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47話 怠惰な和風


「ねえ、ご覧になって。敗戦国の姫君が悠長にご登校なさったわ」

「ったく王国貴族に絡んでる暇があったら自国をどうにかしろよな」

「ストクッズ男爵令息もご寛大ですよね……あれだけ難癖つけられていたのに、生徒会に推薦するなんて」

「一国の姫君として恥ずかしくないのかしら?」


 クラス内のミコト姫に対する空気は芳しくなかった。

 彼女が登校すればヒソヒソと耳打つ者や、聞こえよがしに揶揄する者までいる。

 特に騎士家の方々の当たりが強い。というのもミコト姫は自国が誇る『武士(もののふ)』を崇敬するあまり、王国騎士の戦術を軽んじる発言が何回かあった。

 これに耳聡く反応した騎士家のみなさんは、ストクッ()ズ大商会()に世話になっているのもあり、風当たりをさらに厳しくした。

 この現状はあまりによろしくない。


 何せ……女勇者(しゅじんこう)が入学した際に『一年の時、ストクッズ男爵令息がクラス規模でいじめてきたの~殺して!』なんてチクられる未来は勘弁願いたい。


 そんな万感の思いを込め、俺は騒めくクラスメイト達に号令をかける。



「クラスのみなさん! これより『夏至祭』に備えてクラス別催しを何にするか話し合いたいと思います!」


 なるべく柔和な笑みを意識してクラスメイトたちに接する。

 ん、どうして俺がクラス代表みたいな立ち位置にいるかって?

 そりゃ生徒会に入っちゃったから、自然と周囲は俺がクラスリーダーだって認識を持ってしまったらしい。

 同じく生徒会のミコト姫は……御覧の通り人望が死んでるし、俺とは目すら合わせないので無理ゲーだ。


 マジでめんどくせ。

 その上、クラスの出し物を考えるとかタダ働きも甚だしい。


「みなさん、何か良案はありますか?」


「各々が狩りで仕留めた獲物の剝製(はくせい)展示会なんていかがでしょうか?」

「射的も盛り上がるかと!」

「詩を諳んじる発表会なんて素敵じゃありませんか?」

「大道芸人を招致して観覧会をお開きになるのはいかがでしょう」


 たあー、これだからお貴族様ってやつの趣味はよう!

 誰々が素晴らしい獲物を仕留めたかとか、射撃の腕前を競うとか、詩がどうのって自己顕示欲の塊すぎる発想だ。

 しかも大道芸人を呼ぶなんて、もはやクラスの出し物とは言えない。金を払っただけじゃないか。


 しかし、それこそが貴族なのだろう。

 金をかけて良い催しをする。そしてどこの誰を招致できる力こそも、優勝の判断基準にも含まれているはず。


 さて、肝心のミコト姫に目を向けてみるも、彼女は終始ツーンとすまし顔でツンツンしていた。

 まあクラスの雰囲気的に針の(むしろ)なのはわかるが……最初から我関せずの態度はいただけない。

 何より、この俺がしちめんどうな役割をこなしているのに、お前だけサボろうなんて許されるはずもない。


 そんなわけで俺は予めコシギンチャ男爵令息に用意してもらった、分析表や台本などを取り出して黒板にそれらをスラスラと書いていく。


「では、このネル・ニートホ・ストクッズからも一つ提案させてほしい」


 俺は優雅に一礼してみせ、クラス内の空気を掌握する。

 まず黒板に書いたのはジャポン小国の文化や商品についての需要である。

 ジャポン小国の真髄である『わびさび』や『サムライブレード』、『和食』などなど周辺諸国の興味度を示したグラフを書き切った。


「これは我がオルデンナイツ王国と隣国のアストロメリア王国、そして空賊国家ウラノス、竜王国やハイリッヒ・オリオン聖国の五か国データです。どの国も圧倒的にジャポン小国の文化には目を惹かれるものがあると示しています。なぜかと言えば、空賊国家ウラノスを除き、我々を含む四国は聖教といった共通の文化圏で発展しました。しかし、ジャポン小国は特異な文化が継承されてきたからだと思います」


