55話 ただの寝坊
「ネ、ネル……このワンコロは、本当にだ、大丈夫なのか?」
「安心してパワード。それにモフリルに乗った方が我が領地に早くつける」
ストクッズ男爵領のピンチを聞いたパワード君は、自分もついて行くとありがたい申し出をしてくれた。
そして今、脂汗をかきながらモフリルの背に乗って夜闇を共に駆けている。
ああ、素晴らしきかな友情!
「まさかあのワンコロがこんなヤベえ奴だったとは……やっぱり俺様の勘は当たっていやがった……」
パワード君がさっきからぼそぼそ呟いているけど、風の音でうまく聞き取れない。
「パワード、どうした?」
「やっ……何でもねえ! それよりお前の領地についたら真っ先に戦闘か!?」
「ああ、そのつもりで覚悟してほしい」
「おうよ!」
◇
僕はシロナ。
ストクッズ騎士団副団長のシロナだ。
「キャハハッ、ここで勇者を仕留めきる!」
「これほどまでとは、やはり殺し切っておくべきですねえ」
「なかなかに楽しかったガウよ!?」
「モノドモ、勇者タチニ、カカレエェェ!」
途中、マナっちの参戦もあって立て直しができたけど……。
四天王って奴らが配下の軍を戦闘にけしかけるようになって、それで僕もマナっちもどんどん手に負えなくなって……。
「シロちゃん、まだ、私たち、負けてない……!」
「うん……! 必ず、乗り越えようっ……!」
互いに笑顔で頷き、自分たちを奮い立たせる。
でもわかってしまう。
わかっちゃう……。
僕もマナっちも限界が近いって。
共闘したのは初めてだけど、驚くほど息がぴったりで。
マナっちのことが手に取るようにわかるの。それは多分、マナっちも同じで。
だから、お互いの限界がヒシヒシと迫って……死の足音がどんどん大きくなって近づいてくるって。
それでも無理に笑うマナっちが隣にいるから。
僕はまだ戦い続けていられる。
ただ、ギリギリで保っていた防衛線の崩壊が近い。
「マナっち……【雷鳴と竜鳴】!」
「シロちゃん……【水星と水竜】!」
竜の轟きと雷鳴が空中を無尽蔵に駆け、マナっちが生み出した大量の水球が竜へと変形する。
互いの死力を尽くした技が合わさり、僕の雷撃が水竜に乗ってより強力な一撃になる。
でも、それでもダメ。
やっぱり僕たちの火力が下がってきていて、群がるモンスターたちを殲滅しきれない。
もう剣を握る力がほとんど残ってなくて、両手が痺れて震えが止まらない。
だけどマナっちが諦めずに詠唱を紡ぎだすから、僕も最後の魔力を振り絞る。
「我は全ての言葉を奪う者、我は多くの物語を葬る者、我は亡き者を記す者————【大空より降り立つ黙約の十字架】」
マナっちのあらゆる能力を沈黙させる十字架が空より無数に降り注ぐ。
その絶大な魔法に、僕は僕の力を解き放つ。
「僕は全ての命を奪う者、僕は多くの正義を語る者、僕は亡き者を残す者————【大地にそびえ立つ聖塔の十字架】」
マナっちのおかげで弱体化したモンスターたちに、聖なる十字架がトドメを刺す。
次々と純白の墓標が突き立ち、僕らが守るはずだった街並みも崩壊してゆく。
かつて僕が破壊し尽くしてしまった聖都のように。
「人間風情ガ小癪ナァァ————【八本腕が支える血界】」
「グルゥゥゥゥゥッ————【月と踊る舞踏会】」
「素晴らしきかな————【地獄の披露宴】」
「ぶちかますガウッ————【獣王無尽】」
それでも四天王の巨人が僕たちの猛攻を防ぎ切ると、手痛い反撃が幕を開けた。
傷だらけの身体じゃ、狼娘が繰り出す幻想的な連撃を凌げない。
疲労に蝕まれた身体じゃ、華麗なる悪魔の悪意に呑まれてしまう。
絶望と痛みに悲鳴を上げる身体じゃ、獅子少女の剛撃に耐えられない。
もうっ……【白き千剣の墓標】しか……。
でも、まだこの街の人々の避難が終わっていない。
あれを放ったら、四天王やモンスターは倒し切れるかもだけどッ、みんなが死んじゃう!
