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38話 都会の貴族とは


「あーあ、クズ男爵令息って奴は入学早々おわったな。そういやお前も弱小男爵令息だもんな。あんなふうにならないよう(わきま)えておけよ~」


 パワードくんは他人事のように笑う。

 そして隣でジャポン小国の姫君の発言を聞いていたマナリアは……え、ちょっ、黒いバチバチが身体に走ってるの何で!? 

 こ、この気配は【暗黒百雷】の前兆か!? ダメダメ、こんなところで死と破壊をまき散らす雷なんか落としちゃダメだよ!?


「マナリア。落ち着こう」

「……ネル君をバカにした……あの女に、ゲンコツカミナリです……」


 マナリアさん、そんな物騒な魔法を落としたらゲンコツカミナリって可愛らしい感じになりません。ここここの場の全員を殺しかねない範囲魔法です。


「か、彼女が……ああ言うように仕向けたのは俺だ。大丈夫、計画通りさ」


 なんの計画もないけど、ひとまずこうでも言っておかないとマナリアが暴走しそうで怖い。

 

「…………ネル君の邪魔、したくないです……わかり、ました……」


 ふいいいいい。

 次から次へと心労ばっかりだ。

 まあとにかく急場は凌げたってことで、さっさと寮に案内されてぐっすり寝よう。



 新入生代表の挨拶は色々な意味で波紋を呼び、王国に留学しておきながらディスト王子を下に見る発言に反発する者や、成り上がり男爵令息の失態を喜び冷笑する者もいた。

 俺は地味にだらっと学園生活を満喫したかったけど、この様子じゃ難しそうだ。ひとまずは静観する方針だが、ジャポン小国の姫君にちょっとイラつく。


 ああ、こんな時こそ早く寝よう。

 寝て目が覚めれば、嫌なことなんて全部スッキリさ。

 

 そんなわけで上級生の何某に寮を案内され、ふかふかのベッドに寝ようとして————



「おうっ、なんだよ。相部屋のパートナーはお前かよ。奇遇だな」


「……パワード辺境伯令息」


 基本的に【王立魔剣学園】は相部屋寮となっており、そのパートナーは王族を除いてランダムだと聞かされていたが……まさか脳筋そうなパワード君と相部屋になるとは……まあ、でも扱いやすそうだしこれはこれで行幸か?


「そんじゃ改めまして。俺様の名はパワード・ハイネケン・ロードス。ロードス辺境伯領、次期当主様だ」


「私はネル・ニートホ・ストクッズと申します。ストクッズ男爵領、次期当主でございます」


 改めて互いに自己紹介するとパワードくんは、目を見開いて爆笑しだした。


「ぶはははははっ! おまっ、おまえがっ、ジャポン小国の姫君に責められた間抜けだったのか!?」

「入学早々やらかしてしまいました。あはははっ」


「おまっ、笑い事じゃねえっつの。でもまあ、なんだろうなあ……外国の王族になびかないお前の豪胆さみたいのは気に入ったわ。俺様の領地も地政学上、仮想敵国と隣接してっから、その辺の駆け引きってのには興味がある。とはいえ、挑発のしすぎはよくねえんじゃ? ほんとにドンパチ始まっちまうかもしれないぜ?」


 おや?

 脳筋に見えたパワード君だけど、意外にも色々考えているようだ。

 辺境伯領という敵がすぐ近くにいるからこその視点はなかなか興味深かった。


「私は所詮、男爵令息ですから。王国の弱小貴族が姫君にちょっと無礼を働いたぐらいで、ジャポン小国も大げさに波風立てないでしょう」


 パパンがあっちの権力者を買収して広大な土地まで買ってるわけだし、ヘタにうちともめたくないはず。

 いや、待てよ? これってパパンの事業を邪魔しちゃった!?

 うっわ、パパンあっちでやりづらくなるじゃんか。王族に睨まれたら、商売やりづらくなりそう。あっ、でも王族に不満を持つ貴族や反発勢力は味方につけやすい?

