36話 モブにふさわしい入学式を
「ヘリオ。俺がいない間はストクッズ騎士団長代理を任せたぞ」
「かしこまりました!」
「ヘリオのお眼鏡にかなう者がいたら、お前の補佐官として雇用しても構わない」
「ッ! そこまでの裁量権をいただき、誠にありがとうございます! ネル様の信頼に応えるべく、全力を賭して人材登用も行ってゆきます!」
今日までヘリオに補佐官を用意できなかったのは心苦しいが、副団長のシロナと上手くやってくれればきっと大丈夫だろう。
俺は学園に向けて出発する前に様々な引き継ぎ業務を終え、それらをヘリオに共有していた。
学園に赴くのは、何も学びだけが目的ではない。
ぐーたら青春を謳歌……人脈を築くために行く。
俺は男爵家長男であり跡取りだが、貴族家の次男三男坊は基本的には家督を継げない。
ゆえに、将来有望そうな貴族家の嫡男をスカウトするのだ。
貴族にも顔が利く人材を雇えれば、それこそ悠々自適なヒモニートライフを楽しめるはず!
そんな硬い決意を胸に俺は【王立魔剣学園】のある王都へ馬車を走らせた。
『王都、美味しい食べ物、あるっち?』
「ああ。悪い人は食べていいぞ」
『やったっち!』
一応、移動用のベッド……ペットである【神堕としの幻狼モフリル】も同行させている。ちなみに彼女は自身のサイズを変幻自在にでき、今は小型犬ぐらいの可愛らしいサイズで膝の上に乗っかっている。
王都につけば、モフリルは夜になると狩りを楽しんでいるようだった。
彼女は人間も何人か食したらしいが、やはり食べ応えのある魔物の方がいいと言って、遠方まで狩りに出る日が多い。
俺は俺で入学の諸々の手続きを全て部下にやらせ、王都の高級宿でぐーたら過ごすこと数日。
ついに【王立魔剣学園】の敷居をまたぐ日が来た。
メイドちゃんたちに着替えの準備をさせ、完璧な恰好で新入生たちが集う入学式場へ向かう。
ちなみに【王立魔剣学園】は、貴族子息であってもメイドや使用人などを学園内に入れるのを禁じているがペットは可だ。
自立心を育むためうんぬんの教育方針だとか。
「貴族子弟や有力な金持ちしか通えない学園だけあって豪華絢爛だな」
『人間っちは面白いっちね』
特権階級とは最高だ。
ただ校内を歩くだけで、自分が特別な存在なのだと思えるぐらいに自己肯定感が上がる!
が、しかーし!
ここで傲慢になったりはしない!
3年後に入学するであろう女勇者に目をつけられないよう!
俺は至極地味な学園生活を送る!
