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50話 魔王ちゃん


 後夜祭の空に突如として姿を現したのは、あと三年半後に王国を苦しめるはずの魔王ちゃんだった。


「どれ、いちいち探すのもめんどうじゃ。死にさらせ」


 ちょっ、まっ!

 俺が制止する間もなく、彼女から不穏な魔力の流れを検知する。

 まだまだ幼さの残る彼女だが、問答無用で【夜の崩御(ほうぎょ)】を発動してきた。

 それは夜の王が亡くなり、無形の闇の王冠が逆さま落ちる黒魔法だ。無論、闇の王冠は鋭く巨大であり、そんなものが落ちてきたら会場のみんなの命はあぶくとなって消え失せる。


「————神々の守りを砕き、(またた)かせよ————【絶対の星空(アイギス・エトワーレ)】」


 俺はスキル【絶対の盾(アイギス)Lv6】で習得する魔法をどうにか短縮詠唱で発動し、空中の至る所で【絶対の盾(アイギス)】を展開させる。

 迫りくる数多の闇を、無数の光盾が受け止める。

 闇と光が拮抗し、激しい明滅を爆散させた。まさに星空からあふれ出た星屑のごとく、ド派手な銀光の煌めきが周囲を照らし尽くす。


 学園内の生徒や貴族父母たちは、これらも演出の一部であると勘違いしているようだが、全く以ってそんなわけがない。


「パワード! カーネル伯爵令嬢!」


 俺の鬼気迫る呼び声に、巨漢の同級生はすぐさま頼もしい反応を見せる。



「あいつか……! 任せろ、【巨像の城塞ロードス・フォートレス】!」


 パワード君の激昂と同時に、会場の綺麗に舗装された石畳がメリメリと一人でに剥がれてゆき、それらは瞬時に彼の四肢を覆い尽くす。

 その勢いは止まらず、どんどん瓦礫を身体に吸着させて巨大化する。

 高さ10メートル超えの巨人となった彼は、躊躇なく剛腕を魔王ちゃんへと振るった。


 しかし空中を自由に移動できる魔王ちゃんは、彼の一撃を容易くかわす。


「うむ? 我が【夜の崩御】を防ぎ切った? 人間にしては反応速度が速いのう……? まあよい、次の一手じゃ————【血割(ぢわ)れの炎獄】」


 魔王ちゃんは自身の指を噛みきると、空中にその血痕を走らせる。

 すると空間そのものをバキバキと歪ませ、地割れのごとく亀裂を走らせた。

 そこから這い出るは地獄の業火。

 一度触れたら焼き焦げるまで決して消えない、苦しみを刻む最悪の炎だ。


 しかし、キュクロファーネ・メルヘン・カーネル伯爵令嬢であれば————



「ネル様、遅くなりましたよん! 火花よ、我らが剣身につどえ、鍛え打つ」


 カーネル伯爵令嬢は小柄な体躯にあるまじき、巨大すぎるハンマーを取り出していた。豪華なドレス姿とはギャップのありすぎる武器を軽々と振り回し、急速に広がりつつある炎獄の行き先を強制的に導こうとしてくれる。


「カーネル伯爵令嬢! こちらへ!」


 俺は【演舞春式Lv3】の【夜風に舞う】を発動しながら、空中を疾駆する。同時に【宝物殿の守護者(アイテムボックス)】から取り出した剣を掲げた。

 カーネル伯爵令嬢は俺の意図を正確に汲んでくれ、その巨大なハンマーの振るう先を俺が握る剣に変えてくれる。


「打ち鳴らすよん————【鍛冶の巨神(キュクロプス)】」


 彼女のハンマーと魔王の炎獄、そして俺の剣が合わせれば炎獄を纏いし魔法剣が即席で完成した。


「な、なんじゃと!? もはやこの時点で(・・・・・)、勇者の仲間はすでにここまで成長しておるのか!?」


 俺は魔王ちゃんから聞き捨てならない単語を耳にし、魔法剣を振るいつつも会話を試みようとする。


「魔王ロザリア! 俺の名はネル!」

「ほう、人間のネルよ。よくぞ我が名を知っておったな」


 魔王ちゃんは俺の魔法剣に対抗するように、黒い槍をどこからともなく取り出し打ち合いを始める。

 クソッ、予想よりもパワーが強い。

 