それじゃあ意味がない!
ネル先生にもらったこの力を、また殺戮に使うなんて、そんなのはできない……!
「シロちゃん……大丈夫」
「はぁっ、はぁっ……マナっち、なに、言ってるの……?」
僕は一瞬、マナっちが壊れちゃったのかと思った。
だって口が裂けても『大丈夫』だなんて言える状況じゃないのに、マナっちを見ると……まるで夢でも見てるみたいに安堵しきって、ついに限界を超えて幻でも見てるのかと疑ってしまった。
「もう、大丈夫だから……」
「……そんなことっ、僕たちが頑張らないとっ!?」
ふとマナっちが僕を優しく抱いて、そしてそのまま倒れるように意識を手放してしまった。
「悪い、シロナ————」
不意に背後から聞こえたのは、この場にいるはずのない主の声だった。
その自信に満ち溢れた声を聞くだけで全身が震える。胸が高鳴る。
感情が溢れて、瞳から喜びがこぼれ落ちそうになる。
誰よりも傍にいてほしい、でも決しているはずのないネル先生の声に。
ついに僕も幻聴が聞こえるぐらい限界で、最後を迎える時が来たと思ってしまった。
これが幻聴だったらと思うと怖い。
でも振り返られずにいられない僕は、マナっちを抱いたままに後ろを見た。
「————少し、寝坊をしてしまった」
こんな時でも冗談を言えるのは、あの人しかいない——
ぽんぽんと僕の頭を叩いてくれる感触は確かに存在していて——
いつもの安心できる、優しさに満ちたネル先生のぽんぽんだった。
「ぼぐ、ぼぐぅぅ……がんばっだげど、ダメで……」
僕はネル先生にストクッズ騎士団副団長を任されたのに。
守り切れなくて、たくさんの人が殺されちゃって。
悔しさとか安堵とかそういう全部がぐちゃぐちゃになって、堪えようとしても涙は次から次へと止めどなくあふれ出てしまう。
「シロナはよくやった。あとは俺に……俺たちに任せろ」
いつもは温厚で、誰よりも冷静なネル先生が今夜だけは違った。
普段は他人を威圧したりしないネル先生が、荘厳で気高い重厚なオーラを纏っている。
ネル先生の敵を見据える冷徹な瞳が、その怒りを物語っていた。
ああ、これが神話に出て来る英雄の姿なんだなって僕は感動しちゃう。
そしてやっぱり嬉しくなっっちゃう。
どうしようもなく場違いな感情が芽生えちゃう。
だってネル先生は、僕たちのために怒ってくれているんだから……!
「——よい子はもう眠る時間だ」
ネル先生のそんな優しい言葉に——
僕は今までギリギリで保っていた意識を安心して手放した。
◇
「パワードぉぉお!」
「おうよおおおおおお! 【城塞手形】!」
パワード君お得意の瓦礫集めは、生き埋めになっていた人々を救うと同時に4体の魔物をぶっ叩く巨大な手となった。
同時に俺もあちこちで火の手の上がる街への消火活動も絡め、【水魔法Lv6】で習得する【聖なる雨】を発動した。
これは魔物に微弱のダメージを与えつつ、傷ついた人々を癒す効果のある領域魔法だ。
「鎮火してくぞ!?」
「怪我人を運べ!」
「傷が……消えてゆく?」
「見ろ! あそこにおわす御方を!」
「ネル騎士団長だ!」
「この救いの雨も……団長が!?」
「……なんと神々しい」
「俺らまだやれるぞ!」
「勝てる! 団長が来たんだ!」
騎士団の指揮も上がったところで————
おいおいマジかよ……頑張ってかき集めた将来の肉奴隷たちが!
俺の手足となって働く騎士団が!
壊滅状態じゃねえか!
