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39話 隠しヒロイン


「ネル・ニートホ・ストクッズ。貴様に謝罪を要求する」


 ジャポン小国の姫君が俺に謝罪を求めるのだったら……まあギリわかる。

 だが、フリンネ公爵令息はお角違いだ。

 確かに姫騎士主催のパーティー襲撃事件で、もうちょっと早く俺が行動していれば彼の妹は救えたかもしれない。

 しかしなあ、それを100%俺の過失だと攻め立てるのはいかがなものかと。


 しかも彼って、俺がアリス姫殿下に取り入るためにあの襲撃自体を仕組んだ、なんて流布してるらしいし?


 はあ、やれやれだ。

 人がせっかく心地よく歩いてたのに冤罪野郎のお出ましか。

 これ以上、気分を害されるのも嫌なのでサクッとスルーで素通りしよう。


「なっ!?」

「貴様! ちょっと待ちたまへ!」


 そしてやっぱり絡んできたよ。

 ジャポン小国の姫君は驚愕の眼差しを向け、フリンネ公爵令息は憤慨の顔色で。

 まさか自分たちより遥かに格下の男爵令息に無視されるなんて思ってもいなかったのだろう。

 だがここは学園だ! 学び舎であるがゆえに、何よりも勉学が優先される!

 それは時に身分よりもなあ!


「おや? 始業の鐘が鳴っておりますね。もしや初日から講義に遅れるなんて、そんな向上心のない怠惰な者が、まさかジャポン小国にも我が国にもいるはずありませんよね? ましてや王国が誇る高貴な御方と、わざわざご留学なさって我が国に学びに来ている御方にねえ?」


「きっ、貴様っ!」

「よいのです。フリンネ公爵令息」


 ふっ。

 俺は授業なんて寝て過ごすつもりだけどな!

 なんて内心は全く表に出さず、涼しい顔で微笑む。


「これはこれは杞憂でしたか。我らが王国より国土も小さければ、つまらない事でいちいち言いがかりをつける、そんな狭量の小ささを憂慮いたしましたが。ご立派ですね」


 俺はそんな嫌味を落としてさっさと講義広場に足を運んだ。

 あとなぜかパワード君が、俺の隣で脂汗をめっちゃかいてるのが印象的だった。


「おまっ……王族と公爵家相手に……さすがにあれは……」





 一限目の選択講義は『魔剣技』だった。

 日常的に実戦形式の講義を行うらしく、木々が生えた屋外の広場で講義を行うらしい。

 そしてもちろん、魔剣技の科目は騎士家の子供たちが多かった。


「ストクッズ男爵令息、ごきげんよう」

「これはこれはストクッズ男爵令息」

「お世話になっております、ストクッズ男爵令息」


 俺が広場に足を運ぶと口々に挨拶をしてきたり、軽く頭を下げたりする子も多い。

 当然だ。うちが騎士家に売ってる【安眠MAX5号】の恩恵は計り知れない。なにせあれで寝れば、翌日は全ステータスが5~10%もアップする優れものだ。


 逆にジャポン小国の姫君が来ると、(そし)りはなくともちやほやもしない。他国の王族にしてはあるまじき歓待っぶりだろう。


 うん。きもちいいね。

 この場のみんなが損得勘定をしっかりできている優秀な子たちだ。


 騎士家のみんなは我がストクッズ大商会が誇る【安眠MAX5号】の恩恵を受けているので、うちと関係が悪化して卸されなくなったら、他の騎士家より一段も二段も実力が下がる。それだけは避けたいだろう。


 一度、『快眠ドーピング』を味わった騎士家はうちの魔の手から逃れられないのだよ。ふっはっはっはっは!


 表立ってストクッズ男爵令息の心象を悪くしてまで、異国の姫のお気持ちヨイショする馬鹿なんてここには存在しねえんだよ! 

 血筋と身分に頼りっきりのお前とは違うんだ!


 しかもぉ? フリンネ公爵令息もぉ? 三学年だしい?

 一年の講義にはいませえん!

 ぼっちざまああああああああ!

 


「えー諸君。誉れ高き【王立魔剣学園】への入学おめでとう。私は一年の【魔剣技】担当、フレイア教授だ」


 赤髪のボンッキュッボンなお姉さんが颯爽と登場し、俺たち新入生を燃える瞳で見回した。

 何人かの令嬢たちが黄色い声を上げているので、有名な女剣士なのだろう。

 ここに学園内の事情に詳しいコシギンチャ男爵令息がいれば、彼女について詳しく聞けただろうが、彼は二学年なので別の講義を受けている。


 特に気になるのはフレイア先生のスリーサイズだ。

 そんな下心を微塵も出さずに、真面目腐った顔でフレイア先生の身体をじっくり堪能した。

 

 よし、あとは適当に剣振って寝れそうなら寝よう、そうしよう。

 なんて初日からサボれるはずもなく、クラスメイトによる自己紹介なんてのが始まった。


 まあ最初の授業だ。

 これは仕方ない。


 しっかし『魔剣技』の講義なのに、貴族令嬢の数が多いこと多いこと。

 そもそもこの【王立魔剣学園】は生徒も教師も女性人口が多い。入学式でのパッと見だけど、新入生は男女比2対8ぐらいだった。

 そして男性が筋力的に適している【剣技】の講義ですら、男女比が3対7で女子たちが多い。


 さすが『ガチ百合』!

