41話 王族には王族を
「これはこれは小国の姫君ではありませんか。その小さなおつむは小国譲りですかなあ?」
「性懲りもなく我らが王国の公爵令息をけしかけてまでストクッズ男爵令息に執着するなんて、器が小さな方々ですわね」
昼食中に絡んできたフリンネ公爵令息に対し、コシギンチャ男爵令息やレイ伯爵令嬢が物凄い牽制をしかけた。
まさかのフリンネ公爵令息が絡む=ミコト姫の思惑といった認識を周囲に植え付け、彼が動きづらい状況を作ってしまったのだ。
「あらあら、模擬戦でストクッズ男爵令息に負けた腹いせでしょうか」
「公爵令息を利用して圧をかけにいくなんて……やることが小さいですわ」
「てかフリンネ公爵令息も小国の姫君の言いなりかよ」
「公爵令息のくせに王国の誇りはないのかよ」
「そもそも公爵令息の行動も姫君の評判も落としますわ。たかが男爵令息に本気になるなんて」
俺の取り巻きがきっかけで、『ミコト姫叩き』が周囲の騎士家を筆頭にヒソヒソと始まってしまう。
これにはさすがにフリンネ公爵令息も分が悪いと感じたのか、彼の取り巻きたちも黙って退散していった。もちろんミコト姫も。
「全く呆れしかありませんな。ストクッズ男爵令息もそう思いませんか?」
「王国貴族の威厳を保ってほしいものです」
二学年のコシギンチャ男爵令息とレイ伯爵令嬢は、澄まし顔で同意を求めてくる。この人たちってマジで強気だよなあ……やらかした俺が言えた義理はないけども。
まあ二人のおかげで食堂の雰囲気は俺に賛同する空気が作れたけど、これに対しマナリアとグラノリア子爵令嬢は遠慮がちだった。
「…………ネルくん……敵を作ると、疲れそうです」
「ネル様。ジャポン小国の姫君はともかく、公爵家の方々を敵に回すのは得策ではないかと思います」
ふむ。
やはりそうだよなあ。
ここはこの場で一番爵位の高い彼に意見を求めてみるか。
「パワード辺境伯令息はどう思われますか?」
「あ、ああ……俺様は公爵家より他国の王族とことを構えるのがよくねえかなと……ただ、ネル、殿の対応も悪くはねえ。舐められるよりは徹底的にな。それでいて歩み寄るスタンスもあったしよ……」
ん?
パワードくんがいつもより歯切れが悪いぞ?
それに呼び捨てから殿なんて敬称をつけてる?
「うーん……みなさんの意見はわかりました。ありがとうございます」
あれから俺はミコト姫に避けられていた。
できれば彼女は隠しヒロインだから敵対はしたくない。
良好な関係は築けなくとも、せめて普通の同級生としての親密度であれば、万が一女勇者と合流しても大事にはなるのを回避できる。
しかし、事態は一向に好転しない。
それどころか悪化の一途をたどっている。
中には俺に気に入られたくて、ミコト姫に辛く当たる者まで出てきてしまう始末。これじゃあ俺がいじめの首謀者みたいになってるじゃないか。
将来、女勇者にチクられたらやべえ……。
なんかいい解決方法はないかなあ……俺があーでもないこーでもないと考えていると、ふわっふわの長髪をなびかせる小柄な少女が俺たちの前に現れた。
小動物を連想させる彼女は栗色の髪の毛を手でなでつけ、それから優雅なカーテシーで挨拶してくれた。
「ご挨拶が遅れました、ネル様。キュクロファーネ・メルヘン・カーネルですよん」
「おお、これはこれはカーネル伯爵令嬢。私はネル・ニートホ・ストクッズです」
唯一、俺の派閥の中で今まで合流していなかったカーネル伯爵令嬢だった。
彼女はなぜか大きめの本を持っていて、小柄な彼女が持っていると余計に大きく見える。
そしてメンバー内で一番身体が小さくとも、三学年と学年は一番大きい。
それぞれの挨拶が済めばさっそく先ほどの話題に戻るわけだが、カーネル伯爵令嬢が有益な意見を出してくれた。
