60話 国会刀弁
「よいか、ネル。我々はミコト姫率いる『減税派』である」
「減税、ですか?」
【国会刀弁】を明日に控えた夜、父上は神妙な顔つきで自分たちの立ち位置を説明してきた。
「うむ。ジャポン小国には春家、夏家、秋家、冬家の四大華族がいる。うち、春家と秋家が『減税派』だ」
「では夏家と冬家は『増税派』ですか?」
「ひらたく言えば夏家と冬家は他国や大商会の犬、売国奴だな。そして両家とも『減税派』より勢いがある。資金力も潤沢だ」
「売国奴……」
「ストクッズ男爵家は夏家を皮切りに、今は春家とも懇意にしている」
「夏家からジャポン小国の土地を買収し、春家はミコト姫の母君の出身家ですか」
「その通りだ。そして我らがストクッズ男爵家は『消耗税』の撤廃をジャポン小国に要求している」
「それはやはり……オルデンナイツ産の商品をもっと買ってほしいからですか?」
「無論、それもある。だがな、何より優先すべきは商人の心得だ」
「『商売は人々を豊かにする』ですね」
ストクッズ男爵家が、まだストレート商家の本流であった頃からの家訓だ。
「そうだ。せっかくジャポン小国に支店を構えたのに、ジャポンの人々が貧困に喘ぐことになれば……我々の儲けだって減ってしまう」
「『消耗税』の撤廃は人々を豊かにするきっかけとなるのですね。しかし……たかが物を買う際に10%の税金を課すのが、そこまで人々に影響をもたらすのでしょうか?」
日本だって消費税は10%だったし、イギリスとかって消費税20%じゃなかったっけ?
「うむ。現在、ジャポン小国の総人口は約100万人だ。これを念頭に一日の食費が1100円貨だと考えてみろ」
「はい……ええと、消耗税のせいで100円貨を徴収されますね」
「そうなると100円分、物が売れなかったことになる」
「100円×100万人……1億円貨分の売り上げ減少、ですか」
「働く者たちにとってこの売り上げの減少は大きい。給料も下がる一方になってしまうだろう」
「一日で1億の損失……しかもこれは食費だけの計算ですので……」
「年間でどれだけ物が売れなくなるのだろうな?」
「食費だけで365億円貨ですか……」
「この『消耗税』は作り手にとっても厳しい足枷となる。例えば、我がストクッズ大商会が扱っている『眠れるくん初号機』だが……ジャポン小国で製造するとなれば、価格は75万円貨に跳ね上がる」
「えっ!? オルデンナイツの1.5倍ですか!?」
「そうだ。例えばベッドの基礎フレームに使う合金が10万円貨で仕入れるところ、消耗税で11万円貨に跳ね上がる。各種の材料も同じく全てに10%が上乗せされる。さらに仲介業者の取引き分も含まれると値段は途端に跳ね上がる。原価が40万を超え、純利益で28万は確保しなければ人件費が支払えない」
「売値は最低でも68万円貨ですか……あっ、そこから消費税も追加で74万8000円貨に……!?」
「そういうことだ……ゆえにジャポン小国での開発や製造は不可能となる。オルデンナイツでは50万で購入できる物を、ジャポン小国では75万だなんて誰が買うだろう」
「では我がオルデンナイツから輸出する他ないですね」
「そこも問題なのだ。近年、ジャポン小国はガソリn……馬車税なるものを設定してな。馬車などは一部の富裕層しか使わないのだから、そこから搾り取ろうって話でな」
「富裕層から取るのであれば、そこまで負担にならないのでは……?」
「馬車を使うのは果たして本当に富裕層だけか? 我々、商人は? 食料品を扱う露天商は? 土木建築職人は? あらゆる者たちが荷運びに使うだろう?」
「あっ……輸送費の高騰ですね……あっ、そうなると全ての商品やサービスの値段が上がってしまう!?」
「そうだ。オルデンナイツから『眠れるくん初号機』を輸送するなら、馬車税を支払う分、原価も上がるわけで……値段も上げざるを得ない」
「『眠れるくん初号機』は移動もできる自立型……だけど移動の際に管理監督する人材が必要になるわけで……人件費もまたかかる……値上げしないと採算が取れない……」
「様々な物価の高騰。そして物が売れないので給料の低迷。さらに人々は節約するようになり、物が売れない。悪循環に陥ってしまうのだ」
「消耗税……難敵ですね……」
「此度の【国会刀弁】は何かきな臭い。ディスト王子もご出席するのに、刀弁に立つのはなぜか13歳になりかけの男爵令息だ」
「……我々はミコト姫の顔に泥を塗らないように立ち回るべきですね」
言われなくとも隠しヒロインのご機嫌を損ねたくはない。
それにかつて日本人だった俺としては……ジャポン小国の人々と少なからず境遇が似ていたので、超テキトーな発言をするつもりはなかった。
最低限のラインを保とうと思う。
「ああ。ミコト姫に期待しておられる臣下も多くいる。彼女の賓客である我々が、彼女の品位を貶める材料にならぬように努めねば」
「かしこまりました」
「……すまぬな、当初はこのような大事は想定していなかった。ただミコト姫と親睦を深め、ストクッズ大商会がジャポン小国で動きやすくなればと思っただけなのだ。それがまさか国会刀弁に立たされるなどとは……」
「父上はいつも仰っているではありませんか。『金貨の音は常に危機の中にこそ響く』と」
「ああ、ピンチの時こそ商機のチャンスでもある」
それから父上は珍しく俺を無言で見つめ、そっと近づいてきた。
「ふっ……愛しの我が息子よ。どんな結末にせよ、私はお前を誇りに思う」
今までずっとストクッズ男爵家を支え続けてきた大きな身体が、俺を優しく包んでくれる。
本来のネルが切望していた父上の言葉は、俺の心をも奮い立たせた。
◇
【国会刀弁】は各地域の代表や華族たちが600人以上も集まって大議事堂で行われる。
自然豊かな会場で、木々や草々が生い茂り、天窓から熱い日差しが降り注ぐ。そして大きな扉がそこかしこで開かれ、風すらそよぐ開放的な空間だった。
「小国のわりに随分と大仰な人数だな」
ディスト王子がビックリするのも頷ける。
ジャポン小国の国土はオルデンナイツ王国の16分の1である。王国は騎士家を除くと、貴族家は全部で120前後。対するジャポン小国は国政を担う会議で、600人以上の人々が華族として君臨しているようだ。
俺ってばこんな大舞台で刀弁なんてできるのか?
