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49話 降臨



「ふあああ、きもてぃ」


 今日は夏至祭の当日。

 学園内の生徒たちはてんやわんやで大盛り上がりだ。催しもののために動き、貴族父母たちを迎え入れるのに忙しない。


 だが俺は全てがめんどうなので、自寮でうつらうつらと寝入っていた。

 ふいいいい、みんながあくせくしてるなか自分だけモフリルのふわふわベッドで怠惰に過ごすとか、背徳の美味でしかない。

 今頃俺のクラスメイトたちは、ミコト姫を陣頭に全力でゲストの方々をお出迎えしてるんだろうなあ。


 あ、俺?

 俺はほら、生徒会やらなんやらの関係で多忙極まる! って思われてるので、全ての仕事を免除されている。


「ん……? 俺の隣にかすかなぬくもりが……?」


 ふとモフリルのおけ毛にさっきまで人肌が接していたような……そんなじんわりとした温かみに触れる。

 いや、俺は一人で寝ていたし寝返りのあとか?

 まあ細かいことは気にせず二度寝を堪能しようじゃないか。




「————【影結びの門(シャドウ・ゲート)】。ネルくんと、添い寝……」


 意識が温かなまどろみに落ちる寸前、不吉な声が聞こえた気がした。






 俺は今、肩で風を切って歩いている。

 学園内で通り過ぎる大半の連中は、俺を見れば足を止め、一礼して道を譲る。


 俺の背後には、和装の面々が付き従うようについてくる。カーネル伯爵令嬢やコシギンチャ男爵令息、レイ伯爵令嬢とグラノリア子爵令嬢、そして婚約者のマナリア伯爵令嬢がいる。

 さらに隣には袴姿のパワード辺境伯令息が堂々と歩き、俺たちは各クラスの催しものを見て回っていた。

 無論、俺も自分のクラスのコンセプトに合わせて和装を流麗(スマート)に着こなす。


 おらおらザコども道を開けろ!

 夏至祭だからってはしゃいでんじゃねえぞ!

 華麗なる華族が! ジャポン風のお貴族様のお通りじゃ!


 俺はいつにも増して眼孔鋭く周囲を見渡す。視線の先にはクラスメイトたちが最もライバル視していた、ディスト王子殿下のクラスがある。


「おお、ネル。来てくれたか」

「伺いますとも」


 王子自らの出迎えとは俺も偉くなったものだ。

 周囲の生徒たちの反応からもよほどの待遇だったらしく、とてもきもちぇえええええッ!


 ちなみにディスト王子のクラスはメイド喫茶らしい。

 以前、俺が贈呈したエロ本『巨乳なる肉奴隷たち』の巨乳メイドに強い影響を受けてしまったのか、ミニスカで胸元がけっこう開いたメイド服デザインになっていた。

 しかしたかだか12、13歳の小娘に着せたところで貧相だろうにと思ってしまう。それに父母受けもよくないだろう。

 なぜなら貴族である自分たちの子供たちが、召使の真似事をする姿なんて見たくもないだろうに。


 その辺の心の機微、というか家臣の心情を掴み切れないところが姫騎士に及ばぬところなのかもしれない。

 まあ完全に趣味に走ったってわけだ。


 俺はそこそこにディスト王子の催しものを褒め称え、次に自分のクラスを案内させてほしいと申し出る。

 もちろんディスト王子はこれに快い返事をくれた。


 ふぅー完璧すぎるぞ俺。

 ここまで順調だともはや笑えてしまう。

 そんな内心を腹の奥底にしまい込み、俺は父上が来る(・・・・・)であろう(・・・・)タイミングでディスト王子を引き連れる。

 本来であればその高貴なる立場上、俺たちの二歩前を歩くはずのディスト王子殿下は話し相手に俺を選んだ。その距離はおよそ一歩前。

 これはもはや俺が腹心の立ち位置であり、俺の派閥を殿下が大切になさっていると周囲に喧伝するにふさわしい。


 こんな俺の姿を父上が目にしてみろ。

 出来る息子だと目を輝かせ、安心して全財産を相続するにふさわしいと思ってくれるに違いない。

 父上、俺は大丈夫ですよと。


 言いつけ通り上手くやれてますので……その、ミコト姫との関係悪化は目をつぶってください。案内役ほっぽり出してすみません!

 よし、これでどうにか言い訳が立つよな?