 んー、どのみちパパンならうまくやってくれるだろうから、俺は早く寝たい。


「そこがわかんねえんだよなあ。吹けば飛ぶ男爵家の態度じゃねえんだよ。目下、お前の敵はジャポン小国じゃねえだろ」

「というと?」


「自国の貴族や王族だろうが。小国の姫君への無礼、すなわち我らが王国の威光を貶めた、なんて言いがかりをつけられ……下手すりゃ御家とり潰しの失態もんだぞ? どうにかできる自信があるのか?」

「…………寝れば全て解決しますよ」


 ふう、入学初日から現実逃避したい。


「はあ? ったく、これが父上が俺様に見せたかった王都周辺の貴族ってやつなのか……?」


 パワード君の反応は理解できない者を見る目付きだが、俺は気にせず寝る準備に取り掛かった。


「ハハッ、まあいいや。ネル、お前が大馬鹿もんなのか……それとも肝っ玉が据わったすんげえ奴なのか、見定めさせてもらうぜ」






 入学式からの翌日。

 俺はパワード君と一緒に行動した。


 彼は12歳にしてはヘリオに負けず劣らずの立派な体躯で、影に隠れるにはちょうどよかった。

 というか彼の辺境伯領次期当主という肩書きもあって、一緒にいると俺にちょっかいをかけてきそうな貴族子弟を回避できている。

 虎の威を借りる鼠、それこそが俺なのであった。


「いやはや昨日は災難でしたな、ネル殿」

「そうね。でもネル殿のことですから、何か策略がおありなのでしょう?」


 そして俺たちにひっつくように朝の食堂を共にするのは、二年のコシギンチャ男爵令息とレイ伯爵令嬢だ。

 先ほど簡易的な挨拶をしてきた二人は、当然のように同じ席についていた。


 父上に事前に言われた通り、実質うちの傘下にいる貴族家だ。二人は俺の悪評が広まった今、自分の立場が悪くなるかもしれないのに、周囲には俺の派閥に属していると示してくれるあたり信用が置ける。


「ふっ……たかが小国の姫君に下げる頭などないですからね」


 俺の平穏で地味な学園生活をぶっ壊した姫に謝る義理はない。

 そもそもこの学園は自立性を重んじるわけで、他国の姫君だからって案内役をつける特別扱いはおかしいだろ。入学式会場ぐらい一人で来れるだろうが。

 なんて約束を忘れていた自分を棚に上げ、ジャポン小国の姫君に恨みつらみを内心でぼやく。


「それで、学園内はどんな様子ですか?」


「はい、ネル殿。ディスト王子殿下に関しては、入学試験結果が2位のため評判はそこまで下がっておりませんね。むしろジャポン小国の姫君がかなり優秀なだけなのでは、といった見解でまとまっている様子です」


