29話 選ばれし者たち
当たり前だけど王宮はストクッズ男爵邸と比べて、豪華絢爛だった。
『ガチ百合』をプレイしていた時はそれほど気にしなかったけれど、実際に目にするとその荘厳さに圧倒されそうになる。
きっとベッドもさぞかし寝心地のいいものが置いてあるのだろう。
そんなことを考えていると、緑の芝生が敷き詰められたパーティー会場に到着した。
お日様の光の下に花々が咲き誇り、美しい庭園にて語らうダンスパーティーだ。楽団の人たちはすでにゆるやかな音楽を奏で、ゲストの貴族子弟たちもそこそこ集まっていた。
主賓である姫殿下などの大物はまだその場にいないが、そこかしこで談笑が交わされている。まさにダンスパーティーの序幕といった、優雅な空気が流れていた。
「立食形式なのですね」
俺のパートナー兼護衛役のシロナは、普段の気さくな物言いから一転してこの場にふさわしい敬語で話しかけてくる。
俺も立場状、少し偉そうに頷く。
「ダンスをして軽食を楽しみながら談笑する。曲調が変わったらまたダンスに出る。そんなものだ」
そういえば『ガチ百合』ではヒロインたちとの好感度を上げるイベントの一種で、ダンスパーティーが存在したけど、俺は何をすれば好感度が上がるのか知らない。
そんなくだらないものに時間を割くなら、少しでもレベル上げをしていたかった。
「それにしても……女子が多いですね」
「たしかに。貴族令嬢ばかりだな」
会場は9対1で女性ばかりだ。
これも『ガチ百合』の世界観だからか? と納得できなくもないが、なんだか不自然すぎる男女比率だ。
「おやあ? 新顔だなあ」
そんな女の花園では珍しく、一人の少年が俺たちに話しかけてきた。
年齢は13歳ぐらいで、かなりやせぎすな体形をしている。
「おっと失礼。俺の名はリカルド・ハーツ・ベアンだ」
うあ、もしかしてベアン伯爵家の息子か?
爵位はうちより二個も上だし、王家より直接爵位を下賜されている家柄だから間違いなく上級貴族の血筋だ。
そして何より興味を引かれるのは、人熊の能力を有している家柄だ。
『ガチ百合』ではたしか紆余曲折あって、敵キャラとして登場したはず。
中ボス級でなかなかにてこずった相手だったから印象に残っている。
「私はネル・ニートホ・ストクッズです」
「知っている。今回の招待名簿に唯一、新顔の男子として載っていたのがお前だからなあ」
おっと。
なんだか少し棘のある物言いだな?
「獣臭いのは好きだが……下賤なクズの臭いは引きちぎりたくなる」
やっぱり俺がこのダンスパーティーに参加するのを快く思っていないようだ。
「お前はアリス姫殿下が如何に聡明であらせられるか理解しているのか? 何よりも強く、美しく、気高い至高の御方だ。そんな姫殿下のダンスパーティーに、汚らわしい平民風情が土足で踏み込んでくるなどあってはならないだろう? 俺のように高貴で優秀な者ならいざ知らず、お前のような成り上がりの平民が……!」
一応さ、俺ってその姫殿下に直々に招待されているわけだし、そこんところをわかっての発言なのかなあ……。
まあまだ13歳の子供だし自己顕示欲? プライドみたいのが許さなかったんだろうなあ。
「このパーティーに招待されるのは、いわば選ばれし者の中の選ばれし者だ。偶然にも迷い込んだ野ネズミは、大熊に喰われる前にとっとと逃げ帰るがいい」
「ご教授、痛み入ります。王家に忠誠を誓う末席に身を置かせていただく手前、この場にご招待くださったアリス姫殿下に、パーティーに参加したと目されたらすぐにでも帰らせていただきたく」
俺は平身低頭で虎の威を借りる。
王家に招待されたかんね! ここで帰ったらきみの敬愛する姫殿下に背くことになるよ!
というか本音は俺だって『ガチ百合』のヒロインである姫騎士なんかと絡みたくないかんね!
