62話 父と息子
『スキル【ヒモ】が発動。【条件:自分の発言をきっかけに、王族の男装女性が一国の支援を決定してくれる】を達成』
『スキル【王族の金庫Lv1 → Lv2】にアップ』
まあミコト姫の好感度は下がったかもしれないけど、ディスト王子のおかげでお金の心配はしなくてよくなったぞ!
いいぞいいぞ、どんどんやってしまえ男装ちっぱい姫!
『ジャポン小国の民:忠誠度Lv3が40万人を超えました』
『【王族の金庫】の残高が737億 → 1937億に増額しました』
っしゃおらああああ!
これでジャポン国民への一律給付金も半年分はどうにかなるぜ!
「「「減税一択! 給付金万歳! ストクッズは救世主! 春篠宮に血涙の一票を!」」」
今や大議事堂には、俺や春家を称賛する華族たちの声が勢いを増している。
人気取りふぇぇぇぇい! 最高だぜ!
ちやほやされるだけのニート爆誕!
「ん、でもどうして俺がジャポン国民を養わないといけないんだ……?」
ここまで勢いで言ってしまったけど、本来は俺が養われたい側なのに……まあ、深く考えなくていっか。
【王族の金庫】にじゃぶじゃぶ金が生まれればいいわけだし!
そんな風にガッツポーズを決めていると、周囲はさらに騒がしくなった。
春篠宮家や俺への更なる称賛かと思いきや、物騒な連中が大議事堂にドカドカと入り込んでくる。
それは赤色の重鎧で完全武装した兵士がおよそ200人。
物々しい空気でジャポンの華族たちを押しのけて、全国配信の中継札をひっぺ剥がし始めた。
あの四季神術式の札を無効化されると、全国への配信が途切れてしまう。
「【国会刀弁】は中止だ! 即刻、中止せよ!」
「何者だ!?」
「我々はアメリオ帝国ジャポン小国在中軍、【グランドハイクエスト】である! 即刻、この中継を中止せよ!」
【グランドハイクエスト】……確か、敗戦後は二度とジャポン小国が戦争をしないよう、あらゆる力を解体するために組織されたジャポンを間接統治する軍だったか。
現在、ジャポン小国はアメリオ帝国軍の在留を許す法案も通っており、駐屯する軍の中でも特に選りすぐりの精鋭部隊だ。
ジャポンで何か問題があれば【グランドハイクエスト】が平和維持の名の下に処理すると、ジャポン小国を管理している。
「我々GHQは地上で最も崇高な使命を帯びている! すなわちジャポン小国の平和維持! 今回の【国会刀弁】はジャポン小国の平和を脅かすと判断した!」
「みなさん、見るのです! これが今の大和皇国の現状です! 都合が悪くなると【国会刀弁】ですら配信されなくなります! 事実は捻じ曲げられ、偏向報道がなされるのです!」
そこで俺は必死に声を上げた。
この流れが止まってしまうと、俺の【王族の金庫】の預金が増えづらくなってしまうからだ。
『ジャポン小国の民:忠誠度Lv1が70万人を超えました』
『ジャポン小国の民:忠誠度Lv2が55万人を超えました』
『ジャポン小国の民:忠誠度Lv3が45万人を超えました』
『【王族の金庫】の残高が1937億 → 3937億に増額しました』
しゃあああああ!
これでジャポン国の民に1年間バラまいても、プラス337億になるぞ!
「貴様! 我々GHQに逆らうつもりか! ならば処断する!」
えっ、うそ。
まさかのこの場で武力行使!?
「なっ!? ストクッズ男爵令息を守れ!」
「春篠宮も戦うぞ!」
「秋幡宮も加勢する!」
「GHQに屈するな! 大和魂を見せつけろおおお!」
「この僕にッ! オルデンナイツ王国が第一王子、ディスト・エクエス・オルデンナイツに剣を向けるか!」
「うおおおおおお、我が息子に続くのだ!」
えっ、いつも冷静なパパンまで熱血パニックになってる!?
ちょっ、もしかして一律給付金で莫大な私財を投じる流れに自暴自棄になってたりしますか父上!? 大丈夫ですよ、【王族の金庫】があるんで!
