48話 皇姫のルーティーン
妾は命。
『大和皇国』の第二皇女であります。
無論、世界基準では『ジャポン小国』で通っている我が皇国ではありますけれど、それは大変に遺憾です。
ジャポン小国。
これが如何に侮辱的で差別的であるか、本来の国名すら名乗れないのが大和皇国の現状であります。
大和皇国は10年ほど前に、アメリオ帝国との戦争によって大敗いたしました。
それ以降、我が皇国は平和統治の名の下に、あらゆる財閥や軍組織が解体され牙を抜かれました。敗戦国の末路は、大国に蜜を届ける働きアリと化したのです。
今や国の指針を決定する首脳陣、『十八の大陣』に着任している者のほとんどが他国の息がかかった者たちです。
そして先の大戦の責任は全て皇族にあると非難を集中させ、皇族の旗印に集った大和人たちの魂をも切り裂いたのです。
結果、我々は強い結束力と信念を失い……アメリオ帝国を主導に、近隣諸国の間接統治に甘んじる立場となりました。
「悔しい……大和が歩んだ歴史すら正確に残せないなんて……」
大和のために戦い抜き、そして散っていった武士たちの慰霊碑に刻まれた文字を見て妾は怒りに震えます。
『もう二度と過ちは繰り返さない』
戦争は悪。私たちは大きな過ちを犯したと。
戦わなければ蹂躙されていたのに? 何が過ちか。
軍事施設どころか多くの一般市民が住む区域に……無差別に極大魔法を落としたアメリオ帝国に、『もう二度と過ちは繰り返させない』でしょうに。
「悔しい……国民の税率ですら、自国だけでは定められないなんて……」
現在、大和皇国は周辺諸国に喰い潰されるエサになっています。
『大和皇国の豊かな木々を伐採して、我が国で大量の建築物を作ろう。森の神々や精霊が枯渇する? ハゲ山になる? 植林は大和人の税金で再生させればいい』
『大和人は勤勉すぎるな……これではすぐ我が帝国より成長してしまう。そうだ、全ての物に税金をかけて活気をなくそう。消耗税、なんてどうだろうか? 国民全体を困窮させ弱らせよう』
『大和皇国の民は精霊水を飲料としているのか。よし、我々が全て買収管理して水道税を設けよう。大和民の大半から搾取できるぞ!』
『大和人の力の源は食か。であるならば農家を苛め抜こう。農家への支援は全て打ち切れ! ほれ、外国産の食物は安いぞ~大和農家は潰れろ~!』
『大和伝来の食物を栽培する農家に罰則を与える。でも外国産の種を栽培した者には褒賞をやろう。おっと新種の開発は禁止だ、これだけ作ってろ! この種だけウチから買ってればいいんだ!』
『どんどん税を増やせ! 大和から金持ちが逃げ出すよう仕向ければいい! 投資家がいなくなれば、新事業も新設備も増えず、雇用も増えぬ! 大和の税収も右肩下がり! 力を奪え!』
『大陣たちよ頼んだぞ。そのように法案を通せ。さすれば富を授けよう』
我が皇国のライフラインは、皇国の行く末を決定する『十八の大陣』によって売り飛ばされています。
彼らのバックには外国勢力がついており、皇国の権利を売り飛ばす代わりに大量の支援金をもらっているのです。
『ん? うちの方針に逆らうなら水道税上げちゃうよ? ほれ、水は必要だろう?』
『食糧を売ってやらんぞ? 餓死したいのかね?』
結果、外交面どころか内政すらやられっぱなしです。
民は生殺与奪の権を握られ、重税に搾り取られ、疲弊させられ……完膚なきまでに隷属化を強いられる。
「大陣たちに、大和魂はないのですか……妾にもっと力があれば……!」
ですが全員の大陣が外国におもねっているわけではありません。風前の灯ではありますが抵抗を続ける者もいるのです。
妾だって彼らと同じ想いを共にしています。
10年前……全てを蹂躙されるのを否とし、決死の覚悟で戦った先人たちに顔向けができません。
私は当時2歳で何の力もありませんでしたが、未だに我ら皇族を支持してくださる者たちは『このままでは大和が滅ぶ』と憂いております。
だからこそ、強力な王権で巨大な経済力と軍事力を維持している【オルデンナイツ王国】に留学すると決心しました。
かの大国で学べば、きっと大和皇国にいる家族を! 友人を! 民を外国の圧力から解放できると信じて……!
搾取されるだけの日々に終止符を打ってみせます!