 四国は西洋ファンタジーだけどジャポン小国だけは和風ファンタジーだよねって世界観だ。

 俺はジャポン小国の文化がいかに愛されているかをデータで示しつつ、クラスメイトたちに投げかける。


「聞けば、ライデン騎士令息。ご両親は大の刀好きだとか」

「は、はい! 我が両親は共にジャポン小国のサムライブレードを収集しております。サムライブレードは芸術美だけじゃなく圧倒的なその切れ味も素晴らしく————もしストクッズ男爵令息さえよろしければ、一度我が家のサムライブレードを——」


「聞けば、ビショク男爵令嬢。貴家が主催した社交パーティーではわざわざジャポン小国から寿司職人の大将をお招きし、本格的な寿司を振る舞われたとか」

「仰る通りです。特に私の父がジャポン小国の食文化に感銘を受け、スシィをぜひゲストの方々にも振る舞いたいと————ぜひストクッズ男爵令息にも当家のパーティーにいらして——」


「聞けばオーチャン子爵令嬢。貴女の母君が茶道にご熱心のようで。王都で一等地を買えるほど見事な茶器をジャポン小国から買ったとか」

「まあ、ご存じでしたの? 光栄ですわ。チャドーは万に通じます。であればこそ茶を楽しむ茶器に、いくら投資してもしきることはないのです————叶うのであれば、ストクッズ男爵令息のお茶をたてる栄誉を賜りたく——」


「聞けばミヤビ侯爵令嬢。ご自慢の庭園にはジャポン小国より取り寄せた素晴らしい盆栽園があるとか」

「はい。樹齢百を超える物から千を超える物までございます。ボンサイは我が家に悠久の繁栄をもたらし、雄大な奥深さを教えてくださいます————ストクッズ男爵令息のようは御方にこそ、ボンサイの風格にふさわしく、どうか当家にご覧になっては——」


 こんな感じで、我が王国もジャポン小国の文化は人気だよと証明してゆく。


 普通の子供たちであればこういう話題はへーほーふーんってつまらんだろうけど、ここにいるのは選りすぐりの貴族子弟たちだ。

 社交界の流行が如何に重要かを熟知している。


 自身の好みに関係なく、流行というのは話題作りからコネクション作りに深く結びついている。例えばそれは敵対派閥が催すパーティーであっても、『流行のものを取り入れたのであれば』と興味を引かれた名目(フリ)で敵情視察に乗り込んだり……逆に新しい友として迎えるチャンスにしたり。


 そして俺もまた同じだ。

 この場でこちら側に引き入れたい人物と言えば、もちろんミコト姫だ。

 彼女はさっきまでツンツンしていたにも拘わらず、話題が自国の文化と花開けば自然と俺に注目していた。


 っていうかコシギンチャ男爵令息の情報網ってどうなってんの? 空に耳があるのかってぐらい優秀じゃね?

 とにかくクラスメイトが夢中で聞き入るのを尻目に、俺は畳みかけるように素晴らしい台本を読む。


「和を尊ぶとは————すなわち、常にそこに在る自然の美しさに目を向け、語り合い、大小拘わらずに、その幸福と感謝に気付き、共にする————」


 そこまで言って、俺はふと言葉を止めた。

 ミコト姫の気持ちよさそうな表情が、どうにも癇に障るのだ。


 おい。

 これは本来、お前がやるべき仕事じゃねえの?

 仮にも何年か前の戦争で、帝国に敗北した御国の内情は大変なんだろう?

