54話 女賢者と女勇者
私はマナリア・マギアノ・ストレーガ。
もうすぐ13歳になります。
私の一日は魔封石を作る時間から始まります。
両親が引き起こした魔法実験の大爆発で、総勢24名の貴族子弟が亡くなってしまい、最初はその賠償金のためにしていた研究です。
それも今では完済して、ただただ楽しくて、ネル君のために私の想いを魔石に込めるのです。
「マナリアお嬢様。話術の講師がお見えです」
「……わかり、ました……」
そして学園が始まる前の1時間、私は自分の苦手を克服するために話術の先生をお呼びします。
先生のユーリ嬢はハクゼン準男爵家の三女で、今はドゥーノ子爵令嬢の教育係もされている立派な淑女です。
レディの振る舞いを初め、14歳で迎える社交界デビュタントに備えて学ばなければいけないことは山ほどあります。
その中でも特に私は……会話の練習が必要です。
「マナリア、どういうことだ。またストクッズ家からやんわりとだが婚約解消の話が上がってきているぞ」
ストレーガ伯爵家の当主となられた叔父様は、度々このように私に問い詰めます。
「それと賠償金の支払いはもう済んだのだし、その危険な魔法実験はやめろ。レディはレディらしく振る舞え。でないと本当にストクッズ男爵令息に愛想をつかれてしまうぞ?」
「……叔父様は……魔封石を、私が作るのは……よくないと?」
「当たり前だろう。我が屋敷を爆発されたら敵わん」
「……ですから、専用の場所を……作ってくださいと何度も……お願いしています……」
「女ごときのために魔法実験施設を作れと? とんだ醜聞になりかねないぞ! 『またストレーガ伯爵家は死人を出すつもりだ』などと揶揄されかねない!」
「じゃあ、じゃあ……私の夢は……?」
以前ネルくんからの手紙に『金銭面も解決したので、我が家に嫁がずとも独立して魔法石屋を営むのはいかがでしょうか?』なんて提案を受けた際、私はなんて素敵なアイディアなのでしょうと心がときめきました。
自分の魔法屋さん。
そこでたくさんの魔法を研究して、作って、誰かに新しい魔法を届ける。
なんて素敵なんだって。
「夢だと?」
だけど叔父様はひどく煩わしそうに私を睨みます。
「はあ、夢見がちなのは亡き兄上譲りか……そもそも兄上がしっかり自分の妻を制御さえしてれいば、あのような大惨事にならなかったものを……」
大きなため息を吐き、そして叔父様は断言します。
「女は夢を持たない。女は夫を持つ。それだけだ」
お父様はお母様の魔法の才を愛していました。
そしてネルくんもきっと、私の魔法への探求心を尊重してくださいます。
それが如何に素敵で特別なことなのか……貴族社会に生きていると、痛感させられます。
「はい……叔父様……」
私は気持ちをうまく言葉に乗せられません。
キチンと喋れなくて、トロくて……。
だからネル君の気持ちが、私にないことも……知っています。
そして今もほら、私は誰よりも劣っている花です。
夏至祭のグランドフィナーレで、ネル君とダンスを踊りたいと願い出る令嬢たちはたくさんいると思っていました……まさかそのお相手が、アリス姫殿下やミコト姫で……。
「きょ、今日は……ネル君はもう、楽しんでも、いいと思います……だから、私とダンスを……」
名一杯の勇気を振り絞って、愛されてもいない私はひどく滑稽で。
でもこのままじゃ、私は私を許せないから。
ネル君が大切だから、ダンスを一緒に踊ってほしいと口にします。
「今年の夏至祭がこれほど大成功を収めたのもネルさんの功績が大きいですわ。ですので私とダンスを共にする栄誉を与えますわ」
『才能の宝庫』と謳われるアリス姫殿下は堂々とみんなの前で宣言します。
世界を動かし、貴族を動かし、殿方の心をも動かすのは自分だと。
私にはない自信と、そして実績の伴った王族の威厳が私を霞ませてしまいます。
「ささっ、今宵は妾とネル様のクラスが頂点に輝きましたので。でしたら妾とネル様が演舞に興じるのが粋というものでしょう?」
ミコト姫はネル君にあれだけ打ちのめされて、それでも競い合って、いつの間にか生徒会を共にする仲になっていて……皇国を背負う姫君の覚悟が、ネル君の傍にいるにふさわしい強さを証明しています。
私は……婚約者なのに……。
この中の誰よりも早くネル君の優しさに気付いて……!
誰よりも早くネルくんの魅力に触れて、誰よりも多くの時間を過ごしたのに……!
ネル君が、私に気持ちがないなんてわかりきっています。
それでも!
どうしてもそばにいたい。
こんな私でも、あなたの隣に立つにふさわしいレディになりたくて……たくさん勉強して、話す練習もしてきました。
それでもネル君の周りに集まる方々はすごい人ばかりで、全然届かなくて……!
