58話 懐かしき日本
わしの名は冬豪冬士郎。
ジャポン小国の財源と専攻部隊の最高権力者『財武大陣』である。
「財武大陣。今年の国家予算ですが、おおよそ110億円貨になります」
秘書の報告に笑みが止まらない。
国民から吸い上げ、過去最高の税収額110億。
「くっくっく……それで『消耗税』は国家予算に組めたのだろうな?」
「もちろんです。表向きは社会保障に充てられていることになっていますが、『国家予算』であれば自由自在ですからね」
国家予算とはすなわち、わしらが好き勝手に扱えるカネだ!
ふっはっはっは。
『消耗税』を社会保障に使ってるわけないだろうがボケぇ!
80%以上は我々が自在に使えるカネだ! 普段からワシを支えてくれるスポンサーに還元するためのカネだ!
「それで『特別予算』の方はいくらだ?」
「はい。400億円貨でございます」
「ちい……『特別予算』をどうにか切り崩したいのう……あそこは使い放題プランにできんからなあ……」
「しかし馬車税を『特別予算』から『国家予算』に組み込んだばかりでは? おかげで馬車税から道路整備費を100%捻出するはずでしたが、今では道路整備費を分散させ、何割かが我々に入るようになりましたよね」
「足りん。5億円貨中、たったの2億円貨だぞ。それに比べ、やはり消耗税を『国家予算』に入れられたのは大きい!」
ああ、笑いが止まらんぞ。
消耗税を導入してから笑いが止まらん。
何もかもが高騰し、わしらの懐に17億もの巨額が入り込むようになったのだからなあ。
無論、それらを還元しないといけない勢力もいるが……まあ、いくら民が干上がろうが、わしらが潤えばいいので知ったこっちゃない。
「それと財武大陣。命姫が帰国されましたので、今夜は会食が開かれるようです。オルデンナイツ王国のストクッズ男爵と、そのご令息も出席なさるようです」
「ふむ……ストクッズ……太客か……」
ストクッズ男爵がジャポン小国とオルデンナイツ王国の相互貿易を始めてから、その売り上げは目を見張るものがある。
どうにか彼からも搾り取りたいので、近々ジャポン小国の伯爵位を買わせるつもりだ。そうなれば名実ともにジャポン国民になるわけで、税金もたんまり搾り取れる。
「何せ現時点でも奴から搾り取れる金は、『大商会税』だけで8億円貨を超えているのだからなあ……」
国家予算のおよそ14分1の巨額である。
正式に伯爵位を与えれば20億は堅いぞ! 搾り取れるぞ!
「しかし最近は春家ご出身の命姫に肩入れをしているようで……」
「鼻につくのも難点だ。特に『消耗税』の撤廃などと抜かしよる。大方、オルデンナイツ産の商品をもっと買ってほしいからだろう」
消耗税は何も民から搾取するためだけが目的ではない。
消耗税があればオルデンナイツの商品は自動的に10%値上がりをするし、売り上げも伸び辛い。つまり外国産の物から10%も搾取できるわけだ。
そして我がジャポン小国産の商品をあちらに売りつける際は、消耗税なんてものはないから安価で売れ行きも好調となる。
「ですのでオルデンナイツ王国は、ジャポン小国産の商品すべてに関税を設けたようで……その関税率は15%だそうです」
「こ、ふぉお……それは誠か!? 本来は100円貨の物が115円貨に値上がりぃ!? そ、それでは我が国の商品が売れなくなってしまうではないか!?」
「すでに売り上げは著しく低迷し始めたようです」
「ぐぬぬぬ……このままでは、わしの後ろ盾になっている大商会の面々に殺される……まずい、まずいぞ」
オルデンナイツ王国への輸出品が売れなくなるのは痛手であり、わしが懇意にしている大商会も黙ってはいまい。
どういうことだと文句を言ってくるはず。
ぐぬぬ……ストクッズ男爵が正しかったと言うのか?