「ああん? なんだお前は、ワンコロなんぞ連れてきやがって」
入学式場までの道を花歌ルンルン気分で歩いていると、少しばかり図体のでかい少年にぶつかってしまった。
いや、むしろあちらから当たってきた節すらあるものの、ここは地味にいきたかったのでサクっと引き下がる。
「これは失礼しました」
「おい! このロードス辺境伯が長男、パワード様にぶつかっておいてそれだけか? おまえ、生家の爵位は?」
「男爵位でございます」
見たところ、胸の記章が白色なので同学年だとわかる。
そしてうちより爵位が4つも上のお偉いさんで、ついでに父上より事前に聞いていた俺の派閥とあんまり相性のよくない辺境伯の息子さんか。
『喰っていいっち?』
あー勘弁してくれ。
俺は地味~にいきたいんだ。
「はっ、男爵位とな。吹けば消え飛ぶ木っ端風情が。まあ仕方ない、今回だけは見逃してやる」
「空よりも広い御心に感謝いたします」
ふう、どうにか地味にいけそうだ。
だが俺はこれを学びに【気配察知Lv5】と【存在感知Lv3】と【百里眼Lv2】を発動しながら、周囲を最大限に警戒した。
【気配察知Lv5】は敵意ある者の居場所をなんとなく察知するスキルだが、Lv5にもなると敵意がなくとも半径50メートル以内の存在を認識できる。また【存在感知Lv3】は目に見えない存在を半径30メートル以内から感知できる。
これに加えて100メートル先を見通す【百里眼Lv2】が加われば、事前に面倒事を回避できる可能性が飛躍的に上がるというもの。
入学初日から目立ちたくはない。
俺のぐーたら学園ライフを実現するために、あらゆるリスクを排除しなければ。
「ちっ、なんだよ。おまえも新入生かよ」
「はい、パワード辺境伯令息」
パワードくんは俺のことが気に入らないはずなのに、なぜか横を歩いている。
そして俺の胸にも白い記章がついていると気付いたのだろう。
「はっ。ってことはお前も入学式会場に向かってるってわけだな」
「はい」
「ちょうどいい、俺様を案内しろ」
「へ? 事前に配られていた校内の見取り図を見れば——」
「俺様に指図するつもりか? 男爵子息風情が」
おやあ。
どうやらパワード君は迷っているのかもしれない。
まあ、無理もない。
この学園の敷地はバカでかいしな。
ここで揉めては俺の地味作戦が破綻しかねないので、彼の提案に乗っておこう。
「では、不肖ながらパワード辺境伯令息のご案内を務めさせていただきます」
「おう」
あれ?
俺って今、わりとモブキャラできてないか?
なんかこう女勇者と絶対関わらない弱キャラって感じでさ。
そうそう、こういう感じでいいんだ————
おっと、油断は禁物だな。
【気配探知Lv5】と【百里眼Lv2】が見抜いたのはディスト王子殿下の存在だ。
彼は今まさに遠くの方で俺を見つけ、軽く手を振ろうとしていた。
は?
王族がお出迎えとか、地味できないだろうがよ!
いくら俺お手製のおっぱいホールが最高だったからって、入学式から王子と関わるとかいらぬやっかみくらうだろうが! 注目浴びるだろうが!
そんなわけで俺はディスト王子に気付いてないフリをして進行方向をさらっと変える。ちょうど影になりそうな建物があったので、あ……ここは高学年生の錬金塔か。
「おい、お前。こっちで合ってるのか?」
「もちろんでございます」
ふぅー。
なんとか回避。
よし別ルートで入学式会場に……っておいいい、今度はメインヒロインのアリス姫騎士が数人のお供を連れながら、物々しい雰囲気で突っ立てるのなんで?
入学式会場に入ろうとする新入生一人一人をねめつけるように、それこそ誰かお目当ての人物を探している空気だぞ。
二つ上の上級生で、しかも王族があんな風に新入生を迎えるのはプレッシャーすぎる。
そして何か嫌な予感がした。
おそらく剣闘大会のこともあり、俺は姫騎士に疎まれているはず。
それこそパワード君みたいに難癖をつけてくるために、あそこで待ち構えて————なるほど、大勢の前で俺をコケにして夢のぐーたら学園ライフを潰す気か。
そうはさせるか姫騎士野郎が!