「目には目を、歯には歯を。王族には王族を、ですよん。いかがでしょうかネル様」
「なるほど……一理あるな」
俺が納得するもパワード君が難色を示した。
「いやいや、ネル殿。納得してるけどよ、どうやって王族なんかと渡りをつけんだよ。容易じゃねえだろうが」
「いえ、大丈夫です。あとは交渉内容ですかね」
「は……? 王族と顔見知りなのか……?」
「ええ、まあ」
「でしたらネル様。私たちでゾロゾロと伺っても無礼になりますので、ここは家格的にパワード辺境伯令息とご一緒されるのがよろしいですよん」
「ありがとうカーネル伯爵令嬢」
俺は姫騎士とディスト王子、どちらに交渉をもちかけようか悩み、即座にディスト王子を選ぶ。
姫騎士には剣闘大会から疎まれているだろうし、奴はメインヒロインだ。
比べてディスト王子とは素晴らしい貢物で良好な関係を築けているはず。
現に、学院に来てからソレを実感している。
今もほら、食堂のテラスでディスト王子が取り巻き連中と談笑しながらもこっちをチラチラ見ているしな。
だいぶ気にかけてくれているようだ。
「ではみなさん。これよりディスト王子殿下と交友を深めますので、パワード辺境伯令息以外は私から離れてください」
とはいえディスト王子はけっこうプライドが高いらしい。
多くの生徒の前で、理由もなく男爵令息に話しかけるのは憚られるようだ。
そんなわけで俺は、その場で突然項垂れた。
さらには無様に手をつき、この世の終わりみたいな表情を作って嘆く。
「おっ、おい……ネル、殿、突然どうしたんだよ。気でもふれちまったのか……?」
パワード君が動揺するも、俺はそのまま下を見続けた。
思えばこの数日間は大変だった。
模擬戦からはミコト姫と顔を合わせれば、なるべく平身低頭を心がけてきたのだ。小悪党ばりにおべっかを発動しまくっていた。
それでもミコト姫は不気味な者を見るような目つきで、ほとんど目を合わせてもくれない。
そしてフリンネ公爵令息によるお小言の連続だ。
くああああああああああ!
っきしょうがよおおおおおお!
「ふっ……どうやら困っているようだな、ストクッズ男爵令息」
はい、釣れた。
なんか腹立つ余裕の笑みを浮かべながら話しかけてきたのはディスト王子だ。
お前が入学初日からそわそわと俺に話しかけるタイミングをずっと見計らっていたのは承知済みだぞ?
が、まあディスト王子がそういうノリなら乗っておこう。
「ディスト王子殿下。私のような男爵令息にもお慈悲をくださるなどと、感無量でございます」
「おべっかはいい。で、どうした?」
嬉々として俺に手を差し伸べる、そんなディスト王子にパワード君は口をパカーンとおっぴろげていた。
また、周囲でランチをしている貴族令嬢たちも色めきだっている。
「ミコト姫の件で苦悩しております」
「苦戦しているようだな? だが、貴様ならば容易く舵を取れるだろう? 小国の荒波など乗りこなしてみせよ」
なんだかちょっと芝居がかった言い回しや素振りが目立つディスト王子。
王族ってのは常に周囲の目を気にして、偉大な雰囲気を出さないといけないっぽいからご苦労さんです。
それなら俺も俺で調子を合わせておこう。
「ディスト王子殿下のご信頼に応えたく、不肖の身でありながら今日まで奔走してまいりました。ですが……ですがっ、私では一歩も二歩も及ばず……!」
志の高い臣下と、それに救いの手を伸べる王子。
周囲にはそのような美しい主従関係のワンシーンに映ったに違いない。
それには王子もまんざらではないようで、意気揚々と語る。
「聞けば模擬戦では、ミコト姫に『王国風の歓待』で素晴らしいもてなしをしたとか。しかし最近ではそのもてなし方が変わり、蜜にたかる蟻のごとくすり寄っているらしいな」
完膚なきまでに姫君を叩き潰しておきながら、手のひら返してゴマをするとはどういった了見だ?
