33話 ヒモ無双
傍から見ればアリス姫に加え、ディスト王子の心象も良さそうな俺。
当然、お貴族様の令嬢や子息はこぞって俺に話しかけてきた。
あれやこれやと貴族的な言い回しや礼節を完璧にこなし、ものすっごく疲れたけど、そこそこ顔をつなぐのに成功した。
中でもローリタ子爵令嬢とオーエル侯爵令嬢はなかなかに反応が良く、将来のヒモ寄生候補にしむけるのもいいかもしれない。
ふぅー胃がキリキリ痛むのを我慢した甲斐があったぜ!
また、未来の悪役令嬢、バインネ公爵令嬢とも少しだけ会話をした。
何のことはない普通の貴族令嬢で、きっと王子に恋して暴走しただけなんだろうなーって印象だ。
「ネル様」
「ああ、わかっている」
そろそろストレスで頭が禿げかかりそうだと思っていた矢先、不意にシロナが耳うちをしてくる。
もちろん【気配察知Lv3】に引っ掛かる勢力が、パーティー会場の面々を囲むように近づいてきているからだ。
【存在感知Lv2】が発動しないあたり不可視のモンスターではない……?
アリス姫殿下主催によるドッキリとかサプライズとも勘繰ったが、どうにも数が尋常じゃない。それに隠密スキルや悪意の反応がなければ、【気配察知】に引っ掛かりはしない……。
んんー正確な数まで【気配察知Lv3】で把握しきれないので、シロナが持つ【危険察知Lv4】に頼ろう。
「シロナ。数は」
「32名ほど」
多いな。
しかしここで隠密勢力が姿を現す前に、俺が早く動き出した場合……。
『どうして事前に動けたんだ?』
『実はストクッズ男爵令息が仕掛けた自作自演では?』
なーんてやっかみ疑う奴らも出てきそうだし、ここは普通に静観しよう。
我ながらクズな対応だが、背に腹は代えられない。
あくまでこの場の俺は成り上がりの新興貴族でしかないのだから、下手に貴族に目をつけられ、将来のヒモニート生活を脅かす事案など避けたい。
せいぜい何か起こるとしてもこの会場の貴族に恨みのある連中が、身代金目当てに————待てよ? ここは王城で、まがりなりにも王族主催のパーティーだぞ?
簡単に侵入できるはずもなく、ましてやそこらの野盗なんかが存在できるはずもない。高位貴族が手引きしている、もしくはかなり周到な連中でない限り——
「きゃあああああッ!?」
「ぎゃっ!?」
まさかの侵入者たちは問答無用で、会場の貴族子息や令嬢らを殺し始めた。
悪魔みたいな仮面をつけ、手には短刀などの暗器を持ち、何の遠慮もなく子供らに刃を突き立てる。
もちろん会場には護衛騎士たちもいるが、対応が後手後手に回っている。
おいおい、マジかよ。
俺は阿鼻叫喚の地獄絵図を見て、心の底から震えていた。
「冗談はよしてくれ」
胃の痛みに耐えながら!
築き上げたせっかくの人脈があああああああ!?
将来、女勇者が俺を糾弾したとしても、彼女らの支援や繋がりでどうにか乗り切れるかもしれないのにいいいいいいいい!
「ふざけるな————」
シロナが二人の仮面野郎の攻撃から守ってくれたのを尻目に、俺は激しい怒りに震えていた。
したくもないプレゼントの準備なんかして、来たくもないパーティーに来て、会いたくもないメインヒロインの姫騎士に会って。
おまけにストレス貴族社会を乗り切ったと思えば、なんだこれは?
「俺はただ、早く帰って寝たいだけなのに————【影の千剣】」
無詠唱でスキル【影剣】Lv5と【黒魔法】Lv5の複合スキルを発動する。
仮面野郎たちの足元の影を指定し、そこから無数の剣が躍り出る。鋭い刃は仮面野郎たちを瞬時に貫いていく。
それでも何人かは身をかわせる程度の奴がいたので、俺は次のターゲットをそいつらに定める。
敵の一人は姫騎士と相対しているようで、まあソイツは放置でいいか。
姫騎士の手助けとかしたくないし、【触れられざる高貴】があるから大丈夫だろう。
残り三人は————シロナが1人切り捨てたところだから、あとは俺がやろう。
敵二人は自身の影から飛び出た影剣を警戒しているので、そっちに目を奪われているうちにジャンプし、頭上から一気に急接近を果たす。
「————【日刺し降り注ぐ】」
スキル【光槍】Lv3と【陽魔法】Lv3の複合スキルを発動。
下ばかり見ていた彼らはとっさに上を仰ぐも、その強い光に視界を潰される。そのまま、二筋の日差しが光の長槍となって彼らを貫いた。
一人は頭を焼き刺され即死。
そしてわざと急所を外した一人に対し、俺は上段より右足を降り落とし、優雅な着地を決める。
「ふぅん。初めて人を殺したけど……罪悪感より眠気が勝るな」
俺はあくびを嚙み殺し、改めて周囲を見渡す。
護衛騎士たちや貴族の子息令嬢たちは俺を見て唖然としていたが、シロナだけは誇らしそうな笑みを浮かべていた。
そして姫騎士は……ジャレてた敵を沈黙させ、なんか恍惚の目でこっち見てるの……なんで?
おいおい、さっさと怪我人の搬送とかしようよ。
ああ、もちろん最後の一人は生け捕りにしてある。
尋問でも何でもしてやってくれ。