「はい? 妾の案内役であるストクッズ男爵令息が来ていない?」
しかし入学初日の出迎えは侮辱そのものでした。
ストクッズ男爵は最近になって、皇国の土地を大量に買い漁り……貿易で頭角を出し始めた新進気鋭の取り引き相手。
彼は莫大な財力で、腐敗し切った我が皇国の政治屋を抱き込んでおります。だからこそ彼と懇意になって売国奴を把握する。そして来たるタイミングで、彼と関係のある者どもを粛清しようと画策しておりました。
しかしストクッズ男爵と言葉を重ねるほど、彼が何を求めているのか真に理解してゆきました。
まず彼は『消耗税は撤廃すべきだ』と、妾に強く進言してきたのです。
『貴国に運んだ商品は消耗税のおかげで値上がるので、売れ行きがよくない……逆に我が王国では消耗税なんてものはないので、貴国の商品は安価で売れ行きが好調だ』と語る。
しかし、このままでは王国職人たちの商品が買われづらくなるので、我が王は自国民を守るように動く。すなわち貴国の商品すべてに10%の関税をかけるなど。そうなれば、貴国は物も売れず、物を買えない国になる……となればストクッズ大商会が、貴国に支店を構えた意味がなくなってしまう。
『そもそも商売とは人々を豊かにするもの。その理念に反し、【搾取】に舵取りをする貴国とは……長いお付き合いはできない』とキッパリ言われました。
彼の商人としての高い志は、大和魂に通ずるものがありました。
さすれば妾がストクッズ男爵と組み、彼の影響力を皇国内でも強くすれば不当な税の撤廃が叶うかもしれません。
民への負担を減らし、利権を貪るだけの腐敗豚を是正するきっかけになるかもと……。
結局は妾も外国勢力の手を借りるので、いずれは見返りを要求されるのでしょう……それでも、現状を少しでも打破できるのならと動き続けています。
だからでしょうか。
妾と同い年でありながら、立派な父君の庇護下で、安穏と学園に通うストクッズ男爵令息に苛立ちを覚えるのは。
皇族の歓待すらできない意識の低さ。
我が皇国を蔑ろにする知性の乏しさに、不真面目さと傲慢さ。
その全てが許し難い。
彼への怒りをぶつけるように、模擬戦相手はストクッズ男爵令息を選びました。
その結果————
妾こそが傲慢であり、未熟であると思いしらされました。
「ミコト姫、これでおわかりいただけたでしょうか。共に手を取り合えばこそ、このような素晴らしい武踊を舞えましょう」
彼は大和皇国が誇る【武士】をも凌駕するほど、【四季神術】に深く精通していたのです。
皇族の妾を指導し、圧倒的な差を示すほどに。
己の傲慢が恥ずかしい。
彼の言葉の裏は正確に理解したつもりです。
『これでわかっただろう、未熟者が』
『貴様には俺と手を取り合えるほどの実力があるとは思えない』
『このような無様な武踊しか舞えぬなら、まだまだ俺の隣に並ぶのは早い』と。
だからこそオルデンナイツ王国の案内役を自分がするのはおかしな話だと突き付けたのです。
そして彼は手のひらを返すように、次の日からなぜか殊勝な態度で妾に接するようになりました。
正直、何を考えているのかわからず不気味でした。
しかし彼の術数権謀は深淵のごとく、ペコペコする彼を見て『妾は実力では勝てないから、権力を笠に着せた見苦しい皇族』と周囲の目に映ったのです。
見事な立ち回りと言わざるを得ませんでした。
男爵位という弱小の立場でありながら、強権を凌ぎ返す強さ。まさに今の弱りきった大和皇国の手本のような立ち回りです。
そして妾が悔しさに濡れ、勉学に焦るばかりの日々を送っていると……ストクッズ男爵令息は、華麗に妾の予測を凌駕してくるのです。
「妾が生徒会役員に招かれた……? しかもストクッズ男爵令息がご提案された、ですか?」
彼は……あろうことか軽々と有言実行を成したのです。
『手を取り合えば、素晴らしい武踊が舞える』と。
『その環境も場も整えた』
『あとは貴女の実力次第だ。乗ってくるか?』
『これが俺流の王国案内だ、ついてこい』
とでも言わんばかりの力強い動きに、妾も必死に食らいつきます。
だって少しは妾の努力を認めてくれたような、そんな気がしたのです。
同時に彼には……父君や上の者から示された道を歩むのではなく、己で考え道を切り拓く力があると気付かされました。
今の妾に……大和に足りないのはコレだと……確信しました。
さらに夏至祭の会議では、学園でも優秀どころの先輩方を抑え、自分の立案を形に持っていく強かさを見ました。
女性の下着を開発だなんて、なんて下品なのでしょうと思った瞬間もあります。
ですが、ですが……彼は途方もなく、どこまでも紳士だったのです。
いざ、ぶらじゃーなる物の試着会が行われると彼の眼差しは誰よりも真剣そのものでした。
「ミコト姫、失礼いたします」
最初は彼の邪念を疑った妾ですが、物凄い気迫で細部まで研究し、いかに良い物を提供しようとする熱意がひしひしと伝わってきました。
あの親に、この子あり、といったところでしょう。
そしてディスト王子は妾のお胸を……その、他のご令嬢たちより控え目だから、データが多く取れないとぞんざいな扱いでしたのに。
ストクッズ男爵令息は違ったのです。
妾のお胸を慈しむように、ただただ妾の胸だけを思って情熱をめぐらせているのがわかり……今だけは、あの傲岸不遜な彼の真心を独占できている————
なんてよくわからない感情までもが芽生えてしまい————
「ふむふむ……ちくb、先端部分が————」
「んっ」
ストクッズ男爵令息が流麗な手つきで妾の控えめな心に触れた瞬間……全身に電流が走りましたわ。
それは得も言えぬ歓喜の衝動、と呼べばよいのでしょうか?