 ジャポン小国の素晴らしさってやつをアピールして、オルデンナイツ王国内での味方を増やすのも外交のうちじゃないんですかねえ。


 ああ、完全に気が変わった。



「——いや、本音のない言葉を紡ぐのはやめよう」


 俺は台本をその場でグシャグシャに握りつぶして捨てた。

 それから即座に佇まいを正し、キリリっと正面を向く。もちろん【王の覇気Lv2】も発動だ。



「私がこの場でジャポン小国にどんな飾りをつけても、それは空しい虚飾になりえる。なにせ言葉とは実態のない不確かなものだから」


 俺の雰囲気がガラリと変われば、クラス全員がつばをごくりと飲み込むのがわかった。


「言葉より信のおける唯一無二なるもの。すなわち行動である」


 俺はここぞとばかりに正直な本音をぶちまけてやる。



「私は寝るのが好きだ。何よりも、誰よりも……日がな一日を、優雅で怠惰に過ごすのが夢である」


 ゆえに! と語気を強める。


「クラスの催しを思慮するなどと(わずら)わしい」


 キッとミコト姫を見れば、彼女は少しだけ目を見開いていた。

 そうだよ、ここからはお前の仕事だろうがよ!

 ここまでお膳立てしてやったんだ。


「だから私は行動する。クラスのモブ(自然と)として溶け込み(一体となり)、在るがままに、眠りにつく」


 俺は両手を広げ、意味わからんことを高らかに宣言した。


「私は思う。クラスの催しものはッ、我らが1位に輝くのが自然であるとッ!」


 高貴であるべき諸君ならわかるだろう、と雰囲気で攻め立てる。


「ジャポン小国が誇る『和』とはすなわち! 自然との調和、在るがままの世界を成し遂げる!」


 あっ、熱弁しすぎてツバ飛んだ。ごめんね。

 でも勢いはこのままで。


「ここで紳士淑女のみなに問おう! 和を成すには、どのように振る舞えば自然か! この場で誰よりもジャポン小国を知り、その魅力を存分に引き立て、かつ素晴らしい和を体現できるのはッッ、一人しかいないと言えよう!」


 俺はミコト姫に全てを放り投げた。押し付けた。


「さあ諸君、手を取り合え! 小さな(いさか)いなど、自然の大いなる流れの中では取るに足らない些事だ! 今こそ、『和』を尊ぶべきだ!」


 俺の睡眠欲を尊び、優先させろ!


「これ以上の『和』を超えるものはないと、そう信じております。ミコト姫」


 俺は力強くそう言い切って自分の席まで移動した。

 そして問答無用で寝た。


 それから数時間後、とっても気持ちよく寝た俺にクラスの催しものが決まったとの報告がはいる。


『涼やかジャポン喫茶』になったそうだ。

 ようは『お化け屋敷&和風喫茶』で、恐怖で涼をとったあとに和食を楽しむのがコンセプトらしい。

 なるほど教室の入り口から前半エリアにかけて小迷宮型のお化け屋敷を作り、後半エリアでは和食のおもてなし。

 勇気あるお化け屋敷の踏破者に、ご褒美コースってやつか。


 和装やら和食やら和食器やら和楽器やら全ての監修役はミコト姫となり、クラスの連中が一丸となって作っていくらしい。


 めでたし、めでたし、ぐーすぴい。







ネルの派閥紹介①


【人物】ロビン・クルーズ・コシギンチャック(13歳)

【ユニークスキル】小鳥とさえずる者

【生まれ】コシギンチャ男爵家の長男


鳥と会話ができるので情報戦に長けている。

ストクッズ男爵家と同じく成り上がり貴族であり、元は騎士家の生まれだった。ロビンの父であるコシギンチャ男爵は、カイネ・ニトール・ストクッズ男爵を平民から貴族位に押し上げた影の立役者だと囁かれている。

その関係から両家は蜜月の仲である。


【名に込めれた意味】

ロビン:駒鳥(こまどり)の冒険者

クルーズ:数多(あまた)を運ぶ

コシギンチャック:強者の腰巾着で成り上がった一族。元々は情報屋の出自ゆえ、情報や秘密に対する取り扱いが厳重。口にチャックがついてるかのように口が堅く、義理堅い。ついでにストレート商家の影響で財布のヒモも堅い。


※ストレート商家……旧ストクッズ家の本流。



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