あやつは『消耗税』を上げる代わりに、『大商会税』を引き下げる取引きを持ち掛けたのに首を縦に振らなかった。
他の大商会は自分たちが得をし、民が消耗税を負担するならと快く受け入れたのに、だ。
「ぐぬぬ、こうなればアメリオ帝国の高官殿に、オルデンナイツ王国への貿易規制をかけてもらう他ない。不当にジャポン小国へ関税を課すのであれば、帝国も黙っておらぬと見せつけてもらうのだ! 何、帝国には我が国の送電魔法権利を譲渡すると持ち掛ければ、それぐらいやってくれよう」
「迷案です、財武大陣」
「さすがのオルデンナイツ王国も帝国との貿易に響くなら、我が国への関税を撤廃せざるを得なくなるだろう。よし、ストクッズ男爵なる小物に圧力をかけようぞ」
それに、ストクッズ大商会だけ消耗税の還付金を3倍にすると持ち掛ければ、意のままに動いてくれよう……今夜はストクッズ男爵の息子も来るそうだな。
「次代のストクッズ男爵をも取り込んでしまえばいい。どうせ和の礼儀作法も碌にわからん野蛮人どもだ。箸すら持てぬ小僧だろうて、籠絡など容易だ」
ここはジャポン流の歓待で圧倒し、そのままの流れでこちらの条件を呑ませればいい。
「所詮は王国の下位貴族なのだから、こちらが委縮する相手ではないわ!」
◇
「父上。外靴はここで脱ぐのですよ」
「おお、そうであったな」
ミコト姫に案内された屋敷殿は、それはそれは立派だった。
周囲にはジャポン小国の重鎮たちがぞろぞろと集い、さすがは皇姫なだけあってその注目度がバカ高い。
そして俺たちは、そんなミコト姫の賓客として招き入れてもらった身分なので下手な真似ができない。
俺たちの粗相=ミコト姫の顔に泥を塗る、みたいなものだ。
事前に父上からジャポン小国の内情を詳しく聞いていたけど、今以上に隠しヒロインである彼女から恨みを買うのはごめんだし、とっても胃に響く状況だ。
とはいえ宮殿内の随所には季節に合った自然の彩りが芽吹き、砂と岩と緑の美しい庭園はまさに日本庭園そのもので懐かしさを感じる。
もっとじっくり堪能したいところだけど、畳の宴会場に案内されたのでひとまずは腰を落ち着けるとしよう。
「ささっ、ストクッズ男爵、ご令息もどうぞどうぞ」
俺たちをさりげなく上座に誘導しようとしたのは、でっぷりと太った初老の男だ。
名を冬豪冬士郎といって、ジャポン小国の攻めの部隊と財政を掌握する『財武大陣』だ。
「ご案内いただきありがとうございます、冬豪財武大陣。ですが奥は上座ですので、皇族に次ぐ御方の席でしょう。一介の客である私たちには恐れ多いお席でございます」
オルデンナイツ王国では上座といった概念は一段高い場所でしかない。
しかしジャポン小国、ひいては日本の文化には部屋の扉から奥の席にいけばいくほど上座となる。
大方、ぽっちゃり財武大陣は俺たちを上座に座らせて、恥をかかせようって魂胆だったのだろう。
しかあし! サラリーマン社会人を過ごした前世の俺にとって、こんな礼節を把握するのは余裕のよっちゃんである。
ミコト姫のお膝元で誰が油断しようものか!
ここは完全なる純ジャパ力を見せつけてやろうではないか!
「こちら、しゃぶしゃぶでございます」
ジャポン小国の重鎮たちが集えば会食が始まった。
そして主食はしゃぶしゃぶ。
いきなり高等テクが必要なしゃぶしゃぶを選んでくるあたり底意地が悪い。
しゃぶしゃぶは肉を入れる前に、旬の野菜や魚でダシを取るのが正しい段取りである。それを知らずに艶めかしい特級和牛肉や、特上麦豚肉などに目が行ってしまうトラップが発動している。
さらに言えば、しゃぶしゃぶは共有の鍋で食べ物をつつくので、箸をうまく扱えるかどうかも目につきやすい。
だが、俺は全てを熟知している。
父上に先んじて熱の通り辛い旬のキノコなどをクツクツと煮込み、魚や野菜を華麗に投入。
さらには十分に煮立ったところで、取り皿にジャポン酢や薬味などを少々加える。
おお、もみじおろしなんかもあるじゃないか!
さっぱり爽快しゃぶしゃぶが味わえる!