なんて説明してる間もなく、大議事堂は大乱闘に発展した。
仕方ないので俺は【王の覇気Lv2】と【士気高揚Lv1】を同時に最大出力で発動し、号令をかけた。
「くっ、大和皇国の自由のために戦うのだ!」
「刀を持てええええ!」
「いくぞおおおお!」
「ストクッズ男爵令息に続けえええ!」」」
俺が旗頭みたいなポジションで乱戦は幕を開けた。
もちろん全力でGHQを沈黙させていくが、けっこうな手練れでキツイ。かなり練度が高いし、アメリオ帝国軍の中でも最高峰レベルじゃないだろうか?
しかも面倒なのが次から次へと新戦力が投入され、シャレにならないレベルで苦戦を強いられる。
数年後のシナリオ『戦争編』が来たら苦労するかもしれない。
いやそもそもオルデンナイツ王国の王子に手を出した時点で、帝国に宣戦布告する可能性すら————
「我が息子よ! 無事か!」
「ええっ、父上こそ! まだまだ現役ですね!?」
図らずとも父上と背中合わせになりながら、群がる敵を屠る形になった。
父上のユニークスキル【剣鬼】はかなり強力で、襲い来るGHQをバッタバタと切り伏せている。
「ふっ、こうして我が息子と肩を並べ戦場に出るのも悪くないな」
「ご冗談を」
「いや、本気だ。何せルーナとの出会いもまた戦場だったからな」
妻を思い出す。ネル、お前に妻の面影を見て心が躍るのだ。
父上の発言にはそういう意味が込められていた。
「……母上の」
不意に俺の母上、ルーナ・ハレンホルン・ストクッズの話題が出てきて心臓が掴まれた気分になった。
「うむ。ルーナともよく戦場を共にしたものだ」
俺の母上は……俺の出産と同時に亡くなってしまった。
だから俺はずっと心の底では怯えていたのだ。
父上に恨まれているのではないか、と。
今まで自分を大切にしてくれた父上も、ストクッズの後継者にふさわしい成果を出せなければ容易く見捨てるのではないかと。
そんな恐怖心から、かつての俺は必死に努力し……そして凡庸な結果しか出せない毎日に苛立っていた。
でも今ならわかる。いや、とっくにわかっていた。
父上は俺がどんなダメ息子でも決して見捨てはしないと。
そんな狭量な人ではない。
誰よりも大きな器と愛で、いつでも俺を守ってくれていた。
だからこそ父上にふさわしい息子になりたいと、認められたいとネルは切望していた。
「今は成長した息子と、戦場で共にあるのを嬉しく思うぞ」
「父上……!」
父上の言葉になぜか一粒の涙がこぼれていた。
それはきっとネルの感情だったかもしれないし、俺からの感謝だったかもしれない。
そして先ほどの勝手な発言で、また父上には迷惑をかけてしまったと改めて後悔が浮かぶ。
「ですが、此度は勝手に『一律給付金』などと……!」
「よい。いい出資先じゃないか。それに子供のお前が金の心配などするな。私を誰だと思っている?」
ユニークスキル【商王】を駆使して、激動の時代を切り開き、そして成り上がってきた男の背中は異様に大きかった。
なんだかんだで俺が『ガチ百合ファンタジー』の世界で急に生きることになっても、正気を保っていられたのはパパンの存在が大きい。
金銭面での安心感はもちろん、いつも後ろ盾になってくれたのも心強かった。
今も俺が勝手に提唱した『一律給付金』について、苦言するでもなく『ただ心配するな』と全てを包み込んでくれる。
かっこよすぎる大人で、誰よりも尊敬している俺たちの父上だ。
「父上、追いかけるべき背中が大きすぎますよ……!」
「なに! 簡単には追い付かせんさ。ネルの言う通り、私もまだまだ現役————」
それは——
父上への完全な信頼と、そして俺の慢心が生み出してしまった隙だった。
「戦いながら何をベラベラと!」
「俺たち相手に余裕そうだな!」
「死ぬがいい!」
「「「【炎帝が下す命霊】!」」」
数名のGHQによる大技が放たれ、無形の炎が父上を焼き焦がす。