 しかし問題は俺だ。


「その……ネル殿に関しましては、『王国の評判を落とした貴族の恥』と流布する者がおります」

「ほう。『さすがは成り上がり貴族だ! もはや貴族の名折れ!』なんて、妬む者たちがいると?」


「所詮はストクッズ男爵家のご活躍を妬む小物です。ここぞとばかりに悔しい思いを発散しようとする下衆どもですから、お相手になさらぬよう」

「特にフリンネ公爵令息が騒ぎ立てているようですね。彼だけはご注意を」


 ああ、先日の姫殿下のパーティーで守り切れなかったご令嬢の兄君か。

 まあ俺への攻撃材料を探したくなる心情はわからなくもない。

 愛する妹の命を何者かに奪われ、その憤りの矛先を見失いかけている。そこで登場、恰好の標的! 成り上がりの男爵令息(おれ)ってわけだ。


 ちなみに俺たちのやり取りを無言で静観しているパワード君。

 まあ、キミが口を開くと威圧的に映るから、そのまま置物の飾り虎をしていてくれ。


「ネルくんっ……あの……おはよう、です?」

「ネル様。お初にお目にかかります。グラノリア・シェアルル・グリンダでございます」


 さらに二人のご令嬢たちが俺たちの輪に入ってくる。

 マナリアと……父上より事前に聞いていたグリンダ子爵令嬢だ。

 翡翠の髪色が特徴的で、ちょっとそばかすがあるけどお顔が整っていらっしゃる。俺への緊張の表れなのか、若草色の瞳が頼りなく揺れている。


「やあ、マナリア。そして初めまして、グラノリア子爵令嬢。私はネル・ニートホ・ストクッズです」


 うんうん、これにてなかなかの徒党を組めているのではないだろうか。

 部外者であるパワード君も一応、俺の傍にいるってことで一部とみなされているはず。

 あと俺の派閥と言えばカーネル伯爵令嬢だが……彼女だけ学年が三年なので、何らかの事情で挨拶に来れないのかもしれない。

 ちなみにコシギンチャ男爵令息とレイ伯爵令嬢は学年が一つ上なので、一応家名(みょうじ)呼びで接している。



「あの、そちらの御方(おかた)は……」


 それぞれが自己紹介をするも、パワード君だけが沈黙を通して朝食に夢中になっていたので、見かねたグラノリア子爵令嬢がおずおずと彼に話題を振った。

 そこでこの場の誰よりも爵位が上であるパワード君にお伺いを立てるのは、この派閥の代表である俺の役目だ。

 もちろん相部屋のよしみもあって話しかけやすい。


「パワード辺境伯(・・・)令息。ご紹介してもよろしいですか?」


 その問いに彼は少し驚いたように目を見開き、それから鷹揚に頷いた。


「こちらはオールド・オブスタイン・ロードス辺境伯がご長男、パワード・ハイネケン・ロードス辺境伯令息でございます」

「紹介に預かったパワードだ。パワード様と呼ぶことを許す」

 

 これには俺の派閥もちょっと動揺していた。

 俺が思っていたより辺境伯子息の肩書きは強力なのか、全員がかしこまって緊張が走っている。

 そして四人全員から『いつの間にこのような高貴な御方を派閥に引き入れたのか』と、尊敬の眼差しを向けられてしまった。


 はっはっはー!

 パワード君は俺の派閥ってよりかは、俺がパワード君にくっつく(フン)みたいなもんだけどね!

 まあいいや、なんか気分いいし。


 それから俺は意気揚々と一時限目の講義に参加すべく、食堂から移動を開始。

 周囲の同級生らしき生徒たちはパワード君の迫力や、俺たちの錚々たる顔ぶれに気圧され、自然に道を開けてくれる。


 どこぞの姫君のせいで、すでに地味でぐーたら学園ライフを送るのは難しいのでふんぞり返って歩き進む。


 ふあー徒党を組むってきもちええええ。

 おらおらどけどけ! 文句があるやついるかあ!?

 こっちには辺境伯令息に伯爵令嬢が二人、子爵令嬢が1人、男爵令息が二人もいるんだぞおお!?


 そんじょそこらの貴族子弟じゃ太刀打ちできないからなあ。

 それこそ侯爵級二人、もしくは公爵級か王族でもつっかかってこない限りなあ!


 しかしそれでも俺たちの行く道を阻むうっとしい者が現れた。

 それは和装の美少女……新入生代表の姫君だ。

 そして彼女の隣には底意地の悪そうな少年が1人、俺を睨みつけている。


「姫君の隣におられる御方が……三年のフリンネ公爵令息です」


 すかさずコシギンチャ男爵令息が俺に耳打ちをしてくれる。

 おーおーさっそく小国ジャポンに取り入っちゃって。

 さてさて、俺のぐーたら学園プランを邪魔しようとする奴らはどうしてやろうか。





 俺様の名はパワード・ハイネケン・ロードス。

 ロードス辺境伯領の次期当主様だ。


 幼少期より隣国とバッチバチの小競り合いをこなし、海上交易の要衝地を守り続ける父上を見てきた俺様だが、今更になって王都の学園なんかに入学するはめになっちまった。

 こんなぬるま湯の平和にどっぷり浸かった連中と関わって、何を学び取れるのかって話だ。

 さっさと父上のもとで戦場を学びてえ。時間の無駄だ。


 そんな不満がつい態度に出ちまった。

 入学式会場までの場所がわからず苛立っていた俺様は、妙に鋭い顔立ちの美形野郎が気に食わなくて絡んでやったんだ。


「ああん? なんだお前は、ワンコロなんぞ連れてきやがって」


 王都周辺の貴族令息ってのは、学び舎に呑気にペットまで持ち込むのか?

