52話 小悪党の楽しみ
「ふうー、きもちぇえ」
夏至祭という一大イベントを無事に乗り越えた俺は、久しぶりに王都から出て昼寝を満喫していた。
眼下にどこまでも続くのどかな大草原地帯が、果てなき解放感を味わわせてくれる。
「のう。本当にこやつを……寝床にしてもいいのじゃな?」
「おう、モフリルの腹はマジでふっかふかのもふもふでぽかぽかだぞ」
「う、うむ……じゃが、うちのフェンちゃんより獰猛な……神をも堕天させる神獣をベッド代わりなどと……うん? これはなかなかどうりで、ぐーすぴぃ……」
頭に立派な双角を生やした銀髪の少女はモフリルに恐る恐ると近づき、そしてその小さな身体を雄大なる神獣に預けた。
それから数秒もたたずに寝呆けたので、彼女もまた極上の寝心地を堪能できたようで。
「ふぃー平和だ。これだよ、こういうのだよ。もうこれでいいんだよ」
暖かい日差しの中で、俺は魔王ロザリアと共に日向ぼっこをしていた。
【空間封印Lv1】を解除して悪役同士、親睦を深めようと思ったのだ。もちろん誰にも干渉されず、誰にも露見しない場所がよかったので、俺はモフリルを走らせて人目のない大平原を選んだ。
「おい、魔王ちゃん。そろそろ起きてくれ」
「くぅーすぴぃぃ」
「魔王ちゃん、そろそろ陽が沈むから起きろ!」
「ぐぅーがががっずぴっ、がっ……な、なんじゃ!? ってもう夕方じゃと!? お、恐るべし神堕とし……」
「それで【予言者】ってのは、どんな奴でどこから来たんだ?」
さてここからは本題だ。
俺はおそらく【ガチ百合】のプレイヤーである人物について聞き込みを始める。
「うむう? あやつは四天王フェンリルの知己らしくてのう。フェンちゃんの紹介でしばらく我が魔王城に客人として迎えていたのじゃ」
「ああ、人狼族の姫フェンルナ・フェローロか」
「うむうむ。何でもフェンちゃん曰く、【予言者】は未来で起きる出来事を言い当てるらしくてな。魔王軍の軍師になってもらえたら心強いと思い、フェンちゃんが招いたんじゃ」
「それは……なるほど。で、その【予言者】は軍師になったのか?」
「いいや。何でも【終末の笛吹き人】の足跡を追いたいから、旅に出ると言ってな。じゃが我には世話になったと、近い未来に我と覇を競う者らの居場所を教えてくれたのじゃ。それこそが勇者の未来の仲間……ネルらのことじゃな」
「いや、俺は女勇者の仲間にはならないから」
なるほど。
【予言者】については、わかったようで実質何もわからなかった。
だが前も耳にしたけど【終末の笛吹き人】ってのが彼の行動に深く結びついているらしい。
「【終末の笛吹き人】ってのはなんだ?」
「うーむ……それが我もはっきりと理解しておらんのじゃが、【予言者】は『黙示録に記された、世界の滅亡をラッパで告げる七人の天使』だと語っておった」
ラッパを吹く七人の天使?
だから終末の笛吹き人なのか?
「それはまた不吉の前触れみたいな奴らだな……」
「ネルも未来を見ているのじゃろう? てっきり、【終末の笛吹き人】の脅威を知っいるのかと思っておったぞ。何せ【予言者】はその影にひどく怯えているようじゃったからな」
黙示録に記された七人の天使か……何か手がかりがわかれば、俺も調査に加わろう。
「【予言者】の動向や、【黙示録の笛吹き】について情報が入り次第、俺にも共有してほしい。もちろん俺からも何かわかったら知らせる」
「うむ、承知じゃ。共に破滅を回避するのじゃ」
俺は悪役同士の約束を結べそうな雰囲気に、ひとまずは安堵する。
「それはそうとネルよ。貴様の国の外道貴族に狩られ続けているハーピィ族の保護の話、しっかり頼んだぞ」
「ああ。代わりに【一角獣】と【不老の海獣】の角を定期的にストクッズ大商会に卸してほしい。もちろん幼体から生体に角が生え変わる時の物で構わない」
【一角獣】の角は【聖なる乙女の証】を作るのに必要だ。これはユニークスキル【聖撃の戦乙女】に目覚めるためのアイテムで、戦争編ではただの村人なんかをヴァルキリーに仕立てあげて、敵兵力へ当てたりしていた。
そして【不老の海獣】は貴重な【万能薬】の素材になる。
とりあえず俺たちはこんな感じで、定期的に互いが望むものを提示しあう同盟を結んだ。
魔王ちゃんを解放した後は、星空の下で心地よい夜風を楽しみながら、モフリルともうひと眠り堪能する。
『スキル【ヒモ】が発動。【条件:知人が死闘を繰り広げる最中に惰眠を貪る。合計5時間を達成】』
『Lv96 → Lv101にアップしました』
うおっ。
最近は寝ても全然レベルが上がらなかったのに、今回は一気にレベル5も上がったぞ!?