命そのものを奪う業火の霊たちは、いくら振り払っても父上の身から剥がれてくれない。
「ぐっ、ぬ————【鬼剣・鬼武者】ァ!」
父上もまたスキルで以って耐久力を上げ、周囲のGHQを切り倒す。
俺は即座に【水魔法Lv6】と【治癒魔法Lv4】の複合スキルを発動。
「——【癒しの聖水】!」
これは【全能回復】より回復能力が高く、呪い属性などにも効果のある回復スキルだ。
これされかければ父上も無事で————
「ぐ、は……」
「え?」
【癒しの聖水】で父上の火傷は確実に回復したのに、なぜか力なく倒れてしまった。
「どうして? くっ、【全能回復】! 【全能回復】! 【全能回復】!」
回復魔法を何度かけても父上の肌つやが良くなるだけで、意識は一向に戻らない。それどころか、父上の胸に耳を当てると次第に心臓の音が弱まり始めているのがわかった。
「父上えええええええ! このような所で死んではなりません!」
「ネルよ、我が息子、よ……」
「ここで死ねば! ジャポン小国に父上の死がバレて! 相続税をけっこう持っていかれますゆえええええええ!」
「それはっ……このカイネ・ニトール・ストクッズ。商人として、死んでも死に切れん……! 我が息子に損を残すなどと……!」
自分はまだまだ家督なんて継ぎたくありません! だらだらしてたいです!
親のすねかじって甘い蜜吸って、無能な二代目やってたいです!
そんな俺の気持ちが通じたのか、父上はどうにかよろよろと立ち上がった。
「うわ……最低な理由で死人にムチ打ったぞあいつ」
「しかも親相手に……」
「あれがストクッズ男爵家か。やべえな」
数人のGHQがこちらを揶揄してくるが、そんなのはどうでもいい!
死人に口なしだ!
「父上!」
「ネルよ!」
俺と父上の連携の鋭さはさらに増していった。
そして俺たちがGHQの中央をぶった切ると、押され気味だった春篠宮家や秋幡宮家の方々も逆転劇を見せる。
それから形勢は一方的で、GHQは無残にも掃討されていった。
「はぁっはぁっ……やりましたね父上」
「あ、あぁ……」
しかし再び父上はその場で倒れてしまった。
とっくに限界を超えていたのか、即座に【全能回復】や【癒しの聖水】をかけるも、肌ツヤが良くなるだけで父上はグッタリしていた。
この不可解な異常事態に、嫌な予感が脳裏をよぎる。
「ネルよ……お前はよく寝るのが好きな子だったな……」
「はい、父上」
……おい、まさか冗談だよな?
この重々しい雰囲気はなんだ?
あんなに力強かった父上が、か弱い老人のように震える手で俺の頬を触るのはなんだ?
あんなに大きかった父上が、俺の腕の中で小さく倒れ込むなんてありえるか?
これから最後の言葉を遺すとか、そういうやつじゃないよな!?
「よいか、ネル。寝る子は育つ、どころか神になる」
神に等しい存在になれと。
強大な力でストクッズ男爵領の人々を導き、そして守れと。
「実はな……」
「父上! もうこれ以上、喋ると危険です! 誰か、誰か! 俺以上の回復魔法を使える者はいないか!?」
俺の悲痛な叫びに、しかし周囲のみんなは沈痛な面持ちで首を横に振った。
おいおい、まじかよ!
冗談じゃないぞ!?
「ネル……」
「はい! 父上! 父上ご自慢のバカ息子はここにおります! ですから父上ッ、お気をだじがにっ!」
くそっ!
泣いてる場合じゃない。
涙で視界をかすめている暇があったら、父上の一言一句を胸に刻め。
偉大な男の最後を脳裏に焼き付けろ。
くそくそっ! 急すぎるだろ!
そんなすぐに覚悟なんて、できるわけっ!
「ネル……実はな」
「……はい゛」
「パパンも寝るのが大好きなのだ」
「……同じ、ですね」
「——息子よ。少し、眠っても、いいか?」
「はい゛、ぢぢうえ……安心じで、お眠りぐだざい」
父上はそのまま目を開けることはなかった。