自分がどうしようもなく嫌になります。
こうして、この場で縮こまりそうになる自分が。
「ご覧になって。ストレーガ伯爵令嬢ったら、姫殿下の御前で無礼だわ」
「ストクッズ男爵令息のご婚約者だからって分不相応ではないかしら?」
「そそもそもストクッズ男爵令息のご婚約者にふさわしくないのでは?」
「ご両親があれだけの魔法暴発を起こして、多くの貴族子弟を殺した悪魔の……お子でしょう?」
「ストクッズ男爵令息だって本気じゃないでしょうに。愛されるはずありませんわ」
「どのような手管手練で、ストクッズ男爵令息を騙しているのでしょう?」
周囲の令嬢たちが……ストレーガ伯爵家に恨みを持つ貴族子弟たちが、ここぞとばかりに私を非難します。
もうこの流れは覆せません。
また、ネルくんに届かない。
私の気持ちも行いも、やっぱり届かない、です。
なにもかも……私の力不足だから、です。
「このネル・ニートホ・ストクッズが騙された、ですと?」
下を向きそうになった私に、顔を上げさせたのはあの人の凛々しい声です。
優しさと強さと、そして穏やかさの中に激情を滲ませたあの人の声です。
「不詳、ストクッズ男爵家は罠を張り巡らす狩人です。騙すことはあっても騙されるほどの弱者ではありません。何せこの通り、成り上がりですからねえ、お嬢さまがた?」
冗談を交えて華麗に笑い、そして刺す。
ネル君は周囲のかしましい令嬢たちに示しました。
自分より下の者たちが何をさえずっているのかと。
「そうやって他人の評判や醜聞ばかりに目を向けるから気付けないのです」
優雅に儀礼用のマントをなびかせたネルくんは、突然に私へ手を向け、そして堂々と周囲に語ります。
「己に目を向け、己と戦い、己を高め続けるマナリア伯爵令嬢は! この場の誰よりも魔法に深い知見がある! 誰よりも巧みに魔法を操れる! みなもたった今、ご覧になったでしょう?」
『ゆえに、諸君。私が尊敬する女性を————』と、静かに言葉を区切りました。
場は静まり返って、その沈黙を支配するのはネル君ただ一人です。
彼が醸し出す圧倒的な空気に誰もが呑み込まれます。
それからネル君は、みんなを恐怖で凍てつかせるほどの冷え切った蒼い瞳で見渡し、涼やかな笑みを浮かべました。
「我がストクッズの名にかけて、我が婚約者を侮辱するのは許さない」
彼女の名を穢す者は、自分の敵だと。
誰の異論も認めないと、力強く言い放ってくれたのです。
ネルくんは……私の頑張りも、私の想いも見てくれていました。
ずっとずっと、見てくれていたのです……!
「私と踊っていただけるかな、マナリア伯爵令嬢」
ネル君は誰よりも優雅なお辞儀をして、紳士の礼節を以って私の手を取ってくれました。
「はい、ネル男爵令息。喜んで……!」
この時だけはすんなりと流暢に言葉が出てきました。
だって胸から溢れる想いが、言葉になって溢れてしまったから。
煌びやかな花火の輝きと、そして胸躍る楽団の音色が私たちのダンスを彩ってくれます。
ネルくんの力強いエスコートに導かれ、時に優しく私の腰に手を添えて支えてくれます。
何度も何度も練習したダンスだから、呼吸するように自然と踊れます。
おかげで全ての神経をネル君に集中できます。
すぐ近くにネル君の精悍なお顔があって、彼の空よりも澄んだ蒼い瞳の輝きにひたることができて……私は幸せです。
互いに軽く触れ合うたびに、心が触れ合うみたいで、燃えるように熱くなります。
私はネルくんが大好きです。
どうしようもなく大好きで、この時間がいつまでも続けばいいと願ってしまいます。
誰が何と言おうと、私はネルくんにふさわしいお嫁さんになってみせます!
「ストクッズ領のみなさん、こちらに、逃げるです!」
だから————
叔父様と魔封石の交渉でストクッズ男爵領に訪れ、異変が生じた今も。
私は叔父様の静止を振り切って飛び出しました。
となり街の『冒険心の街』が危ないと聞いて、急いで馬車を走らせ、途中から自らの飛空魔法で駆け付けました。
ネルくんが愛する街を、人々を、蹂躙されるのを黙って見過ごすなんてできないです!
だって、あのネルくんだって……私の尊厳を守り抜いてくれたのですから!
「シロちゃん、大丈夫です!?」
「はぁっはぁっ……あぁ、マナっち……」
ボロボロになった騎士鎧姿の幼馴染が、シロちゃんが、決死の覚悟で強大な魔物たちを相手に厳しい戦いを繰り広げていました。
シロちゃんもネル君のために、戦い抜いていたと知って胸が熱くなります。
私は何の躊躇もなく、すぐさま【千槍戦争】を発動します。
そこにシロちゃんの【光槍】も無数に加わり、劣勢だった形勢を覆します。
「————【流星大剣】!」
「————【星々の天の川】!」
シロちゃんの剣術と私の魔法が同時に絡み合います。
示し合わせてもいないのに、私たちは一糸乱れぬ連携で敵の攻撃を跳ね返します。
「————【極光の雷撃】」
「————【漆黒の雷雨】」
激しい戦闘の最中なのに、不意にシロちゃんと目が合えば、互いに自然と笑みがこぼれます。
まるでネル君とあの時踊ったダンスのように。
美しい四重奏の旋律に導かれるみたいに、私たちが共に戦う運命であると奏でるように、自然に身体が動きます。
思考が研ぎ澄まされるのです。
あの日の輝きに勝るとも劣らない火花を————
私だって咲かせてみせます……!
「マナっちいくよ!」
「シロちゃん、いくです!」
「————【祝福を呼ぶ朝の剣の女王】」
「————【不滅を呼ぶ夜の花の女王】」
ただただ眩い閃光と、漆黒の闇が芽吹き、シロちゃんをいじめる魔物たちのことごとくを塗りつぶしてゆきます。
私たちの色に染まるのです。
ネル「私と踊っていただけるかな、マナリア伯爵令嬢(よっしゃああああ、婚約者を守るって大義名分いただきい! この流れなら紳士として! 姫騎士やミコト姫のダンスの誘いを断っても父上に怒られないよね! マナリアの悪口を言った令嬢たちグッジョブすぎるうううう!)」