「パワード辺境伯令息。あちらが入学式会場です」
「お? おう、ようやくかよ。お前さあ、もうちょい近道とか気の利いたルートを考えろよなあ。それだから男爵令息どまりなんだぞ? ま、俺様レベルになるとその辺は楽勝よ。ホントだぞ? 迷ってなんかないからな? ったくよお、そういや父上も心配しすぎなんだよなあ……辺境じゃ王都の洗練された文化を見る機会が少ない~だとか、入ってくる情報が限られる~だとか、貴族間のパワーバランスに疎くなる~だとかで【王立魔剣学園】で学んでこいだなんてよ。俺様は辺境で、海外の奴らを叩きのめせればいいんだよ。そりゃあ俺様レベルには王族や公爵家とのつながり? みてえなもんは必須だけど、そもそも王族なんてのは滅多にお目にかかれないわけだし、お近づきになるなんて容易じゃねえ。俺様には煩わしい駆け引きよりも剣を振ってる方が性に合うってもんよ」
パワード君の独り言を聞いてるフリをしながら、彼の12歳にしては大きな図体の影に隠れるようスキルを発動する。
「——【黒子】」
スキル【黒子Lv3】は誰かの影に隠れると非常に認識しづらくなるといったスキルだ。これでおそらく姫騎士連中の目を突破できるはず。
「おいおいもしかしてアレはアリス姫殿下じゃねえか? うっわ、すげえ美人だな……あ、でも先輩だし……っち、こっちから話しかけるのは失礼か……くっそーせっかくのチャンスなのに話しかけてえー」
おい、バカパワード!
変な気を起こすなよ!?
俺だって貴族の礼節は守ってるだろ!
将来継ぐ爵位は彼の方が上なので、彼からフルネームで名乗らない以上、こちらから自己紹介をするのは憚られる。
そういうのも弁えて、今まで自分の名すら告げずに通してきたんだぞ?
今更たのむよおおお。
そんな祈りはパワード君に伝わったのか、彼はちらちらと姫騎士を見ていたが何も言わずに入学式会場へと入ってくれた。
ふぅーこれで一件落着だ。
平穏無事な入学式が————
「ネル君、お久しぶり……です」
ひゅっ。
すぐ後ろの耳元で急に囁かれたものだから少しチビってしまった。
というか俺の探知系スキルをかいくぐって、俺の背後を取るなんて一体何者だ!? モフリル、こいつは敵か!?
『だいぼぶっち』
驚愕の眼差しで振り向けば、そこには黒髪黒目のまごうことなき美少女がいた。
おっと……すっかりこいつを忘れていたぜ、魔封石製造機ちゃん……学園に通うってなればもう一人のメインヒロインと遭遇することもあるな、うん。
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
いや、近くね?
目と目がくっつきそうだし、鼻と鼻が軽くぶつかったぞ?
「や、やあ、マナリア」
「……はい、ネルくん」
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
マナリアは口をもにゅもにゅと動かし、そして噤むを繰り返していた。
しかも至近距離で見つめ合うのが恥ずかしかったのか、年ごろの少女のように頬を真っ赤に染めている。
うーん。
そんなことしても無駄だぞ。
やってることは普通に怖い。
そもそもどうやって俺の後ろを取れたんだ?
「マ、マナリアはすごいな。突然、俺の後ろに現れるなんて魔法を使ったのかな? 相変わらず魔法の研究に余念がないね。俺もキミの勤勉さを見習わないと」
なるべく刺激しないように、適度に褒めつつも慎重に奴の手札を探ろう。
「……【影結びの門】で…………ネルくんと、私、つなげたです……」
ふっざ……!
おまっ!
何勝手に繋げてんの!?
それって対象の影に転移門を設定して、背後を取って一撃決殺するときのコンボ初撃だよな!?
しかもLv70前後で覚えるパネェやつだぞ!?
俺がプレイした『ガチ百合』ではマナリアはポンコツだから育てなかったけど、それを見かねたアホ妹が誇らしげに『マナちゃん高火力だし~機動力抜群だし~こうやって一撃決殺コンボもできるんだあああバカ兄貴には真似できない戦略だよねえええ』とか自慢げに見せびらかしてた魔法じゃねえか!
なんて呪詛みたいな内心のツッコミはおくびも出さず、俺はただただ微笑んだ。
「やっぱりすごいな、マナリアは」
「……ネル君には、負けます……いつも……その、ごにょごにょ……」
いや、実際後ろを取られた時点で俺の負け確なんだよおおおおおちきしょうがあああああああああ!
俺の額と頬、ピクピクしてないよな?