 

 そんな風に戦々恐々と父上を思えばこそ、自然と視線は鋭くなってしまう。

 周囲にも俺の緊張感が伝わったのか、ディスト王子ですら『高等部に上がった際の夏至祭ぱいぱい計画』の話題を打ち切ってくれた。


「うん? あの者は……ネル、きみの父君か?」

「さようにございます」


 父上は外行きの厳めしい表情で、俺のクラスの前で待ち構えていた。

 どうやらカーネル伯爵やレイ伯爵、ストレーガ伯爵を初めとした同派閥の大人たちも一緒のようだ。

 親と子の一同が介し、さらなる緊張感が深まる。

 

「これはこれは、ディスト王子殿下」


 そして各貴族家の当主たちが次々と臣下の礼を取り、王族への忠義を示してゆく。それから軽い挨拶が終わって、初めて我が子たちと言葉を交わす。


「ネルよ、息災か」

「御覧の通りです、父上」


「ふむ……ロードス辺境伯令息と共に在るとはな」


 どうやった?

 そんな擬音が聞こえてくるが、そこは戦闘系の講義で切磋琢磨する学友と紹介しておく。


「喜ばしい限りだな。私はてっきりミコト姫殿下と親交を深めていると思っていたのだが」


 チクリと刺してくる父上。

 やっべ、これきっとジャポン小国伝いで何か報告がいってるかもしれない。


「まあ王子殿下に立ち話をさせてしまうのもなんだ、さっそくネルの集大成を見せてもらおう」


 父上がそう言い出せば他の父母たちもまたクラス内へ足を運ぼうとする。

 あ、やっべ……俺ってばクラスの催しもののギミックとか理解してないから、どう案内すればいいのか全くわからん。

 ここにきて最大の問題に気付き、俺は絶望しそうになった。


 さっきまで意気揚々と周囲を気圧しながら歩いていた自分が恨めしい。どうして対策してなかったのかと。

 そんな焦燥に押しつぶされそうになったとき、まさかの介入者が現れた。



「ストクッズ男爵。おひさしゅうございます」


 雅な和装をひらりと着流すミコト姫が、これまた丁寧な所作で挨拶をしてきたのだ。ピンクのロングツインテールを可愛らしく結い上げつつも、和装といったチグハグなファッションだが不思議と様になっている。


「おお、これはこれはミコト姫殿下。本日もジャポンの姫君は美しい(あけぼの)のごとく輝いておりますな」


「お上手ですね。ですがご子息の輝きの前では霞みます」


「ほう? 私としましては、愚息が御身にご無礼を働いていないかと戦々恐々しておりましたが……」


 チラリと俺へと視線を飛ばす父上。

 やっばええ。絶対にバレてる。


 ああ、ここぞとばかりにミコト姫が俺を糾弾しまくるんだろうなあ。

 俺はもはや放心状態で二人のやり取りを黙認する他ない。


「いえ! むしろ、その……ストクッズ男爵令息にはよくしていただいております」


 おん?

 ミコト姫よ、なんでちょろっと頬染めてこっち見た?


「ご令息からは多くを学ばせてもらっております。もっ、もちろん! (わらわ)もご学友の立場で、切磋琢磨させていただいおります」


 ええ?

 俺から視線をすぐさま逸らすも、なんか互いを刺激し合うめっちゃいい関係みたいなこと言ってないか?

 あんだけ避けてて、今もろくに目を合わせてくれないのにい?


「しかしミコト姫殿下。風の御噂ですと……愚息は殿下の案内を放棄し、あまつさえ殿下に恥をかかせたと」


「今ではわかります。なぜストクッズ男爵令息がそのような振る舞いをなさったのか。そしてそれら全てがふさわしい行いであったと確信しています」


 まじで?

 なに意味不明なこと言ってるんだ?

 なんか狙いでもあるのか? ここまで持ち上げておいて、こっからこき下ろすうううう! 的なトラップか?