 なんて腑抜けてやがる。

 

 最初はそう思っていたんだがな……。


 そいつは何だか、ボンクラっぽく気が抜けてそうで……全方位を抜け目なく警戒してそうな気配があって、よくわかんねえ奴だった。

 


「ネル・ニートホ・ストクッズ男爵令息、(わらわ)は貴方の無礼を、我が国に帰っても決して忘れません!」


 もっとよくわかんねえことに、一国の姫君に名指しで糾弾されたってのにアイツはケロっとしていた。

 それどころか姫君の発言に心ここにあらずで、『今それより気になるもんあるう!?』って俺様の疑問はすぐに解決された。


 なんかヤバげな奴をいつの間にかすぐ横に(はべ)らして、制御してるっぽかった。

 濃密すぎる魔力が極限までに練り込まれた黒い電流を纏う令嬢がいて、今にも暴発しそうだったのに……あいつは極々自然におさめていた。


 あれは父上の戦場に何度かついてった俺様だからわかる。

 やばすぎる魔法だ。

 ネルのおかげで死を免れたと思うぐらいにはやばかった。


 そしてネルは異様なまでにメンタルがブレねえ。

 戦場じゃ精神状態が戦いの動きを大きく左右する場面もある。だから、俺様だってメンタルコントロールは鍛えてきたつもりだが、あいつは尋常じゃない。

 少なくとも一国の姫君に、新入生全員の前で敵意を向けられたら俺様だって少しは寝つきが悪くなる。そうなると翌日のパフォーマンスは低下し、戦場だったら致命的なミスに繋がりかねない。


 だが!

 ネルの野郎はさっさと寝て、スッキリ爽快万全の体調で翌日を迎えやがった。


 はあっ!?

 王都周辺の貴族令息ってのは、みんな鋼のメンタル持ちなのかよ!?



「ネル殿、お初にお目にかかります。シティ・ミヒャエル・レイシスと申します」

「お久しぶりですなネル殿。ロビン・クルーズ・コシギンチャックでございます」


「おお、レイ伯爵令嬢にコシギンチャ男爵令息。わざわざご挨拶いただけるとは、ネル・ニートホ・ストクッズです」


 しかもだ。

 今のネルの学園内での名声は地に落ちているはず。それなのにこいつの周りには、次々と貴族令嬢や令息が集まってきやがる。

 普通だったら学園内での自分の立場を考えて、ジャポン小国の姫君に糾弾されたネルに近づかないだろ。


 しかもネルは自分より家格が上の連中にも、さも自分がリーダーみてえな振る舞いをして、連中もそれを自然と受け入れてるのが不思議すぎる。

 たかだか男爵令息に、二人の伯爵令嬢が気を遣っているだと?

 ありえねえ。


 ネルは何かがおかしい。

 だからこそ俺は興味を惹かれるのかもしれねえ。



「偶然ですね。ネル・ニートホ・ストクッズ男爵令息」


 明らかにネルたちを待ち構えていたのに、『偶然』と豪語するのは件の姫君だ。それと後ろに控えてんのは確か……フリンネ公爵令息だったか?

 ジャポン小国の姫君が穏やかじゃないのはもちろんだが、フリンネ公爵令息がネルに向ける視線も敵意に溢れてるじゃねえか。


 いきなり大物相手がすぎんだろうが。

 皇家も公爵家も……俺様の辺境伯家より格上だぞ? そんな権力のバケモン相手に、男爵家なんてのがまともにぶつかったら木っ端みじんだろうが。


「ネル・ニートホ・ストクッズ。貴様に謝罪を要求する」


 おいおい、フリンネ公爵令息はネルを呼び捨てどころか、会ってすぐに謝罪の要求とはな。相当なご立腹だぞ。

 一体ネルの奴は何をしでかしたんだ?


 ふとネルの方を見れば……口元に涼しい笑みを浮かべてるじゃねえか。

 これは見物だな。

 ネルの奴はこの二人にどんな対応をするんだろうな?




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