46話 玉なし
俺は何かを間違えたらしい。
王子の伝手を借りてミコト姫を生徒会に入れるまではOKだったはず。
関係が悪化した隠しヒロインと一緒に、学校の在り方を考える共同作業。ここもOK。
そして隠しヒロインと一丸となって、より良いブラジャー作りに邁進する青春イベント。
うん、どう考えても完璧だったはずなのに。
なのにミコト姫は、俺に対して全く目を合わせなくなった。
ふわっとした拒絶から、あからさまな拒絶へと変わってしまったのだ。
おかげで俺は彼女と遭遇するたびに胃がキュっと締め付けられる。内心では玉なしのごとくブルブルと震えながら、余裕の悪どい笑みを鎧として纏う他ない。
……。
…………。
ちっきしょうが!
俺が何したっていうんだ!
ちょっと下着姿を見て、ちょっとブラのつけ方を指導して、ニップレスをつけただけじゃないか!!!!!
ん……?
これよく考えたらアカンくね?
いや、でも……姫騎士もレイ伯爵令嬢もマナリアも、極々自然に俺の指導を受け入れてたし? その流れで、ねえ? サラっとお胸にタッチするなんて今更だし?
ちょっと待て。
そもそも姫騎士の……未婚の王族女性の肌を一介の男爵令息風情が触れていいものなのか?
やばい、マジで混乱してきた。
あっ、王国的な文化ではOKだけどジャポン小国的にはNGだったとか!?
それでミコト姫がご立腹を突き抜けて俺を嫌悪してる!?
ふあああああんどうしようおおお……ってかよくよく考えたら、既成事実だけは作っちゃったようなものだよな?
あっ!? だから姫騎士はあんな自分から胸を触らせるようなムーヴをしてたのか!?
あとになって女勇者に『あいつにセクハラされて~お胸を触られたの~殺して?』って言いつけられるもんなあ!
ちっきしょ……完全なる罠を張っていやがった。
一向に隠しヒロインとの関係性はよくならないし、姫騎士には弱みを握られるで俺は悩みに悩んでいた。
しかし悪い事ばかりでもない。
『スキル【ヒモ】が発動。【条件:王族女性に自社商品を貴族令嬢に宣伝してもらう】を達成』
『スキル【王族御用達Lv1】を習得』
『スキル【空間封印Lv1】を習得』
おっ、姫騎士がさっそく下着の着心地などをクラスの女子に共有したっぽいな?
ふむふむ……【王族御用達Lv1】は王族に好かれやすくなったり、取引きしやすくなるスキルか。
大商会を運営するストクッズ男爵家にとってけっこう有用なスキルだな。たとえ将来、俺がギャンブルで大負けしても、王族に泣きつけばワンチャン王族お墨付き商品をコロっとリリースして負けを取り返せる。そんな夢のようなクズライフを送れるかもしれない。
もちろんその時は姫騎士以外に泣きつくつもりだ。
【空間封印Lv1】の方は、そのまんま何かを空間ごと封印できたりするらしい。
封印解除は自在だけど一回一回で相当量の魔力を消費するから、【宝物殿の守護者】みたいに気軽に何かを出し入れするには適していないようだ。
最近、気付いたけどヒロインたちでヒモスキルが発動すると高確率で複数のスキルを獲得するんだよなあ。
危険な蜜ほど甘いなんて言うけど……適度な距離を保てるなら、美味しい養分なのではないだろうか?
『スキル【ヒモ】が発動。【条件:王族の男装女性から2億円を共同運営資金として提供される】を達成』
『スキル【王族の金庫Lv1】を習得』
おっ、ディスト王子もだいぶ出資してくれたようだ。彼と共同で開発している下着だが、あれは王族と共同経営って形で下着ブランドを立ち上げる予定だ。
その先ぶれとして最初の手付金が2億円か。
さすが王族、太っ腹。そしてそれだけ大金をつぎ込む価値があると、ディスト王子の本気度も伺える。
しーかーも、この【王族の金庫Lv1】ってスキル!
俺に忠誠を誓う者や、崇拝する者の気持ちが……! 【王族の金庫Lv1】にお金として蓄積するらしい!
気持ちが自動で金貨になるだとう!?!?!?
神スキルすぎる。
ディスト王子、おまっ!
マジで最高のヒモスキルを発動させてくれて感謝ッッッ……。
ん?
いや、おかしくね?
ヒモスキルって女性限定で発動するよな?
だってあんなに身を粉にして俺のために奉仕してくれるヘリオの時は一回も発動しなかったのに、どうしてディスト王子の時は……ん?
王族の男装女性から2億円?
男装?
え、あいつ女なん?
いや、まあ……顔めっちゃ綺麗だなーとは思ってたし、ちょっと体の線も細いなーとか、でもそれはまだ12歳だから成長途上でーいい匂いするなーとか……ええ?
「すぅー……あいつ玉なしなん!?」
そもそもディスト王子はなぜ王子のフリを……?