 俺はすぐさま【春花春闘(しゅんかしゅんとう)Lv1】と【黒魔法Lv5】の複合スキル【夜桜散らす剛拳】を発動。

 筋力の大幅アップに加え、動くたびに夜桜が舞い散るバフは、俺の華麗さと苛烈さを増してくれる。


 周囲に夜桜が花吹雪き、俺の魔法剣の炎が舞い上がった花弁に引火する。

 それらは魔王ちゃんへとうまい具合に降りかかろうとするので、彼女の槍さばきが鈍る。


「ここに来たのは一人か? 四天王は?」

「ほう、我が配下も把握しておるとはのう。なに、我が四天王には別のことをやらしておる。ここは我との戦いを存分に楽しむがよい」


 互いに高度な魔法を交えながら、近接戦闘も華麗にこなす。

 未だに鳴りやまない花火をバックに、俺たちは空中で激しい攻防は繰り広げる。


「どうしてこの学園に、こんな時期に来た? 目的を言え」

「もちろん、未来の勇者の仲間が成長しきる前に……屠るためじゃ!」


 やはり、こいつは『ガチ百合』を知っている。

 女勇者(しゅじんこう)が入学する三年前から、女大賢者マナリアと姫騎士アリスがこの学園にいると踏んでカチコンできやがった。


「ロザリア! お前もガチ百合のプレイヤーなのか!?」

「がち、ぷれ、なんじゃ?」


 ん?

 プレイヤーじゃない?


「お前はなぜこの学園に女勇者の仲間がいると知った?」

「【予言者】に聞いたまでじゃ」


 予言者?

 なんだそれ。そいつがガチ百合のプレイヤーって線はありえないか?

 でも待て。

 じゃあそいつの目的はなんだ?


 仮にこの時点でマナリアと姫騎士を魔王に殺させたとして、そしたら【ガチ百合】の世界線みたいなものは崩壊するんじゃないか?

 それこそ女勇者の主要パーティーが早々に退場した場合……女勇者に討伐されて仲間になる魔王ちゃんルートも消えるのでは? そして世界は魔王の手に落ちてしまう?

 そんなのが予言者とやらの狙いか?


 まあ俺としては女勇者が死んでしまう世界線も、俺の死亡フラグを消せる可能性があるので歓迎ではある……?


「その予言者って奴はどんな人物だ?」

「んん、人間の中年男性だったのう」


 どうでもいいけど魔王ちゃんって素直だよな。

 聞いたことをここまでスンナリ答えちゃうところは、本当にガチ百合そのまんまの性格をしている。そしてその戦闘スタイルも記憶の通りで、やはり戦い甲斐のある強キャラだ。

 これで【ガチ百合】では中ボスの立ち位置だったのだから、改めてあのゲームの戦闘バランスは白熱できる心地よさがあった。



「よし! 魔王ちゃん、一時停戦————」



「ネルさん、遅れましたわ! 【天翔ける金剛席ペガサス・ダイヤモンド】!」

「ネルくん、だいじょぶ? 【黒き絶望の毒薔薇(ブラック・ロータス)】」



 ひょっ。


 とっさの悪寒に振り返ると天馬に乗った姫騎士が、城をも砕くバカ力で魔王ちゃんに突進してた。さらにはマナリアさんが、敵の魔力を骨の髄まで吸収し尽くす黒薔薇を咲き乱したようで、魔王ちゃんの自由を束縛しかけている。



「こ、こんなの無理ゲーじゃろ……」


 ちょっ、お前ら!

 マジで邪魔すんなって!


 そこで俺はハタと気付く。

 そういえば、俺ってば魔王戦はほぼ女勇者一人で乗り切っていた。メンタルうんぬんでパフォーマンスが左右されるメインヒロインどもは、もはや歩く人形と化していたわけだし。

 つまり魔王と一対一の状況だったから、あれほどひりつく戦闘を味わえたのだと。


 ……何もガチ百合の戦闘バランスが神なのではなかったのかもしれない。


 そしてどういうわけか、今ではマナリアも姫騎士もLv70超えの強者になっている。そんな勇者パーティー二人が俺の援護なんてしちゃったら、完全に魔王ちゃんは滅されてしまう。

 ゲームバランスがっ、神戦闘システムがっ!


「このまま押し切れますわよ! 【触れられざる高貴(エーデルワイス)】!」

「わかった……ヤるます……【戦争千槍(せんそう)】」


 ちょっ、まっ!

 ちきしょっ、俺の死亡フラグを消してくれるかもしれない魔王ちゃんうぉっ!

 やらせるかあああああああああああああああああ!



「くおおおおおおおおおおおおおッッ、空・間・封・印!」



 俺は咄嗟に【空間封印Lv1】で、弱りきった魔王ちゃんを空間ごと封印した。




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しまっちゃうおじ..お兄ちゃん
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