しかもあれ? 【ガチ百合】ってLv99が上限だったはずなのに……なんか限界突破した?
『スキル【ヒモ】が発動。【条件:奴隷少女が自分に代わって、自領の民3000人以上を危機から守る】を達成』
『スキル【陽魔法Lv3 → Lv4】にアップしました』
『スキル【聖剣術Lv1】を習得しました』
『スキル【ヒモ】が発動。【条件:婚約者が自分に代わって、自領の民3000人以上を危機から救う】を達成』
『スキル【冥府魔法Lv5 → Lv6】にアップしました』
『スキル【魔導の深淵Lv1】を習得しました』
わあお。
なんか知らんけどシロナとマナリアが、ストクッズ男爵領で大活躍してくれているみたいだ。
そういえばマナリアのやつ、夏至祭が終わった途端にストレーガ伯爵領にとんぼ帰りしたはずだよな?
うちとの魔封石の取引きの件で、マナリアの叔父であるストレーガ伯爵についていって交渉するとかどうとか。その関係でストクッズ男爵領にも訪問するって言ってたっけ。
「ご苦労なこった」
俺はまだまだ惰眠を貪るか迷い、腹が減っているので大人しく寮に戻ることにした。
それからパワード君と一緒に肉を豪快に食べ、ちょっと夜練なんかもしたりして学生らしく青春を謳歌する。
ほどよい汗をかき、パワードくんと一緒に学生用の大浴場にも入る。
最近は風呂上りの一杯ってやつがたまらなくて、パワードくんの夜練に付き合っているけど、これがなかなかにクセになるのだ。
疲労が蓄積した気怠い身体を風呂で溶かし、癒す。
そして水分を求める弛緩しきった身体に、キンキンに冷えた苺牛乳をゴクゴク流し込む快感ときたらもうっ! たまらない!
もはやビールより最高かもしれない。
「おう、ネル。今日もいい日だったな」
「ぷはああああああああっ、最高だなあパワード」
「おうよ」
「ふふっ」
腰に手をあて、俺たちはフルチンでグビグビと苺牛乳を飲み干した。
そして明日の平凡で最高に退屈な講義に備えて就寝する。
幸せのベッドに包まれ、ほんわか意識を手放せば、天使たちがお迎えにきてくれ————
「ネルさま! ネルさま!」
「ぽ?」
俺たちの寮部屋の扉が、深夜0時を回る頃に激しく叩かれた。
「メイドのメリーでございます! 至急、お目通りをお願いします!」
「メイド? あ、うん」
深夜の学生寮にはよほどのことがなければ使用人は入れない。
うちのメイドさんも、普段は王都内にあるストクッズ男爵家の別邸で生活をしており、そこで俺の着替えやらを洗濯して昼間のうちに寮に運んでもらっている。
「パワード。夜分遅くにうちのメイドがすまない、いいかい?」
「あ、ああ……もちろんだ。いついかなる時も戦場だと思って寝てるしな」
無駄に意識の高い返答をしてくるパワード君にひとまずは頷き、俺はメイドを寮部屋へと通す。
するとやはり事態は緊急を要するのか、暗がりの中ですらメイドの顔色がひどく悪いとわかった。
「ネル様。落ち着いてお聞きください」
「ああ、どうした」
「ストクッズ男爵領がモンスターの大群による襲撃を受け、街の一つが壊滅的な打撃を受けたとのご報告が早馬で……さきほどっ!」
「襲撃? 父上は無事か? ストクッズ騎士団は?」
「詳しい状況は不明でございます。旦那様も陣頭指揮に立っておられるようでして……早馬で知らせに来た騎士によると、ヘリオ様のご指示のようです」
「そうか……俺が寝ている間に……」
ヒモスキルが発動したから誰かと戦ったのは知ってたけど、まさかそんな大事になっているとは夢にも思っていなかった。
しかしヘリオやシロナ、そしてマナリアがいるのに苦戦するほどの相手なのか?
「敵はただのモンスターなのか?」
「ご報告によりますと一定の統率力が見られると。また、人語を介する大悪魔と獣人タイプのモンスターが強力だとか」
大悪魔に獣人だと?
どうにも引っ掛かりを覚えるも、メイドに詳しい報告を聞きながら急いで出立の準備を進める。
しかし俺が将来、相続する地を荒らす不埒な輩が現れるとは……。
「やってくれたな。クズが」
なぜかメイドもパワード君も俺を見てブルブルと震えあがっていた。




