56話 夏休みの始まり
「ふぅーこんなものか」
俺は魔王軍との和平調印を父上やヘリオに入念にチェックしてもらい、そしてサインした。
あれから結局、魔王ロザリアは全面的に自軍の非を認めた。
何せ同盟を組んだばかりの相手領地を襲ったのだからそれは当然だ。そして四天王たる部下との行き違いがあったので、魔王軍の在り方を見直すとも約束してくれた。
具体的には魔王軍によるストクッズ男爵領の復興支援だ。
【月に吠える姫君フェンルナ】率いる【人狼】部隊は、ストクッズ大商会の傭兵団として無償で商品の護送を担当。
【悪魔の女公爵アスモデウス】率いる【悪魔】部隊は、悪魔の知識で新商品の開発および各地域の諜報を担ってくれる。
【獅子姫レオーネ】率いる【獣人】部隊は単純な肉体労働だ。倒壊した街の再建築に携わり、奴隷のごとくコキ使う。
ちなみに四天王の一人【八本脚の巨人】はパワード君が完全に消滅させてしまったので、魔王軍は三天王になってしまった。
まあ、四天王一人の犠牲で今回の被害は勘弁してやるって流れだ。
【八本脚の巨人】が率いていた巨人族は、道路や水路など地形そのものを変化させる大規模工事に役立ってもらっている。
とはいえこの二週間で、人々の魔物に対する憎しみが消えるわけもない。ストクッズ領内には、まだまだ魔物への嫌悪や恐怖で複雑な心情を抱える者も多い。
今後はその辺の問題も少しずつ着手していけたらと思う。
「それでネルよ……両翼の娘族の件なんじゃが……」
復興作業に協力してるとはいえ、元凶は魔王軍にあるとわかっているから魔王ちゃんは居心地が悪そうだ。
それでも口に出さねばいけない交渉事を俺に告げてくるのだから、魔族の頂点に立つ者としての責務を果たそうとしているのだろう。
「わかってるよ、魔王ちゃん。特殊な【紳士クラブ】を立ち上げたから、そこからハーピィ族を乱獲してるバカ貴族どもを吊るし上げる」
「【紳士クラブ】とな?」
「ああ、貴公子たちが集まる社交場さ。まあ言葉を選ばなければ、ただの酒場なんだが。とにかく入店の敷居が高い」
「ふむう……そんなものを今更立ち上げて効果があるとは思えんのじゃが……」
「うちの【紳士クラブ】は少し特殊な趣向を凝らしていてな。普通、【紳士クラブ】ってのは女人禁制だが……うちには指名制の女王様がいらっしゃる」
「む? 女王じゃと?」
「さっそくブターラ伯爵を介して、ウケミント子爵やマゾリリス伯爵、ドーエム侯爵が通い詰めているらしい」
「むむ……ドーエム侯爵領は、両翼の娘族を奴隷商に売り飛ばしておる主犯格じゃったな」
「痛みほど快楽に勝るものはないと、徹底的に調教してやるから。まあ、楽しみにしているがいいさ」
調教が上手くいかなかったとしても悪魔たちによる映像記録魔法で、彼らの不名誉極まる性癖に溺れた姿はバッチリ撮ってある。
何かの際に脅しに使ってやるのもアリだろう。
「それでハーピィ族の今後の動向だけど、本当にいいんだな? うちで空輸便の配送者として働かせても」
「うむ……我はネルを見て気付いたんじゃ。人間と魔族が共に手を取り合えれば、物凄い力を生み出せるのではとな。両翼の娘との共存施策が上手くいった暁には、気高き豪翼なんかもどうじゃろうか?」
「グリフィン……強靭な四肢を持つワシのような魔物だったな。確かにハーピィとグリフィンの空輸便が形になればストクッズ大商会はますます繁栄するだろう。そして魔族が安心して暮らせる領域もまた、増えるだろうな」
俺が魔王ちゃんと今後の方針をアレやコレやと話し合っていると、とても機嫌のいい父上も参戦してきた。
「時にネルよ。そろそろ学園も夏季休暇に入る頃合いだろう」
「はい、父上」
この二週間は領地の復興指揮で休学していたけど、そういえば夏休みにそのまま突入してしまいそうだ。
「夏季休暇の予定は何かあるのか? 例えば学友同士で互いの領内に訪問するなど」
「……特にはござい、ません」
しまった。
貴族子弟にとっては夏休みもまた社交の場か。
学園で縁を結んだ貴族令息や令嬢の実家に訪問しては、仲を深めるのも立派な政略の一部だと。
今からでも手紙を出せば、コシギンチャ男爵令息やパワード君なら首を縦に振ってくれそうか?
「なるほどな。ではジャポン小国へ観光訪問するのはどうだろうか? ミコト姫と」
「そ、それは……!」
行ってみたい。
ジャポン小国は日本の文化に似ているし、本場の米や寿司を味わいたい。
しかし俺はミコト姫とお世辞にも良好な関係を築けているわけではない。
むしろかなり仲が悪い。
そんな相手にくっついて行くなんて、罠屋敷に自ら飛び込むようなものだ。
「……ミコト姫にはすでにお伝えしたのでしょうか?」
「無論だとも。ミコト姫は大層にお喜びになっていたぞ?」
そりゃそうだろう。
今までは王国で俺が優位に立ち回れていたけど、その立場は逆転する。ミコト姫がジャポンで俺をボッコボコのボコにするチャンスだしな。
アウェイ感が半端ないだろうし……胃痛も半端ないだろうなあ。
どうせなら行くならゆっくりジャポン観光したいのになあ。
「ふむ。英雄でも怖じ気つく時もあるのだな、わはははっ。何、ネルよ。確かにジャポン小国のしきたりや礼儀作法は複雑だ。それで恥をかくのではと警戒しているな?」
「は、はい……」
全然違うけどそういうことにしておこう。
「大丈夫だ。私もジャポン小国には、ストクッズ大商会の支店の視察もあって足を運ぶ。その辺は安心するがいい。あちらでストクッズ家を無下に扱う者は稀だ」
「か、かしこまりました……!」
これはもうジャポン小国行きが決定しちゃったようだ。




