44話 モブ革命
「ではこれより生徒会役員会議を行いますわ」
姫騎士が重々しく音頭を取れば、役員メンバーもまた張りつめた空気の中で頷いた。
生徒会室には現在9名の生徒たちが集い、俺とディスト王子、そしてミコト姫以外は全員二年生と三年生になる。
生徒会長のアリス姫殿下を筆頭に誰もが成績優秀であり、学園での有名人ばかりである。
「本日の議題は『夏至祭』についてですわ」
夏至祭……それは夏の訪れを喜び、神に感謝を捧げるお祭り。
早い話が本格的な夏を迎える前に騒いでおこうぜ、プチ文化祭だぜって感じだ。
「みなさん、何か夏至祭の出し物について提案はおありですか?」
この夏至祭は貴族の親御さんたちも参加可能で、ようは我が子が寮生活に馴染んでいるかの様子見も兼ねての発表会だ。
例年通りでいけば一学年~三学年が一丸となって歌唱隊を組んだり、魔法によるデモンストレーションなどの演劇をやるらしい。
つまらんこった。
なんて内心は表情に出さないようにしつつ、先輩方が意見を出していくのをぽけーっと眺める。
あっ、ミコト姫と目が合った。
あっ、ちょっと顔をしかめて視線を逸らされた。
やっぱり避けられてるなあ。
ん、姫騎士はマジでこっち見んな。
お、ディスト王子は今か今かとやる気に満ちて目配せしてきたか。
「では姉君、僕からの提案ですが今年は各クラスの対抗戦というのはいかがでしょうか?」
「各クラスの対抗戦ですって?」
「はい。各々のクラスが全く別物の催しをするのです。そして外部より招致した御父母の方々の評価によって、クラスの出し物の優劣をつけるのです。いかがでしょうか?」
「それはクラスごとによる自立性と協調性、および競争性の向上、切磋琢磨できますわね……ディストにしては面白いアイディアですわ?」
そしてなぜか姫騎士は俺を見る。
あっ、これは俺がディスト王子に入れ知恵したのがバレてらあ。
まあなんてことはない高校とかでやってた学際をモデルに、ディスト王子に共有しただけなんだけどね。
「しかしそれでは例年通りの……学園内の一糸乱れぬ統率力を示すものが……」
「各クラスでの催し物となりますと、例年よりも規模感に欠ける印象を受けるのでは?」
「特に今年からはディスト王子殿下もご入学されましたので、これでは王族のご威光に反するのでは?」
「外部からの印象もそうですが、生徒内でも王威を軽んじる者が現れるやもしれません。貴族子弟の手綱を握れていないと」
確かに王族2人が在学中でありながら、生徒たちがバラバラのことをするのは外聞がよろしくない。
すなわち王族の指揮下で団結するってより自由奔放さが目にいくだろう。そして例年と比べてクラスごとの催し物となれば、必然的に一つ一つの規模や迫力は縮小して見える。
しかしそんな反論は想定済みだ。
ディスト王子はそれらの意見に深々と頷きつつも、金色の瞳を静かに燃やしながら俺を見る。
周囲もディスト王子から漲る自信を察知し、役員たちの視線は俺へと集中した。
「発言を失礼いたします。夏至祭の最後に、1位から3位の栄誉に輝いたクラスを称えるグランドフィナーレを行えば良いのです」
「ネルさん。グランドフィナーレとはどのようなものでしょうか?」
焚火の前でフォークダンスふぉー! の派手バージョンでいいんじゃないかってこと。
要は後夜祭と表彰式が合体したやつだ。
「これは錬金塔や魔法塔、音楽塔で日々ご研鑽されておられるご先輩方のご協力が必要不可欠なのですが……魔法花火と音楽のダンスパーティーでございます」
「それではただのダンスパーティーになってしまうのでは?」
「それでよいのです。例年通りですと外部からの御父母の方々は、夏至祭の終わりまでご滞在なさる人が一体どれほどいるのでしょうか?」
そこで俺の真の狙いに気付いた姫騎士。
「それは……御父母の方々もご参加できる、そう仰っているのですわね?」
「さようでございます。そして我が子のクラスが上位に食い込んでるやもしれぬと、余興にすらなっております」
この意見にはなるほど、と頷く一同。
しかし問題は二つある。ただそれらを指摘される前に、自ら提起した上で解決策も用意してあると畳みかけてしまう。
「とはいえ例年と比べて、グランドフィナーレのご準備をされる先輩方のご負担も増します。もちろん生徒主体による一体感も損なわれてしまうでしょう」
ここから俺は【王の覇気Lv2】を発動して理路整然と語る。
「まず、第一の問題は王族への忠誠が試される催しにすればよいのです。クラスの垣根を超え、我こそはと思う生徒にグランドフィナーレの準備をしていただきます。もちろん指揮を取られるのは照明がディスト王子殿下、音楽はアリス姫殿下と役割分担していただきます」
「それは……私の派閥とディストの派閥による対抗戦……いえ、共同作業ですわね?」
双方がクオリティを下げられない、負けられない戦いでありながら、協調性も重んじなければいけない。
さらにクラス外の催し準備は各生徒の負担になるものの、王族へのアピールにもなる。俺の取り巻きであるコシギンチャ男爵令息やレイ伯爵令嬢のディスト王子に対する普段の態度を見るに、やはり王族にアピールするのは憚られるわけだ。
しかし祭りにかこつけて、大義名分をもらえるのであれば王族への忠誠を見せつけるチャンスと盛り上がる貴族子弟もいるだろう。
また、王族側にとっても忠誠心の厚い者を見定める好機になる。
この場の全員が瞬時に俺の狙いにたどり着き、賛成の声が上がり始める。
よし。
あとはここでディスト王子と寝る間も惜しんで立てた策略を、真の狙いを極々自然に提案する時だ!
