40話 大和姫の絶望
『スキル【ヒモ】が発動。【条件:和の姫君から初の模擬戦相手に選ばれる名誉をもらう】を達成』
『スキル【四季降り剣術Lv1】を習得しました』
『スキル【演舞春式Lv1】を習得しました』
おお、不幸中の幸いにも【ヒモ】スキルが発動してくれたのは嬉しい。
そんな風に感心できるのも束の間で、俺とミコト姫は互いに得物を構えて向き合った。
「では、模擬戦開始!」
俺は訓練用の木剣を持たされ、ミコト姫は雅な扇を手にしている。
うーん……あの扇って【黄金龍鉱】製じゃないだろうか?
俺は木剣でミコト姫はガチ装備。
なんか納得いかないけどまあいいか。
フレイア先生としても、一国の姫君を講義初日でいきなり大怪我させたくはないのだろう。
「では参ります、ストクッズ男爵令息」
「春夏秋冬、貴女と舞えますよ」
俺がジャポン風の言い回しで返すと、彼女は少しだけ眉を潜めた。
こちらの余裕を感じ取ったのかそれが気に入らないらしい。
「演舞春式————【春萌ゆる】」
ミコト姫は扇をはらりと回転させながら、広場の地面をなぞるように優雅に舞った。
すると地面からメリメリと植物が萌ゆる。
太い根とツタが意思を持って、俺に絡みつこうとする。
ならば俺も先ほど習得したばかりのスキル【四季降り剣術Lv1】を披露してみよう。
「——【縁切り風断ち】」
ジャポン小国の人々が使用するスキルはちょっと変わっていて、自分の魔力を力に変える我が国と違い、自然や周囲の力を活用する術式が多い。
これを一般的に【四季神術】と言う。
今回であればミコト姫は周囲に満ちた春の力を植物に降ろし、俺を絡め取ろうとする。
そして俺は周囲に流れる緑と風の力を刀身に降ろし、全てを断とうとする。
「なっ……!」
ミコト姫は俺が【四季神術】を使えたのが予想外だったのか、かなり驚いていた。
そしてもちろん俺はそんな大きな隙を見逃すはずもなく、【演舞春式Lv1】と【陽魔法Lv3】の複合スキルを発動してみる。
「————【木漏れ日の兆し】」
木々と葉の隙間よりこぼれる優美な木漏れ日。
うららかな優しい日差しがミコト姫に注ぎ、それは彼女の視界の一部をほんの一瞬だけ眩しさで塗りつぶす。
そんな光に乗じて、俺は瞬間移動を繰り返す。
瞬く間に俺とミコト姫の距離はゼロとなり、驚愕する彼女へさらに複合スキルを叩き込む。
「————【氷風と影の割けび声】」
光が差せば、影もまた差す。
異国の姫君に冷たい現実を突きつけてあげよう。
【影剣Lv5】と【氷獄魔法Lv4】、そして【四季降り剣術Lv1】の複合スキルが刃に乗れば、全てを切り裂く金切り声が周囲に響く。
葉々が揺れる影も、姫君の影も、俺の影も、生徒たちや先生の影が風に乗って蠢き散らす。
それらは氷獄の刃となって、鋭く歪に伸びては彼女を閉じ込めようとする。
さあ、次はどう出る?
0、1秒の世界で俺は相手の出方を窺い————
ミコト姫は唖然としており、完全に呆けていた。
ちょっ、おまっ!
このままだと死ぬぞ!?
ちっきしょ、ぐっ、ぎぎぎぎぎ……一回発動した【氷風と影の割けび声】をどうにか止めようとするが、速度を遅くするのがやっとだ。
「ミコト姫! 【日の元】を!」
俺が必死に叫ぶと彼女はハッとして、【演舞春式Lv2】で習得する眩い太陽の光を召喚するスキルを咄嗟に発動してくれた。
迫る影を光で塗りつぶせば、氷の刃をギリギリで退け……彼女はどうにか無事だった。
あっぶねえ。
極度の緊張で冷や汗と胃がキリキリ痛むなか、俺はキリリと決め顔を作ってみせる。
「これが貴国と我が国の剣術の融合です」
「あ、はあ……」
その気の抜けた返事に俺は多少イラっときた。
こっちは真剣に接待模擬戦をしてやろうとしたのに、その腑抜けた態度はなんなのかと。あれだけ俺にケンカを売っておきながら、自分は何をしてるんだと。
それに物足りなすぎる。
俺が知ってる裏ボスの【桜花の大和姫】はもう少し歯ごたえがあった。もしかしてこいつも『ガチ百合』のメインヒロインたち同様、気分でコンディションが左右するタイプなのか?