この感覚が一体何なのかはわかりませんが、少なくとも心地よくて、心と身体が浮足立つように火照ります。
「しかしミコト姫は非常に形が整っていらっしゃいますので————」
ですがこんな謎の現象を起こしたご本人は至極冷静に、ただただ純粋にぶらじゃーなるものに、ご自分の信念に向き合っておられます。
そんな凛々しいお顔がひどく愛おしく見えて————
わ、わらわは何を、ストクッズ男爵令息に感じているのか。母国で妾の帰りを待つ臣下や民がいるのに、このような浮ついた心に現を抜かすなんて、妾には許されな————
「——パットで調整するのは女神の美しさを穢すに等しい蛮行でもあります」
ああ、今、妾のお胸を美しいと褒めてくれました?
「んんっ」
それからというもの、妾はおかしくなってしまったようです。
気付けばストクッズ男爵令息を目で追っているのです。
悔しい、負けたくない。そんな愚かで幼い対抗心からくるこの想いは、日に日に熱を帯びているようです。
同時にフラストレーションもたまってゆきます。
どこの大国もやり方も同じで、弱者をいじめぬき……誇りや尊厳すらも奪おうとする。
妾がクラス内で受ける仕打ちは不名誉なものばかりです。
『ねえ、ご覧になって。敗戦国の姫君が悠長にご登校なさったわ』
『弱小いいなり奴隷国家の姫君が無様に足掻いてるぞ』
『侵略される側にも理由がありますからねえ』
『皇族があんなのでは、当然戦争も負けますわよ』
それをどうにもできない自分が腹立たしい。あの御方と比べて、どうして妾はこうも不甲斐ないのか。
そんな気持ちが余計に他者を拒絶するといった態度に繋がってしまう。
ああ、妾はどうしようもなく未熟です。せめて少しでもあの御方の爪を煎じて飲むことさえできれば————
「これより『夏至祭』に備えてクラス別催しを何にするか話し合いたいと思います!」
ストクッズ男爵令息は今日も凛々しくクラスのみなさんをまとめています。
あっ、あの御方がこちらを見ますっ……あっ、妾はまた視線を逸らしてしまいました。だってあの御方と目が合ってしまえば、どうしようもなくお胸の奥がうずくのです。
こんな風にあの御方を意識しているだなんて知られたら、それこそ大和皇国の皇族として恥辱の極みです。
「和を尊ぶとは————すなわち、常にそこに在る自然の美しさに目を向け、語り合い、大小拘わらずに、その幸福と感謝に気付き、共にする————」
あぁ、あぁ……それでもあの御方は我が皇国の魅力をここまで喧伝してくださるなんて、なんて素晴らしい殿方なのでしょう……。
やっぱり目が離せません。
「この場で誰よりもジャポン小国を知り、その魅力を存分に引き立て、かつ素晴らしい和を体現できるのはッッ、一人しかいないと言えよう!」
そんな殿方が、誰よりも【武士】然とした彼が、妾を地獄の淵から引きあげてくれたのです。
クラスから浮きがちな妾のために、『クラスの一員となって和を導け』とご提案してくれるなんて……ここでも華を持たせてくれるのですね。
クラス内での立ち回りを失敗した妾に、歩み寄るきっかけを再び差し伸べてくださいました。
ああ、あの御方は度量も思惑も全てが大きすぎます。
『思考は結果に繋がる』と、我が皇国の武士たちが抱く大和魂がございます。
思考は行動に繋がり、行動は習慣に繋がります。
そして習慣は結果に繋がり、人生を変えます。
ストクッズ男爵令息を求めるこの思考は、負けたくないと対抗心を燃やすこの思考は、きっと大和皇国の復活に繋がると信じております。
そして初めて妾の胸に、心に触れていただいたあの日の夜から……妾には一つの習慣ができました。
ただ、彼を思い……お胸の先端をいじましく触れるのです……。
それだけで彼を近くに感じられ————
「あっっ、だめっ……」
この熱い想いは大和皇国を復活させるまで決して表には出しません。
ですから一人で彼を想うぐらいはどうか、どうか、お許しください。
『ガチ百合ファンタジー』のヒロインは物理防御力が弱すぎるようです。
さすがは花よ蝶よと、大切に育てられてきた純潔な乙女たちですね。
甘美なる刺激は、時に猛毒となるようです。