「ふん……殊勝なことだ。姫殿下は貴様になど目もくれぬだろうが、確かに王家の誘いに背くのは逆賊よ。クズの平民でもそれぐらいはわきまえているのか」
しかし、ここまで姫騎士を慕っているのに『ガチ百合』ではどうして敵キャラになっていたんだろうか。しかも超悪役王子の部下みたいな立ち位置だった気がする。
あーこんなことならストーリーをちゃんと見ておけばよかったなあ。
「ネル様? このゴミは如何様にいたしますか?」
「ん?」
周囲に聞こえないほどの小さな声音に横を見れば、表情が全くなくなったシロナがそこにいた。
能面のような顔で、ベアン伯爵令息をジーっとにらみ続けている。
「ひっ」
俺は珍しく戦慄してしまった。
いつも無邪気なシロナが……今は途方もなく異質な何かになった気がした。
「お、お、落ち着くんだシロナ。こんなところで暴れたら姫騎士が、じゃなくて……ぱぱぱぱパーティーが台無しになるからな?」
「ネル様の名誉を守るほど価値あるパーティーですか?」
「…………す、少なくとも今後の命運に関わる」
「承知いたしました」
ひぃぃぃぃ。
シロナの新たな一面を見て戦々恐々としていると、さらなる問題が飛び込んできた。
「貴様がストクッズ男爵令息か」
まさかの姫騎士の実弟、超悪役ディスト王子までもが俺に話しかけてきた。
金髪金眼で目鼻顔立ちが非常にクールの美少年だ。あ、確か俺と同い年じゃないか?
「こ、これはこれは王子殿下。私のような下級貴族にお言葉をいただき恐悦至極にございます」
サッと臣下の礼をとって頭を下げる。
周囲もディスト王子殿下の登場に、一丸となって敬意を示した。
「ふん。姉君が珍しく令息を招待したから来てみれば……見目だけは整っているようだな」
ここは将来の女勇者への強力な当て馬役として、精一杯ゴマすりをしておくべきか? それとも女勇者と敵対する派閥なら、なるべく関わらないようにするべきか?
一瞬の思考後、俺が選んだのは前者だった。
「王子殿下におかれましては多くの分野において輝かしい功績と、たゆまぬ威光を我らに示してくださっています。その栄誉ある空間にお招きくださったのですから、下賤な生まれではありますが、お目を汚さぬようにと務めてまいりました」
「ふん。せいぜい姉君にもゴマをすっておけばいいさ」
あれま。なぜか嫌われてる……?
まあそれならそれでいいか。どうせ破滅するやつの肩を持っていても損なだけだし。
ディスト王子はそれからあっけなく俺に背を向け、未だ空席の主賓席の隣に腰を落ちつけてしまった。
「王子様って聞いて期待した僕はバカだったね……あんなのゴミ虫だよ、ゴミ」
「ちょっ、シロナさん?」
間違っても一国の王族をゴミ呼ばわりしてはいけない。
誰かの耳に入りでもしたら大問題だ。
しかも敬語がすっかり抜け落ちてるよ!?
「ゴミめ……消してあげようかな」
しかし俺の言葉は彼女に届いていないようだった。
いつも温和なシロナがまたまた表情を消して、静かに激怒していた。
シロナの周囲だけスンッと温度が下がったようで、ちょっと怖い。というかマナリアとはまた違う種類で怖いよ?
「ししししシロナさん? お、お、お、落ちつこうな?」
「だってネル先生にあんな態度を……処刑ですよね?」
首だけギギギっと曲げてこっちを振り返るのやめて。
そんな物騒な確認しないで。
「い、いや……今ではない。しかるべき者がいずれ、するから……な?」
「しかるべき者が、あの無礼なゴミの首を切り落とす。待てますかね?」
「お願いだから待ってね?」
「ネル先生がそう言うなら」
やばい。
今まで純真無垢でひたむきに剣に勤しむシロナしか知らなかったけど、今日は見てはいけない一面を目にした気がする。
そういえば以前、俺の悪口を言った平民を切り刻もうとするシロナを止めるのが大変だったと、ヘリオが愚痴っていたが……てっきり冗談だと思っていた。
しかもその後、なぜかその平民は行方をくらましたとかで————
やばい、今はそんなことに思考を割いている場合じゃない。
これは決してめんどくさいとか、怖いとかそういうのじゃなくて、ほら、色々と考えなきゃいけないことが盛りだくさんだし!?
「アリス姫殿下のおな~り~!」
そして楽団員がさらなる嵐の到来を————
主催の登場を告げた。