何が狙いだ?
そんな問いに俺は……なんかテキトーに壮大に語っておこう。
こいつ好みの志と夢を。
「ディスト王子。私には何者にも揺るがない野望があるのです。そのためなら、どんな犠牲を払ってでも! それこそ自分の小さな誇りなど、喜んで他国の王族に捨ててやりますとも」
これは一種の反逆に近い物言いだ。
なにせ場合によっては他国の王族にいい顔しますよ、と言ってるようなものだ。
これには周囲も騒然とし、パワード君も脂汗が滝のように流れていた。
しかしこの場で唯一冷静なのが俺とディスト王子だ。
互いに『ガチ百合』での悪役で、同じ破滅フラグを持つ者だからこそ分かり合える世界線が存在しているのかもしれない。
「ほう。よくぞ王族である僕の前で言い切ったな。して、貴様が望む野望とは」
俺はここぞとばかしに【王の覇気Lv1】を発動し、圧倒的重厚感をまとう。
そして声を潜め、重々しく、内密の話を打ち明ける素振りを見せる。
いかにその内容が世界に変革をもたらす重大な発表であるかのように。
これにディスト王子も威厳たっぷりの所作で耳を近づけてきた。
「……『全王国民☆巨乳育成計画』です」
「なっ!?!?!?!?!?」
これにはディスト王子も目を見張ってしまう。
そんな彼の反応に、周囲の貴族令嬢たちもどよめいた。
王族が本気で驚嘆するほどの何かを囁いたのかと。
「王国の未来が……かかっている……」
さらにはディスト王子が震えながら発言をするものだから、パワード君まで及び腰になる。
俺はそんな周囲の空気をスルーしながら、密やかに言葉を続ける。
「かのジャポン小国には大豆を原料とする『豆乳』や『納豆』、そしてタンパク質が豊富な『鶏肉』や『マグロ』、栄養満点の『卵』を多く取り扱っております。『豆』、『肉』、『卵』……この三種の神器は、成長期の淑女たちのお胸の発育に多大なる影響を出しますゆえ」
「我が王国の……が、飛躍的な成長を遂げるのか?」
「成長期であれば。我らが同級生のためにも……殿下の派閥におられますバインネ公爵令嬢や、プルプリン侯爵令嬢、モミゴッコチ伯爵令嬢の未来が懸かっております……! 仮にこの計画が成就した暁には……殿下、よりどりみどりですぞ」
育乳食材には諸説あるし、ぶっちゃけ眉唾もののテキトー理論だけどそんなのはどうでもいい。
「き、貴様はまさに、まさに天才だ……!」
よし。
王族のお墨つきゲットだぜ。
「して、その計画を推進するにはミコト姫のご機嫌取りが必要なのか?」
そんなん関係あるわけないだろ。
お前が食いつきそうなワードをテキトーに言っただけだよ、なんて内心はおくびも出さず、非常に重々しく頷く。
「いかにも。これら三種の神器をジャポン小国より、ストクッズ大商会を経由して大量に輸入するとなれば……彼女との協力関係は必須かと」
「なんと……貴様は、僕の想像をいとも容易く超えてくるな……」
心底感心したようにディスト王子は天を仰いだ。
「そのような壮大な計画を背負い、決死の覚悟で……自らの誇りを犠牲にしてまで、異国の姫君に媚びを売る……貴様は一人孤独に歩んでいたのだな……天より高い頂きを目指して、その険しい道のりを!」
しかもちょっと涙してるし。
それから決意に漲る眼差しで、俺を熱く見つめてくる。
「よかろう。であるならば、このディスト。貴様の力になろう」
「ありがたき、幸せ」
「よせ。我らは同じ志を持つ……そ、その、同胞、だからな?」
えっ、なんでこいつ赤面してんの?
もしかして照れてんの?
うわっ……上っ面の取り巻きばっかで、ちゃんとした友達がいない系の人なのかもしれない。