緊張が高まってくる。
「あれを見ろ。ミコト姫の姉君……秋幡宮清高天原之御神月読であるな。着物の上からでもわかるが、なかなかに立派な物をお持ちだ。まあ、偽りのパットでなければの話だが……」
うお。
なんかすっごい雅な和装の美少女がいると思ったら、ミコト姫のお姉ちゃんか。年齢は15歳ぐらいかな?
紅葉色のスーパーロングツインテールで、なぜか俺たちの方を注視しているようだった。
その鋭い視線といったら、『妹にふさわしいか見定めてやる!』みたいな気迫がビンビンに伝わってきた。
ああ、姉妹の仲はよろしいようで。
「殿下……ジャポン小国にはまだ我が国のブラジャーは普及しておりませんので、あれは真の心かと」
「素晴らしい」
てか姉妹そろってスーパーロングツインテールって、ジャポン小国の皇族にはお決まりの髪型なんですかね?
「ディスト王子殿下、ストクッズ男爵令息。本日はよろしくお願いします」
「ああ、ミコト姫。と言っても僕はネルが刀弁するのを近くで見届けるだけだ」
「ミコト姫。全力で挑みますので、力及ばずともご容赦を」
頼む。失敗してもこれ以上は恨まないでくれ。
そんな思いを込めると、俺の真心が伝わったのかミコト姫はハラリと微笑んだ。
「ストクッズ男爵令息ほどの御方であれば、成せば成ると信じております」
彼女が全幅の信頼を置く! なんて言うものだから周囲の春家の方々がどよめいちゃってます、はい。
『姫君の信がお厚い!』だとか『姫君が大いに期待しておられる!』とか『どれほどの刀弁をするのか!?』なんてハードルを上げられてしまった。
ちきしょうめっ!
俺は観念して、自分の刀弁の順番が来るまで大議事堂に集まった華族の面々を観察してゆく。
え……国家の行く末を決める大会議で、居眠りしてる爺さん華族がチラホラいるぞ!?
他国の貴族である俺ですら、緊張で胸が張り裂けそうで目をかっぴらいてるのに!?
いいなあ……ジャポンの政治屋華族たちは……。
寝ているだけで、血税からたんまり給料もらえるのかあ……。
『財武大陣』から華族の称号を買わないかってストクッズ男爵家に打診が来てるらしいけど、これはいよいよ買うべきかもしれない。
てか600人以上もの政治家を税金で養ってんのかジャポン国民は……大変なんだな。
「うおおおお! 【紅葉染め】!」
「ふん、【凍土白染め】!」
おっと。
【演舞秋式Lv3】と【演舞冬式Lv3】のスキルがぶつかり合ってるぞ。
ツクヨミ姫を支持する秋家が何か言いたいようだけど、財武大陣の冬豪冬士郎に跳ねのけられたようだ。
あ、秋家の華族がすごすごと引き下がって席についた。
うわあ一言も発せずに完封とか、冬家の財武大陣はマジで秋家と刀弁する気ないんだな。
そう、【国会刀弁】は力を示さなければ発言権がないのが特徴だったりする。
というのも、ジャポン小国はアメリオ帝国の武力によって蹂躙された国だ。その背景から武力なくして理不尽から民を守れない、との思想が根強い。
そして武力なくして言葉の説得力なし!
そんな光景が今まさに、ジャポン特有の四季神術によって全国民たちに配信されている。
ジャポンのスキルって細かい芸当が得意だよな。
魔王ちゃんの悪魔部隊ですら、映像を記録するのが精一杯で、映像そのものを各地域の空に生配信するなんて芸当はできない。
まあその辺の細やかな技術を脅威とみなしたアメリオ帝国が、ジャポン小国が勢いづく前に叩き潰したって話だけど……。
「……理不尽だ」
どこか、そう……前世の世界でアメリカに多方面で追い込まれ、宣戦布告の道しか残されなかった大日本帝国を彷彿とさせるのがジャポン小国だ。
……なんだろう。
そう思うと、少しだけアメリオ帝国や……重税に苦しむジャポンの民を見て見ぬフリする大陣たちに、軽い憤りを覚えてしまう。
「次の刀弁者! 春篠宮家の国賓爵にして、命姫の若き朋友、オルデンナイツ王国がストクッズ男爵令息。ネル・ニートホ・ストクッズ君、前へ!」
ふぅ。
どうやら俺の大和魂ってやつに火が灯ってしまったらしい。
育乳食材の貿易案を出せばいいやぐらいに思っていたが、即座に【王の覇気Lv2】をまとって登壇した。