「ストクッズ男爵令息を通じて我が皇国の『和』が何たるか、その真髄を見ましたわ。それに彼は……馴染めない(わらわ)のためを想って、クラスの催しものに素晴らしいご提案をしてくださったの。感謝こそすれ、恨みなどございません」


 キッパリと俺への感謝を口にするミコト姫に対し、父上は険しい顔つきから一変し、瞳を潤ませ穏やかなものになっていた。

 なぜか『そうか、ネルよ。お前はもはや私の想像のつかない手段で、ミコト姫との友好な関係を手中に収めたのだな……あっぱれな成長を遂げてくれた』と感動している様子だった。



『スキル【ヒモ】が発動。【条件:和の姫君が自分に代わってクラスの催しに必要な諸々の作業を本番までこなしてくれる】を達成』

『スキル【四季降(しきお)り剣術Lv1 → Lv3】にアップしました』

『スキル【演舞春式(えんぶはるしき)Lv1 → Lv3】にアップしました』


『スキル【ヒモ】が発動。【条件:和の姫君が父との軋轢を消化してくれる】を達成』

『スキル【演舞夏式Lv1】を習得しました』

『スキル【演舞秋式Lv1】を習得しました』


『スキル【ヒモ】が発動。【条件:和の姫君が自らクラスの催しを案内してくれる】を達成』

『スキル【演舞冬式Lv1】を習得しました』

『スキル【春花春闘(しゅんかしゅんとう)Lv1】を習得しました』



 おっほ!

 しかもヒモスキルのオンパレードだぜひょっほいいいいいい!

 なんかよくわからんけど結果オーライでよかった。


 そんなこんなで夏至祭は終わりを迎え、いよいよグランドフィナーレの後夜祭へと移っていく。

 貴族の父母がたは大人同士の会話に花を咲かせつつも、我が子らのクラスが表彰されるのではと期待に胸を躍らせていた。

 今年の夏至祭は趣向がこっていて、概ねの評価は上々らしい。



「ふう……」


「ネルくん……つかれた……?」

「おい、ネル。お前も大変だったな。生徒会やらなんやらでよお」


 マナリアとパワード君が俺の心労をねぎらってくれる。

 実際、俺は夏至祭でなんもしてないけど、精神的に疲れたのは事実だったのでそれっぽく頷いておく。


「みなさんのおかげでどうにか乗り切れたよ。あとはほら、先輩方と王子殿下にお任せですので」


 ディスト王子の派閥が集めた宮廷きっての一流音楽家たち。

 そして姫騎士の派閥が準備した凄腕の魔法花火師たち。


 それらが織りなす芸術的なデモンストレーションが、夜闇迫る学園で華々しく花開く。

 曲に合わせて咲き乱れる光と魔法のイリュージョン。

 その輝きは、大いに人々の心を煌びやかに灯してくれた。



『第三位は三学年のBクラスです! 【王国戦争史】を立体的な映像魔法で解説した手腕は————』


 生徒や貴族の父母たちは光の下で、優雅にダンスを楽しむ。

 そして上位クラスが発表されるごとに、その曲調と花火の勢いは劇的に変わり、ドラマティックな(いろど)りを添える。


『第二位は同じく三学年のSクラスです! アリス姫殿下主導による【星界(せいかい)の模造鏡】は近年稀に見る大発明かと! これにより星の観測方法が——』


 誰が誰にダンスの誘いを申し込むのか。

 駆け引きの中に込められた想いが、貴族の少年少女たちの胸を躍らす。


『そして栄えある第一位に輝いたのは! なんと一学年のCクラス! 【涼やかジャポン喫茶】です! 格式高い大和皇国の伝統文化を王国式に昇華し見事な————』


 特大の花火が打ち上がり、後夜祭は最高潮を迎える。

 そして誰もかれもが浮かれた夜をつんざくように、その光弓(こうきゅう)たちは巨大な双角を持つ悪魔の火花となった。


 ん、あんな演出はあったか?

 俺は自分のクラスが1位を取れた喜びよりも、おかしな花火の形に意識が向く。


 先ほどまで豪華絢爛であった花火の宴は、今やおどろおどろしい夜空の轟きへと塗り替わってしまった。


 情熱と力の赤は、血と炎の赤へ。

 高貴なる権威の紫は、疑念と裏切りの紫に。

 穏やかな育みをもたらす緑は、全てを腐敗させる猛毒の緑へ。



「これが人間なりの(・・・・・)楽しみかたか、興味深いのう」


 そして俺は花火が打ち上がる中央にて、忽然と夜闇に浮遊する少女を発見する。

 彼女は月よりも美しい銀髪をなびかせ、その頭には全ての魔族を統べるにふさわしい魔力を内包した双角を冠していた。

 そして血のように染まった紅玉の瞳で、学園の人々を睥睨しているではないか。


「ふむ。ここに未来の勇者を支える者がいると聞いて来てやったのじゃが」


 俺の記憶より彼女は幼い。

 が、面影はくっきりとある。



「え、魔王ちゃんじゃん……どうしてここに……?」


 俺がそいつを見間違えるはずもなかった。



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