「キャハハハッ、なんだなんだ新手かー!? グルゥゥゥッギャカッ、ガッ!?」
「モフリル。徹底的にやれ」
見たことのある狼娘はモフリルの一撃で噛み砕かれた。
俺はそれを見送り、パワード君の攻撃を受けきった八本腕の巨人を【氷獄魔法Lv4】で習得する【永久凍土】で氷漬けにする。
「グ……馬鹿ナ……人間ゴトキニ……」
「おやおや地獄の氷を操る人間がいるなんて面白いねえ——【風獄の風刃】」
「——【封殺剣】」
仕込みステッキで切りつけてきた女悪魔のスキルを問答無用で封印し、返す剣で【流星剣】をかましてやる。
「わ、私のッ地獄の風がっ!?」
無数の流星を叩き込むように、女悪魔へ剣戟を刻む。
ただただ失った俺の肥やしたちを悼んで、俺の費やした労力を惜しんで、ひたすらに切り刻んでやる。
「やめるガウッ! 【獣王極真奥義・百禍乱舞】」
「————うるさいな、【冥府の盃】」
【冥府魔法Lv6】で習得する巨大な円形の【冥府の盃】が出現し、獣少女の百裂拳は全て酒杯へと吸い込まれてゆく。
彼女の力が練り込まれた酒が盃に満たされるのを尻目に、俺はパワード君に献杯してやった。
「パワード! 少し早いが勝利の祝杯だ!」
「おうよおおおおおお! かぁっぁぁあああ、うんめえ酒だなあああ漲るぜ!」
俺の祝杯を受け取ったパワード君は、一時的に全ステータスが2倍になるバフを受ける。
さらに彼自身のユニークスキルが彼の膂力を爆発的に飛躍させた。
「しゃあああああっ【一騎当千】!」
パワード君に横合いからぶん殴られた獣少女は物凄い勢いで吹き飛んでいく。さらに凍てつく八本腕の巨人を蹴っては粉々に粉砕し、徹底的に物言わぬ残骸にした。
「っしゃおらあああ【巨像の城塞】!」
しかも敵の残骸と瓦礫そのものを自身に纏い、さらなるパワーで以って周囲のモンスターを叩き潰していく。
俺も収まりきらぬ怒りを女悪魔や狼娘、そして獣少女にぶち当てる。
「【全能回復】——【永遠に繰り返す夏休み】、【短き運命の雷雨】」
「「「ガポポッグギャポッ」」」
【演舞夏式Lv1】の梅雨系統と、【水魔法】、【雷魔法】の複合スキルを叩き込む。
さあさあ、永遠の苦しみの始まりだぞ?
水球に閉じ込められ呼吸ができずに、電撃の痛みにのたうち回る姿は壮観だ!
「【小回復】——【毒牙の芽吹き】、【食萌ゆる秋】」
「「「ひぐうううひううッ!?」」」
【演舞秋式Lv1】の毒キノコ系統と、それらを体内で増殖させるスキルを発動させる。
ふう、とめどなく体内や全身から毒が咲き続けるって、想像を絶する気持ち悪さだろう。
泡を吹き悶える姿が清々しいな!
「【全能回復】——【冬将軍】、【雪解けの太陽】」
「「「きぅぅきゅうううぎゃああっ!?」」」
【演舞冬式Lv1】と【氷獄魔法】、【陽魔法】の複合スキルを発動する。
物凄く冷やして、瞬時に溶かすほどの熱量を浴びせれば、無限の痛みと破壊をもたらす。
全身が激痛で崩壊する姿に満足だ!
「諸君! これこそが! ストクッズ男爵領を襲った者の末路だ!」
俺は騎士団や民衆に、諸悪の根源断罪ショーを披露する。
あとになって民衆たちが『どうしてちゃんと守ってくれなかったんだよ!』なんて暴動を起こす気にならないように。
「諸君の悲しみも、嘆きも、苦しみも! 全て私が引き受ける! 全て、私が持っていく! 諸君らの怒りを私が執行する!」
悪いのは全部こいつら!
そして俺が正義の鉄槌を下し、晒上げだ!
民衆は俺の発言をどう捉えているのかわからないけど、ただただ俺に注目していた。
その光景は否応なしに、とある事実を俺に突き付けてくる。
将来の養分たちが減ったと。
労働力が減った。税収が減った。
「くぅぅぅぅ……私は悔やんでも悔やみきれない!」
俺は魔物どもを痛めに痛めつけても腹の虫がおさまりきらなかった。
ちきしょうが!
