 → Lv3】にアップ』
どうやらジャポン国内に在留するアメリオ帝国軍は、ディスト王子が上手く抑えてくれているらしい。
ただ、ヒモスキルが発動しても俺の心は晴れなかった。
◇
それから慌ただしく日々は流れ、どうにかジャポンの混乱も落ち着いた。
今回の騒動でオルデンナイツ王国はアメリオ帝国に対し、王族を殺しかけたとして非常に強気な外交を行った。
開戦するかどうかまでに迫り、非を認め折れたのは帝国側だった。
アメリオ帝国はオルデンナイツ王国に、ジャポンの間接統治権を譲渡することで和平条約が合意なされたのだ。さすがの帝国も国土が二倍以上ある王国に、いきなり戦争を仕掛ける胆力はなかったようだ。
それからジャポンとオルデンナイツ王国でも軍事同盟、および双方の関税撤廃条約が結ばれた。代わりにジャポン国内の税制を見直し、大幅に減税する指針が決まった。
もちろん夏破茂蔵や冬豪冬士郎を初めとした【十八の大陣】は選挙で大敗し、重鎮の顔ぶれは大きく変わった。
その中でも、春家と秋家の勢力が急速な拡大を見せ、ジャポン皇族の立場も大いに盤石となった。
ミコト姫やツクヨミ姫はジャポンの完全独立を目指してこれから奮闘するだろうし、俺やディスト王子も協力は惜しまないと約束している。
それから俺はミコト姫よりジャポンにおいての伯爵位を賜った。
これにはなぜかディスト王子が対抗心を燃やし、『僕が即位した暁には必ずネルに伯爵位以上を叙爵するぞ。広大な領地も任せる』とコネ出世を約束してくれた。
とにかく俺は救国の英雄であり、ジャポン国民の金庫番と称えられた。
『ミコト姫への愛を貫いた貴公子だ!』
『最愛の父を亡くすも大和のために立ち上がってくれた若き英雄!』
『外国の貴族が俺たちのためにあれだけ奮闘し、犠牲を払って救おうとしてくれたのに、俺らは何もしなくていいのか!?』
なんてジャポンの民に『スト派』と名乗る集団が現れ、政治へ大いに関心を寄せては、国の在り方を良くしようとする運動が盛んになっているのだとか。
「うん……順調だ。ストクッズ男爵として上手くやれてる。うん、大出世じゃん」
俺は自領の邸宅に戻ってぽつりと独り言をこぼす。
全てが順調なのに心は虚空を彷徨っている。
その原因はわかりきっている。
未だに父上の書斎に入れないのも……いつもバリバリ仕事をしていた父上の姿が見れないと……父上の死を直視して、受け入れないといけなくなるからだ。
俺は数時間ほど悩んだあげく、覚悟を決めて父上の書斎に入った。
「ネルよ、遅かったではないか」
「えっ!?」
そこには見間違いようもない人物がいた。
何度も何度も見た、しごデキナイスミドルな父上が机の書類とにらめっこをしていたのだ。
俺は一瞬、幻覚でも見ているのかと混乱してしまう。
しかし、父上は確かにそこにいて、俺を見てはウィンクまで決めてみせた。
「ネルよ。商人は常に最後の切り札ってものを用意しておくものだ」
「ち、父上……?」
「うむ。私が不在の時も、しっかり仕事をこなしてくれたようで——」
「父上ええええええええええええええええっ!」
俺は人生で初めて父上の言葉を遮って抱き着いた。
父上のぬくもりがある。
父上の匂いがある。
ちゃんと生きている!
「ふっ、ネルよ。よくがんばったな」
「うわああああああんぱぱあああああ! 生きてるなら早く言ってよぱぱぱあああひどいよおおおお騙すなんてッ、俺ってば本気でパパが死んだと思っでえええ」
俺は涙ズビズバで文句を言いまくった。
いや、まあこれは俺の中のネルが出ちゃったっていうかね、うん。
父上大好きっ子の衝動が抑えきれなかっただけで、決して俺が父上にどうこう甘えてるわけじゃないんだ。
ふううううこれで二代目としてまだまだゆるゆるな生活ができるの嬉しいぱぱああああああ生きててよかったよおおおおお!
◇
「実は【国会刀弁】の直前で、どうにもGHQの動きが怪しいと察知してな。私は万一に備えて、神薬に詳しい秋家に接触を図っていたのだ」
「さようですか父上」
「うむ。それでツクヨミ姫より『復活丸』という、非常に貴重な丸薬をいただいてな。それを飲めば一時的に仮死状態に陥るも、時間経過と共に様々な傷を癒すのだ」
「父上はGHQの【炎帝が下す命霊】をその身に受け、命の危機だと判断……そして『復活丸』を飲んだと」
「さすがのパパンもちょっと焦って、ついな……とはいえネルに何度も過剰回復されて、これは早計だったと思ったわけだ」
「それでも戦闘中でしたし説明する暇はなかったと」
丸薬系は状態異常や呪いの一種ではなく、因果律に作用するものもある。
つまりは運命そのものだから、回復魔法が干渉できない領域だ。
「うむ。しかも丸薬の効果なのか、どんどん意識が薄れて思考も散らばってしまってな」
「まあ戦闘がだいぶ長引いて、父上も限界突破されてましたし」
「それでどうにか、ちょっと寝ると伝えたわけだが……」
「紛らわしいです。父上」
「う、うむう……そこはすまぬな、心配をかけた。おそらくツクヨミ姫だけはこの事実を察知していたと思うのだが……」
「次にお会いした際には一発ぶちかまそうと思います」
「なっ、それはネル。そこまでは……うむう」
「当然ですよね、父上? 今では私はジャポン小国において伯爵位を持っていますので、それぐらいやったって大丈夫ですよ」
「ま、まあ、うむ……なるべく穏便にな。ところでネルよ」
「はい」
「いつまで私の膝の上に座っているのだ? お前ももうすぐ13歳になるから、わりとその、サイズ的にも重量的にもキツくてな……」
「父上はまだまだ現役だと仰っていたではありませんか」
「う、うむう……」
こうして俺たちは、ひたすらパパンに甘えまくった。