俺は華麗なる箸さばきで以って、和の食材を堪能しまくった。
さらにしゃぶしゃぶ肉は、鍋の熱湯にサラッと三往復までしかしゃぶしゃぶしない!
この感覚が鉄則である!
なにせしゃぶしゃぶしすぎると鍋内にアクが残ってしまう。
それに加えて肉本来の旨味が飛んでしまう可能性もあるのだ!
「……美味ですな」
「ス、ストクッズ男爵令息は……我がジャポン小国にはよく来られるので?」
なんだよ、ぽちゃ財武大陣。
こっちは久しぶりの和食を堪能してるんだから話しかけてくるなよ。
「いいえ。初でございます」
「初う……!?」
「おやおや、ミコト姫のご学友と聞いておりましたが、これはなかなか」
「うむうむ。和の真髄にご精通なされているようですな」
防衛大陣などが感心するように俺を持ち上げてくれる。
がしかーし!
握り寿司が来た時点で俺は油断なく構えた。
いや、寿司を一ミリたりとも味わいもらさないよう全ての意識を寿司に集中させた。
だって、あの寿司だぞ!?
銀シャリに艶やかな極上ネタが鎮座しているあの寿司だぞ!?
転生して苦節5年半。
俺はようやく寿司に辿りつけたのだから、ここで寿司を堪能できなかったら後悔してもしきれない!
ふはははははっ!
そして醤油の入った小皿はトラアアアアップ!
さらに箸もトラアアアップウウウウ!
まずは塩を一つまみ。
そしてネタに軽くかけ、素手で寿司を豪快にいただく。
「……美味なり」
ネタによっては、醤油がネタ本来の旨味を殺してしまう時もある。
ゆえにまずはシンプルな塩と寿司のハーモニーを味わう。
そこからワサビをちょこっと乗せて、醤油もほんの少しだけつけ————
素手でいただく。
くうううううううんめえええええええええええええええ!
「なんと……ストクッズ男爵令息は寿司の楽しみかたも熟知しておられるのか」
「和への愛を感じずにはいられない」
「さすがはミコト姫のご学友であらせられる」
「し、しかしっ、和歌を諳んじるのはさすがにできまい。どれどれ、私がここは一句。この会食と、美しき出会いと、そして庭園を歌いましょう」
ぽちゃ財武大陣がなんか言ってるけど、俺は構わず寿司をいただきまくる。
ふわああ、生きててよかったああ。
あおさ汁もうんめえええ落ち着くわああ。
「いかがでしたかな? 私の和歌は」
「素晴らしかったです」
全く聞いてなかったけどテキトーに答えておく。
するとぽちゃ財武大陣はピクリと眉を動かし、面白くなさそうな顔をする。
「さようですか。さすがはストクッズ男爵令息ですな、和歌のなんたるかも理解していると。では一句、聞いてみたいものですな」
マジか。
まあ、いいや。
思ったことをそのまま俳句に乗せてみるか。
えーっと小学校で習ったよな……たしか5・7・5・7・7だ。
「亡国の——美しきかな、魂は——春をいづこへ、隠したもうた——」
あまりに突っかかってくる財武大陣が鬱陶しかったので、俺は『戦争に負けた国なのに文化も食も美しいね、その魂は今もあるはずなのに、花々が咲き誇り成長する春をどこに隠したんすか。今夜の主催は春篠宮八百万之御神命で、彼女の帰国を祝う席でしょうに、俺に構わないでね』と謳ってみる。
するとぽちゃ財武大陣は目をカッと見開き、プルプルと震え始めた。
やべっ、ちょっと侮辱しすぎただろうか。
しかし俺の歌に過敏に反応したのは彼だけでなく、多くの大陣たちがそれぞれ違った表情に変わった。
ある者は悔しそうに俯き、ある者は決意に満ちた眼差しで上を仰ぎ、そしてある者は咽び泣く者すらいた。
そしてもちろん、財武大陣と同じく怒りに震える者もいた。
まあ歌の捉えようは人それぞれだし、大陣たちが何を想ったのかは自由だ。
「ストクッズ男爵令息。今宵は素晴らしい歌を聞けて、命は嬉しく思います」
ん?
ミコト姫が物凄く嬉しそうに笑いかけてきた?
……後夜祭の時みたいに、罠とか仕掛けてこないよな?