 と言いたいところだが、実は謎の不思議パワーでこの男女比になっているわけではない。


 この【王立魔剣学園】は元々、【王立女学院】だった。

 貴族令嬢や裕福な家柄の息女のみが通う学校で、親の意向を色濃く反映できる教育機関でもあったようだ。

 つまるところ『処女』に付加価値を生み出す貴族たちにとって、『純潔』を保ち育てる場であったわけだ。

 そんな学園だったからこそ、未だにそういう価値観を重視する親たちがこの【王立魔剣学園】に我が子を預ける。それに伴い、男子生徒の入学は厳しく審査されるわけだ。


 貴族のパパママの言葉を借りるなら『うちの娘が通う学園に不貞の輩は入学させん!』ってなわけで、そもそも男子生徒の入学条件が厳しい。

 

 そんな学園に俺のパパンは『神童を預けるにはここしかない!』の一点張りで……関係各所に様々なプレゼントやら交渉を行って俺を入学させてくれた。

 本当は男女比6対4の男子が多い【聖騎士学園】に入学してみたかったし、何度も他の学校に通ってみたいと直談判したけど、こればっかりはパパンも譲ってはくれなかった。


 特に俺が【王立魔剣学園】に在学する時期は王族が二人も通っているわけで、貴族としてはどうにか王族の覚えを良くしたいと画策するパパンの気持ちもわかる。

 しかもパパンからすれば、俺は将来有望な跡継ぎだから尚更だそうだ。


 ごめんよ、パパン。

 俺はパパンの残した財産でぐーたらする気満々だよ。

 稼ぎは全部どこぞの令嬢にでも寄生するつもりなんだ。


 ちなみにディスト王子殿下とは同学年だけど、クラスが違うので今のところ顔を合わせていない。


(わらわ)はジャポン小国が第二皇女、ミコトと申します」


 ふうーようやく最後まで自己紹介が終わったか。

 それでこのクラスの締めはジャポン小国の姫君ってね。さすがフレイア先生だ。そこは他国の姫君の面子を立てた————


 ん?

 ミコト……?

 父上から聞いてた姫君の名前は、ハルノなんたらって感じだったけど全然違うな?

 あれ、でもミコトって名前はどこかで聞き覚えがあるような……。


「あー聞いての通りミコト君はジャポン小国の姫君だ。彼女の名を聞いて訝しむ者もいるだろうが、これはジャポン小国の伝統でな」


 俺以外にも首を傾げる者がいたようで、フレイア先生は説明を始めた。


「ミコト君の国では本来、皇族に姓はない。姓によって区分される存在ではなく、唯一無二の存在なのだと。ただ、それでは外交上で問題が起きる時もある。例えば我が国もそうだが、姓のない者は下流の生まれ、もしくは身元不明とみなされる」

 

 王国貴族の名は『生き様』、『込められた力』、『どこどこの血筋』、って順番だしな。

 俺だったら父上が【カイネ・ニトール・ストクッズ】で、今は亡き母上が【ルーナ・ハレンホルン・ストクッズ】だから……。


 俺のネルって名は……父上の『黄金の救済者(カイネ)』と母上の『月女神(ルーナ)』から一文字ずつ取って『神威の伝達』、すなわち『神経(ネルフ)』からネルとなった。

 そして父上の『富の雷撃(ニトール)』と母上の『巨大な角の城(ハレンホルン)』を合わせて、『死を超越せし(ニート)動かざる黄金(ホルダー)』と、どうにも財産を残したいって気持ちがぷんぷん臭う力を込められた。


 ちなみに母上はハレン子爵家の長女で、父上と結婚する際に家名(ハレン)を『込められた力』の部分にあてがったようだ。


 そして我らが『ストクッズ』には包み隠しのない誠実な商売人のストレート家と、常に探求心と向上心を忘れない冒険者のキッズ家が本流らしく、【真実の子供たち(ストクッズ)】の家名を抱いている。


 つまり、俺の名を直訳すれば、神の力を()伝達する()死を超越(ニー)した財産(トホ)真実の子供たち(ストクッズ)、なわけだ。

 うん、なげえわ。


 とにもかくにも長い名前の方が威厳も意味も力も、生まれも育ちも保証されてるってこと。

 その点、一国の姫君が『ミコト』だけなんて侮られてしまうだろうから——


「ミコト君は外交上では『春篠宮(はるしののみや)八百万(やほよろず)之御神命(のみかみこと)』と名乗っているが、本国では(みこと)だそうだ」


 ミコト……そういえばアホ妹が『ミコトちゃん、さいきょー!』とかなんとか騒いでたような……。


「つまり、ミコト君はクラスメイト諸君へ! 気軽に自分の名を呼んでほしいと! 本国にいる者と同じぐらい大切で、対等で、身近な学友になりたいと! そう仰っておられるわけだ!」


 熱弁するフレイア先生の言葉が右から左へと突き抜ける。

 そんな話を聞いている場合じゃない。


 今の俺の脳裏には、残酷なまでにアホ妹の発言が反芻している。

『ガチ百合の神アプデきたー! 隠しヒロインちゃん追加だって! あの裏ボスの1人だった【桜花(おうか)の大和姫】! ジャポンの姫君ミコトちゃんなんだよ~!?』って。


 ちょ、まっ、え……こいつ、もしかし隠しヒロインじゃね!?