「そして全生徒における一体感については、生徒間で共通の肌着をご用意するのはいかがでしょうか?」
学際ティーシャツみたいなものだが、今回は下着である。
「肌着? 肌着にする理由はなぜかしら?」
「もちろん、各クラスの特色を重んじるためです。クラスによっては演劇や歌劇を催すでしょう。その際、人目につく上着であったら衣装を潰し、クラスの独自性を潰すことになってしまいます。ですが肌着であるならば、生徒間における連帯感は胸の中にあるのです」
「そっ、それは……革命的なアイディアですわね?」
なぜか身をよじる姫騎士。
「そ、その……肌着のデザインというのはネルさんが考案するのですか?」
「私、というよりストクッズ大商会が研究中の肌着でございます」
「具体的にどのようなデザインでして?」
「はっ! 恐れながら我がストクッズ大商会が卸している【安眠MAX5号】や【眠れるくん初号機】などは、人体の構造を研究し尽くし、その能力を飛躍的に伸ばすのをモットーとしております」
ここで安全性と信頼の実績を語り、それらしいことを述べまくる。
「そんなストクッズ大商会の理念を大きく受け継いだ新商品! 男子生徒には伸縮性と防刃を兼ね備えた薄手の半そでシャツを、肌着にご用意いたします。これによりいついかなる時も、有事の際に備えられるかと」
姫殿下は先のダンスパーティーでの襲撃事件を思い出すように、その有用性について頷いてくれた。
周囲もまた、彼女の空気を察して反論する者は出なかった。
よし、このままの流れでいくぞ!
「男子生徒が上半身の肌着であるように、女子生徒もまた平等に! 上半身の肌着であります。主に胸部を支え、機動力を底上げするものとなります」
「胸部、ですって?」
「さようでございます」
実は『ガチ百合』の人たちってブラジャーつけてないんだよね。
激しい運動の前にさらしを巻いてるの見ちゃったりしてて、ブラジャーをつける文化がないっぽい。
もちろんコルセットらしき物を身に着ける時はあれど、あれって腰を細く見せてお胸を寄せてはちきれんばかりにこぼれおちそうに強調するだけなんだ。
いわゆるスタイルをよく見せようとする時だけに着用するもの。
まあアレはアレでけっこうそそるのだが、成長期の少女たちはそもそも寄せて盛る胸が完成していない。
しかも成長期にはよくない。
「こちらブラジャーと申しまして胸部を優しく包み込むだけじゃなく、形をよく見せたり、成長過程での負担を軽減する効果も見込めます。またコルセットほど締め付けは苦しくなく、気軽に着用できますゆえ」
「それは……革命的ですわね……!?」
ふっはっはー!
育乳計画その一をさっそく始動できたな、ディスト王子よ!
彼を見れば、まさに感無量といった表情で瞳に情熱の涙を貯め込んでいた。
「シャツやぶらじゃーのデザインはもうお決めになってますの?」
「シャツに関しては概ね完成しております。ですがブラジャーに関しては、着け心地のテストも兼ねて、高貴な御方にご意見をいただきたく。なにせ我々は男ですので」
ここでサラっと王子も共同開発してるよ、ってアピールをしておく。
さらに俺はチラリと同級生であるミコト姫に視線を向けた。
「この栄誉あるブラジャーのデザイン案を! 共に世に打ち出すにふさわしい学友がいればよいのですが……!」
ここでどっこい女性の意見といえばミコト姫だ。
花を持たせてやるぞ、ありがたく思え。そんな態度で話を持ちかけてみると、彼女はぷるぷる震えながら思案していた。
ちなみに裏ボスとして登場する【桜花の大和姫】はバインバインだったので、特にブラジャーどうのと育乳しなくても遺伝子的に巨乳族だ。つまりウチが開発したブラジャーの効果は勝ち確定であり、この人選は将来的にディスト王子の巨乳信仰の信頼をも勝ち取る。
はっはっはー!
これが出来レースってやつだぜ!
「ストクッズ男爵令息……貴方には羞恥という概念はないのでしょうか?」
「はて、私は紳士ですが何か?」
俺はここぞとばかりにすっとぼける。
もちろん『肌着開発』の行程では、同級生のブラ姿を何度も見れる役得すぎるミッションが我々に課せられる。
ゆえにそれらしいことを言いのけてみせよう!
「世の多くの女性に居心地のいい肌着を作る。これ以上に紳士で崇高な目的があるのでしょうか? そして全女性の先駆けとなる誉を目の前にして、尻込むほどの羞恥などありませんよ」
遠回しにこんなビックチャンスを棒に振るなんて、それこそ民を率いる王侯貴族として恥ずかしいよと言ってみる。
「何かを成せない羞恥より、何も行動に移せない羞恥の方が、私は恥辱と捉えますゆえ」
俺が決め顔をすると、ミコト姫は苦々しく了承してくれた。
っしゃおら!