ええと……パパンに見せられた貴族名鑑では確か、ディスト王子はアリス姫騎士とは異母姉弟。そして王子の母君はすでに亡くなられていて……やばいな。
詮索したくない。
王室や宮廷にまつわる陰謀的な、後ろ暗くて重すぎる事情があるに決まってる。一介の男爵令息が関わってはいけない危険な匂いがする。
よし、ディスト王子が実はちっぱい男装姫だったってことはマジで忘れよう。
それにしても女性で無類のおっぱい狂信者か。彼女がなぜあそこまでおっぱい狂いになったのかも気になるけど————闇が深そうスイートすぎてキツイ。
っていうか結局、最強悪役キャラすら実は女性って……マジで『ガチ百合』やってるやん。
「ネル、ここにいたか」
「ぶふぉっ!?」
噂をすれば太陽のように煌びやかな御髪をなびかせる男装姫、ディスト王子が俺に綺麗な笑顔を向けていた。
「実は例の革命的な発明……【ぱいぱいホールド初号機】の必要素材に問題が発生してな」
「い、いかがされましたか!?」
爽やか美形王子の口から、【ぱいぱいホールド初号機】ってワードが飛び出るのはちょっと笑えた。
いや、笑ってる場合じゃない。
「ん? どうした。今日はやけに漲ってるじゃないか」
「で、殿下と共に至高を目指せるのですから。それは奮い立ちますとも!」
俺は迫りくる不安をどうにか放棄したくて、思考を無理やりポジティブに切り替えた。
嫌なことからは全力で逃げる!
なんなら俺も臆病な玉なしでいい。
「嬉しいな、ネル。さて僕が仕入れた情報によると、スライムよりもさらに人肌に近い質感のゼリースライムという新種が発見されたそうで————」
俺は熱心に【ぱいぱいホールド初号機】の構想を語る男装姫の横顔をじっと見つめる。
もしやディスト王子ってヒモ寄生候補にめっちゃ適してないか?
テキトーに巨乳関係だけ力入れてれば何でもかんでも首を縦に振りそうだし。
王族で金持ちだし。
法律を作れる立場だから、ストクッズ大商会に優位になる法案通してもらえばマジで働かなくても一生食ってけるよな?
「どうしたネル。僕の顔に何かついているか?」
「あっいえ……り、凛々しいお顔がついてらっしゃいます」
「ハハハッ、なんだそれは。お前もつまらない冗談をいう時があるのだな。ここの所働き詰めだったし、少し休憩でもするか。ついてまいれ」
颯爽と歩き出す王子の後を、モブ配下の俺は黙々とついていく。
案内されたのは学園の中でも特に背の高い鐘楼塔の天辺だ。
遠くの空まで見渡すことができる絶景が広がっており、今まさに空の果てに太陽が沈もうとしていた。
「僕はたまに一人でここに来る。静かになりたい時にな」
「よ、良いのですか? そのような場所に私を……その……」
王族として気苦労が多そうなディスト王子の隠れ家スポットなのだろう。そんな場所を俺に共有するって意味は————
「なに。ネルは僕の友だ」
「ありがたき幸せ」
それから俺たちは無言で沈みゆく夕日を眺める。
「殿下、つかぬことをお伺いしても?」
「なんだ、ネル」
「どうして殿下はお胸をお好きになられたのですか?」
この質問に男装姫はしばしの沈黙ののち、少しだけ寂しそうに語り出す。
「僕はいつまで経っても赤子のままなんだ……」
「赤ちゃんのママ……」
「そう、僕の母君がもうこの世にいないのは周知の事実だと思う……ただぼんやりと、温かくてやわらかくて……大きく包まれるような人だったと覚えていてな」
それだけが母君との唯一の記憶だと、苦しそうな笑みを浮かべた。
きっとこの人は、自分の性別を偽らないといけないほどの何かを抱えている。そんな環境に耐えきる支えこそが、母の巨乳に包まれた在りし日の陽だまりなのかもしれない。
「情けない話だろう? 一国の王子が母の残り香を求め、未だに赤子のままなんてな……こんなのは誰かに知られたら醜聞にしかならないさ」
「いえっ……そのようなことは……」
「ははっ、取り繕わなくていい。キミが提唱した『全王国民☆巨乳育成計画』に乗ったのも……少しでも僕みたいな片親の子供が、母の柔らかくて雄大で、安心できた記憶を残せるようにと。そういう母親がたくさんいたら素敵だな、と思ってね」
いやいや、予想よりも遥かに優しい思想を掲げてたの笑えるんだが。
マジかよ。
「もちろんふしだらな理由もあるけどな?」
自身の欲求を満たすためでもあると、本気のバブバブ紳士プレイヤー九段の猛者はニンマリと語る。
「ネルのお母様はどんな人なのだ?」
「わ、私の母上はその……私の出産とともに、亡くなりました」
だから元々の俺は自分が母上を殺したのだと、罪の意識に常に駆られていた。それでいて父上は……最愛の妻を奪ったはずの自分を大切に育て、期待してくれる。
どうして父は自分を責めないのかと。
自分だったら愛する人を殺されたに等しい相手に、そんな風に優しくなんてできない。すぐさま殴り殺してやりたい衝動に駆られるはずだと。
自分と違って父は強く、大きく、どうしようもなく優しくて、高潔な人物なのだと。
……だから尊敬する父上の期待に必ず応えたいと。父上の愛に報いたいと、必死に努力に努力を積み重ねていた。
どんなに凡庸な結果しか出せなくても、父上にふさわしい自分でありたいと。
なあ、俺はヒモスキルを駆使してどうにかやってるけどさ。
お前が目指した俺をちょっとはやれてるんだろうか?
「そうか、ネル。母君亡きゆえに、おまえも巨乳を求めるか————」
同志よ。そんな風に語り掛けて来るディスト王子には悪いのだが……。
なんだろう。
ヘリオと分かち合う、父子家庭の寂しさや孤高さとは全く以って違った。
もちろんディスト王子と同じく巨乳は好きだけど、なんかこう……母親がいないから巨乳を求めてるわけじゃないので、心底どうでもいい黄昏だった。
「お前とここに来るのも悪くないな、ネル」
「……はい」
だけど、鐘楼塔から見る景色は悪い眺めではなかった。
夜空には星が瞬き、静かな月光が灯り始めた。
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