 くそがああああああああああああああああああああああああああ!


 ふううううううっ、落ち着け、俺!

 将来のヒモニートライフのためなら隠しヒロインちゃんの情報をどうにか思い出せるはず……!

 たしか、えーっと……。



「ダメだ。マジでなんも思い出せねえ……」


 そもそも俺は新アプデの情報を見たことすらないのでは?

 クッソ!

 十分にありえるぞ。だってメインヒロイン役立たずだし、女勇者(しゅじんこう)で一騎当千しちゃえ~関係ね~ってプレイスタイルだったもんな俺。

 裏ボスとしての【桜花の大和姫】は……まあまあ強かったと記憶しているが、あれは裏ボスとの戦いがメインじゃなくて、彼女を取り巻くジャポンの状況をどうにか打破するためのイベントだった気がする……。


 今の状況は絶対やばい。

 隠しヒロインとか面倒すぎるぞ。


 将来、女勇者(しゅじんこう)と関わるのか!? 関わらないのか!?

 どっちにしろミコト姫の、俺に対する評価は最低だ。このまま女勇者と出会って、『アイツって一国の姫スルーして無礼千万だったの殺して~』とか言われたらヤバイ。ヤバすぎる。


「さて、講義初日はそうだな。クラスメイト同士で親睦と剣技を同時に深め、見定めあう。熱い模擬戦を(おこな)ってみよう。どうかなミコトくん、キミからでもいいかい?」


「異論はございません」


「ではミコト君の相手は、そうだな。せっかく遠路はるばる王国に来てもらったんだ。手合わせしたい者はいるかな? 姫君ご指名の栄誉を賜るのは一体誰だ!?」


 ひょっ……。

 ちょ、まっ……。



「ではストクッズ男爵令息でお願いいたします」



 ですよねええええええええええええええええ……。

 うわあああああんどうしよおおおおおん。


 これは確実にミコト姫のお顔を立てて、ほどよく接待模擬戦をするべきだ。

 そうじゃないと未来の俺が死ぬ。


 だが、このミコト姫って妙に鋭そうなんだよなあ……変に力を抜いたのがバレた場合……余計に粘着されそううう。


 かといって本気だしてボッコボコのボコにしたら、女勇者にチクられて俺の破滅フラグがビンビンになっちゃうう。

 でも騎士家の子供たちの前で、模擬戦をするってのもストクッズ家としてどう立ち回るべきなんだ!?

 ショボい剣技を披露したら、『ストクッズのベッドで一番寝てるはずのストクッズ男爵令息ザッコォォォ、あいつのベッドで寝てもザコじゃね?』とか、ベッドのブランドに悪いイメージつかないか!?

 

 くひいいいいいいいいいいいいいい!


 俺は絶望と混乱する内心をひた隠し、涼しい笑みで申し出を受け入れる。

 今更、騎士家のみんなの前で平身低頭できるわけもなく、俺は【王の覇気Lv1】にすがりながら堂々と歩み出た。


「ミコト姫は王国剣技の案内をご所望で?」


「ええ、ですが果たして……(わらわ)に王国の武を証明できるほど、ストクッズ男爵令息に剣の腕前があるのでしょうか。聞けば眉唾ものばかりのお噂しか耳にしたことがありませんので」


 そこからミコト姫は朗々と、俺がわずか9歳で巨万の富を築いたとか、10歳で王国内の騎士戦力を大幅にアップさせたとか、11歳で食糧危機を救ったとか、神獣を手懐け各地で頻発するスタンピードを鎮圧し続ける英雄だとか、誇張すぎる噂を語った。


 しかしここで俺が事細かに、ちょっとアイディアだしてマナリアに協力してもらって、アイテマにベッド開発させて、草に永遠語り掛けて、動くふかふかベッド欲しかっただけで、気が向いた時だけ魔物討伐したり、面倒な時は【青薔薇の剣】って傭兵団やシロナに任せきりだったし~なんて説明できるわけがない。


 多くの騎士家の子供たちが注目しているのに、ここで引き下がってはストクッズ男爵家の沽券に関わる。

 引くに引けぬ地獄の中で、全ての冷や汗と苦渋を呑み込み、俺は不遜に笑った。


「噂は得てして、火のない所に煙は立ちませぬゆえ」


 遠回しにそれら全ては事実であると豪語する。

 

 そして俺は思う。

 今、まさに炎上中だよ。この俺の心境と未来図がな!

 このままじゃ燃えて灰になっちまう。


 だから俺は、そんな未来を全力で回避するべく覚悟を決めた。




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― 新着の感想 ―
~尊.命 関係でそのまま何とか 読めそうなものは少なめな気がする
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