「私は! こやつらに粛清を下すためなら! 失われた平和を取り戻すためなら! 邪神にだって魂を売ろう!」
俺がもう少し早く惰眠から目を覚ましていれば。
悠長に銭湯に入って苺牛乳グビグビしてなければ。
もう少し、早く事態を把握していれば。
こんなにも将来の肥やしを失わずに済んだのに!
「そんな私でも、ついてきてくれるか!?」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
「「「ネル様万歳!」」」
「「「ストクッズ男爵家万歳!」」」
俺と、そして民衆たちの魂の雄叫びがこだます。
そんな悲しみと怒り、そして再生と希望に満ちた空気の中でとある少女が夜空に降臨した。
「むう、四天王が出陣していると聞いて来てみれば……アッ!?」
「よう魔王ちゃん。頭が高いんじゃないか?」
俺は【王の覇気Lv2】を発動して上空を睨む。
すると魔王ちゃんは『えっ、どうしてフェンちゃんやアッスー、レオちゃんにヘル君が……ネルにボッコボコのボコ!?』なんてテンパっちゃってるが、俺は容赦なく宣言する。
「頭が高いと言っている」
「あっ、えっ……もしかしてここってネルの領地……? で、我が四天王が襲っちゃった……?」
「今すぐ殺してやってもいいんだぞ? お前も含めてな」
「ぴ、ぴえっ……申し訳ございませんなのじゃあああああ!」
魔王ロザリアはすぐさま空中から降りてきて全力土下座をした。
ストクッズ男爵領の民は、後にこの日の伝説をこう語る。
『我らがストクッズの若君は真の英雄となられた。なぜなら、魔王を完膚なきまでに叩きのめし、臣下に迎え入れ、復興の任をご命じになられたのだから』と。
ネルの派閥紹介②
【人物】キュクロファーネ・メルヘン・カーネル(14歳/Lv30)
【ユニークスキル】鍛冶姫 幻想手記
【生まれ】カーネル伯爵家の次女
魔法鍛冶の使い手であり、一族の中でも突出した才能を持つ。
王国の伯爵家で随一の軍事力を誇るカーネル伯爵家は、領内に広大な鉱山地帯を保有しており、武器鋳造にも力を入れている。
ストクッズ男爵とカーネル伯爵は戦友であり、先の大戦を共に乗り越えた仲間意識が強い。
【名に込めれた意味】
キュクロファーネ:鍛冶の神キュクロプスの御旗
メルヘン:お伽を記す
カーネル:軍事的功績を残した大佐の意。何代にも渡って王国をその武力で救ってきた家柄。騎士家や軍部への影響力が強く、ストクッズ大商会が【眠れるくん初号機】などの商品を円滑に騎士家に流通できたのは、カーネル伯爵の口添えによる影響が大きい。
【人物】パワード・ハイネケン・ロードス (13歳/Lv47)
【ユニークスキル】一騎当千 酒海 巨像の城塞
【生まれ】ロードス辺境伯家の長男
ストロングパワーな戦闘スタイルが得意。
古くより海港都市ロードスを守護する大貴族であり、北はアメリオ帝国とガイア森羅連合国家に隣接している。
父であるロードス辺境伯は先の戦争で北の防衛を任され、活躍する機会がなかった。対してストクッズ男爵は大戦果を上げたので、姫殿下を推す同派閥でありながら快く思っていない。
【名に込めれた意味】
パワード:力の友
ハイネケン:酒の友
ロードス:元々は海上交通の要衝として栄えた『島国ロードス』の王家の血筋。岩や石に自身の意志を通わせ、奇跡的な力を持つ一族。また、海にまつわる力を発現する者もおり、海の守護者と崇敬する人々もいる。特に海賊たちに人気が高く、一部では海賊を取り仕切っているとの黒い噂もある。
※入学時はLv32でした。誰かさんに刺激を受け尋常じゃない鍛錬を課し、脅威的なスピードで成長しています。
ユニークスキルが3つある点からして、古の王族の血筋は伊達ではありません。