それとも単に原作より努力不足で、隠しヒロインって立場上ゆるく生きてるとか?
いくら原作の三年前だとしても、現時点でマリアローズもマナリアも、姫騎士ですらLv70以上の強さを誇るなかで、お前はその程度なのかよ。
っち。
俺が胃を痛ませながら接待してやってるのに、お前はヒロイン枠だから楽できんのね。
そう思うとますますイライラしてきた。
どうして俺が小国の姫君ごときに、モブ学園ライフを邪魔されなきゃいけないのか。
「いいですかミコト姫……貴国の【四季神術】は自然さえあれば何でも発動できて万能です。ですがそれは環境に依存する力です。ゆえに相性をしっかり把握して、瞬時の判断で自然の力に新しい流れを生む! それこそが真髄でしょう!」
それから俺はあらゆる剣技や魔法を彼女にけしかけた。
彼女がギリギリ対応できる速度の連撃を浴びせ、何度も限界ギリギリまで追い詰めてゆく。
「ミコト姫、それは悪手です! 冥府系統の魔法には、春の育む太陽ではなく! 夏の熾烈な太陽で! いなすのです!」
「ふっぐっ……【夏日干し】」
「だから違うでしょう!? 炎魔法に対して冬風では燃え移ってしまいます! 冬雪か夏海でしょうが! さっき私が何のために水魔法でこの辺りを水浸しにしたと思っているのですか!? 自然と共に在りなさい!」
「ふえっ……【冬の雪原】」
「甘い、甘い、甘い、甘い、甘い、甘いいいいいい!」
「ぴえええっ!?」
夢中になってストレス発散————戦いの指導をしてやったらミコト姫は半泣きになっていた。
ここまで来ると俺の苛立ちも収まったので、満足感とともに木剣をおさめた。
しかし気付けば周囲の貴族子弟や令嬢、騎士家の皆さんの顔色は恐怖に染まっていた。
特にパワード君なんて、絶句しながら頬に一筋の脂汗を垂らしていた。
「ストクッズ男爵令息……やばいな」
「あそこまで徹底的にミコト姫を潰すのですね……」
「打ち合うどころか指導してましたよ」
「『お前は学ぶ側だ、でしゃばるな』って」
「鬼畜すぎないか?」
「……これでもかってぐらいに王国の威光を示しましたね」
ハッ!
こ、これはもしかしなくても……またもやミスってしまったのか!?
俺は動揺しまくる内心が顔に出ないようねじ伏せる。
そして涼しげな笑顔でそれらしいことをどうにか口から吐き出す。
「ミコト姫、これでおわかりいただけたでしょうか。共に手を取り合えばこそ、このような素晴らしい武踊を舞えましょう」
そう!
王国とジャポンが協力すればすごい力になるよ!
まだまだ姫君は未熟だけど俺がいるよ! 王国もついてるよ!
だから今までの無礼は全部水に流して仲良くしようね!
そういう意味をこめた模擬試合だったかんね!?
決してストレス発散で一国の姫君を、みんなの前で痛めつけていたわけではないんだよ?
「ストクッズ男爵令息は……」
憔悴しきった彼女にも、俺の言葉の意味が伝わったのか反応が返ってきた。
「妾と同じ歳で……我が国の伝統武踊の真髄を……学んでおられるのですか……王族の妾より、深く……」
しかしすっかり生気が抜け、今にも倒れそうなゾンビ姫は友好的に微笑む俺と目を合わそうとしてくれなかった。
「これが大国の貴族令息……しかも下級貴族ですら、このレベルですか……」




